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2007年5月26日 (土)

モンゴルの大地を駆ける(1)

【話の肖像画 】  産経新聞 2007年5月6日付

 ◆観音像建設が生んだ親交

 《チベット仏教の指導者、ダライ・ラマ14世のアジア・太平洋地区代表やチベット文化研究所長として長年活躍、このたびモンゴル大統領顧問(社会・文化担当)に就任した。2005年11月、日本に帰化しており、同顧問就任は日本人としては初めて。これまで培ってきた日本を中心とするアジア人脈を駆使して、モンゴルの現代化建設に貢献しようと意欲満々だ》

 −−大統領顧問としての初仕事は

 ペマ 2月下旬からのナンバリン・エンフバヤル大統領の訪日でした。分刻みの日程のなかで印象的だったのは、大統領が神奈川県藤沢市の常立寺を訪問したことです。約730年も前の元寇時の元の使者、杜世忠ら5人を供養した元使塚があり、大統領はモンゴルの高僧を伴い焼香しました。大統領夫人が「長年供養してくださりありがとうございます」と住職に声をかけていました。

 また、博多湾で起きた元寇の戦死者を供養する日蒙合同慰霊祭が3月1日、福岡市で行われ、モンゴルのチベット仏教の高僧が大導師を務めました。元寇から700年以上の時を経て、日蒙友好協力関係の象徴的な行事となりました。

 《元使塚は1275年、幕府の執権北条時宗によって、近くの龍の口刑場で処刑された杜世忠ら5人の供養塔。元寇によって、日蒙両軍で14万人もの犠牲者が出たといわれる》

 −−エンフバヤル大統領との交流は長いのですか

 ペマ もう15年ほどです。モンゴルが90年にモンゴル人民革命党(共産党)による一党独裁を放棄したことに伴う民主化建設の象徴にと、92年に高さ26メートルもの大観音像の建設を計画しました。その責任者だった文化大臣がいまのエンフバヤル大統領です。大統領とはモンゴル駐在のインド大使を通じて面識がありました。ダライ・ラマ法王が落慶式に臨席することもあり、観音像の建設について相談を受けたことで親しくなったのです。

 −−モンゴルに行くことも多いのですか

 ペマ 91年の初訪問以来、多いときには年に4回、少なくとも年1回、全部で40回くらいですね。

 (聞き手 相馬勝)

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