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2007年9月20日 (木)

幸せを維持するために(上)

昨年一年間は「幸せとは何か」ということについて、精神的な側面から私の愚見を述べさせていただきました。今年はその幸せを維持するための環境や諸条件について少し考えてみたいと思います。

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今回は、私達が幸せな環境を構築し、それを維持するための一つの条件としての政治について語ります。特に今年は、地方選挙や参議院選など、国民の選択次第で、その後の白らの幸せを左右しかねない重要な年です。

政治の定義についてはいくつかあるでしょうが、私としてはまず何よりも、人間が自分の意のままに相手を動かし、そして自分自身が少しでも楽をし、幸せになろうとする働きであると思います。

大きく言えば国家同士がそれぞれの自国の国益を追求し、少しでも相手を自分の有利な方向へ導こうとするための行為、つまり外交などがその一つです。

しかし政治は全てがそのような大規模または国家組織で動かすのではありません。例えば赤ん坊が、おむつの汚れで居心地が悪くなったり、或いはお腹が空いたり、どこか具合が悪くなったり、寂しくなったりすると、懸命に泣いて母親や周囲の注意を引き、自分の要求を訴えようとします。また子犬も同様に、ある時は尻尾を振ってご機嫌を取り、別の時や別の人に対しては歯をむき出して威嚇したり、時によってはかみついたりして、白分の要求を通したり、身の安全を確保します。このように、ある一定の計算と打算をタイミング良く行うのも一つの政治ではないか、と私は思うのです。

つまり政治とは、私達が少しでも自分の生活をより良くし、そして不安や生命の危険に対する恐怖を回避し、自ら楽と安全を求める行為であるのです。そのためにより複雑な駆け引きをしたり、一人の力の限界を悟ったらより多くの賛同者を募って集団でその目的を達成しようとするのです。

国内においては政党などの結社がその一例であり、国家間においては各々の国の国民が与野党や宗教的、部族的違いを乗り越えて、国家という単位をもって結束したりします。

更に国家という単位の中で、自分達の生活をより豊かにするために努力し、危険を排除するために防衛力を蓄え、そしてその防衛力を行使します。また物理的に国家同士がぶつからないための外交、あるいはぶつかった時に自国にとって少しでも有利な結果をもたらして戦争を終結させるための手段としての外交も成り立つ訳です。

(続く)

財団法人・修養団発行「向上」(2007年4月号)より転載

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