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2007年9月26日 (水)

世界宗教はありうるか(上)

インドの独立の父として知られるマハトマ・ガンジーの著書『私の宗教」を読んで色々考えさせられました。

ガンジーは、「全ての宗教は、同じ目的地に向かう道順の違いに過ぎない。究極的な目的は真理であり愛である」と諭しています。またガンジーは、私たちが世界を一つの宗教にまとめることは不可能なことであり、かえって宗教同士の距離を広げることになりかねない。それよりも全ての信仰者が自らの信仰を大切にし、同時に他の人々の信仰を尊重すれば、宗教問の対話と平和が生まれるとおっしやっています。

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ガンジーは、自分の考えや宗教を、他に押しつけたり、他の宗教を批判したりするよりも、自分の宗教をより完壁に修行したほうが良いともおっしゃっています。

私は青年時代から十四年間ダライ・ラマ法王にお仕えし、数多くの宗教や宗派との対話などを企画、実行して参りましたが、その時々、ダライ・ラマ法王もガンジーと同じように「私は釈迦の一弟子に過ぎません。まだ毎日が修行の日々です」とおっしゃって、謙虚に他の宗派と接しておりました。その結果、各宗派から大変歓迎され、受け入れられました。法王のこのような努力が実ったのも、やはり他の宗教に対して、謙虚な姿勢で臨んだからではないだろうかと思います。

法王は更に、人々は自分の伝統的宗教や信仰を大切にすべきであるともおっしゃいます。法王は日頃から世界にたくさんの宗教があるのは、それぞれの国の歴史的体験、白然環境、時代などが影響しており、要するに人間の病は一つの薬で全てを完治できないように、宗教にもそれぞれの役割や効果が存在するという考えを示されました。

ガンジーは、一人一人が良いヒンズー教徒、良い仏教徒、良いキリスト教徒であることが、良い世界宗教を持つことと変わらないと指摘されています。またガンジーが、民族の数ほど、人間の数ほど宗教が現れても不思議ではないとおっしゃっていることに、私も共鳴しました。(続く)

財団法人・修養団発行「向上」(2007年7月号)より転載

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