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2007年9月19日 (水)

日本人総中流意識を再考して(下)

かつてインド国民は、独立の機運を高めるために、自分の資産、即ち奥様達が装飾品などを提供しました。一九九〇年代に、外貨準備高が底をついたインド、通貨危機に見舞われたタイと韓国でも、国民が自発的に個人の装飾品などの財産を国に提供しました。これらの行為は大海の一滴だったかもしれませんが、その行為は国民のモラル向上と国の復興に大きく貢献したと思います。

最近テレビなどで消費税の増税に関する賛否が論じられていますが、私は日本国政府がその税金の使用方法を国民が納得出来るようにきちんと説明できれば国民は増税に納得するでしょう。しかし、それが吸血鬼のように弱者の血税を吸い上げるのみで正当性のない遣い方なのであれば、当然国民は納得するはずがありません。

近年、国民の命と直接つながりのある、公共性の高いガス、水道、電気、住宅などが次から次へ民営化され、料金を滞納すれば供給が止まってしまうような仕組みに、構造的に変わりました。また医療に関しても本当に援助を必要とする者が救済されない仕組みに変わっています。日本国憲法が文化的最低限度の生活を保障しているにも関わらず、あのNHKでさえも傲慢になり、受信料を払わない人と払えない人の区別をせずに強引な徴収をしようとしていますが、その受信料と国家からの予算の遣い方には納得出来ない部分が多くあります。

今のように税金のみが高くなり、その見返りが底辺に届かない傾向は、貧富の差を拡大するばかりです。幸せだった国民総中流時代は過去のものになりつつあります。

愛国教育の第一歩は国家が国民を大切にし、また国民が自分の幸福の大きな要因は国家の安泰にあることを気づくことにあります。即ち幸福の条件のひとつは、国民全体が物質的、精神的に満ち足りるよう努める国家の政策にあると言えるでしょう。

高齢者が自らの過去を振り返り、自分の社会貢献に満足を感じ、先々に対する不安がなく、若者が未来に希望を持つことが出来、中年層が現状に意義と誇りを感じるような社会作りこそが幸せな環境であり、国家の最大の任務と言えるのではないでしょうか。振り返って見ると世界一安全な国、豊かで国民全体が中流階級として邁進していたあの時代は、理想に近い幸せな国であったのかもしれません。二〇〇七年の年頭にあたり、私はその夢の再現を祈願しております。

財団法人・修養団発行「向上」(2007年3月号)より転載

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