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2007年9月21日 (金)

幸せを維持するために(下)

その上、国際社会においては各国が白国の利益を遵守し、自国にとって思想的、制度的な同類性の高い国同士がグループを組み、お互いに協力しあって、経済的発展や安全保障を図って行くのです。

例えば、アジアにおいては上海機構(中国、ロシアの他、ソ連崩壊後に誕生した中央アジアの国々が結集したもの)、ASEAN(かつては共産主義からの自衛のため結集した七つの東南アジアの国々に加え、インドシナ三カ国やビルマによる協力グループ)、SAARC(インド、パキスタンなど七つの南アジアの国に、今年からアフガニスタンが加わり、南西アジアの国々が相互協力のために組織した地域グループ)などであり、その他、NATOやEUもその一例です。

国内においては労働組合から政党、政党の中における派閥まで、基本的にはそれぞれの思想や理念、利益などの共通の目標と価値観を持っている人々が力を結集し、他の勢力やグループに対抗するために作られています。

つまり少しでもそれぞれが自分の理想に近い社会や世界を夢見て、より良い環境を作ろうとする基本的な意図は同じですが、その目指すものの形や方法が異なります。それぞれ自らの方法が一番であると信じ、自分の考えがより有効であると確信している訳です。到着する最終目的地は同じであっても、そこまで辿りつくための道順や交通手段が異なるのです。

ある人は民主を重視し、別の人は自由を、また別の人は平等を強調した社会主義などを掲げているわけです。更には民主と社会の利点を複合した民主社会を唱えている人々もいるわけです。

人間は仏教的に言うと百八の煩悩、つまり欲があり、またチベットの諺では四百二十四種類の病があると言います。従ってそれぞれの欲やそれぞれの病を治すためには、その欲の質や病の程度などによって処方箋も、薬も変わるはずです。しかもその処方筆と薬の使い方を間違えれば、命に関わる重大な問題が生じるかもしれません。

別の言い方をすれば、時と場所によって政治の有効性も変わる訳で、間違った制度や政策を選んでしまえば、国や社会がめちゃくちゃになり、逆効果になることもあるのです。

過去においては、国民を思う知恵豊かな国王の出現によってその国が繁栄し国民が幸せになりました。しかし民主主義の社会など、成人国民が選挙権を与えられている社会では、国民一人一人が国の運命を左右し得る重大な責任と大きな権限を持っています。

つまり国民一人一人がかつての賢い王のようになり、各自の持つ一票の生かし方によって国の運命を左右しかねない重大な責任を持っている自覚が必要であるように思います。もし国民白らがこの権利を放棄し、またはこの権利を粗末にすれば、自ら律する能力を持たないことになり、他によって律されるのみならず、国家の場合には独立性を失い、個人の場合には奴隷になり下がっていくのです。

かつて若きジョン・F・ケネディーは大統領の就任式で、「国民は国が国民に何をしてくれるかではなくて、国民が国のために何をするかを考えるべきで、また世界はアメリカが何をしてくれるかではなく、我々が一緒になって何が出来るかを考えるべきである」と訴えました。今度の選挙において国民一人一人が政治への無関心から脱却し、自らの一票を慎重に生かすことで、自分自身の幸せを左右できるという白覚を持って臨めば、この国も、世界も必ず良くなると私は信じています。

財団法人・修養団発行「向上」(2007年4月号)より転載

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