奉仕の意味を考える(下)
しかし昨今、NGOやNPO(非営利団体)が法律で規定されると、税制上の優遇だけでなく、国や地方自治からの予算を当てにするようになった団体も少なくありません。さらに団体によっては巨大化したことで、政治家たちに票を集める手段として利用されたり、逆に圧力団体化する現象も起きているように思います。
私は、ボランティア活動に対しては税金の免除や、活動に対するある一定の監視と保護は必要だと思います。しかし、ボランティアという名目のもとに、国民の税金が特定の人々の主観やコネクションで遣われることには疑問を感じざるを得ません。ボランティア活動はあくまでも自らの白由意思で、自分の時間と財産を自発的に提供する行為でなければなりません。
子どもたちが奉仕活動するために授業時間を割いたり、或いはそのような精神を養わせるための一つの奨励方法として単位を与えることは良いのですが、これを義務化することは、健全なボランティア精神に反することであると思います。
政府や地方団体が、制度上ボランティア精神を促進するような環境を整備し、奨励することは大切ですがぺその活動はあくまでも個人や企業の任意の自発的行為に委ねるべきだと思います。
企業やお金持ちの社会貢献、社会への還元としての行為を奨励するにも、国や地方団体は表彰をすることで栄誉を与え、周知する程度にとどめるべきでしょう。そうでない限り、真のボランティア精神が失われ、ボランティアのためのボランティアになってしまうでしょう。
また国や地方自治体の助成金などを当てにするボランティアは、私はボランティアとは言えないのではないかと思うのです。
例えば大学を卒業した人や定年になった人が、交通費の他、現地の人々と同程度の生活を送れる給料で働くのならボランティアと言えるでしょう。しかし現地の人々よりもはるかに多い給料を取り、気晴らしのために隣国のより豊かな国々でレジャー楽しむ費用まで負担してもらうようでは、ボランティアとは言えないのではないでしょうか。
冒頭にも申し上げたように、私自身多くの方々の支援を受け、ボランティアの恩恵をたっぷり受けてきた人間の一人として、ボランティアの有難さが身にしみています。この地上が完全に極楽にならない限り、奉仕の精神とその実践は極めて重要であると思っています。だからこそボランティア精神を大切にし、ボランティアつまり奉仕の意味を大切にしなければ、ボランティアそのものがなくなってしまうのではないかと危機感を抱いています。
※財団法人・修養団発行「向上」(2007年11月号)より転載
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