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2008年2月17日 (日)

私の「大好きなこの国」はどこへ向かおうとしているのか (6)

●17条憲法や教育勅語の理念を思い出せ ここまで私はただ過去が良くて今が駄目であると言う暗い話ばかり述べてきた。そこで後半は私が日本人に望む事について愚見を述べたい。私は昨今の治安の悪さやモラルの低下、教養の低下は警察や交番を増やしたり学校の教員数を増やしたり、監視カメラなど設置しても意味が無いと思う。これらの問題に対処するには、聖徳太子の17条の憲法、明治大帝の教育勅語そして仏教のジャータカ物語などを初等中等など義務教育に入れることが大切であろうと思う。

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その中から人間社会の秩序の尊さと共存共栄の人生観を学ぶことが出来ると思う。そして人間が健全な肉体を保持するためには、血と気が体全体に満遍なく行き渡って初めて健康体になるように、国の豊かさと便利さも国民各階層津々浦々まで行き届いて、初めて豊かな国が実現できると思う。私は昭和40年代から60年代にかけて、このような社会が日本であったと思っているし、そのような社会が出来たのは日本国民が戦争と言う辛い体験を経て来たからこそ出来たのである。

このような思いやりのある社会、貧富の格差の少ない社会、国民全体が教育に恵まれ、医療が充実し、衣食住が足り、礼節を重んじるような社会を復元するため、私は古い日本のしきたりを堅持している先輩達が残っているうちに回復する努力をすべきだと思う。私の考えでは本来であれば歳を取ると言うことは、それだけ経験も豊かになり、知恵を持ち賢人になると思っている。実際私達の歴史上でもそうであった。それは今現在日本に生きておられる戦中から生き延びた方々は、体も心もボケていないのに、戦後豊かさの中でお経も唱えず、いただきますも言わず、それほど悩みも持たずやってきた人々のほうがボケと内面からの老化がきているように見える。最近テレビをつけると朝から夜中までテレビショッピングはサプリメントと健康器具の販売が繁栄しているが、勿論これらは私達の外面的な要素には足しになったり、一時的な助けにもなるだろうが根本的には人間としての尊厳を保った形での長寿に繋がっているかどうかは疑問に感じる。 (続く)

※『正論』(平成20年2月号より転載)

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