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2008年2月18日 (月)

私の「大好きなこの国」はどこへ向かおうとしているのか (7)

もうひとつ私が心配しお願いしたいことは今日本においては流行語大賞なるものを毎年発表しているが、この現象は日本の国語を豊かにするよりも品格と言葉の豊富さを失わせる要因になっていると思う。最近言葉を短くしたり外来語をいじくって新しい造語を作ったりしているが、本来存在していた日本の美しい言葉、特に自然を表す言葉や人間の微妙な感情を表す言葉が失われつつある。以前私はどなたかから、人類の歴史の中において母国語を失った民族は滅亡し、一方侵略され一時的に国を失っても母国の言葉と文化、つまりアイデンティティーを維持出来る民族は再び独立していると聞いたことがある。私も同感である。またそれに加え言葉には魂があると信じる。

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従って最近の老舗などが不祥事を起こしているのも魂の入っていないコンプライアンスなどの言葉を連発し、先祖代々大切にしてきた暖簾を守ることを忘れてきているからではないだろうか。かつては様々な共通の利害や目的を持った共同体によって経営してきた、何々会館や施設なども横文字になることによって連帯感も帰属意識も愛着も失ってきているように思う。最もひどいのは敬語、謙譲語、性別を表す言葉などが著しく乱れていることである。特に言葉を商売にしている人が、皇室に対してさえも適切な言葉遣いを意図的に避けている様子は、下品にしか見えない。このようにして言葉が乱れることによって、人間関係が乱れ、社会秩序が乱れてきている。従って早急に国語を大切にする何らかの手を打つ必要がある。

インドには約500の方言や言葉があり、それぞれを尊重し特に21の言葉が公用語として認められ、紙幣などにも17の言語で金額などを併記している。また州ごとの公用語も容認している。これがインドの文化と伝統を豊かにし多様性の中の統一を保つ要因となっている。バングラデシュがパキスタンから分離独立した大きな要因は、東パキスタンに対しウルドゥー語を強制しようとしたことにある。またチベツトやウイグルなどでも中国による同化政策としていわゆる普通語(北京語・中国語)を押し付けている。私自身が直接確認したのではないが、フランスあたりでは定期的に母親達に対してきれいな母国語の講習会を行っていると聞いたことがある。

日本でも、子供の最初の先生である母親達と言葉を商売にして生活し、社会に大きな影響を及ぼすアナウンサーや芸能人に対しても同様な講習を受けさせる必要があるように思う。国家権力による言語統制は良くないが、視聴者などによってオンブズマン的に番組をチェックし、特に言語の乱れているものに対し忠告などを促す制度があっても良いのではないか。これと関連して最近テレビなどで目立つのは男のような女と、女のような男がもてはやされ、恥をさらすことによって人気を取ろうとしている人達が増えた。これはかつてルース・ベネディクト女史の著した「菊と刀」の中の恥の文化として紹介された誇り高い日本人とは別人種のようである。 (続く)

※『正論』(平成20年2月号より転載)


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