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2008年2月

2008年2月29日 (金)

2. 「中華」を発明、歴史改竄

ペマ 先ほど石さんが「私は漢民族ですが」と言われましたが、その漢民族という意識を作ったのは孫文ですよ。

石平 漢民族という言葉を使い始めたのは、確かに日本の明治維新の頃で、孫文が言い始めたと言われています。

ペマ 孫文は国民国家を作ろうとしたのです。それまでは民族国家でした。孫文は「アメリカ合衆国」のような「中華合衆国」を作ろうとした。その時に彼が発明したのが「中華」という言葉でした。彼は自分たちだけが中国人ではなくて、みんなが中国人だと言うために、自分たちは中国人の中の「漢民族」だという考え方を作り出したわけです。
 その一環として、私たちチベット人をチベット「族」にして、五族共和と言い始めた。ですから、中国人も騙されているわけです。

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 中国のいちばん悪い点は、歴史を作文、つまり改竄することです。それは外国だけではなく、自国民を騙すことになっている。

石平 中国の政権は昔から、騙すことで成り立っていると言えます。本当のことが明らかになると一日たりとも政権がもたない。
 ペマ先生が言われたように近現代は脱植民地支配の時代です。しかし中国は時代に逆行し、ますます植民地支配を拡大しています。その中華的植民地支配主義を始めたのは誰かと言えば、孫文です。
 孫文は「中華民族をもって少数民族を同化させる」と堂々と主張しています。「我が党は今後も民族主義において努力する必要がある。満族、モンゴル、チベットを我々漢族に同化させて、一つの大民族国家を形成する」と言っているのです。

ペマ 中国の国旗は大きな星と小さな四つの星が描かれていることからもわかるように、いまだに漢民族とそれ以外の少数民族は平等ではありません。
 毛沢東も一九二五年までは、ソ連の連邦制と同じように、いわゆる少数民族の人たちは自分たちの意志によって、中華民国に入ってもいいし、分離独立してもいいという考え方をしていました。二五年の共産党大会まではそう言っていたのです。
 しかし自分が政権を取ると、言うことが変わってきた。

石平 ここに中国共産党の公式文書があります。一九二二年、中国共産党の第二次全国人民代表大会記録で、「我々が目指すのは中華連邦である。中華連邦というのは漢民族中心で、チベット、モンゴル、ウイグルの各民族が、中華連邦に加入するか離脱するかは自由である」と主張しているのです。「中国共産党の歴史を勉強したのか」と言ってこの公式文書を胡錦濤国家主席に見せてやりたいと思いますね。

(続く)

□ Will-2008年3月号より転載 □

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2008年2月28日 (木)

1. 中国は唯一の植民地大国

石平 私は漢民族ですが、漢民族は歴史上、近現代まで、チベットに対してひどい行いをしてきました。チべットから見れば、漢民族に侵略され続けた歴史だったと思います。私は謝罪するような立場にはありませんが、今日は改めてこの場を借りてお詫びしたいと思います。

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ペマ・ギャルポ(以下、ペマ) 石さんの気持ちは非常に有り難いのですが、チベット人はそういうふうには見ていません。チベット人は基本的に仏教の考え方で物事を見るので、「罪を憎んで人を憎まず」なのです。
 大きな歴史という枠で見れば、お互いに様々な禍根を残しています。私は兄を二人、祖母を二人、中国共産党に殺されていますが、それは戦争ですから仕方がありません。
 大事なことはいまだに、この二十一世紀においても植民地を持っている国は中国だけであるということです。一九四〇年後半から五〇年代初めは、独立国が世界中で五十数力国しかない状況でした。
 しかし、第二次世界大戦が一つのきっかけになり、今日ではアジア・アフリカ諸国の植民地だった国が独立国となっています。その後の社会主義の崩壊によって、さらに独立国は増加し、国連加盟国は現在、百九十ニカ国にもなる。
 それなのに、中国だけがいまだに、チベット、ウイグル、満州を植民地としているのです。

石平 そうですね。東ヨーロッパの国々もソ連崩壊によって次々と独立しました。

ペマ 中華人民共和国の地図を改めてよく見てみると、広西チワン族自治区や内モンゴル自治区、寧夏回族自治区など、「〜族自治区」というものがありますが、これらは、かつて中国が一度も物理的に支配したことがない地域です。
 もちろん、宗主権的なものはあったと思います。例えば、チベットの中で政府から圧力がかからないように、中国から肩書きをもらってきて自分の力を誇示するということはあった。しかし物理的な支配というものはなかったのです。
 そういう見方をすると、今の中国の領土の六三パーセントがいわゆる少数民族、チベット、モンゴル、ウイグルで占められている。
 石さんだけではなく、今の中国自身がこのことを直視しなければならないと思います。なぜなら、中国がいちばん騙しているのは中国の国民だからです。

石平 そうなんですよ。

(続く)

□ Will-2008年3月号より転載 □

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2008年2月26日 (火)

家族の意味 (下)

たまたま年末に、正月の飾り物や正月の過ごし方についてのクイズ形式のテレビ番組を見ました。細木数子が非常識な答えをする大人たちに対して怒ったり、呆れたりしていましたが、私も目と耳を疑ってしまいました。バラエティー番組ですから、視聴者の受けを狙ってわざと非常識な答えをしていたのかもしれませんが、たとえそうであっても番組の内容は仰天させられるものでした。私は長い間、日本は豊かな文化と長い伝統を有する高度な文明国家であると思い込んでいました。おそらく日本の対外的なイメージは、そのような好ましい印象が根づいていると言えるでしょう。しかしこの番組を見た後、私は、日本の伝統文化が脆弱化してきているように思いました。

以前にも述べたかもしれませんが、日本が唯一アジアで西洋の植民地支配を受けずに独立を維持できたのも、また先の戦争で敗戦しても世界有数の豊かな国、長寿の国、安全な国へと日本を築きあげることができたのも、背景に家族意識、学閥意識、職人意識などへの強い誇りがあったからだと思います。

私自身、四十数年前に日本で生活をし始めた頃は、日本人が他人の目を意識することと、”しつこい”と思えるほど他人の行動に干渉することに強い違和感を感じました。過剰すぎるほどに、店ののれんや校章、企業や職場の名誉などを大切にすることに、重圧のようなものを感じました。しかし、これこそが日本を強くしてきた文化のエッセンスであると後に思うようになりました。

もう一つ、当時驚いたことがあります。それは、日本人はお酒を仲間同士で一杯やる時などは上司の悪口を言いますが、外部の人間の前では、上司を立て、また一丸となって結束するという、内と外との分別を持っていることでした。

今、世の中で最も社会に対して影響力を持っているのは、ユダヤ人と華僑、そして印僑ではないでしょうか。そして、これらの民族は、何よりも家族、同族を大切にしており、家長制度をしっかり持っています。日本の場合は、長い間、天皇がこの家長的役割を担ってきたように思えます。しかし昨今は「開かれた皇室」の大義のもと、皇室に対する認識も変わってきています。

私は、職場で保育所を作るよりも、親子三代が同居できるような人間関係の再構築に全力を投球することが急務であるように思います。最近は、家長、校長、社長など長のつく人々はその地位相応の権限も権威も与えられていないようでいて、お詫びの場でしか出番がないようです。責任ある者にはそれなりの権限を与え、権威を尊重すべきではないでしょうか。

ヨーロッパでは婚姻外の子どもが四〇%を越えたそうですが、もう一度”家族”の意味を考え直し、西洋の良いところは当然ですが、悪いところもきちんと見極めて、手遅れにならないうちに是正することも大事なのではないでしょうか。 (了)

※財団法人・修養団発行「向上」(2008年3月号)より転載

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2008年2月25日 (月)

家族の意味 (上)

皆様はお正月をどのように過ごされたでしょうか。私は、正月中は朝から晩まで韓国の映画を見て四日間過ごしてしまいました。そして何故、最近日本で韓国の映画がこれだけ流行っているのかいろいろ考えました。

いくつか理由を思いつきましたが、その一つは喜怒哀楽が飾り気なしに表出されているからではないかと思いました。もう一つは、大家族制度と家族の絆であるようです。

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日本では戦後、西洋的価値観が入り込んできたせいか、成人男女が結婚をして家庭を築き子どもが生まれれば、その時点で核家族が完成します。そうすれば、両親や祖父母、曾祖父母、叔父叔母、さらには兄弟姉妹から経済的にも法律的にも独立してしまい、互いに干渉する度合いが少なくなるような仕組みができています。

干渉が少なくなるということは、互いに責任もなくなるということを意味しています。一方、韓国のドラマなどにおいては、依然として大人が子どもの生き方に干渉し、親兄弟は人生の選択、すなわち恋愛や結婚、就職などに深く干渉し合い、時と場合によっては大きな障害にもなっているようです。

今、日本の社会を蝕んでいる近親者の殺人などの血生臭い殺戮や、孤独死なども、私は大家族制度の崩壊にその原因の一つがあるように思います。お互いのようすを気遣い、手遅れにならないうちに助言したり、あるいは相談にのってもらったりするような人間関係が希薄になりつつあります。

かつて結婚式やお葬式は家族、親族が喜び悲しみを分かち合う機会でした。そのような、若者同士がお互いの親族を確認し、交流を深める機会が、昔は少なくなかったのです。

しかし今日はそのような冠婚葬祭をできるだけ簡略にし、人間同士が相助け合い、扶助の精神を育むような人間関係を煩わしく思う風潮が吹き荒れています。ブライダル産業が栄え、結婚式や披露宴は他人の手によって企画されます。当然、家族親族の関わりが少ないものとなり、経済的であるという観点を重視する傾向が強くなります。

最近は、高齢者の痴呆や子どもたちのひきこもりもがかつてよりも目立っているように思いますが、これも祖父母と子どもたちが互いに接し、刺激し合う機会がないからではないでしょうか。大家族においては、嫌でも祖父母は孫たちの相手をすることになり、また孫たちも同様に祖父母から様々なことを学ぶ機会に恵まれています。 (続く)

※財団法人・修養団発行「向上」(2008年3月号)より転載

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2008年2月21日 (木)

私の「大好きなこの国」はどこへ向かおうとしているのか (10)

●このままではアジアで「カヤの外」に置かれる 私自身が幼かったせいかもしれないが、佐藤栄作首相までの日本の政治家達は世界のどこの政治家にも劣らない風格と政治家らしさがあったように思う。その後の歴代総理の中で私が尊敬出来るのは小渕恵三氏だけであった。小渕氏は日本の景気回復に力を入れたと共に日本の独立と尊厳を回復させた。中国の江沢民主席からあれだけしつこく文書で謝罪を要求されたのにも関わらず、NOはNOだという姿勢を貫いた。中国のみならず周囲からも相当圧力が掛かったにも関わらず、政治家として信念を曲げず立派であったと思うこととあのような方が突然他界されたことが誠に残念で何か納得出来ず、やりきれなさを今でも感じている。

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安倍晋三首相も心構えと姿勢は大変良かったと思うが、準備不足と人選の甘さなどの結果早期退陣になったことも残念である。小泉純一郎首相はマスコミの使い方も上手であったし、国民の人気もあったが、私は当初に期待を裏切られ、それこそ権力を手にした彼は「何とかに刃物」というように権力を振りまわし、戦後半世紀以上掛かって作り上げられてきた全ての基盤をぶち壊し、特に自民党の有力、優秀、経験豊かな数多くの大臣経験者達までを追い出したことは日本国にとって多大な損害であったと思う。勿論困難な時代であればあるほど、その中から立派な指導者も必然的に現れるであろうが、小泉首相によって作られた政治指導者の空自はこの時期日本の真の独立回復を遅らせる要因を作った。

アジアの中において今日本は上海機構からは完全に蚊帳の外に置かれており、南アジア地域協力連合においてはやっと今年になってオブザーバーになった程度である。アセアンではプラススリーの一員として加わっているに過ぎない。このような状況の中で日本では東アジア共同体なるものに熱心になっている人々もいるが、私は中国とその延長線にある華僑、華人中心の勢力によって日本が包囲網に掛かり、がんじがらめになって更に骨抜きにされるだけだと思う。 

終わりに、昨年アメリカの議会で中国のロビイストの成果として慰安婦問題なるものに関して日本政府に謝罪を要求する決議が採決された。戦後アメリカなどを中心にまとめた世界人権宣言でも公で自由な法廷で十分な立証をされて判決が下るまで無罪と推測すべきという原則があるにも関わらず、そのような立証抜きに日本に謝罪を求めるのであれば、むしろアメリカと中国が自ら模範を示し広島、長崎に対して無差別の原爆投下を行ったことを謝罪すべきであり、中国政府もチベットを始め周辺地域で行った計画的組織的大虐殺を謝罪すべきである。日本の各政党も日本国民の総意としてこのような謝罪を求めるべきである。遅くとも今年夏頃までには選挙が行われるとされているので、国民は国内においては国民の福祉と幸福を最優先する政治家、政策を練り、法律を作りそれを官僚に実行させ、監督能力のある政治家をぜひ選んで欲しい。

そして国際社会においては日本の独立国家としての立場を明確にし、国際社会における日本の地位の向上と、日本への信頼を獲得し、日本の国益をしっかりと守れる政治家を見抜いて欲しい。政党のマニフェストの一時的なご利益よりも長期的な展望で、副作用の無い政策を選び変えるべきものと、変えてはならないものの分別をきちんとしてから政党の評価をして欲しい。以上私も一国民として教育の現場からこの国がもう一度アジア各国から模範とされるような国となれるよう頑張っていきたい。2008年は古きをたずね新しきを知るをモットーに八吉祥に因んだ、吉祥の年であるよう祈念したい。 (了)

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2008年2月20日 (水)

私の「大好きなこの国」はどこへ向かおうとしているのか (9)

また参議院は良識の府として衆議院とのチェックアンドバランスを考慮し、経験豊かな人であることが必要である。そのため立候補の資格年齢を5歳引き上げ、なるべく元官僚、元軍人、元弁護士や教員などそれぞれの分野において経験を積んでいる人間の中から、各政党が国民から納得が得られるような人間を推薦し立候補させるべきである。私個人的には3割くらいは元官僚が占めても良いのではないかと思う。何故ならば彼らは政策の通であり、官という組織の仕組みも把握しているため、官僚の指導も十分に出来るからである。また天下りなどしなくとも済むようになる。

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供託金制度や選挙制度に関しても見直す必要がある。おもしろ半分で徒に立候補するのは困るが、今の制度では資金の無い人は組合や宗教団体に身売りしなければ、どんな素晴らしい理想を持ち経験を積み清らかな動機を持っていても、国民にその考えすら十分に伝えられない仕組みになっている。当然このようにして選挙前からがんじがらめになってしまったら、当選してから天下国家だけのために政策を練り、それを実行するということは難しくなる。もう一つ日本の政治がぱっとしないのは、各政党の政策や政治信念が、冷戦構造の崩壊後乱れているからだと思う。各政党は選挙が近づくと世論調査などを参考にして選挙民に受けそうなスローガンばかり先走って掲げ、それぞれの党の基本的かつ普遍的な理念がどこにあるか、さっぱりわからなくなってきている。

その上広告代理店の影響も大きくなりつつあり、長期的に見てこの国や国民のために何が良いかということをないがしろにしている。そのためメディアも政治も広告主である大企業(多国籍企業をも含む)を優先するような政策、政治になってきていることは極めて残念である。私は外交や防衛を論ずる前に国家の概念と国民意識を取り戻さなければ無意味であると思う。国家の概念を持つようになれば当然国際社会の中における日本を意識し、地政学的に国益を考えグローバルな視野で策略を練る事が出来るであろう。 (続く)

※ 『正論』(平成20年2月号より転載)

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2008年2月19日 (火)

私の「大好きなこの国」はどこへ向かおうとしているのか (8)

テレビのワイドショーのコメンテーターや司会者などが政治家に対して無礼な言葉遣いをしているのも納得いかない。それに対してぺこぺこしている政治家も情けなく思う。何故ならば職業として政治を行っている人々は国民の信託を受け、国民そのものを代表する立場にある故、納税者によって生活をさせて貰っている。

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国民側も個々の人間としての権利ばかりを主張し、集団の一員としての義務を忘れている。選挙の時に一人一人が主体性を持って投票所に行かない人が増えているのに、評論家やコメンテーター達は勝手に政治への不信であると決めつけているが、私は単なる怠け者で、権利の放棄と義務の回避に過ぎないと思う。テレビなどのクイズに対する熱意位は政治にも持って欲しいと思う。今日本に一番欠けているものは、地球的な規模でものを見る視野と50年、100年先を考える先見性である。と同時に国家や社会に要求ばかりをするのに、社会そのものが構成員によって成り立っていること、国民が国家を支える役割を持っていることを忘れている。このことについての責任は教育とメディアにもあると思うが、ここでは紙面の関係上政治についてのみもう少し訴えたい。

私は日本を良くするため、参議院は議員数を半減し教育、防衛、外交に関してはもっと責任と権限を与え、外務大臣と文部科学大臣は参議院から任命し、その任期は総理大臣と同じにするべきだと思う。外務大臣は日本の顔として世界に覚えて貰う必要があるし、それなりの人間関係を構築する時間も必要である。文部大臣にしても教育の成果等は時間が掛かるし、国家の基礎作りは教育である以上、種を蒔いて芽が出るのに時間が掛かることと同様、最低数年間の余裕を与えるべきだと思う。この二人は国民誰からも信頼され、尊敬されるような人格者がなるべきであり、ただ議院内閣制において、内閣の一員としてやっていくためには、総理大臣の信頼を受け、チームワークが取れる関係にないとうまくいかないと思うから、総理大臣と同じ任期はやむをえない。

私は前述のこと以外に関しては衆議院の優位性、例えば予算や総理大臣の指名権などについては全く異論が無い。世界の他の国々例えば日本の13倍以上の人口を有する中国において通常の常識に基づく健全な民主制度は存在しないが、一応日本の国会に相当するのは全国人民代表大会の常務委員会であり、そのメンバーは現段階では197人である。また日本の7倍以上の人口を有する世界最大の民主主義国家インドでは上院が241人、下院が543人で日本とほぼ同数である。これらから見ても、日本の国会議員の数がいかに多いかと言うことがわかる。日本の人口の倍以上を抱えるアメリ力ではたった100人の上院議員がアメリカのみならず世界のことに対して多大な影響力を発揮している。私は今のように半径200m以上に関心が行き届かない、せいぜい次の選挙までの4年から6年以上先が見えない政治家一人を維持するのに年間一億以上のお金を投じるのはもったいなく思う。  (続く)

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2008年2月18日 (月)

私の「大好きなこの国」はどこへ向かおうとしているのか (7)

もうひとつ私が心配しお願いしたいことは今日本においては流行語大賞なるものを毎年発表しているが、この現象は日本の国語を豊かにするよりも品格と言葉の豊富さを失わせる要因になっていると思う。最近言葉を短くしたり外来語をいじくって新しい造語を作ったりしているが、本来存在していた日本の美しい言葉、特に自然を表す言葉や人間の微妙な感情を表す言葉が失われつつある。以前私はどなたかから、人類の歴史の中において母国語を失った民族は滅亡し、一方侵略され一時的に国を失っても母国の言葉と文化、つまりアイデンティティーを維持出来る民族は再び独立していると聞いたことがある。私も同感である。またそれに加え言葉には魂があると信じる。

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従って最近の老舗などが不祥事を起こしているのも魂の入っていないコンプライアンスなどの言葉を連発し、先祖代々大切にしてきた暖簾を守ることを忘れてきているからではないだろうか。かつては様々な共通の利害や目的を持った共同体によって経営してきた、何々会館や施設なども横文字になることによって連帯感も帰属意識も愛着も失ってきているように思う。最もひどいのは敬語、謙譲語、性別を表す言葉などが著しく乱れていることである。特に言葉を商売にしている人が、皇室に対してさえも適切な言葉遣いを意図的に避けている様子は、下品にしか見えない。このようにして言葉が乱れることによって、人間関係が乱れ、社会秩序が乱れてきている。従って早急に国語を大切にする何らかの手を打つ必要がある。

インドには約500の方言や言葉があり、それぞれを尊重し特に21の言葉が公用語として認められ、紙幣などにも17の言語で金額などを併記している。また州ごとの公用語も容認している。これがインドの文化と伝統を豊かにし多様性の中の統一を保つ要因となっている。バングラデシュがパキスタンから分離独立した大きな要因は、東パキスタンに対しウルドゥー語を強制しようとしたことにある。またチベツトやウイグルなどでも中国による同化政策としていわゆる普通語(北京語・中国語)を押し付けている。私自身が直接確認したのではないが、フランスあたりでは定期的に母親達に対してきれいな母国語の講習会を行っていると聞いたことがある。

日本でも、子供の最初の先生である母親達と言葉を商売にして生活し、社会に大きな影響を及ぼすアナウンサーや芸能人に対しても同様な講習を受けさせる必要があるように思う。国家権力による言語統制は良くないが、視聴者などによってオンブズマン的に番組をチェックし、特に言語の乱れているものに対し忠告などを促す制度があっても良いのではないか。これと関連して最近テレビなどで目立つのは男のような女と、女のような男がもてはやされ、恥をさらすことによって人気を取ろうとしている人達が増えた。これはかつてルース・ベネディクト女史の著した「菊と刀」の中の恥の文化として紹介された誇り高い日本人とは別人種のようである。 (続く)

※『正論』(平成20年2月号より転載)


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2008年2月17日 (日)

私の「大好きなこの国」はどこへ向かおうとしているのか (6)

●17条憲法や教育勅語の理念を思い出せ ここまで私はただ過去が良くて今が駄目であると言う暗い話ばかり述べてきた。そこで後半は私が日本人に望む事について愚見を述べたい。私は昨今の治安の悪さやモラルの低下、教養の低下は警察や交番を増やしたり学校の教員数を増やしたり、監視カメラなど設置しても意味が無いと思う。これらの問題に対処するには、聖徳太子の17条の憲法、明治大帝の教育勅語そして仏教のジャータカ物語などを初等中等など義務教育に入れることが大切であろうと思う。

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その中から人間社会の秩序の尊さと共存共栄の人生観を学ぶことが出来ると思う。そして人間が健全な肉体を保持するためには、血と気が体全体に満遍なく行き渡って初めて健康体になるように、国の豊かさと便利さも国民各階層津々浦々まで行き届いて、初めて豊かな国が実現できると思う。私は昭和40年代から60年代にかけて、このような社会が日本であったと思っているし、そのような社会が出来たのは日本国民が戦争と言う辛い体験を経て来たからこそ出来たのである。

このような思いやりのある社会、貧富の格差の少ない社会、国民全体が教育に恵まれ、医療が充実し、衣食住が足り、礼節を重んじるような社会を復元するため、私は古い日本のしきたりを堅持している先輩達が残っているうちに回復する努力をすべきだと思う。私の考えでは本来であれば歳を取ると言うことは、それだけ経験も豊かになり、知恵を持ち賢人になると思っている。実際私達の歴史上でもそうであった。それは今現在日本に生きておられる戦中から生き延びた方々は、体も心もボケていないのに、戦後豊かさの中でお経も唱えず、いただきますも言わず、それほど悩みも持たずやってきた人々のほうがボケと内面からの老化がきているように見える。最近テレビをつけると朝から夜中までテレビショッピングはサプリメントと健康器具の販売が繁栄しているが、勿論これらは私達の外面的な要素には足しになったり、一時的な助けにもなるだろうが根本的には人間としての尊厳を保った形での長寿に繋がっているかどうかは疑問に感じる。 (続く)

※『正論』(平成20年2月号より転載)

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2008年2月16日 (土)

私の「大好きなこの国」はどこへ向かおうとしているのか (5)

私は今、永田町にまだ存在するがらんとした旧社会党の本部を見ながら、自民党の本部前を通るたびに昭和50〜60年代においては本当に日本にも二大政党が存在し、健全な政権闘争を行っていたことを痛感させられた。今の政党は選挙の時も互いに候補者を調整するなどして政党の独立性と存在意義を無視するような行動をとっている。簡潔に言えば二大政党の出現も含めて本来であれば自然の成り行きの中で人間が知恵を働かせ工夫することによって発生してくるものである。自由と平等にしても不自由と不平等があればそれに立ち向かい、戦い、そして獲得していくものである。即ちそれなりの努力と犠牲を払って得られるからこそ価値あるものである。

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しかし残念ながら日本においては自由も平等も二大政党制も全て、誰かにそそのかされ洗脳された人が先頭に立って観念的な幻想が一つの汚染された空気のようなものを作り、それに取り巻かれてしまえばもはやそれしか考えられないような状況になり、変えるべきものも、変えるべきで無いものも、変えることによっ.て生じる様々な問題に対しての対応策も考えず、マスコミがマントラのようにその時、その時、選んだキャッチフレーズに乗ってそれまでの制度や仕組みを破壊することにむきになってきたような気がする。 40年間をふり返ってみると聖徳太子以来、日本人の祖先が知恵を絞り命を賭け汗と涙の代償として得られた全ての崇高なものが、この30年間で破壊されているような思いで大変空しい思いをしている今日この頃である。もしかしたら私自身祖国を奪われ、先祖代々の人々が築き上げてきた全てを失ったから、第2の故郷、憩いの地として得られた日本が過剰に良く見えたのかもしれない。 私にとっては例えば日本人が40年前によく使っていたお元気ですかという時に返す「お陰様で」という答え、勉強が進んでいますかという問いにも儲かっていますかにも答えは「お陰様で」と言う言葉の中に表れる謙虚さと、この言葉の温かい響きが今となっては懐かしい思いであると同時に、日本人の神と自然と他のお陰で生かされていることを示すこの言葉の深い哲学は、もっと世界に知られても良いように思う。 (続く)

※『正論』(平成20年2月号より転載)

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2008年2月15日 (金)

私の「大好きなこの国」はどこへ向かおうとしているのか (4)

●文革に匹敵した日本の伝統文化破壊 日本の敵は日本の中にいたのである。アメリカを筆頭に中国などに洗脳された日本人が、改革という名の下においてそれまで先祖代々受け継がれてきた伝統や価値観の破壊が始まった。これは中国の文化大革命ほど表向きには強烈な破壊的行為は無いが、受動的な手法で行った日本破壊は私は文化大革命に劣らないものがあったように思っている。

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まずひとつは日本的人間関係を重視する社会の破壊。例えば日本は同郷、同窓、同級から同属意識の破壊が行われた。それまで会社と家族が運命共同体であると言う日本人の潜在意識をぶち壊すため、会社の仕事を始め、「仕事や職務に奮闘する人間はだめな人間」で、「家庭サービスつまり家族と過ごす時間を増やす人間は良い人」であるように描き始めた。人間同士が互いの共通の理念や理想を語りあい、その中で利益を守ろうとする社会を派閥社会などと否定的な概念で伝えようとしてその派閥制度から生まれてくる相互扶助、切磋琢磨の文化をぶち壊したり、更に年功序列を否定し、能力主義を打ちだすことによって職場での秩序をもひっくり返させた。

55年体制という言葉で日本が戦争に負け、戦後復興のために試行錯誤の中から生まれた政治システムを始め、日本の繁栄と発展に貢献してきたもの全てを一律に否定し始めた。それまで存在した、まさに二大政党であった社会党と自民党は理屈に合わない二大政党の必要性という旗印のもと崩された。戦後一貫して日本の社会をリードしてきた自由民主党は、国民から選挙で否定されたので無く、小沢氏が自民党の中から離脱することによって非合法的に無血クーデターを起こして、一晩にして自民党は政権担当の能力を失った。やがて社会党も一時は土井たか子女史が初の女性総理大臣になるのではないかという程の勢いがついたのに、自ら自民党と連立を組んで、国民の意思とは関係無く政治的駆け引きで自己破滅を迎えた。 (続く)

※『正論』(平成20年2月号より転載)

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2008年2月14日 (木)

私の「大好きなこの国」はどこへ向かおうとしているのか (3)

しかし大阪の万博を境に日本は極端に変わってしまったような気がする。あの辺から私達留学生の中では、日本人はバナナになったと表現するようになった。つまり皮膚の色は我々アジア人と同じだが、日本人は何でも西洋の真似をし始め、髪の毛をわざと茶色く染め日本語で唄う時も外国人のような発音をしたり、何でも「本場アメリカでは」と言い始め、た。更に1980年代になり、日本人は会社でも個人の家でも個室を増やし始めそれぞれが自分の世界にひきこもり、個性と個人主義を旗印に学校や職場ではユニフォームを嫌い始め、評論家達はユニフォームが個性を殺しているとか、口を開けば「個性と自由」という言葉をマントラのように唱え始めた。

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上記のように西洋化が進み、個室や個人の自由を尊重した余りに子供達は自己の殻に閉じこもり、個室のドアを閉めて登校拒否までするようになり、親と子、家族の歓談が少なくなりそれぞれがウォークマンを耳に掛け、自分の世界に入りこんだ。

何はともあれ、私が目撃した日本人の勤勉さと真面目さ謙虚さによって、日本は世界一安全な国、世界第二位の経済大国そして世界一位を争うほどの長寿国家にもなった。それは日本人のみならず他のアジアの国々にとっても大きな励ましとなり、日本は模範国家となった。アジアの国々にとって日本は理想郷に近く、マレーシアのマハティール首相を始め、アジアの指導者達は「ルック イースト」の政策とともに、日本を目標とし、日本から学ぼうと言うのが常識になった。私自身この日本に住み、日本人と関わることが出来たことを誇りに思った時だった。

アジアの国々から見れば、西洋の技術や経済学などを押し付けられて反強制的に従わざるをえなかったことが多く、日本の明治維新以来行ってきた、自ら進んで西洋の知識や物質文化を導入し、消化して日本に相応しい部分を取りいれて成功したこととは異なる経緯があったからである。このようにして日本が、戦争に負けて国が廃塩と化した所からたった25年で国を再建、更に発展させたことに対し、敵も味方も大きな驚きを覚えたのである。

その後、世界中で日本研究が盛んになり、ある人は日本の復興を奇跡と呼び、別の人はボーゲル先生のようにジャパンアズナンバーワンと称して日本の実績を称えると共に日本に対する警戒を促し始めた。そしてアメリカを始め諸大国は日本がかつて戦争で成し遂げなかったことを今度は経済でやり遂げようとしていると決めつけ、日本を弱体化する活動が展開された。日米貿易摩擦はまさに貿易戦争そのものであったと言える。戦争である以上勿論負傷者も発生している。以来日本は徐々に弱体化の道を辿りつつあるように私には感じられる。 (続く)

※『正論』(平成20年2月号より転載)

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2008年2月13日 (水)

私の「大好きなこの国」はどこへ向かおうとしているのか (2)

●アジアの模範国だった日本

町に出歩くときや学校への通学路、出会う人同士はお互いに知らない人でもおじぎや会釈をし、挨拶をするのが当たり前のことであった。特にこの埼玉の毛呂山あたりは当時、兼業農家が多く、学校の先生達でも休暇の時や土日はゴムの長靴を履いて畑仕事をするのが普通であった。私の記憶が正しければ同級生達も家業を手伝っている人は少なくなかった。私の目には日本全体が豊かな生活と高度な技術国家としての目標に燃え、バイタリティーに富んだ社会でとても魅力的に感じた。

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また人々は世話好きで私達留学生を寂しくなる暇が無いくらいに町全体で面倒をみてくれた。風邪をひいて学校を休めば同級生の母親は甘酒を作って飲ませてくれたり、同級生達が帰りに寄ってくれてその日の勉強の内容や宿題のことを教えてくれた。やがて大学生になり居候をさせて頂いた東池袋にある池袋病院では、夜や休み中に奉公をさせてもらい、職場としての現場を体験出来た。 そこでもリネン係や配膳係、保険の点数書きなどをしているうちに、日本人の仕事への倫理観を体得させても貰った。私達留学生は当初ボスの前で特に一生懸命働くことは、ご機嫌をとっているようで格好悪く、自分に与えられた仕事以上のことをやろうとすることもぎこちなく感じたが、日本人の同僚や先輩達はすばやく自分の仕事を済ませ、終わると周囲を手伝い、5時になったからと言って仕事をやめてさっさと帰る人は殆ど無に近かった。仕事を早く終えた人は周囲の手伝いをし、上司から「よいから今日はもう帰りなさい」と言われるまで、周囲に気を遣うことも当然なことであった。その頃私達留学生の間に日本人に対する形容詞は、日本人は親切である、日本人は勤勉である、日本人は礼儀正しい、…などと言って日本人を誉めない人はいなかったと思う。 (続く)

※『正論』(平成20年2月号より転載)

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2008年2月12日 (火)

私の「大好きなこの国」はどこへ向かおうとしているのか (1)

私は『正論』の一読者としていつか自分の原稿を掲載出来る日が来ないかと、長い間願っていた。そこで今回は、私なりの日本への思いと日本国民に訴えたいことを以下のようにまとめてみた。

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私は昭和40年12月11日に来日し、以来42年を日本で過ごしているが、その間たびたび諸外国にも出掛ける機会に恵まれ、日本を「中から、外から」見られる立場にあった。昭和40年代は学生として埼玉で過ごしたが、その頃の日本はまだ経済的にも完全に復興していず、外国に出掛けられる人も医師や議員、あるいはロータリーのメンバーというような限られた人であった。羽田空港では外国へ旅立つ人を見送る人々の万歳の歓声が良く聞かれた。多くの方々から餞別を贈られ、帰って来ては報告会を開き、貴重なジョニーウォーカーと外国製の煙草を振る舞い、それぞれが自分が見聞した知識に基づく体験を報告し、会場の人々は鉛筆をなめながらメモを取り、外国からの情報に熱心に耳を傾けていた。つまり日本人は国民全体が向上心に満ちており生活の向上に、国として国際社会での地位の向上に熱心な時代であった。

少なくとも埼玉の毛呂山町においてはその時代、まだ各家庭に電話が普及しておらず、有線電話を通して連絡を取りあっていた。有線電話は有線放送にもなって学校の休校や町の催事、NHKのラジオ放送から体操の音楽が流れ、皆で揃って体操をしてもいた。つまり地域共同体が今日よりはるかに連帯感を持っており、「様々なもの」を共有していたのである。また、学校は勿論のこと工場や様々な職場においては皆様が名札をつけ、ユニフォームを身につけて食堂で社長も社員も同じ物を食べ、同じテーブルについていたことには当初驚いた。日本はとても平等な社会であると思ったのだった。 学校が休みのときはスポンサーであった病院の院長の病院で働きながら日本語の練習に励んだ。その頃、気付いたことは、日本の事務所は役所も含めて個室が殆ど無く、大きな部屋の中で仕事を分類して各班、各係、各部署が単位になって机が配列され、中央にある回転式のファイルなどは関係者全員が共有出来るようになっていたことである。部長や局長などが両脇に引きだしのある大きめの机を持ち、机の上には未決と採決の書類箱があった。課長クラスの人が入り口に向かって座り、両脇に係長、主任の順に席が決まっていた。私達留学生から見ると、軍隊のようなこの規律が日本の産業と社会をみごとに支えていたように思えた。学校へ行っても職場へ行っても、役所へ行っても至る所に「忍耐」とか「努力」とか「整理整頓」などの標語が貼られていた他、その時、その年の長期短期の目標をスローガン化したものが貼られてもいた。 (続く)

※『正論』(平成20年2月号より転載)

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2008年2月 1日 (金)

国の安全を考える(下)

外国に洗脳された農家の人々も、日本は美味しくて高いものを生産し、中国などの金持ちに売れば良いとして、農業の株式化を強調するとともに、農産物の高級化と限定化を推進しようとしているようです。これらの方々の意見として、農協が今の日本の食糧問題、農業問題のガンであるかのような記事が、英字新聞などに掲載されるようになりました。今までの官僚潰し、郵政潰しなどのパターンを見ると、これは農協潰しの予兆であり、日本の国家安全上も極めて危険なことであると危倶します。

日本を潰すには、軍事的侵略よりも、このような心理的作戦に基づく洗脳侵略の方がはるかに有効であるようです。

日本は、農業政策として、日本国民の主食であるはずの米を十分に作り、生活の格差が広がりつつある社会において国民誰もが米を食べられるようにすることが重要だと思います。

この農協潰しに対しては、国民全てが見物者にならず、自分自身の生活と国家の安全保障、そして世界平和と結びつけて考えていただききたいのです。日本の農協と世界平和を結びつけることが大袈裟だと考える読者もいらっしゃるかもしれませんが、人間も動物である以上、お腹一杯食べられなくなったら、盗み、強盗そして切羽詰まったら殺人をしてでも生き延びようとするはずです。いくら世界平和や人類愛を経文のように唱えても、現実的に自分自身の生活において、生死の問題になった時、生きることを選択することは当前のことでしょう。

ある報道によると、この五年間で世界の食糧は二五%くらい値上がりしているそうです。もちろん著しく発展している中国やインドの一部の産業の人々、或いは日本においてもあまり汗をかかずにマネーゲームをしている人々や、IT産業の人々などでは、給料や収入も物価上昇に対応して上がっているでしょうが、全体的には生活上の格差が広がっています。物価の高騰についていけない人々がどんどん増加しています。

しかし、物価の上昇についていけない人々もまた日本国民であり、むしろその人々は、樹木で言えば根に相当する部分です。根が腐りかけては、樹木自体がのびのび育ち花を咲かせることは不可能です。そうなってしまえば、どのような大木でもやがて耐えきれず滅びていってしまうでしょう。国家は、国民一人一人が衣食住に足りてこそ、十分に繁栄していくのではないでしょうか。農協を第二の郵政にしてはならないのです。

日本が変えるべきものと変えざるべきものをきちんと分別し、変えるべきものは誰のために、何のために、どのように変えたらどのようになるかということを十分に吟味して変革を行うべきです。日本は識字率が高く、テレビの普及率も高いので情報に接する機会は他の国々の国民より恵まれていますが、それが故にマスコミによって洗脳され誘導されがちです。今の日本人はインドの田舎の文盲の老人たちよりも哲学することが少なく、主体性にも欠けているように見うけられます。

国を守ることは行政や職業軍人だけでは決してできません。国民一人一人がそれぞれの役割を果たし、国のあらゆる機関が公共の利益を最優先し、謙虚で誠実に任務にあたることが必要です。

インド独立の父マハトマ・ガンジーは「自ら律することのできない者は、他によって律される」と言っています。農協も初心に戻り、自ら正すべき所は正して欲しいと思います。(了)

※財団法人・修養団発行「向上」(2008年2月号)より転載

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