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2008年2月25日 (月)

家族の意味 (上)

皆様はお正月をどのように過ごされたでしょうか。私は、正月中は朝から晩まで韓国の映画を見て四日間過ごしてしまいました。そして何故、最近日本で韓国の映画がこれだけ流行っているのかいろいろ考えました。

いくつか理由を思いつきましたが、その一つは喜怒哀楽が飾り気なしに表出されているからではないかと思いました。もう一つは、大家族制度と家族の絆であるようです。

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日本では戦後、西洋的価値観が入り込んできたせいか、成人男女が結婚をして家庭を築き子どもが生まれれば、その時点で核家族が完成します。そうすれば、両親や祖父母、曾祖父母、叔父叔母、さらには兄弟姉妹から経済的にも法律的にも独立してしまい、互いに干渉する度合いが少なくなるような仕組みができています。

干渉が少なくなるということは、互いに責任もなくなるということを意味しています。一方、韓国のドラマなどにおいては、依然として大人が子どもの生き方に干渉し、親兄弟は人生の選択、すなわち恋愛や結婚、就職などに深く干渉し合い、時と場合によっては大きな障害にもなっているようです。

今、日本の社会を蝕んでいる近親者の殺人などの血生臭い殺戮や、孤独死なども、私は大家族制度の崩壊にその原因の一つがあるように思います。お互いのようすを気遣い、手遅れにならないうちに助言したり、あるいは相談にのってもらったりするような人間関係が希薄になりつつあります。

かつて結婚式やお葬式は家族、親族が喜び悲しみを分かち合う機会でした。そのような、若者同士がお互いの親族を確認し、交流を深める機会が、昔は少なくなかったのです。

しかし今日はそのような冠婚葬祭をできるだけ簡略にし、人間同士が相助け合い、扶助の精神を育むような人間関係を煩わしく思う風潮が吹き荒れています。ブライダル産業が栄え、結婚式や披露宴は他人の手によって企画されます。当然、家族親族の関わりが少ないものとなり、経済的であるという観点を重視する傾向が強くなります。

最近は、高齢者の痴呆や子どもたちのひきこもりもがかつてよりも目立っているように思いますが、これも祖父母と子どもたちが互いに接し、刺激し合う機会がないからではないでしょうか。大家族においては、嫌でも祖父母は孫たちの相手をすることになり、また孫たちも同様に祖父母から様々なことを学ぶ機会に恵まれています。 (続く)

※財団法人・修養団発行「向上」(2008年3月号)より転載

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