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2008年2月 1日 (金)

国の安全を考える(下)

外国に洗脳された農家の人々も、日本は美味しくて高いものを生産し、中国などの金持ちに売れば良いとして、農業の株式化を強調するとともに、農産物の高級化と限定化を推進しようとしているようです。これらの方々の意見として、農協が今の日本の食糧問題、農業問題のガンであるかのような記事が、英字新聞などに掲載されるようになりました。今までの官僚潰し、郵政潰しなどのパターンを見ると、これは農協潰しの予兆であり、日本の国家安全上も極めて危険なことであると危倶します。

日本を潰すには、軍事的侵略よりも、このような心理的作戦に基づく洗脳侵略の方がはるかに有効であるようです。

日本は、農業政策として、日本国民の主食であるはずの米を十分に作り、生活の格差が広がりつつある社会において国民誰もが米を食べられるようにすることが重要だと思います。

この農協潰しに対しては、国民全てが見物者にならず、自分自身の生活と国家の安全保障、そして世界平和と結びつけて考えていただききたいのです。日本の農協と世界平和を結びつけることが大袈裟だと考える読者もいらっしゃるかもしれませんが、人間も動物である以上、お腹一杯食べられなくなったら、盗み、強盗そして切羽詰まったら殺人をしてでも生き延びようとするはずです。いくら世界平和や人類愛を経文のように唱えても、現実的に自分自身の生活において、生死の問題になった時、生きることを選択することは当前のことでしょう。

ある報道によると、この五年間で世界の食糧は二五%くらい値上がりしているそうです。もちろん著しく発展している中国やインドの一部の産業の人々、或いは日本においてもあまり汗をかかずにマネーゲームをしている人々や、IT産業の人々などでは、給料や収入も物価上昇に対応して上がっているでしょうが、全体的には生活上の格差が広がっています。物価の高騰についていけない人々がどんどん増加しています。

しかし、物価の上昇についていけない人々もまた日本国民であり、むしろその人々は、樹木で言えば根に相当する部分です。根が腐りかけては、樹木自体がのびのび育ち花を咲かせることは不可能です。そうなってしまえば、どのような大木でもやがて耐えきれず滅びていってしまうでしょう。国家は、国民一人一人が衣食住に足りてこそ、十分に繁栄していくのではないでしょうか。農協を第二の郵政にしてはならないのです。

日本が変えるべきものと変えざるべきものをきちんと分別し、変えるべきものは誰のために、何のために、どのように変えたらどのようになるかということを十分に吟味して変革を行うべきです。日本は識字率が高く、テレビの普及率も高いので情報に接する機会は他の国々の国民より恵まれていますが、それが故にマスコミによって洗脳され誘導されがちです。今の日本人はインドの田舎の文盲の老人たちよりも哲学することが少なく、主体性にも欠けているように見うけられます。

国を守ることは行政や職業軍人だけでは決してできません。国民一人一人がそれぞれの役割を果たし、国のあらゆる機関が公共の利益を最優先し、謙虚で誠実に任務にあたることが必要です。

インド独立の父マハトマ・ガンジーは「自ら律することのできない者は、他によって律される」と言っています。農協も初心に戻り、自ら正すべき所は正して欲しいと思います。(了)

※財団法人・修養団発行「向上」(2008年2月号)より転載

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