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2008年3月31日 (月)

中国はチベットに何をしたのか (中)

 四十九年目の決起

 なぜこの時期に騒動が勃発したのか。三月十日はチベットにとって平和蜂起四十九周年にあたる。

 一九五九年三月に、中国チベット軍区の司令部からダライ・ラマ法王を駐屯地に招待したいとの申し出があった。しかし、これまで同じ手口でチベットの高僧や要人が呼び出され、そのまま帰らないという例があったため、申し出を知った民衆が中国の思惑を阻止しようと立ち上がったのである。それが最終的には大きな暴動……チベット側からすれば「決起」に繋がったのである。

 以来四十九年間、チベット人は思いの灯火を消すことなく、三月十日には各地で集会などが行なわれていた。また、ダライ・ラマ法王がこの日に次の一年間の方針を発表するため、中国側も三月十日前後に何らかの動きがあることは当然予想していたはずである。

 特に今回は北京オリンピックを控え、それを政治の道具として使い、チベット支配の正統性をアピールしようとする中国の動きに対する反発が強かった。例えば聖火リレーをチベットのヒマラヤにまで登らせたり、台湾を経由しないと発表したりした。

 また、こんな一例もある。中国の五輪委員会が作成したマスコットは魚、パンダ、カモシカ、ツバメとオリンピックの聖火をイメージしたものだが、そのうちパンダとカモシカは、実はチベットの動物である。多くの日本人は「パンダ=中国」というイメージを持っているが、実際はそうではない。

 このような形で、中国は徐々にチベット支配の既成事実を作っており、チベット人がこれに反発するのも当然のことといえる。

 中国側は今回の暴動について「ダライ・ラマ派が画策した」と言っているが、そもそもダライ・ラマ法王は独立ではなく高度な自治を求めているし、北京オリンピックにも賛成している。オリンピックを開催することによって、中国が世界の一員として責任ある態度を取ることを期待したためだ。

 そのためダライ・ラマ法王は今回の騒乱については、多数の死者が出ていることについては「文化的虐殺が起きている」と中国を非難しつつも、北京オリンピックについては、「国際社会は中国に対し五輪ホスト国にふさわしい対応を取るよう促す道義的責任がある」と強調した。

 しかしチベット人の一部、特に若者のなかには先に挙げたオリンピックの政治利用とも思える動きに対し、「オリンピックをきっかけに、中国はチベット支配を定着させようとしている」と見る向きがあり、中国への反発は高まっていた。

 それに加えて僧侶達の動きもある。昨年十月にダライ・ラマ法王がアメリカ連邦議会から、議会黄金勲章を授与された。この賞はアメリカでは最高の市民栄誉賞であり、ブッシユ大統領は中国の強い反発を受けながらも、ダライ・ラマ法王に対して「平和と寛容の普遍的シンボル」「中国の指導者達に対し、ダライ・ラマ法王を中国に迎え入れるよう要請を続ける」として授与したのである。

 これを受けて僧侶達はダライ・ラマ法王のお祝いをしようとしていたのだが、この動きを察知した中国当局に僧侶のうちの何名かが捕まり、未だに釈放されていない。その釈放要求も今回の騒動に繋がっている。

五輪に大きなダメージ

 果たしてこの騒動が中国にとって吉と出るか凶と出るか。中国は戒厳令に持ち込めると踏んでいるかもしれないが、私は今回、中国は世界情勢の読み違えをしているのではないかと思う。以前は世界がチベット問題そのものを知らず、関心も薄かったが、今では人権活動家ならば誰でもチベット問題を知っている。

 事実、ダライ・ラマ法王が八九年にノーベル平和賞を受賞してからは国際社会への影響力を増しているし、最近では二〇〇七年九月にドイツのメルケル首相と会談。また先ほども述べたように、同年十月には米議会の名誉黄金章を受章し、ブッシュ大統領と会談している。

 各国の政治指導者だけでなく、世界の王族や国際的文化人とも交流がある。イギリスのチャールズ皇太子が北京オリンピックの開幕式を欠席予定なのもチベット問題が理由といわれている。

 今回の事件は、中国の思惑がオリンピックにとっても、中国政府そのものにとっても大きなダメージになったとみて間違いないだろう。

 各国の動きによっては、戒厳令とは逆に中国が態度を軟化させる手をとることも考えられる。軍による弾圧に対する世界の非難の声が高まれば、中国は手のひらを返して対応を軟化させ、チベットに対して世界が驚くような懐柔政策を取ってくるかもしれない。

 常にアメとムチを使い分けるのが中国のやり方であり、中国というのは、民主主義的に考えても理解できないのである。 (続く)

※ 『WILL 』(2008年5月号)より転載

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