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2008年3月 1日 (土)

3. 私もペマ先生も騙された

ペマ 中国は力がない時は、耳障りのいいことを言うのが常ですね。一九七七年に鄧小平が三度目の復活をしました。その時は中国経済をなんとかして立て直さなければならない状況でしたから我々とも一時、停戦しなければならなかった。ですから私は一九八○年に三カ月間、チベットの代表として北京政府の招待で中国とチベットに行きました。

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 当時、胡耀邦がやっと総書記になったところでしたが、彼は「独立という言葉以外はなんでも話し合いましょう」と言いました。さすがに公式の場では言いませんでしたが、食事の場などで、「我々は連邦制を研究している。新しい憲法を作るので案を出してくれ」と言っていました。私はそれを信じて連邦制の素案まで作りました。その素案の情報を産経新聞が聞きつけて、「中華連邦構想」として当時の産経に大きく掲載されました。ですが、私は産経新聞に文句を言ったのです。「中華」では困る、「中華・中央アジァ連邦構想」としてもらわないと、と。
 ところが、一九八二年になって実際に憲法を改正する時には、中国から呼ばれもしなければ何の連絡もありません(笑)。つまり、中国は時間稼ぎの時の作戦として、譲歩するかのように見せたりしますが、絶対にその通りにはならない。

石平 尖閣諸島についても、日本の援助が必要な時には棚上げしておいて、日本の援助が必要でなくなると自分たちの領土だと言い始める。そして軍艦も出す。
 私は中国共産党に小学生の時から騙されてきましたし、ペマ先生も先ほどのお話のように騙された。日本も同様に騙されているわけです。

ペマ それは中国共産党だけではなく国民党も同じで、中華の思想なのです。孫文が中国にとって偉大な人だったことは認めますが、周囲にとってあれほど迷惑だった人はいません。
 中国の歴代皇帝とダライ・ラマとの関係は、お寺と檀家の関係と同じだと言えます。ですから中国のほうから毎年、チベットに絹などの贈り物をおくってきていた。元朝以来、歴代の中国皇帝は、ダライ・ラマに貢いだわけです。中国皇帝はそうして、ダライ・ラマから権威を与えてもらった。そういう意味で、お互いに補い合ってきました。
 元も清もいわば満州、モンゴル、チベットの連合政府です。元朝というのはどう考えても中国ではありません。モンゴルが中国を植民地にしたというのが真実です。清朝も同様です。
 中国にはメンツがありますから、孫文はこのように多数である中国人が少数民族によって押さえられてきた歴史を、中華という概念で変えようとした。つまり、ずっと中国という国が続いてきたかのような歴史を描こうとしました。孫文に必要だったのは、自分たちの民族の誇りを取り戻すことだったからです。
 日本人は中国五千年の歴史などと言いますが、中国の歴史は途切れています。中国大陸の歴史は五千年でしょうが、王朝は次々と変わり、途切れている。日本と同じように一つの国の歴史として語ることはできません。

(続く)

□ Will-2008年3月号より転載 □

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