活火山化したチベット
中国チベット自治区で起きたチベット仏教僧侶らのデモと治安部隊による鎮圧は、多数の犠牲者を出す事態に発展した。その数も中国当局とインドのチベット亡命政府の発表に開きがあるが、深刻な民族・宗教問題が欝積(うっせき)している不穏な情勢を露呈した。今回の事件の背景などについてチベット難民として中国からインドに亡命、一九六五年に来日しダライ・ラマ法王アジア・太平洋地区担当代表などを務め、現在は桐蔭横浜大学法学部教授のペマ・ギャルポ氏に聞いた。
中国同化政策に強い危惧
三月十日はチベット人にとって決起記念日に当たる。一九五九年のこの日、中国政府がダライ・ラマ法王(十四世)を呼んで監禁しようとしたのに対し、法王を守るためチベット人が立ち上がった。以来四十九年間、デモは毎年やっており今回が特別ではない。
ただ、今までと違うのは、昨年十月に米国議会がダライ・ラマ法王を表彰したが、それを祝おうとしたチベットの僧侶を中国当局が逮捕したため、彼らの釈放を要求していることだ。
もう一つは、北京五輪を中国政府が政治利用して、聖火リレーをチベットから始めるとか、マスコットにチベットの動物(チベットカモシカ、パンダなど)を使うなど支配の既成事実化が顕著になったことだ。そのため今年は軍事力を背景にデモの武力鎮圧に出たのではないか。
報道では「チベット自治区ラサの暴動が四川省、青海省、甘粛省に飛び火した」との表現がされている。しかし、これら「自治区」や「省」は中国が線引きして付けた行政区画名称であって、チベット人にとってはこれらにまたがる国土がチベットだ。だから私はチベット全土に中国政府への抗議行動が広がったと認識している。
中国政府はチベットに「自治区」という名称を与えて、それがダライ・ラマ法王の求める自治だとしている。表向きは融和を唱えているが、実際は引き続きチベット仏教の信仰に対して宗教弾圧を行っており、寺院に対しダライ・ラマ法王の写真掲示禁止をはじめいろいろと制限を加え、僧侶の活動にもさまざまな監視をしている。青蔵鉄道開通によって便利になったが、現実は中国人がどんどん入ってきて札束をはたいてチベットのものを買収し、観光開発でもチベット人は恩恵を受けていない。これにチベット人の不満がたまっている。
法王は「高度な自治」要求
法王は高度な自治を求めている。内政・文化・宗教はチベット人に任せてほしいと言っているのだ。それはもともと一九五一年に中国とチベットが結んだ十七カ条協定にある通りだ。チベットの民族の権利、宗教信教の自由、チベットの国語など学校教育発展などが約束されたのに、ことごとく中国は破っている。チベット語は第二外国語化してしまい教科書も中国語だ。高等教育を受けようと思ったら中国語ができないと試験も受けられない。学校では、チベット仏教の伝統的信仰に対して「古い体質にしがみついて改革精神がない」と批判される。法王が「文化的虐殺」と表現したのはまさにその通りだ。
過去六十年、法王はあくまでも平和解決を求めてきたが、中国が誠意ある態度を示さないのは問題だ。このため、チベット人、特に青年層に中国への不信感が強く、(北京五輪を認め平和解決を求める)法王は甘いという意見も出ている。
しかし、これは法王の影響力低下を意味しない。チベットの人々も現実を見ながら行動しなければならない。このまま同化政策を推し進められたら、チベット民族の文化さえ守れなくなってしまうのではないかと、法王は非常に危惧(きぐ)している。そこで一つの選択として中国のメンツも重んじるような形で、独立ではなく「高度な自治」にとどめているのだ。
私はダライ・ラマ法王こそ解決のカギだと思う。(中国体制派の)チベット自治区のシャンパ・プンツォク主席とかパンチェン・ラマ十三世といった方々に対してチベット人は何も思っていないと思う。この人たちはそういう(体制派の)役割を果たさざるを得ない立場に置かれているわけで、その話を聞いて同情しても動くチベット人はいない。影響力はない。中国の自己満足だと思う。
私はチベット人を代表して中国との関係を担当してきたが、お互いに信頼関係がないことが問題だ。中国は民族自決権を尊重すべきだ。今回の事件の犠牲者数でも中国当局側の発表では十三人(十七日)という。犠牲者といい事の経緯といい中国当局は自分たちの都合のいいことしか発表しない。しかし八十人以上のチベット人が犠牲になった。同じ命ではないか。
国際世論喚起が重要に
問題はこれからだ。中国政府はチベットを抑えいる軍事的な背景の力でデモをいつでも鎮圧できる。しかし、国際社会は中国の都合のいい発表しかしない姿勢に納得しないだろう。デモがなくなったからこの問題は解決するのではなく、むしろ今後ますます傷口が大きくなって、真実が分かってくると五輪に対する影響も大きくなってくるだろう。今後、中国に対しても場合によっては政治制裁、経済制裁を加えてもよいという国際世論が高まる可能性もなきにしもあらずだ。今のところ国際オリンピック委員会(IOC)が五輪開催の是非をうんぬんすることはないだろうが、選手個々人の中に、自由という普遍的価値を重んじ自分の良心に照らして出場を辞退する人が出る司能性はある。
中国の非人道的非民主的な政策が今後も継続すれば、中国人の常識ある人や新彊ウイグルやその他の地域にも影響するだろう。百の言葉よりも一つの行いを見て人間は行動する。その意味で中国政府は今回の対応を含めて過去の行為を反省しないといけない。
中国に「寛容さ」求めよ
日本もデモがなくなったから解決したと思わず、むしろ爆発してもおかしくない火山帯の状態にあると見るべきだ。日本は国連常任理事国入りを希望している。ならば今回の出来事に米国および欧州連合(EU)の主要国がそれなりの発言をしている時、どうするかは分かるはずだ。今までより少し関心を示しているのはよいのだが、もう少し中国に対しチベットに寛容になれとか言えるような日本になってもいいのではないか。
私は今日(十八日)安倍晋三前首相に会って、人権など普遍的価値に基づき、チベット問題にしっかりとした態度を取ってほしいとお願いをしてきた。かつて南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)に対して、マンデラ氏支援の国際世論の高まりによって同国に変革をもたらしたが、中国についても国際的な関心と世論がとても大事だ。
※ 「世界日報」(2008.3.19付)より転載
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