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2008年3月26日 (水)

「チベット大虐殺」でバレた胡錦涛の「思惑」と「誤算」

チベットは本当に中国の一部なのだろうか。

 中国・チベット自治区のラサで起きた大規模な騒乱は青海省、甘粛省、四川省などに飛び火し、日ごとに死傷者を増やしている。

 ダライ・ラマ法王日本代表部事務所広報担当官のルントック氏は、現在の状況をこう語る。

「ラサ市内はひとまず沈静化しているが、当局がチベット人の家を一軒一軒回り、騒乱の参加者を取り調べている。拘束されれば、拷問でさらに多くの人が殺される。本当に恐ろしいのはこれからです」

 チベット史に詳しい早稲田大学准教授の石浜裕美子氏もこう言う。

「当局に170人が出頭したと報じられているが、それよりはるかに多くの人が行方不明になっている。逃亡したのでなければ、拘束されている可能性が高い」

 騒乱が起きるきっかけとなったといわれる3月10日は、1959年にラサ市民が中国による支配に反発して蜂起し、ダライ・ラマー4世の亡命につながった日。実は今年に限らず、デモは毎年行われていたという。

 それがなぜ、今回に限つて大きな騒乱に発展したのか。チベット出身で桐蔭横浜大学教授のペマ・ギャルポ氏は、こう分析する。

「拘束された僧侶の釈放を求めてデモをする群衆に、当局の軍用車が突っ込んだ。これにより小競り合いが起き、騒乱に発展したといわれている。北京五輪でのテロを警戒する当局は、事前に騒乱をあおることで反抗的な市民をあぶり出し、根こそぎにしようとしたのではないか」

 確かに、北京五輪を前に中国当局は市民への締め付けを強めているといわれる。昨年12月には、北京の著名な人権活動家が外国メディアの取材を受けたことなどを理由に逮捕されている。

 騒乱がここまで大きくなったのには下地があった。チベットでは、日常的に中国政府への不満が渦巻いていたのだ。ルントック氏はこう説明する。

 「ラサ市内には多くの監視カメラが設置され、チベット人は常に見張られている。寺院は政府の管理下に置かれ、僧侶はチベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世を批判する文章を書かされます。経済的にも圧迫されていて、ラサにある約-万3千店の商店はほとんどが漢民族の経営。チベット人の店は300店ほどにすぎません。当局は税制を優遇するなどチベットヘの移民を促進する政策を取り、漢民族の数は増える一方です」

 前出のペマ氏によれば、軽犯罪者がチベットに移住させられるという例もあるという。これに加え、北京五輪をめぐってもこんな問題があった。

「チベット自治区内のヒマラヤ山脈を聖火ランナーのコースに入れたり、チベットカモシカを五輪のマスコットキャラクターの一つにしたりと、当局は五輪を『一つの中国』とアピールする政治宣伝に利用しようとしている。こうした動きに対しても、チベット人の不満がくすぶっていた」(ペマ氏)

 中国側の"情報統制"にも、ほころびが出てきた。当初は発砲したことを認めていなかったが、国営の新華社通信が20日になってようやく、「自衛のためにやむなく」発砲したことを認めた。

 「89年のラサ暴動を取材したジャーナリストは、靴にフィルムを隠して情報を伝えた。今はインターネットで、銃殺されたチベット人の写真が全世界に公表されている。いずれ旅行者などが撮影した写真や動画がさらに出てきて、真相が明るみに出るでしょう」(石浜氏)

 もはや、国家による情報操作は通用しない時代になりつつあるのである。

 前出のペマ氏もこう語る。

「日本で常識とされていることも、中国のプロパガンダで歪められているものがある。中国の象徴とされるパンダも、生息しているのは元々チベットだった地域です。本来のチベットは今の行政区分であるチベット自治区に加え、今回デモが飛び火した青海省、四川省、甘粛省のチベット人居住地域も合わせた地域。すべて合わせると、実に中国の面積の4分の1に及びます」

 5月に来日が予定されている胡錦濤国家主席は、89年のラサ暴動を武力鎮圧して出世した人物だ。

※ 「週刊朝日」(2008.4.4 号より転載)

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