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2008年4月25日 (金)

物事は見る視点によって変わる (上)

本日(三月十日)朝八時頃の某ラジオ局に、元経済閣僚で小泉内閣で経済全般に関して大きな力を持っていた竹中平蔵さんが出演し、英国の経済誌を引用しながら、日本の景気の悪いのは三匹のワニ(中曽根さん、ナベツネさん、森さん)と安倍前首相の責任であると熱弁を奮っていました。

英国の記者がそのような記事を書いたことは事実でしょうが、それを都合良く引用するのは、竹中元大臣の個人的なご都合主義に過ぎないと私は思いました。安倍前首相は憲法改正など政治的問題に重点を置き、小泉内閣の経済改革を継承しなかったと竹中さんは言及していました。

189_2 しかし長期にわたって日本の経済担当閣僚としてまたブレーンとしてこの国の金融や経済に直接関わってきた人の言葉としては、極めて無責任で自己保身的な弁明にしか聞こえませんでした。物事はどのような立場で見るかによって、同じ事実に対する評価も変わってきます。私は彼の話を聞きながら、彼すなわち元国務大臣は一体誰の利益を代表し、どのような立場でものを見てきたのだろうかと考えさせられました。

確かに英国人やその他外国人の立場から考え、外国の都合で解釈しようとすれば、彼らが言うように日本の経済に無秩序な自由化の原理を導入することで、数字上の金融の流れは大きく変わるかもしれません。

また一部の金儲け至上主義(成金)が天文学的な数字で大きく伸び、世界の長者番付に名を連ねることができたかもしれません。日本人が長者番付の上位に入り、一部の日本人が大儲けすることは日本の名誉のためにも良いことであり、また他の人々の励みにもなるでしょうから、そのこと自体に異論を唱えるつもりは全くありません。しかしそれが国民全体の犠牲の上に成り立ち、国家そのものの弱体化つまり総合的な国力の低下につながるものであれば、やはり優先順位としては後廻しにすべきことであると私は思うのです。

竹中さんたちは”国際競争、国際競争"と言いますが、国民の生活がどんどん圧迫され家族を養うにも困り衣食住すら確保できないようでは、国際競争に勝つ意味がどこにあるのでしょうか。ましてやグローバライゼーション、国際化の名の下でどんどんと日本で生まれ成長した企業が外国の資本に牛耳られ、名ばかりの"日本製"であるのでは、なおさら奨励できることではありません。 (続く)

※『向上』(2008年5月号)より転載

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