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2008年5月

2008年5月31日 (土)

私は日本の中国属国化を心配している

今回は最近私が残念に思った二つの出来事について愚見を述べたい。

先ず第一に、世界の世論を無視できなくなった中国政府が、ダライ・ラマ法王の代表との対話に応じてきたことである。中国政府も法王側もこれを非公式であると発表した。しかし双方が率直に意見を述べあったと評価しているので、私は理解に苦しんでいる。

中国側は今回のチベットにおける抗議デモに対する残酷、かつ不当な弾圧で200名以上の命を奪ったのは止むを得ない治安維持のための行為であったと述べ、またチベット側は中国がダライ・ラマ法王が、今回のチベット全土でおきた一連の抗議デモの裏で糸を引いていると言う中国側の主張に強く抗議し、それを否定したと言う。

勿論この他に今回捕まった人々の釈放を要求し、十分に治療を受けさせること等の要求も行ったという。さらに外出禁止令のため、身動きの取れなくなった市民は食糧不足で苦しんでいる事実も取り上げたという。

これらの問題について正式に抗議し、互いに意見をぶつけあっていれば、それは個人的な意見ではなく、それぞれの政府の見解を述べていたはずであって、正式な見解を主張していたはずである。暇つぶしの井戸端会議ではなく正式な会談でなければ意味がない。

チベット側は首席大臣(首相)が談話を発表し、今回の対話に「満足している」と前向きに評価していると述べた。又、首席代表ロデイ・ギャリも今回の中国側との対話についてダライ・ラマ法王と内閣に報告した後、ケルサン・ギャルツェン代表と共に記者会見を行い「継続的に対話を行うことになっている。近い内に正式会談を行うことになった」とこれまた満足げであった。

しかし、私は北京政府側の胡錦濤国家主席が外遊、つまり日本訪問前に海外メデイアからチベット問題で責められた場合、「我々は寛大にもダライ・ラマ一派と対話を再開している」と言い訳ができるように口実を作ったにすぎないのではないかと思っている。これは、外遊前の5月4日を会談の日に選んでいることが何よりも明快に物語っているように思う。

要するに中国側に世界世論を本当に尊重し、チベット問題を誠意をもって解決しようとする明確な意思がないのだ。私は世界世論を中国政府が無視できなくなっている事実を重視したい。共産主義の看板を外せば、政権の正当性を失う中国の一党独裁体制が資本主義にどっぷり入っているので、外資や外国の技術に対する依存の高さは、毛沢東や鄧小平が想像もできないぐらいに今の中国の基盤を蝕んでいる。

従って、今後さらに世界世論がチベットに関心を寄せ続けて支援すれば、中国政府は止むを得ず内容のある交渉に乗らざるを得なくなるだろう。日本の皆さんには末永くチベット問題を見守って頂きたいのでよろしくお願いします。

もう一つの出来事と言うのは長野での聖火リレーに対する日本政府の対応ぶりに対するものである。私は学校で国家とは①ある一定の領域(領土)を有し、②そこに国民がいて、③政府があって、④王権が確立していることと習った。しかし、最近日本国をみていると、政府と主権が存在しているか疑いたくなるような事件がおきている。それを、ここで「長野事件」と名づけよう。

今回、北京オリンピックの聖火リレーが長野で決行された際、北京政府が動員した中国人留学生たちが暴れ、オリンピック聖火リレーに抗議しようと集まったチベット支援者に怪我させていても、日本国政府の機関で治安維持、主権執行の役割を持っていた警察当局が見て見ないふりをして野放しにしていたと、私は現地に行ったチベット支援者から話を聞いてがっかりしたのである。

しかも中国側に抗議をしていたチベット支援者に厳しく当たり、聖火ランナーの前へ飛び込んだだけで、誰にも、何の危害を加えていないチベット人青年は逮捕され、今日5月11日現在まだ釈放されていない。日本国は国連の常任理事など目指す前に先ず、主権回復に努めるべきであると私は思う。

日本憲法は「主権在民」の原則でその主権者の信託を受けた議会の選出によって内閣が主権を代行しているはずなのに、その内閣の指揮下にある警察権すら中国に奪われていては国家が正常に機能していないことを意味するのだ。長野での出来事を見ている限り、日本は中国の属国のような振舞いで実に独立国には思えない。

チベットは残念ながら中国の植民地になってしまったが、それでも精一杯抵抗している。今回チベットの青年タシ・ツェリンさんが日本の法律に違反した行為については当然償うべきだが、中国がかつて彼の所属していたチベット青年会議はテロリスト集団だと決めつけているからと言って刑を重くしたりするのも納得しにくい。

実際にチベット青年会議が過激な行動を取ったと、中国政府が具体的に証明し、かつ世界各国が客観的にそれを検証した上での話であれば仕方がないだろうが、中国の一方的な見解を鵜呑みにしているようでは独立国家としてあまりにも情けない。中国政府は国家の面子をかけて必死にオリンピックを強硬に開催しようとしており、何が何でも強硬成功させようとしているのである。

中国は最近ダライ・ラマ法王を個人攻撃をし、中国の政府はダライ・ラマ法王を「僧侶の法衣をまとった狼である」と言いふらし、法王の人格を抹殺するような宣伝を国内・外でキャンペーンを行っている。一時おとなしく見えた中国の路線は再び文革時代に逆戻りしている。徹底した非暴力を提唱するダライ・ラマ法王の平和的なイメージを破壊したい中国は、あらゆる手段を使って法王を攻撃している。

そして最近はやりのテロリストと言う分類にチベットを当てはめようとしている。日本は独立国家、主権国家として日本の視線と日本の国益に照らし合わせて物事を判断してもらいたい。チベットは残念ながら中国の植民地になってしまった。日本が属国化しているのではないか心配である。

※ 月刊 『日本』(2008年6月号)より転載

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2008年3月14日、チベットのラサ市で発生した中国政府に対する抗議デモはいったい、なぜこれほど大規模な”騒乱”に発展したのか──。

中国によるダライ・ラマ法王の否定、仏教建築物の破壊、非人道的な拷問・殺戮、チベット人を上回る数の中国人の移住、チベット語・仏教・固有の文化の抹殺……

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2008年5月29日 (木)

人権と民族自決権 (下)

それにしても今、中国は目覚ましい経済成長と目に余る軍備増強で、世界の注目を浴びると同時に周囲の国々の不安をかきたてています。チベットで起きていることが、いつわが身に降りかかってくるかわからないからです。

そのような中で比較的呑気に構えているのは日本くらいでしょう。日本の経済界の首脳陣は「目先のマーケットとしての中国」に目が眩んでいる状態です。しかしそれは希望的観測であり、中国の実態は、いつ崩れかけてもおかしくない様々な要因を抱えています

そのような問題の一つで、アキレス腱になり得るのがチベット問題であると言えるのではないでしょうか。もちろん中国当局は、ウイグルでの抵抗運動は反国家的行為であり、先週もテロ行為で四十八名を逮捕したと自慢げに報じています。それを裏返して考えてみれば、チベット以上にウイグルで人々が抵抗していることを物語っています。また中国は見せしめのため国内の中国人の活動家についても、国家を崩壊しようとした罪などで厳しい判決を言いわたしたと報じています。これも逆に言えば、それだけ今の政権に対して国内で不満が高まっていることを意味しています。

これらの問題を総合的に考えれば、中国は決して一部の経済人の言うような安定したマーケットなどではありません。まして資源が豊富な国でもないのです。なぜならば今、たくさんの地下資源が眠っている領域は、本来中国の領土外の地域だからです。

日本の経済人は近視眼的な利益よりも、長期的な国家戦略に基づく視野でチベットや中国を見て、考えを正す時期ではないのでしょうか。

中国の本質的な覇権国家としての潜在的国家目標をどのように打ち破って行くかということも、アジア全体の安全と発展を考える上で、重要なテーマではないかと私には思えるのです。

チベット問題を単に哀れなできごととして見るのではなく、中国という国の正体を見極め、そこの人々の真の幸せを願い、アジアと世界の平和と永久的繁栄を望む立場から、今回の一連の出来事や、オリンピック問題などを考えるべきではないでしょうか。

日本は戦後、米国の占領支配を受けた体験からも「民族自決権の重要性と人権の尊さ」については世界のどの民族よりも、どの国よりも実感を持っているはずです。従って今、中国で起きている人権侵害と民族自決権を無視した行為に対しては、もっと積極的に発言すべきでしょう。

中国に対して友人として助言することは、日本が目指すアジアのリーダー、国連の常任理事国への一歩ではないでしょうか。

チベット問題は言うまでもなく中国とチベットの問題ですが、それと同時に、自由を愛する人々と中国の共産党一党独裁による強権政治への対応は、アジア各国の安全保障、生活の安定と繁栄と強く結びついているように私は思います。

従って、民主主義を誇りとする日本国民と日本国の真意をも問われているように思います。 (了)

※ 『向上』(2008年6月号)より転載

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2008年5月28日 (水)

人権と民族自決権 (上)

戦後、「世界人権宣言」の採択とその普及により、世界中の人々が”人権"という概念を共通認識として分かち合えるようになってきています。しかも、言論、思想、表現などの自由は特定の階層や民族だけに限定したものではなく、人類共通の普遍的な価値として重んずるようになっています。

また文化的歴史的に共通なものを有し、共通の夢を持っている人間の集団、即ち「民族」にもその自決権を認める方向で進んでいます。二度の世界大戦を経て国連が創設された時は五十一カ国でしたが、わずか六十年でその数が約四倍の百九十ふくニカ国に膨らんでいます。これは民族自決権による植民地からの解放に伴い、多くのアジア、アフリカの国々が独立したからです。

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そうした中で、未だに人権に対し抑圧的で、民族自決権という言葉にアレルギーを示し、そのような言葉を口にする者を分離主義者として逮捕投獄する国があります。その一つが中国です。

三月にチペット全土で起きた(甘粛省、四川省、雲南省なども含む)抗議行動とそれに対する中国当局の弾圧が一例です。中国当局によると十九名、チベット亡命政府の発表では百四十名強が命を失いました。もちろん中国は、中国側の犠牲者の数を強調しているのであって、公安当局によって殺されたチベット人は数の対象にすらはいっていません。

今回の三月十日に端を発したチベットの僧侶などによるデモは、①一九五九年以来の軍事力を背景とした中国の悪政、②経済的に搾取している現状、③中国から多くの人を移住させてチベットの文化を失わせ中国に同化させる政策、などへの反対、また昨年ダライ・ラマ法王の米国議会最高栄誉賞受賞を祝賀しようとして逮捕された僧侶たちの釈放要求、そして北京オリンピックを政治利用してチベットが中国の一部だとする既成事実を作り上げようとしていることなどに対する強い不満を示すためでした。

詳細は日本の報道各社が積極的に報じて下さいましたので重複は避けますが、当事者でチベット問題の最高の権威であるダライ・ラマ法王が四月十日アメリカ訪問途中に成田空港に立ち寄り、マスコミ関係者と四十数分間記者会見を行いました。百二十名前後のメディア関係者が押し寄せる中、法王は改めて「中国によるオリンピック開催に反対しておらず、むしろ支持をしている」と強調なさいました。また「聖火ランナーへの妨害的な行為も支持していないし、そのような妨害はしないように呼び掛けている」とおっしゃったのです。

これを受けて、日本国内でも「法王が中国のオリンピック主催を支持しているのだから妨害行為をしてはならない」と意見を述べた人がいましたが、私は法王のお言葉の真意は「中国に対し、オリンピックを開催できるような常識的な国家になって欲しい、中国が世界に誇れるような民主主義と人権を尊重するような国になって欲しい」という願いが込められているように思いました。

また法王は頭の両脇に人差し指で角を表すような仕草をされ、「私が鬼に見えますか?私が鬼かどうかは皆さんがわかると思います。しかし中国政府は私が鬼であり、今回の一連の抗議行動を後ろで糸を引いていると個人攻撃をしています。これは事実無根です。中国の方々や第三者の機関がダラムサラも含めて調査していただければわかることです」とおっしゃり、「中国の指導者たちは現実を見て問題解決に努めるべきです。今のような、民衆の不満を力で抑え、暴力的に問題に対処することは時代遅れです」と、法王にしては珍しく強い口調で中国を批判されました。

中国のあまりにもでたらめな時代遅れの、人格抹殺を計った共産党特有のキャンペーンに対して、うんざりなさっておられる法王の気持ちはよく理解できました。 (続く)

※ 『向上』(2008年6月号)より転載

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2008年5月25日 (日)

中国にとってチベット問題とは何か

騒乱を通して中国は最も醜悪な一面を世界に知られた。解決にはダライ・ラマ法王と対話するしかない

世界が知った恥部

──北京五輪の聖火リレーに対して、英仏はじめ各地でチベットの自由を訴える抗議活動が広がっている。チベツト自治区の状況は?

 形の上では沈静化に向かっている。第十四世ダライ・ラマ法王が四月六日に出した「チベットの人々はオリンピックの障害となることを起こすべきではない」との声明もあり、中国当局は周辺軍区から応援部隊を動員して押さえ込んでいるからだ。
 しかし、実情を見ると、民衆の自発的な抗議活動は続いている。特にチベット自治区の東にある青海省、甘粛省、四川省では散発的に起こっているし、三月三十日にはラサでも二千人ほどの抗議活動があった。
 世界的には、ネルソン・マンデラやジミー・力ーターなどノーベル賞受賞者や現職を離れた著名な政治家たちが中国政府に対して、チベットにおける人権弾圧をやめ、法王と対話するよう呼び掛けている。中国国内の民主活動家をはじめ世界チベット学会や日本の国民新党、議員連盟など、宗教界では全日本仏教会や日蓮宗なども声明を発表した。これら内外の支援に心から感謝したい。

──ダライ・ラマ法王が沈静化のメツセージを出したのは?

 二つの意味があると思う。一つは、チベットの遊牧民までが抗議活動に加わり始め、ゲリラ戦になる怖れが出てきたので、それを防ぐこと。チベット自治区の第一書記も「人民戦争だ」と発言しており、やがて「一人残らず殺す」になりかねない。法王はチベット人の犠牲者を増やしたくないのだ。もう一つは、中国に対して、「今までは騒乱が拡大しないように努力してきたが、これ以上弾圧を続けると抑えきれない」という警告を発したのではないか。実際、法王が自制を求めているのでチベット人も我慢しているところが大きいが、もう怒りが限界に来ている。だから、法王があのような呼び掛けをしなければ、勝ち負けは別として、民衆はもっと抵抗活動をしたと思う。

──背景には近年の中国人によるチベットヘの経済侵路があるのか。

 そもそも、一九五一年にチベットとの間に結んだ十七条条約を中国が破り続けているからだ。同条約では、内政・文化・宗教において高度な自治を保障するとある。中国のチベット支配の実態を見ると、チベット人やチベット文化そのものを抹殺するような民族的、文化的虐殺が行われている。
 チベット問題は決して中国による不当な支配の問題だけでなく、今や世界有数の経済大国になった中華人民共和国の体質的な問題だと、世界は知るべきだ。世界の主要国になり、オリンピックのホスト国ともなれば、経済以外の国の内容も問われるようになる。その意味で、今回のチベット騒乱が意味することは大きい。

──中国当局はチベットが戒厳令的な状況になるのを、むしろ望んでいるのでは?

 今も実態は戒厳令だ。オリンピックが近づくにつれ民衆を抑えきれなくなりつつあり、大規模な争乱がチベットから起こることを恐れている。そうなる前に、軍事力で徹底して押さえ込み、五輪を見に来る外国人には自由な旅行を許可しないようにしたいのだろう。当局としては、それ以外に選択肢がない。その意味では、中国政府も追い込まれているのではないか。
 中国政府に自信があるのなら、オリンピックは世界に向けて自国の発展ぶりを宣伝するよい機会なので、外国人も自由に全国を旅行できるようにしたいだろう。しかし、外国には隠さないといけない部分がある今の中国はそれができない。

──聖火リレーがエベレストまで走るのは?

 チベットが中国の一部であることを国内外にアピールするためだ。それによって彼らの支配の正当化を図ろうとしている。しかし、その意図は外れてしまった。少なくとも、今回の騒乱で世界の多くの人々は中国のチベット支配は極めて不自然で問題があることをはっきり知っただろう。
 エベレストのごみ掃除をしているアルピニストの野口健さんが、「エベレストはごみの山から政治の山になったので、もう登りたくない」と言っていたが、世界の人たちが中国に対してそういう印象を持ち始めている。

民族独立を恐れる

──元々チベットの領土は自治区よりも広かったのか。

 今の自治区の二倍、現在の中国全土の四分の一くらいを占めていた。チベット人は中国の内陸地帯の広範囲に住んでいて、青海省、甘粛省、四川省から雲南省あたりまで、歴史的にも文化的にもラサに通じている。例えば、日本人はパンダは中国の動物だと思っているが、実はチベットの代表的な動物だ。

──チベットは山岳地帯の厳しい風土という印象だが。

 私が生まれた西チベットは野菜や果物も豊富で、外国の人たちが想像する月面のようなチベットとは大違いだ。自然も豊かで恵まれている。

──中国がチベットにこだわる理由は?

 第一にリチウムなどの希少金属やウランなどの地下資源に水資源、そしてアジアの屋根としての地政学的な戦略的重要性からだ。

──法王のメッセージで沈静化するか。

「独立を求めない、平和的に解決する」という法王に対して、中国支配下のチベットに生まれ育った若い人たちの間には、「中国政府は信頼するに足る相手ではない」との思いから、法王の考えは甘いという意見が確かにある。ただ、今のところは、最終的には法王が決めたことに従うという気持ちが強いと思う。
 中国政府は法王が海外から糸を引いて計画的に騒乱を起こしていると言っているが、それは事実ではない。むしろ、法王がインドに亡命した後、中国支配下で育った子供たちが二十代から三十代になり、彼らが中心になって騒乱を起こしている。それは、中国の統治が成功しなかったからだ。

──チベット自治区は自治区の名に値するのか。

 中国政府は甘粛省や四川省に蔵族(チベット人)自治区を設けたが、中国では自治区というのが自治のないことを証明しているようなものだ。青海省や四川省あたりには昔、アムド、カムというチベット最大の州があり、今のチベット自治区の大半は元のウツァン州だった。チベット人にしてみると、自分たちは南北ベトナムや朝鮮、東西ドイツのようにはなりたくない、あくまでも歴史的、文化的、宗教的に一つの国だったチベットを回復するというのが民族の総意で、法王も常に強調している。

──中国当局は騒乱が他のチベット人居住地域にも広がることを警戒している。

 さらに新彊ウイグル自治区や内モンゴル自治区にも拡大する恐れがある。北朝鮮もその一つではないか。騒乱が少数民族の独立につながると、中国は国土の73%を失う。

──中国政府はそうした地域に漢民族を移住させ、経済を握り、通婚などを通して実質的に支配しようとしている。

 かつては命令で行かせたが、今は経済的なインセンティブを与えて移住を奨励している。だから、金目当ての漢民族が押し寄せてきて、チベット文化が破壊されるようなことも起こる。例えば、チベット人は銀のスプーンなどを庶民も好んで使うのだが、それを漢民族が安値で買占め、香港の骨董屋に売ったりしている。市場経済化で現金が欲しいチベット人は、安くても手放してしまう。現金がないと暮らせないようにしているので、半ば強制的だ。
 モンゴル自治区では漢民族とモンゴル族との割合が九対一で、ほとんど制圧されてしまっている。騒乱が起こるのはチベットと新彊ウイグル自治区くらいだろう。

法治国家以前の中国

──第十四世ダライ・ラマ法王も七十三歳と高齢になり、後継者を含めチベットの将来をどう展望しているのか。

 数年前から政教分離を進め、政治の分野では二〇〇〇年から直接選挙で亡命政権の首相(主席大臣)を選ぶようになった。それにより、首相がチベット人の代弁者となることの正当性を与え、法王は「私はセミ・リタイアだ」と言っている。閣僚の人事権などは首相が持っているので、もし法王が活動できなくなっても、政治的な空白は生じないだろう。
 宗教的には法王は輪廻転生されるので、生まれ変わった少年が探し出されることになる。これに関しても法王は、「共産主義政権の支配下では生まれない」と断言している。

──高度な自治が確保できれば、中国の一部としてやっていけると思うか。

 法王が現実的な問題を把握し、ベストの選択肢を選んでいると思う。しかし、過去六十年間の経験から言うと、中国共産党の政権そのものが変わらなければ、自治も絵に描いた餅だろう。法王の言われることは理解できるし、チベット人の総意としてのご意志には従うが、同時に中国そのものが法的な整備も含め公正な政治が行えるようにならないと、今までの自治と変わらないと思う。残念ながらまだ中国は法治国家とはいえない要素があるので、それが今後どう変わるかによって違ってくる。

──胡錦濤政権が強攻策に出ているのは人民解放軍を抑えるためとの見方もある。

 一九八九年にチベット自治区で激しい独立運動が起きた時、当時、同自治区の共産党書記だった胡錦濤が現場の指揮を取り、チベットに戒厳令を敷いた時は、上の命令に従ったからだろう。その後、国家主席の座に就いて世界を意識せざるをえなくなったので、今回の騒乱で武装警察が強攻策に出た時は、おそらく中央では全部を掌握しておらず、公安当局が独走しているからだと思った。
 しかし、その後、温家宝首相の記者会見や、聖火の採火式に胡錦濤自らが出席したことをみると、やはり彼も権力の座に就くと、同じような強攻策を取るのだろうと思えるようになった。胡錦濤は軍事委員会主席にもなり、本来なら統帥権を持っているはずだが、まだ完全には掌握していないようで、これからの見極めが必要だ。
 中国の人民解放軍はまだ完全な国軍にはなっていない、いわば共産党の私兵だ。しかも他の国の軍隊と違って軍自体が経済活動をしている。中国の権力は表向きの全人代(全国人民代表者大会)に基づく政府と共産党、さらに軍の三重構造になっているので複雑だ。憲法では共産党が指導することになっているが、実際には軍が圧力団体として大きな影響力を持っている。

──IOC(国際オリンピツク委員会)は政治には関与しないとの立場だが。

私は「政治問題にしてはならない」という発言こそ、最も政治的な発言だと思う。しかも、問題の本質から逃げていて、極めて卑怯なスタンスだ。オリンピックは国家の権威を示す祭典でもあり、全くの政治抜きの開催などなかった。モスクワ五輪のように参加をボイコットすると、確かに選手はかわいそうだ。それには同情するが、I0Cやホスト国は五輪を政治利用している当事者であり、我々も抗議活動をすることで政治利用している。それは世界の人が認めている事実だろう。

──日本政府の姿勢をどう思うか。

 チベット問題のみならず毒ぎょうざ問題もまだ解決していない。靖国神社についても内政干渉を受けている。こと中国に対して日本政府は、主権国家としての振る舞いができていないと思う。
 経済的利益から中国と問題を起こしてはならないという経済人がいるが、三月の全人代で胡錦濤が発言したように、チベットなど周辺地域が安定しない限り中国の安定もないので、この問題に目をつぶることは、長期的には中国の安定にマイナスになる。中国を安定した市場とするためには、政治的安定を促すべきだ。そうしない経済人は、目先の利益だけを考え、本当の国益は考えていないのではないか。

法王との対話始めよ

──チベット人は中国政府に何を求めるのか。

 各国の議会で決議文が出されているが、チベットは今は中国の占領下にある国だという認識をはっきり持つべきだ。中国が併合するのであれば、軍事力によるのではなく、民意を尊重した形で正式な手続きを踏まなければならない。それが中国のためにもなる。それにはダライ・ラマ法王と対話をするしかない。

──チベット人の独立志向は?

 それは強い。この六十年問、チベットが地上から消えなかったのは、やはり仏教のお陰だと思う。世界中にチベットがこれだけ知られ、友人ができ、チベット仏教の信者が増えたのは、チベットニ千年の歴史上初めてのこと。その頂点に立つ法王の力は依然として大きい。国際世論を背景に、中国首脳との対話が実現し、法王が求める自治に向かって進むようであれば、民衆も落ち着くのではないか。それは胡錦濤政権にとってもプラスのはずだ。中国の最も醜悪な一面は、いまだに植民地を持っていることで、それを解消すれば中国に対する国際評価は高まるだろう。

※ 月刊『世界思想』(2008年6月号)より転載

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2008年5月24日 (土)

対談 胡錦涛のチベットジェノサイド (下)

皇太子訪中を断固拒否しろ

ペマ 国連は一九五九年、六一年、六五年の三度、チベットにおける文化の破壊と中国軍の撤退を決議しています。その後、現在までに世界各国の議会でチベットに関する様々な決議が約五十もなされました。
 この四月九日にはアメリカ議会が、ブッシュ大統領の北京五輪欠席、ダライ・ラマ法王と中国との対話を促すこと、さらにはアメリカ政府に働きかけてラサに総領事館を設置するという重要な問題を決議しました。また、EUでは加盟国に対して開会式欠席を促す決議をしています。
 このように二〇〇八年現在までに、チベット問題に関する様々な決議がなされていますが、この中で最も重要なのは、アメリカ議会やニュージーランドなどがチベットを「占領下の国(country under occupation)」と位置づけた決議がなされているということです。これは、国交まではないものの、ほぼ亡命政府の正当性を認めていると言えます。

石平 論理的に考えれば、占領下であれば亡命政府が正当だということになりますね。

ペマ そうです。そして、今の中国による支配が不当であるということになります。

石平 世界の議会はそう見ています。

ペマ ですから、かつてのように世界各国が中国に遠慮するという時代は終わっていると思いますね。

石平 その通りです。かつては中国が振り上げた拳を下ろせるように、彼らのメンツがたつようにと世界各国は立ち回ってきました。しかし、特に重要なことですが、今回こそ世界中が毅然とした態度を取るべきです。中国国内の問題を解決するためにも、今回は中国政府にショックを与えなければならない。

もし、ここでまた世界が中国の顔色を窺って着地点を見つけ、彼らがこの困難を乗り越えたとしたら、中国政府は別の攻勢に出ます。中国は着地点を見つけてくれたことを、決して国際社会の好意とは受け取らない。自分たちの戦略が成功したと受け取ります。
天安門事件がまさに、そうでしたよね。あれだけの弾圧を行ったにもかかわらず、国際社会、中でも日本は、江沢民に救いの手をさしのべました。

ペマ 天皇陛下が訪中されましたね。

編集部 当時の外相銭其深の回想録にハッキリ「天皇訪中を利用した」と書いてあります。

石平 そうです。当時の宮澤政権は天皇陛下まで利用して、中国を世界中の非難から救ったのです。結果、中国は自分たちが行った鎮圧が正しかったと思っている。
利用された日本は馬鹿としか言いようがなく、天皇陛下訪中は宮澤政権の一番の罪です。今回、胡錦濤の要求に従って、もし福田総理が皇太子殿下の北京五輪出席を決めれば、万死に値すると言わざるを得ない。売国政権そのものだと言えます。
幸い産経新聞の報道によれば、皇太子殿下の五輪出席は取りやめになったとのことですが、他の各紙の報道がないのでまだ安心できません。もし、ここで北京五輪に皇太子殿下が出席されれば、天安門事件での失策の轍を再度踏むことになる。

ペマ 世界の笑い者になりますからね。

石平 それで日本の皇室は傷つくことになるのです。

ペマ 日本が皇太子殿下の出席を決めれば、数百人のチベット人が殺され、数千人のチベット人が拘束されていることを容認することになります。ウイグルで武器を隠し持っていたと拘束し、弾圧していることも容認することになる。どんなことがあろうと、日本は皇太子殿下の出席はやめるべきだと思います。

石平 そうです。中国に救いの手をさしのべれば、彼らの成功体験を増やすことにしかなりません。つまり、強硬策をとれば国際社会においても何でも通るということになる。そうなると、中国国内は永遠に変わることはありませ.ん。中国の暴走は止まらなくなり、ウイグル、尖閣問題、台湾、沖縄、日本とゴリ押しで侵攻してくることになる。日本も他人事ではない。だからこそ、国際社会が毅然とした態度をとることが重要なのです。

ペマ 今、石さんが一言われたようなことを日本で言うと、すぐ右翼だ、右翼に利用されていると言われる(笑)。
日本に言っておきたいのは、かつてチベットが安易に中国に入り込まれるような環境だったのは事実だということです。例えば、各国に入り込まれて英国派や中国派などと派閥ができ、分断された。また、改革をしようとするチベット人をチベッ÷政府自らが追放したりもしました。

石平 中国共産党支配下に入ることを望んだチベット人もいたということですか?

ペマ チベットでも、もうこの時代のことを知っている人は少ないですが、中国共産党の手引きをした人がいたということです。ただし、手引きをした人はここまで自治がなくなるとは思っていなかったので、話が違うと意見した。それで、実際に中国の支配下に置かれると、再教育のために刑務所に入れられました。

石平 それが中国のやり方です。もし、日本が中国の支配下に入ったら、一番先に解体されるのは朝日新聞ですね(笑)。

ペマ 中国は利用価値がなくなったら、すぐに捨てます。このようなことを日本はチベットから学んで欲しい。
すべての人には自分の国を守る権利と義務があります。逆に言えば、世界各国が自国の領土を少しでも広げようと思うことは当たり前です。攻撃は最大の防御だという言葉もありますよね。
ですから日本は、他国が領土を広げようとするのを阻止する、自国を守るということを真剣に考えなければならないのです。どうもこの国はその概念が欠けていると思います。

五輪後に政争が始まる

石平 五月には胡錦濤国家主席の来日が予定されていますが、彼こそが今、「訪日を決めるんじゃなかった」と苦慮していると思います。いくらKYといっても、日本国民に歓迎される雰囲気でないことくらいはわかるでしょう。
毒鮫子問題は解決していない、チベット問題も出てきた、東シナ海問題は何も進展していない。今、来日しても、何もすることがないわけです。胡錦濤が何か目的があって来日するとすれば、それは皇太子殿下の五輪出席を決めることだけです。

ペマ しかし、日本は中国のチベット弾圧についての意識が低いので気がかりです。例えば、一九九七年のオーストラリア議会は、アメリカ同様にオーストラリアも大使クラス、日本で言うところの次官補くらいの地位の方がチベット問題を担当すると決議しています。しかし、日本の場合は担当するどころか、係官もいません。一応、チベットは中国課が担当していることになっていますが、中国課にはチベットのことを知っている人は一人もいない。

石平 それはひどい。ところで、アメリカ議会はブッシュ大統領の五輪欠席を促すことを決議したという話は先ほど出ましたが、ブッシュ大統領はどう考えているのでしょうね。

ペマ ブッシュ大統領は五輪に出席したとしても、チベット問題については、何か発言するでしょうね。欠席したとすれば、それはそれでメッセージになります。
北京政府としては今、ブッシュ大統領に出席してほしいのと、出席してほしくないのと半々くらいの気持ちなのではないでしょうか。出席して、チベット問題に関する何か意思表示をされると困ったことになるからです。
特にブッシュ大統領は任期満了まであとわずかですよね。そうすると、ここで何か自分の「レガシー」(遺産)を残したいと考えているはずです。彼は大統領就任当時、中国に対して強硬策を取っていましたから、もう一度、自分の立ち位置に戻りたいという気持ちがあるでしょう。チベット問題で花道を飾ろうと考えてもおかしくありません。

石平 今、胡錦濤は「北京五輪をやるんじゃなかった」と後悔しているでしょうね。

ペマ 江沢民が復活を目論んでいるかもしれない。彼がチベット問題と北京五輪に対して何か発言し、胡錦濤に自己批判を要求する可能性もあります。
今までの中国のやり方でチベット問題を収束させるとすれば、チベット自治区の第一書記をクビにして、一人の行き過ぎがあったと発信することでしょうね。それが、今まで中国がやってきた「振り上げた拳を下ろす」一つの方法です。

石平 自分で下ろさせるのですから、国際社会がお膳立てするよりはいい。

ペマ そして、チベット自治区第」書記をクビにすれば、次は彼を任命した人が責任追及をされることになります。それでおそらく、一件落着。
もう一つ、北京五輪の責任者である習近平国家副主席を追及するという方法もあるでしょう。習氏が「よってたかって北京五輪をめちゃくちゃにした」と声を上げるのが早いか、逆に攻撃されるのが早いか、その戦いになると思います。

石平 習氏が先に攻撃しなければ危ないですね。彼は先の党大会で常務委員になったので、胡錦濤の次のポジションにいます。ですから、北京五輪は手柄を立てるチャンスでもありますが、失敗すれば失脚する。
そうなると、そこから権力闘争のドラマが始まることになります。

ペマ そうですね。ですからおそらく、連休が終わった頃に、ラサで起こったことについて党内の責任追及をし、八月までにどうするかということが決まってくると思います。

石平 五輪までは混乱を避けるために我慢すると思いますが、五輪後、権力闘争に発展するでしょうね。しかし、その前にバブルが弾ける可能性もある。中国はチベット問題をはじめとする大きな曲がり角にあるということです。 (了)

※ 『WiLL』(2008年6月号)

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2008年5月23日 (金)

対談 胡錦涛のチベットジェノサイド (中)

まだ洗脳されている中国人

石平 今、世界中から非難を浴びている中で中国政府は何を始めたか。国内で、西側のメディアが悪いというキャンペーンを始めました。つまり、西側のメディアが嘘の情報で世論を煽っている、というキャンペーンです。同時に、ナショナリズムを煽っています。

ペマ 中国は常に、あらゆるチャンスを利用しますからね。最初にチベットに侵攻した時も、「帝国主義からチベットを守る」というのが大義名分でした。当時、チベットには外国人もいない状況でしたから、何が帝国主義かという話ですが、中国は常に仮想敵を作り出します。それで中国人民を騙してきました。
 しかし、これからはそんなことで中国人民を騙すことはできないと思います。中国の若い人は海外で勉強していますし、どんなに情報を封鎖してもインターネットで海外ニュースを見ることができる。今や、中国や北朝鮮の人民でも政府発表を一〇〇パーセント鵜呑みにすることはないのではありませんか?

石平 いや、私はそうは思わないですね。確かに、ペマさんが言われたように情報化の時代になって、政府が惰報を完全にコントロールすることはできなくなった。しかし、それでも中国人が中国政府を信じ込んでいるということが、サンフランシスコの聖火リレーを見ただけでもよくわかります。
 サンフランシスコでは聖火のルートを変更しました。もし、ルート変更をしなければ、アメリカ在住の中国系住民と、チベット弾圧に抗議する人たちとが正面衝突したと思われます。ルート変更してもなお、抗議団体に対して「中国は悪くない」と声を張り上げている中国系住民が多数いて、小競り合いになっていましたからね。
 アメリカ在住の中国系住民は、情報をコントロールされているわけではありません。にもかかわらず中国政府は正しいと本心から信じて言い張る。これは、情報の質や量の問題ではなく、根本から中華思想を植え付けられていることによると言えます。
 ですから、彼ら中国人はアメリカでどんなに民主主義を学ぼうとも、情報を"浴びるように〃得ようとも、チベット問題を「漢民族に逆らったチベット人に対する制裁だから何もおかしなことではない」という中華思想の構図でしか考えられないのです。私が、中華思想は「オウム真理教」であると言うゆえんです。

ペマ なるほど。

石平 アメリカに住んでいる中国系の人たちでもそのような状態ですから、中国国内の人民に期待できるはずもありませんよ。中国のインターネットの掲示板でチベット問題に関する書き込みを見ると、私は絶望感を覚えます。中国のエリートと思われる若者たちが、圧倒的に中国政府を支持し、西側批判をしています。

編集部 結果、各地でカルフールなどへの大規模なデモが起こってますね。

石平 ペマさんが中国は変わるとおっしゃるのに私が反論するのは、そういうものを見ているからでもあります。

ペマ 私はちょっと期待しすぎていたかもしれませんね。外に出て、自由の空気を吸った人たちが国に戻るのだから、中国もやがて変わるだろうと思っていましたが、中華思想とは恐ろしい。 
 しかし、私は中国も少しずつは変わっていくだろうと思っています。

石平 変わったといえば、私は中国共産党の支配力が落ちたと感じますね。政府はチベットを鎮圧したと判断したので、ラサに外国人記者を入れましたよね。私たちも子どもの頃に呼び出されて演技したのでよく知っていますが、あの外国人記者が呼ばれた区域は全部作り物です。事前に準備して、大きな映画のセットが組まれているようなものだと思ってもらえばわかりやすい。
 外国人に見せたくない部分は、そのように周到に準備して自国に都合のよい芝居を演じるのが常ですが、今回はそのような中であっても、チベットの僧侶がいきなり何十人か出てきて本当のことを話し出した。以前なら考えられません。
 死をも恐れない若いチベット人がいるということには感心しましたが、中国共産党のシナリオ通り、思う通りにはならない現状が読み取れます。ボロが出た。

ペマ 以前、アメリカの国防長官がチベットを訪れた時、ある高官がある場所に忘れ物をしたことに気づいて取りに戻ったら、ステージが全て変わっていたと言っていました(笑)。つまり、チベットは果物が豊富で、豊かだという演出や、宗教の自由があるとお坊さんやおばあちゃんが好き勝手に歩くという演出が施されていたのですが、それが消え失せていたと。中国は一つの街そのものを舞台化することに長けています。

石平 北朝鮮よりは技術力がありますよね(笑)。

ペマ 中国のほうが大先輩ですからね。

石平 私は駆り出されていた子どもですから、中国の周到な準備についてはよく知っていますが、それでも今回はボロが出たということは大きいと思います。

日本の”人権派”はダンマリ

ペマ 中国はすでに次の情報戦に出ています。ダライ・ラマ法王が「平和的に解決しよう」と言っているのに、過激なことをするのはよくないという世論を作り出そうとしている。
 日本でも中国に抗議する人たちに対して、「法王の意思に反する」というようなことを言い始めている人たちがいますが、彼らは本当に人権派なのか、それとも中国政府の差し金であるか、見極める必要があります。

石平 それにしても、日本でふだん「人権」「民主主義」を声高に叫んでいる人たちの大半が、チベット問題について沈黙しているのはおかしいすよね。辻元清美議員や福島みずほ社民党党首、大江健三郎氏は、何をしているのか。チベットの問題は、人権などという生ぬるい話ではなく、人が殺されているのですよ。

ペマ まったく不思議な人たちですね。

Img020

石平 「人権擁護法案」を提出している議員たちは、北京に行って法案を出せばいい。

ペマ 同感です(笑)。

石平 今回、中国の弾圧によってチベットではたくさんの死者が出たので悲劇ですが、救われることが一つあります。北京五輪の年にチベット問題が勃発したことで、世界中の関心がチベットに向きました。ですから、中国政府は絶対にこの問題を避けては通れないということです。
 新しい時代が始まる一つの予感のようなものを感じます。

ペマ 私もそう思います。一つは、中国そのものがこれ以上、無計画ではいられないということです。すでに中国は共産主義国家といっても、カネさえあれば何でもできる国で、無法地帯化しています。このままいけば、国がバラバラになることは明白です。
 現在の中国は清朝末期よりもひどい状況だと言えます。清朝末期は外国の勢力が入ってきたために混沌とし、国内であっても移動のために高いカネを払わなければならない状況でした。今の中国でも共産党幹部の子女でさえ、外国の大資本の飼い犬のようになっています。
 政府の統制が効かない状況ではありますが、だからといって文化大革命のように鎮圧を図ろうとしても今の時代、そんなことができるはずがありません。そういう意味で、ダライ・ラマ法王がおっしゃっているように、チベット問題のみならず、中国そのものがどうやって法治国家に変わることができるかが今、問われていると思います。
 今まで、中国は革命を起こしてなんとか体制を維持してきましたが、今後はどうやって変化するかを考えることが指導者たちの課題だと思います。今は目の上のたんこぶのような存在かもしれませんが、ダライ・ラマ法王の言われていることによく耳を傾ければ、中国人民全体の利益になるような提案が盛り込まれていることがわかるでしょう。

石平 そうそう、変わらないともうどうにもおさまりませんよ。

「力による支配」は通じない

ペマ 中華人民共和国という国は、血を流して成り立ってきた国です。しかし、そろそろ国民の意思を問う体制を作る時期が来ている。共産党と国民党の戦いにしても、あれは単なる権力闘争であって、国民の意思から発したものではないですからね。
 国民の意思が反映される政府を作らなければ、諸外国から見ても、国内から見ても、政府の正当性がないとされ、国を治める持久力もなくなってくると思います。

石平 全く同感です。チベット問題は中国の激動の時代、変化の時代の象徴だと思います。ちょうど今年に集中して、中国が抱える様々な問題が限界に達しました。
 チベット問題では高圧的な民族政策、武力制圧をはじめとする中華思想的な「力による支配」は、国内だけではなく、国際社会に通じないことが明らかになりました。
 また、中国政府がチベットに対して今回、これだけの強硬策を取っていることから考えると、チベットから飛び火して国内に火がつくことを恐れていることがわかります。
 今、中国の経済も社会も限界の状況に達しています。ですから今年、確実にバブル崩壊が起こる。五輪以前か以後かはわかりませんが、株と不動産は弾ける。それから輸出は頭打ち状態です。得意先はアメリカでしたが、アメリカ経済がサブプライムローン問題で駄目になってしまった。そのうえ人民元が上がったため、輸出産業には大打撃です。
 加えて経済成長に伴って広がった貧富の格差という大問題もあります。
 チベット弾圧で世界中を敵に回し、毒鮫子事件でも日本に対して高圧的な態度に出て謝罪もせず、日本国民からの反感を買っていますが、なぜ中国がこんな事態に陥っているか。それは今、胡錦濤をはじめとする中国政府には政治的な余裕がないからです。中国こそが追いつめられている。

ペマ 今、中国の抱えている問題は大きいですからね。

石平 そもそも、チベット問題と国内問題は歴史的に見ても繋がっているのです。一九八九年に胡錦濤がチベットを弾圧した三カ月後、天安門事件が起こっています。それから今年で十九年目になりますね。
 今年もチベットから中国に内在する問題が噴出し、国内へと広がることは必至でしょう。先ほど、バブルが弾けると言いましたが、経済が少しでも失速すると中国国内に鬱屈した不満は大爆発を起こすことになる。
 だからこそ、中国共産党が今年、どう舵を切るかが問われているし、今が今後を占う転換期であると言えます。

ペマ ダライ・ラマ法王は中国政府がチベットを支配することに正当性がないとおっしゃっています。なぜなら、中国が軍事的にチベットを侵略したからです。しかし法王は、「中国のお手伝いをする」ともおっしゃっています。「お手伝いする」というのは、次のような意味です。
「チベットの人たちは自由意思、民族自決権によって、中国の一部になることを選んでもいいし、中国から離れてもいい。しかし、私は防衛と外交を除く高度な政治的自由があれば、中国の一部でいい」こ
 のような考えで、法王はむしろ中国の手伝いをするとおっしゃっているのです。
 チベットだけではなく、ウイグルもモンゴルも武力で侵略されたのですから、彼らも中国による支配に正当性はないと思っているでしょう。
 そもそも一九二五年頃の中国共産党の綱領では、民族自決権が記されています。コミンテルンの考え方にもそういうものがあるのですから、法王は中国共産党の救済にもなるような提案をしておられると思います。

石平 ダライ・ラマ法王は中国にヒントを与えてますね。 (続く)

※ 『WiLL』(2008年6月号)

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2008年5月22日 (木)

緊急メッセージ 四川大地震でのチベット人の被災について

 5月12日に発生した四川大地震では、チベット人の被災状況について公にされていないこともあり、多くの方からご心配した問い合わせをいただいております。一部の報道にありますように、中国政府はチベット人が居住する地域への救援隊の立ち入りを阻んでもいます。

 ただ、チベット人居住地域の地質や住居の構造から考えて、おそらく致命的な被害は少なかったのではないかとみています。現在、正確な情報の入手を試みていますので、改めてみなさまにこの場でご報告いたしたいと思います。

 なお、「チベット人被災者に」と義援金を申し出てくださる方もいらっしゃいますが、深くお礼を申し上げるとともに、いましばらく様子をみていただけるようお願いいたします。残念ながら現段階では救援物資が途中で止められてしまうことは確実だからです。

2008年5月22日

ペマ・ギャルポ

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対談 胡錦涛のチベットジェノサイド(上)

ペマ・ギャルポ ×石平 (評論家)

北京五輪はすでに失敗

石平 中国のチベット弾圧について、世界中から続々と非難の声が上がっていますね。聖火も各地で散々な目にあっている。

ペマ・ギャルポ(以下、ペマ) 今回の件については、中国政府は失敗を重ねているということが一つ言えると思います。中国は国内だけではなく、国外でまで、「力による解決」を行おうとしていますが、これが世界で受け入れられるはずがありません。
 例えば、イギリスで聖火リレーに対するデモが起こった時には中国大使館がイギリスの治安当局よりも出過ぎたために、民衆の反感を買いました。聖火リレー選手に併走する中国政府から送り込まれたブルーのジャージを着た人物たちと、もみ合いになりましたからね。チャールズ皇太子も北京五輪の開会式の欠席を決めています。Img017_2
 パリでの聖火リレーでも、同じくブルーのジャージを着た中国関係者が併走し、パリの公安当局も不快惑を表しています。
 四月十日に成田でダライ・ラマ法王の記者会見がありました。そこで法王ははっきりと、「中国政府の暴力は時代遅れだ。民衆を抑圧して物事を解決する時代ではない。民主的にオープンにしなければならない。今の時代に国家機密というものがあるのもおかしい」とおっしゃいました。
 ダライ・ラマ法王の言葉の意味は、中国の今のやり方がかえって問題を大きくしているということではないでしょうか。

石平 あの聖火リレーで併走する中国関係者については、日本の公安も必要ない、主権侵害だと断っていますね。

ペマ 今のままだと北京五輪の開会式は独裁国家だけで行うことになるのではないか。そうなると、世界がもう一度、民主主義国家と非民主主義国家にはっきりとわかれることになるでしょう。
 法王はお坊さんですので挑発的なことはおっしゃいませんが、四月十日の会見でメディアから「日本と日本政府に何かおっしゃりたいことはありませんか」という質問を受け、「私はロシアのプーチン大統領をはじめ、貴国の首相も含めて、世界の指導者たちにアピールの手紙を送りました」とおっしゃった。
 プーチン大統領は中国側に立つということを明確にしていますし、それ以外の国々も何らかの反応を示しています。しかし、日本の福田総理だけが何も言っていない。ですから、この法王の発言は、日本人に対する法王流のメッセージだと思います。
 今、世界ではチベット問題だけではなく、1OCそのものの責任を追及する動きが出ています。中国が五輪開催地に立候補した二〇〇一年当時、北京市長は「北京市の発展だけではなく、中国の飛躍的な発展と民主化を世界に示す」という約束をしました。
 そういう意味では、今回の北京五輪はすでにその約束を反故にしています。ですから、北京五輪はすでに失敗だと考えるべきですね。

石平 チベット問題では、胡錦濤がすでに袋小路に入っていますね。中国政府の打つ手は、すべて裏目に出ている。最大の失敗は、チベット暴動の黒幕を最初からダライ・ラマ法王だと決めつけたことです。ダライ・ラマ法王を「悪魔」とまで言いました。そう言ってしまった以上、もはや中国がダライ・ラマ法王と対話することはできません。対話の余地を中国自らが断ってしまったわけです。Img018_2
 なぜ、このような大失敗を犯したのか。ここ数年の経済発展で、中国の論理が世界に通用すると過信したのだと思います。自分たちの力を誇示し、それを押しつけ、従わせるという中国国内でのやり方を、そのまま世界が受け入れると勘違いしたのでしょう。それがすべて裏目に出ました。
 現在、各国の首脳が中国に求めているのは、ダライ・ラマ法王との対話です。これはどこからどう見ても正論ですから、対話しなければ何も始まらない。諸外国は、チベットの独立を求めているのではないのです。ですが、中国は「悪魔」と対話するわけにいかないという状況に自らを追いつめた。

ペマ ダライ・ラマ法王ご自身も「独立を求めているわけではない」とおっしゃっています。

石平 もう一つ、中国政府は世界世論をコントロールできると思っていたことが間違いの元でした。世論を完全に読み違えた。
 確かに、中国市場は力を持っています。中国の市場があるからこそ、現在のような生ぬるい反応ですんでいるとも言える。しかし、一般市民は中国から直接に利益を供与されたわけではないから、中国政府に何の遠慮もいりません。その上、西側諸国は人権意識が高いので、中国であろうとどこの国であろうと人権蹂躙に対しては抗議の声を上げる。
 これを中国は予想できなかった。今、世界中で一番、KY(空気が読めない)なのは、中国だと思います。

ペマ 確かにそうですね(笑)。

石平 裏目に出た結果、世界中に中国をアピールするチャンスだった聖火リレーは、隠れながらやらなければならなくなった。今や、泥棒のようにコソコソと行っています。
 今、中国は「しまった」と思っているでしょう。しかし、日本に対する靖国問題でもそうでしたが、強硬姿勢に出て拳を上げると、「しまった」と思っても下ろすことができないのが中国の中国たる所以です。今、いちばんまずい立場に立たされているは、胡錦濤国家主席だと思いますね。

ペマ 例えば、サンフランシスコで実際にトーチを持って走った聖火ランナーは、腕にチベットの国旗をつけていましたね。すでに五輪を盛り上げる側、聖火ランナーにまで、中国を非難する声は広がっているのです。
 ですから中国政府が、聖火ランナーを倉庫に逃げ込ませようとも、世界中の非難から逃げることはできません。ここまで来たら、中国政府は現実を見るしかありませんね。

石平 KYのままでは現状打破はできない。

「人民戦争」命令が出た

ペマ 中国の最初の対応についてですが、チベット自治区第一書記である張慶寧は第一声として、「これは人民戦争だ」と言いました。人民戦争と言ってしまうと、これは「チベット人は、全員殺戮しろ」と言っているのと同じです。おそらく、この言葉で中国の警察や公安関係者は、チベット人を殺してもよいと判断したと思います。

石平 「人民戦争」は毛沢東時代の言葉で、「無差別殺人」命令ということです。犯罪であれば警察が捕まえますが、「人民戦争」であれば、全国民が参加する戦争ということになる。つまり、漢民族とチベット人を戦わせることを意味する言葉です。

ペマ チベット自治区第一書記がそこまで計算していたのか、全く計算していなかったのかわかりませんが、彼の言葉によって武装した中国人たちは、上から命令が出ているのだから誰を撃っても問題ないと思ったはずです。

石平 人民戦争と言えば、これは法律を超えたものですからね。日本流に言えば、超法規的ということです。だから誰を殺してもよいことになっている。
 また、例の党書記はダライ・ラマ法王を指して「人の皮を被ったオオカミ」とまで言いました。ここから察するに、彼は上に対して状況を過大に報告した可能性があります。自分が力不足なのではなく、チベット側の陰謀が甚だしいためにこのような事態になっている、と報告したとも考えられる。つまり、白分が責任逃れをするために、です。

ペマ おそらく一九八九年のチベット動乱で、胡錦濤国家主席がチベットの第一書記の時に成果を上げた、というのが頭にあるのでしょうね。中国政府から見れば成果であっても、誰の目から見てもチベット人弾圧、虐殺行為なのですが。

石平 胡錦濤はチベットを弾圧してその後、出世しましたからね。今度は俺の番だチャンス到来とでも思ったのかもしれない。

ペマ 成田の会見でダライ・ラマ法王は、中国当局によって殺害されたチベット人は数百人、拘束されている人数は数千人だと言われた。そして、「もし、ラサの中国当局が言うように、この混乱に乗じて強奪などの犯罪を犯すものがいれば、法律に則って処罰すべきだ。しかし、そうでない政治的な活動によって拘束された者については、思想の自由があるのだから、政治犯として対応して欲しい」ということを強くおっしゃった。

石平 中国の言っていることは矛盾しています。一方では犯罪があるから取り締まっていると言い、一方で人民戦争だと言う。これは全くの矛盾です。中国政府、胡錦濤自身が今、自らが何をしているのかわかっているのかどうかも怪しい。

ペマ 状況は悪くなるばかりですからね。 (続く)

※ 『WiLL』(2008年6月号)より転載

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2008年5月21日 (水)

ペマ・ギャルポとの茶話会

チベット文化研究所

★ P-TIME

テレビでお馴染みのペマ・ギャルポがチベットの現状(チベット騒動・四川大地震)を、チベット人の目でホットな情報を語ります。お茶を飲みながら、自由なトークができます。

2008年6月14日(土) 14:00〜16:00

参加費: ¥1,000 〈要予約〉

場所: 西五反田一二三町会館(五反田駅徒歩5分)

〈予約先〉 品川区西五反田2−12−15−401 チベット文化研究所
TEL 03-5745-9889 FAX 03-3493-3883

http://www16.ocn.ne.jp~tcc/

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緊急シンポジウム in 東京

今こそチベット問題を考えよう!

『チベット問題と五輪の行方』

主催: 岐阜女子大学南アジア研究センター

 3月以来チベットでの「自由と民主」を求める叫びは、聖火リレーの移動と共に世界で燃え続けています。中国政府は、強権と経済発展での突破を図り、ノーベル賞受賞者ダライ・ラマ14世法王とチベットの人びとは平和的運動で対抗しています。国家威信をかけた「北京五輪」は、6月には聖火がチベット首府ラサ、聖地チョモランマ(エベレスト)に運ばれ、8月開会式の予定です。世界では、チベット仏教とダライ・ラマ法王、民衆抑圧の実態、民主化活動、五輪ボイコットなどに関心は高まり、いまや最重要課題です。

 岐阜女子大学附置の南アジア研究センターは、日本で唯一の南アジアを専門とする大学研究センターです。今回、最新情報と研究成果から、〈チベット間題の真相、国際社会の関心、中国側は何を考えているのか、五輪はどうなるのか〉などについて、本研究センター長のペマ・ギャルポ(チベット出身)の講演、緊急シンポジウムを開催します。ご多忙とは存じますが、是非ともご参加下さいますようお願い申し上げます。

■日時: 2008年5月24日(土) 午後6時30分〜8時30分

■会場: 財団法人 国際文化会館(東京)・講堂
東京都港区六本木5-11-16地下鉄「麻布十番駅」下車7番出口より徒歩4分、「六本木駅」下車徒歩10分

地図→http:/www.i-house.or.jp/jp/ihj/access.html

■入場無料: どなたでもご参加できます。会場準備のため事前お申し込みをお願いします。(個人情報は、本シンポジウム開催のためのみ利用します)

■主催・間い合わせ

岐阜女子大学南アジア研究センター(岐阜県岐阜市太郎丸80)

お申込・ご連絡は下記ヘメール: csas@gijodai.ac.jp
FAX: 058-229-2222

■基調講演:

ペマ・ギヤルポ

(南アジア研究センターセンター長・フェロー)
 1953年、チベットのカム地方ニヤロン(現在の中国四川省)生まれ、65年来日。73年チベット文化研究会を設立、80〜90年ダライ・ラマ14世法王アジア・太平洋地区担当初代代表。著作・TV・新聞・雑誌などメディアにても活動している。現在、桐蔭横浜大学大学院法学研究科教授、政治学博士。

パネル・ディスカッション

モデレーター 福永正明
(南アジア研究センターセンター長補佐・客員教授)

辻康吾  〜『大国』としての中国
(現代中国評論家)
 1934年東京生まれ、毎日新聞本社編集局編集委員を経て、1985年東海大学教授、1999年獨協大学教授、現在同大講師。現代中国評論(政治動向、社会変動、現代文学)専攻。『転換期の中国』岩波書店、『盧山会議」毎日新聞社(アジア太平洋賞受賞)、『現代中国事典』岩波書店など著書多数。

笠井亮平 〜チベット問題の国際的側面
(南アジア研究センター員)
 青山学院大学大学院国際政治経済学研究科一貫制博士課程

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鼎談 チベットの祈りが中華拝金地獄を打ち破る

チベットの高貴な精神性

ペマ もし北京五輪が事もなく、成功のうちに幕を閉じれぱ、その後、中国はアジアの超大国としてのプライドを、露骨に押し出していく展開となるはずでした。しかし、チベット問題が世界にあらためて問われたことで、オリンピックはすでに失敗しているともいえますね。

石濱 五輪誘致が決まった時点では、国際社会の眼を気にして、中国が各民族に対して、もう少し姿勢を緩めていくのではないかとも思っていました。オリン ピック開催のお祝い気分も手伝って、多少の自治権を与えるくらいの度量は示すのではないか、と。実際、そのような兆候も見えなくはなかったのです。

ペマ 最近になって中国の姿勢が後退してしまった理由を考えると、二年前の「毛皮事件」を思い出します。
 そのころ、チベットヘの貨幣経済の浸透は著しく、豊かになった層からは毛皮の服を着る人々があらわれていました。それに対して、法王は「毛皮は殺生にな る。見栄のために生き物の命を奪ってはいけない」という発言をしたんです。すると、チベット人はいっせいに毛皮を脱ぎ、焚き火にくべて燃やしてしまった。 それを見た中国人は、法王の衰えを知らない影響力に慄然とせざるをえなかった。中国はあわてて「毛皮は国家の財産だから」といって止めに入ろうとしたので すが、チベット人はまったく聞く耳を持たない。その直前まで、法王が中国へ巡礼に行くプランが検討されていて、実際に北京側との具体的な話し合いが進めら れていたのですが、先方が恐れをなしたのか、その話はいつしか立ち消えになってしまいましたね。
 チベットからの現地報告が、北京までうまく伝わらないという事情もある。最近まで新華社通信は、チベット支配に自信満々の論調を掲げていましたからね。

石濱 なぜ自信満々になれるのか、まったく不思議です(笑)。

ペマ いままで、中国では二十四回王朝が替わり、交替期にはほとんど流血の事態が伴ってきた。こういう悪い連鎖を断ち切るために、かつて毛沢東がいったよ うに、チベットにはなにか中国の手助けができるのではないか。チベット人はそれくらいの気持ちでいるべきだと考えています。
 私がチベットの前途に希望を持つのは、時代とともに人は変わるからなんです。
 かつて、たとえぱ趙紫陽のブレーンのなかには、「国際世論と中国自身のことを考えた場合、チベット人には少し勝手にやらせたほうがいい」と助言する人た ちもいた。郡小平も一九七九年、「独立」という言葉以外はなんでも話し合う用意があると述べたし、胡耀邦に至っては、総書記就任直後の一九八O年五月、 「チベット民衆の生活には大きな進歩が見.られなかった」と党の施策を反省し、それからの三年間、税金を免除した。いまも胡耀邦という名を耳にするだけ で、良い気分に浸れますよ(笑)。

中国を内側から変えるとき

水谷 胡耀邦は総じて中国の「少数民族」には人気です。どこにいっても評判のいい指導者ですよ。
 いま中国が抱えるチベット、ウイグルなど民族の自決権侵害という問題で、われわれがすべきことは、漢人の意識を変えるために尽力することだと思います。 亡命者を受け入れ、かれらに発言の機会を与えるべきです。また、漢人を排除するのではなく、日本の過去の事例から、他民族・地域を支配するのがいかに自他 共に深手を負うのか、語りかけるべきです。
 かれらの教科書には周辺地域の歴史が書かれていない。日本の世界史教科書以上に、アジアに関する記述は乏しいのです。

ペマ 第一、中国には歴史がない。歴史的事実の探究よりも、そのときどきの政府の作文が優先するのですから(笑)。

石濱 この問題を根本的に解決するためには、中国に変わってもらうしかないと思います。それは中国の未来のためでもあります。自国のみを是として、他国を 痛烈におとしめる愛国教育は、孤立と紛争を生むだけで、愛国ではなく亡国の道にすぎません。日本{中国政府とパイプをもっている方たちは、ダライ・ラマ十 四世と話し合うことこそ中国の度量を示すことになる、などとうまく説得するように動いて欲しいです。まともにぶつかりあっている相手から言われたら、中国 も意地になって耳を塞ぐでしょうが、せっかく日本は舐められているんですから(笑)、その立場を利用して、最低限の筋は通すべきです。

水谷 先述のラビア・力ーディルさんが来日した際も、政治家はなかなか会いたがらなかった。単なる「反中国」「親中国」という文脈ではなく、彼女がおかれた国際的立場を視野にいれて、情勢を知るために会うという姿勢が必要なのではないでしょうか。

ペマ まずは、政府がきちんと情報を収集して、いまの状況を把握しなくてはいけません。

水谷 日本は、仲介者としての役割を果たせるように努力することも必要です。西洋では亡命者が「なにを持ってくるか」という点に強い関心を向け、聞き取り マニュアルも用意していると聞きます。たとえば、中国からの亡命者受け入れは、中国の内情を知るための最も有効な手段の一つなんです。ウイグル人の警察官 が亡命してきたとすると、その警察官が過去にどういう政治弾圧に加わったかなど、聞き取れる情報は豊富にあるはずです。政治戦略的に亡命者に対処するとい うビジョンが政府にも政治家にもまるでないのが残念ですね。

石濱 中国政府はこの五十年間、一貫してダライ.ラマ十四世を「僧衣を着た狼」と称してきました。しかし、その「狼」に対して、イギリス、フランス、ドイ ツ、アメリカの政府や大学や人権団体が数多くの学位や賞を授け、トップアーティストや有名俳優たちが支持を表明しています。この十四世の国際的な評価を理 解できた時こそ、中国は真の意味で国際化したと言えるでしょう。

ペマ 私も、中国自身のため、トランスフォームは不可欠だと思います。チベット問題は、中国にとってその絶好のチャンスといえる。中国人は「民族自決権」 と聞くだけでひたすら怯えますが、法王がおっしゃるのは「それを実現したうえで、一緒にできることだってあるじゃないか」ということなんです。要は、自分 たちが魅力的なものをつくりだすヴィジョンを持っているかどうかの問題ですね。もっと中国人が自信を持ち、自分たちの政策に魅力を感じているなら、そんな に怯えるようなことじゃないと思うんです。
 西洋も、日本も、チベットを見る眼を深化発展させてきたように、これからの中国が変わっていくことに希望をつなぐしかありません。 (了)

水谷尚子 一九六六年生まれ。日本女子大学大学院博士課程単位取得満期退学。近現代日中関係史が専門。中国人民大学、復旦大学などへ留学。著書に『「反日」解剖」「「反日」以芭(文藝春秋)。近著に,中国を追われたウイグル人lI亡命者が語る政治弾圧』(文春新書)。

石濱裕美子 東京都生まれ。早稲田大学第一文学部、同大学院文学研究科修了。O八年より現職。専門はチベット・モンゴル・満州関係史。著書に「聖ツォンカパ伝】(大東出版社)、,チベットを知るための50章」(明石書店)など。訳書に,ダライ・ラマの仏教入門』(光文社)など。


※『諸君』(2008年6月号)より転載

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2008年5月20日 (火)

鼎談 チベットの祈りが中華拝金地獄を打ち破る

ダライ・ラマが作った道

ペマ ラサに端を発した今回のデモ、抗議活動は、やがて四川省や甘粛省の一部などに広がりました。もともとチベットの領土で、中国に併合された地方 ですが、それらの土地では、遊牧民までそういう行動を起こすようになっています。事態を憂慮したダライ・ラマ十四世は、三月十八日、「チベットでこれ以上 暴力が続くなら、私は退位する」として、自制を呼び掛けました。チベット人への呼び掛けのかたちをとりながら、中国に対するメッセージとしての意味合いが より大きいと思います。

石濱 ダライ・ラマ十四世は、亡命されたばかりの、一番苦しい時期にも同じ主張をしています。
「中国人を恨んではいけないし、暴力的な抵抗をしてはならない」
「いつも対話の窓口は開いている。われわれが求めているのは、自分たちの文化が尊重されること、そしてチベット人がチベット人として暮らしていける社会であってほしいということ」
 法王の、時々の会見は、毎回同じだからもう聞く必要がない、というくらい一貫した内容を持っているのです。
  ダライ・ラマ十四世への世界的な評価は、マハトマ・ガンジーや、マーチン・ルーサー・キング牧師と同じ路線に位置づけられています。以前、アメリカで十四 世の伝記映画が作られていますが、そこで描かれているのは、徳の高さで敵と戦う、自らは恥ずかしくない行いをとり続けるという十四世の姿でした。つまりチ ベットの品性の高さを示すことによって、中国側の欺購性をあぶり出してやればよい、そういう方向で五十年間やってきたんです。

ペマ 「お腹のなかで火が燃えていても、口から煙を出してはならない」というチベットの諺がありますが、これは法王の方針でもある。みんな中国に対 して頭にきているけど、法王の言葉があれぱこそ、なんとか我慢に我慢をかさねて、それで収まっているんです。もし法王が退位なんていう事態になったら、各 地に"ミニ・ポス"のような存在があらわれて、ゲリラ的活動が多発するようになるのではないでしょうか。

聖火リレー"妨害"の真実

石濱 欧米社会では、チベットが目指してきた平和主義、人権外交のメッセージがしっかり受けとめられています。だからこそ、人種も、信仰も違うのに、チベットヘの応援の声がごく自然に湧きあがってくるんです。
  聖火リレーへの"妨害"活動も、日本とはちがう文脈で語られていて、純粋に「民主主義の勝利」ととらえられています。そもそも、あの抗議を「暴力」などと 呼ぶのはまったくの筋違い、「暴力」の名にふさわしいのは、むしろ中国がやっていることです。日本の報道では、中国のあからさまな蛮行には目を瞑って、消 火器を使って聖火が消されそうになったことぱかりが取り上げられる。しかも、その背後にある意図は一切説明されず、調査捕鯨船の活動を妨害した反捕鯨組織 と同じように扱われてしまうのです。
 ガンジーも、キング牧師も、その運動は、ダライ・ラマ十四世と同じ地平から出発しています。このような人々は当初は「反逆者」と言われることがあっても、歴史は「人類の歴史を前進させた偉人」と評価するようになります。
  さきほどペマさんがふれられた米議会の「ゴールドメダル」にせよ、昨年秋のドイツのメルケル首相との会談にせよ、欧米各国政府はダライ・ラマ十四世に対し て、しっかり支持のサインを出しているんです。日本政府にその動きはまったくなく、マスコミもそうした彼我の差にふれようともしません。

ペマ とはいえ、在日四十年余の経験に即していえぱ、日本におけるチベット理解は、昔に比べれぱ格段に進みました。西洋の国々でも、以前は法王に対 する誤解があったんです。たとえば、その昔、オーストラリアでビザ発給を求めた際、「われわれは民主主義を支援している。封建社会、宗政一致の権力を握っ ている者は支援できない」と言われた。アメリカでも最初に応援してくれたのは、反共の立場をとる保守系の人たちだけでした。
 私自身もその昔、人 権支援などを展開する宗教団体の人から、「中国はいま民衆による革命をしている。それに楯突くあなたがたは反動分子だ」と言われたことがありますよ。古い 世代のチベット研究者のなかにも、中国の文献に馴染んだせいで、一種のフィルターがかかり、中国寄りの立場で発言される方がいましたね。
 そうそう、日本社会党の某有名女性幹部に陳情にいった際、「キミはどうせ支配階級の子供なんでしょ」と言われて苦笑したこともありました(笑)。さすがにいまは、そういうことはありません。

被圧迫民族の連合が生まれている

水谷 海外の亡命ウイグル人と話していて印象深かったのは、ウイグルとチベットとの間に、被圧迫民族としての、緩やかな連合ができているということなんです。
 最近、ウイグル人にとって、中央アジアルートでの亡命は厳しくなρている。ウズベキスタンにせよ、カザフスタンにせよ、警察に捕まると、即座に中国国内に強制送還されるようになったからです。
  中国に隣接した国で、いま国際法にのっとってまともな亡命者の処理をしているのは、意外にもインドなんです。ウイグル人亡命者がいうには、「インドは国と してはトンデモない。けれど政府はちゃんと対応してくれる」(笑)。ルート的には迂遠な感じですが、いまはとにかくインドに行こうというのが支配的な風潮 です。
 しかし、道案内もなくヒマラヤ山脈を越えるのはきわめて難しい。チベット人案内人の手助けがどうしても必要になるんです。

ペマ ウイグル人とチベット人は七〇年代から一緒に「共同の声」という組織をやっていた。ソ連崩壊後、一時、ウイグル人が主導権を握った時期もあり ますが、イスラムが表に立つと、欧米社会へのアピールが弱い。あまつさえ法王がノーベル平和賞を取ったことにより、チベット側が政治的色合いの強い活動を 避けるようになって、組織は次第に機能しなくなります。当初は、東トルキスタン亡命者のリーダーだったエイサ.ユスプ・アルプテキンの知名度が高かったの ですが、運動の第一世代はもういなくなりましたね。

水谷 ダライ・ラマ十四世と仲が良かったのが彼ですね。元国民党の役人だった彼はすでに亡くなり、息子のエルキン・アルプテキンが初代「世界ウイグ ル会議」のトップを務めました。一度ご自宅を訪ねたことがありますが、部屋に入ると、壁にダライ・ラマ十四世と父君が握手している大きな写真が飾られてい て、驚いたことがあります。
 いま「世界ウイグル会議」は、昨年来日したノーベル平和賞候補のラビア・力ーディルがトップを務めています。アメリカでのデモや中国への抗議活動では、チベット人と行動を共にすることも多いようです。

ペマ 今回のチベットでの事態についても、世界ウイグル会議は「殺されているチベット人一人一人の血は、われわれの血だと思うべきである」という声明を出してくれました。
 ウイグル、チベット、そして内モンゴルも同様かと思いますが、組織を運営していくうえで、共通の歴史認識をまとめあげていくのが大事な事業ですね。

石濱 私は歴史研究者として、チベット語やモンゴル語の歴史史料をずっと読んできました。チベットは七世紀のソンツェンガムポ王の時代に歴史の舞台 に姿を現し、この王はインドより仏教を導入した王として知られます。それからも代々の為政者は仏教の護持者か自身が実践者でした。十七世紀にダライ・ラマ が登場するとソンツェンガムポ王の再来として敬われるといった具合に、チベットには仏教をバックポーンとした一貫した歴史があります。
 満洲人が中国を征服して清王朝をたてますと、満洲人がチベット仏教徒であったため、清とチベットの間に密接な関係が生衷れます。とくに最盛期の皇帝乾隆帝はチベット仏教の熱心な信徒でした。
  中国はこの経緯をとらえて、清代からチベットを支配していたのだと強弁する。しかし、満洲人は自らも数が少ない民族であったため、漢人の圧倒的人口は脅威 でした。同化されてしまいますからね。そのため、漢人から見た少数民族の独自性を保つことに注意を払い、ウイグル・モンゴル.チベット地域に漢人が移住す ることを法令によって強く禁じ、それらの民族の文化を保持させるよう気を配ったのです。各民族が自分らしさを保って生きていくという当たり前のことを、尊 重していたんです。
 ところが、十九世紀末に清朝がガタガタになって、自動的に漢人の移動が始まる。中華民国の時代に入ると、もう誰も統制する人がいなくなって、大量の漢人が流入して今に至るのです。

ペマ それまで、清とチベットは、どちらがより偉いということはない。お互いの価値を認めてうまくやってきたのです。ところが、孫文の時代の文献を見ると、チベット人が「外来人」とされていて、時代の流れということを感じさせます。 (続く)

水谷尚子 一九六六年生まれ。日本女子大学大学院博士課程単位取得満期退学。近現代日中関係史が専門。中国人民大学、復旦大学などへ留学。著書に『「反日」解剖」「「反日」以芭(文藝春秋)。近著に,中国を追われたウイグル人lI亡命者が語る政治弾圧』(文春新書)。

石濱裕美子 東京都生まれ。早稲田大学第一文学部、同大学院文学研究科修了。O八年より現職。専門はチベット・モンゴル・満州関係史。著書に「聖ツォンカパ伝】(大東出版社)、,チベットを知るための50章」(明石書店)など。訳書に,ダライ・ラマの仏教入門』(光文社)など。


※『諸君』(2008年6月号)より転載

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2008年5月19日 (月)

鼎談 チベットの祈りが中華拝金地獄を打ち破る

徳と野蛮の戦いは五十年つづいている。この禍を中国変革の好機となす道はあるのか  

ペマ・ギャルポ/水谷尚子(中央大学非常勤講師)/石濱裕美子(早稲田大学教授)


チベットでなにが起きたのか

ペマ 首都ラサで騒乱が起きた三月十日から、チベット問題は世界的な注目を集めています。北京五輪に向けた聖火リレーに対して世界各地で抗議活動が広がるなか、中国は「ダライ・ラマとその一派が海外から糸を引いて、計画的・組織的な暴動を企てた」と主張していますが、まったく的外れというほかはありません。
 私がチベット側から聞いている話では、三月十日、デモを行おうと数人の僧侶がセラ寺に集まったところ、中国当局は「待ってました」とぱかりにこれを包囲したそうです。デモの趣旨は、もちろん中国の一方的なチベット支配に対する抗議ですが、その一方には、僧侶たち自身に直接関係する、より切実な要求もありました。
 昨年十月、アメリカで、ダライ・ラマ十四世がブッシュ大統領と会い、米議会から「民主主義化を促進した」功績などにより、最高の栄誉である「ゴールドメダル」を授与されています。チベットでそれを祝おうという動きが持ち上がった際、中心となった僧侶たちが逮捕されて、未だに釈放されていない。かれらの釈放は僧侶たちの悲願となっています。これまで、チベット人は獄中死を含め、百二十万人が殺されたといわれています。

石濱 もともと三月十日は、チベット人にとって特別な日ですね。一九五九年のその日、ダライ・ラマ十四世は、中国軍から"招待"を受けていた。その際、大名行列を率いてお輿で移動する身分の方に、護衛もなしに来いというのです。その噂がラサ市民に広まり、「よもや北京に連れて行かれるのでは」という不安が高まって、ダライ・ラマ十四世が滞在していたラサ郊外の離宮は、たちまち民衆に取り囲まれました。チベット人と中国軍はそのままにらみあいを続け、それが日に日に殺気立っていったため、中国軍とチベット人との衝突を回避しようとして、十七日、十四世はひそかに離宮を抜け出し、インドに亡命することになるのです。
 それ以来、三月十日はチベット人がダライ・ラマ十四世を守るために自発的に蜂起した「チベット蜂起記念日」となっています。毎年なんらかの声明が出され、大なり小なりデモは起きていますが、今年は特別な事情があった。中国政府は北京五輪を前に人権問題を改善するという前言を翻して、話し合いに応じないばかりか、むしろ警察権力による取り締まりを強化しはじめたのです。チベットにいる私の知人も、三月二、三日の段階で、警察車両がラプラン寺(甘粛省にある大僧院)を巡回し、僧院を包囲、監視しているのを目撃しています。つまり、チベット人側の不満の欝積もさることながら、むしろ中国側が五輪を前に殺気立っていたということも今回の件の背景にあると思います。

ウイグルでも暴動の連鎖が

水谷 ウイグル人が住む新彊ウイグル自治区にも、チベットの一連の動きに影響された現象が生じてきていますね。新彊の場合、九〇年代に反政府運動が活発化しました。ソ連邦の崩壊によりウズペキスタン、キルギス共和国など中央アジア諸国が独立したのに呼応した動きです。九〇年、九七年、九九年にその高揚期があり、そのたぴに中国から大弾圧を受けている。いま暴動を起こすような余力がウイグルにあるのか、はなはだ疑問なのですが、情報が錯綜しているなか、新彊各地でデモが起きているという説も一部にはたしかにあります。
 ただ暴動といっても、実際に加わった人の話を聞くと、もうクワや猟銃片手に、日本のイメージでいったら「農民一揆」のレベルですよ。片や、相手は原爆を持ってるわけですからね(笑)。中国共産党の公式見解を新聞記者がそのまま翻訳して伝えたら、そのあたりのニュアンスが分からず、現実を見誤ります。
 チベットとの大きな違いは、新彊からは映像や写真が全く出てこないことです。中国発の「東トルキスタン・イスラム運動によるテロ」という報道しか伝わってきません。
 三月上旬、十九歳の少女がウルムチ発北京行きの飛行機にガソリンを持ち込んでハイジャックをこころみたとの報道もありました。しかし、中国では二〇〇二年の中国北方航空六一三六便放火墜落事件以降、飛行機への液体の持ち込みは厳格に禁止されていますから、これは疑わしい。
 そもそも「東トルキスタン・イスラム運動」なる組織は、誰がトップで、どこに本拠地があるのか、中国政府は公表できない。私は海外で多くの亡命ウイグル人に会ってきましたが、系統立ったかれらの組織が存在する気配はみじんも感じられません。中国政府は、イスラム教に対する漢人の無知を利用して恐怖心を煽り、ウイグル人の反政府活動をテロ行為として封じ込めるつもりなのでしょう。

ペマ 現在のチベット人の不満の高まりには、二〇〇六年七月に開通した、青海省西寧とラサをむすぶ青蔵鉄道の存在も大きく影響しています。それまでは、食料ひとつとっても、軍用トラックに頼る以外、運搬の手段はなかったのですが、いまはなんでも鉄道で入ってくるようになった。中国人の定住がどんどん進んで、チベット文化の抹殺に等しい行為が日常的に横行し、さらに最近になって露骨な経済的搾取もはじまっています。
 チベットの観光地化は急速に進んでいます。中国人は、チベット人が昔から使っているシャモジやら、お寺の床材まで土産物として買っていくのです。

水谷 新彊のモスクにも似た現象が生じていますが、中国ハルピン東北部の吟爾浜などでも同様に悲惨な光景を見ました。かつて白系ロシア人が多く住んだこの街には、ロシア正教の壮麗な教会が残されているのですが、それらに、もはや敬慶な祈りの場の雰囲気はあり一ません。建物のなかはすべてお土産物屋になっているんです(笑)。残酷な話です。かつては漢人の信仰者だっていたでしょうに……。

ペマ そういう文化的虐殺を平気でやる一方で、中国は、チベットが中国領であることを内外の人々に刷り込むための、さりげない洗脳も巧みです。聖火リレーのコースにチベット自治区のヒマラヤ山脈を入れたり、五輪マスコットのひとつにチベットカモシカとパンダを加えたり、そうやって次第に既成事実化を進めていく。
 ところで、中国人は、自らを「漢人」とはいわず、ことさらに「漢族」と呼びますが、変な話ですね、あんなに圧倒的な人口を持ちながら……。日本でも「族」と呼ぶのは、「道路族」とか、「暴走族」とか、かなり特別な少数の人々でしよう(笑)。われわれ「漢族」もチベット族、ウイグル族と同じく、中華人民共和国の中国人なんだぞ、というような仲間意識の刷り込みを狙っているのかもしれません。
 中国は、今回の五輪をひとつの機会ととらえて、「チベットは中国の一部である」ことを、世界中に周知徹底させようとしています。このところの動きも、「巣のなかの蛇を棒で突いて出す」ような意気込みで、挑発的にやっていると私は見ているんです。 (続く)

水谷尚子 一九六六年生まれ。日本女子大学大学院博士課程単位取得満期退学。近現代日中関係史が専門。中国人民大学、復旦大学などへ留学。著書に『「反日」解剖」「「反日」以芭(文藝春秋)。近著に,中国を追われたウイグル人lI亡命者が語る政治弾圧』(文春新書)。

石濱裕美子 東京都生まれ。早稲田大学第一文学部、同大学院文学研究科修了。O八年より現職。専門はチベット・モンゴル・満州関係史。著書に「聖ツォンカパ伝】(大東出版社)、,チベットを知るための50章」(明石書店)など。訳書に,ダライ・ラマの仏教入門』(光文社)など。


※『諸君』(2008年6月号)より転載

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2008年5月16日 (金)

中国は五輪を開催する資格があるのか (下)

”血まみれのスタート”となった北京五輪

当初、中国は華々しく聖火ランナーの式典をやる予定だった。世界中がランナーを拍手喝采で迎えるはずだったのである。

だが、中国側の過剰防衛と私服の護衛隊による挑発的行為のため、世界各地で、まったく穏やかでない方向へと展開しているのは、連日の報道を見れば明らかである。

今となっては中国に対して、オリンピック開催を認めたことへの責任を言及する動きさえ出始めたほどだ。

二〇〇一年、中国が北京をオリンピック開催地として名乗りを上げたとき、当時の北京市長は、「われわれは世界に対し、中国の目覚ましい発展と人権、民主主義の進歩を披露する」と断言したものである。

同様にダライ・ラマ法王はじめ、当時、「中国に北京オリンピック開催のチャンスを与えるべきだ」と主張した人々も、中国がオリンピックを主催することによってさまざまな改善が行われ、特に人権の尊重や民主主義の促進に寄与することを期待したのである。

しかし、オリンピックが既に”血まみれのスタート”で始まった以上、当初の期待は見事に裏切られたと言うべきであろう。

あと開催まで残すところ、数力月となり、北京政府がオリンピックをあくまで継続しようとするならば、ダライ・ラマ法王と直接、建設的な対話に入り、今回、逮捕した千人とも二千人とも言われる人たちを即時に解放しなければならない。

また、中国国内で人権や民主主義のために捕まっている政治犯を釈放し、中国が人権を尊重する国であり、オリンピックを主催する国として、ふさわしいことを一日も早く世界に対し、示さねばならない。

それができないのであれば、このオリンピックが不成功に終わることは火を見るより明らかだ。

メディアはいつの間にか聖火ランナーにだけ注目し、問題の本質について忘れているような気になる。

そもそも、この問題の本質は中国によるチベットヘの侵略に端を発しているのだ。

今日において、他のアジア、アフリカの植民地や属国が次から次へと独立し、また大国が細分化される中、中国だけがチベット、ウイグル、内モンゴルなどいまだに占領支配を継続し、植民地支配を行っている。

ダライ・ラマ法王の誠意に基づく中道の路線、すなわち真の自治への提言は法王ならではの譲歩であり、寛容な処置であることは言うまでもないが、過去六十年間の中国のやり方と現在も続く共産党一党独裁の支配については、たとえそのような真の自治、または高度な自治が約束されても、それが守られるという保障はどこにもない。

ましてや民族自決権のない自治は「絵に描いた餅」になるのは今までの状況が物語っている。現在、中華人民共和国の自治区、自治州などを合計すると、約五百万平方キロ硫に達し、中華人民共和国の全体面積(約九百四十万平方キロ材)の半分以上となる。

しかし、残念なことに、現段階においては、この「自治」とは名ばかりであり、実際は、自治など存在しない”形容詞”として使われているに過ぎない。

だがもし、中国の指導者がダライ・ラマ法王の提言に真剣に耳を向け、胸に手を当てて考えれば、中国そのものが大変革し、発展と繁栄を確実にするための「鍵」になるはずだ。

胡錦濤が言う「調和のとれた社会」は、まさに「自由と平等に基づく民主的な社会の確立」から生まれると私は思っている。

そうすることにより、中国とその周辺の各民族、諸国の安全と安定も確保され、アジアの平和と世界の平和に大きく寄与するであろう。

いつまで人民の血を流す行為を続けるのか

中国人(有識者も含め)と議論をして思うことは、中国は自ら作文した歴史観と、このモザイク国家が「いつ崩壊するか」という恐怖が混じり合った不安感を持ち、それを隠そうとするがために不自然な時代錯誤的な行為をする。

そのために「蜘蛛の巣」にかかった虫のように怯えているように感じる。私は、中国が真の発展と永久的安定を望むのであれば、自らこの「蜘蛛の巣」を破り、勇気と知恵を持って、二十一世紀の世界の常識と現状に照らし合わせた「確かな脱皮」を行うことが必要である、と思うのである。

過去六十年間、中国がチベットに対して行ってきたやり方は、問題の解決に何ら建設的に貢献していない。そのことは、今回の抗議デモとそれに対する中国のやり方で十分にわかるであろう。

今回の抗議デモで、中国当局は「十九人の死者を出した」と言っており、チベット亡命政府は「百四十人の死者が出た」と発表した。このように毎年、人民の血を流すような行為を、いつまで続けるつもりであろうか。

中国の最近の新聞を見て驚いたのだが、いまだに文革時代のレトリックで、かつてチベットが残酷きわまりない社会であったような印象を与える記事が掲載されていた。チベットでは厳しい法律のもと、罪人は目玉をくり抜かれ、足を切断されたとして、一九六〇年代に使われた写真を載せて、世界を丸め込もうとしているのである。

だが、確かに、そのようなことはチベットの一部で過去にあったかもしれないが、全体ではないし、また、逆に言えば、そのような法律がチベット全土において実施されていたとしたら、それは何よりも「チベットが中国と違う」「中国の法律が及ばない国である」という証拠ではないだろうか。

今回の抗議デモなどを見ていると、大半は中国共産党の元で育てられた若者がデモに参加している。

もし、中国が言うように、彼らが高度な教育を受け、そして彼らが自ら自国においてその教育を生かして活躍するチャンスと場があって、幸せとなっている、のであれば、あのような行動を命がけでするだろうか。

世界各国の議会では、中国のチベットにおける人権を無視した行為と、中国における人権抑圧に対する決議文が相次いで出されている。

アメリカのように、「チベットが占領下の国家である」という位置づけをするような決議文までが出されるようになったことは、国際社会にチベット問題の認知度が広まっていることを意味している。

幸いにして、日本でも最近は国会でチベット間題を言及する場面が見られるようになった。また、メディアにおいても、かつてのように中国専門家と称する、中国に影響された文献にばかり頼り、”中国フィルタ”を通した見解しかなかった専門家からは距離を置き、現在では、若い学者やジャーナリストの中でも世界に通じる見識と知識を持った人を多く起用しているようだ。

日本にいる中国の有識者の中でも、自国の過ちに気がついている人は多くなっている。だが、現状においては、それを指摘するまでには勇気と覚悟ができないことも十分に理解できる。

今回、世界の指導者のノーベル賞の受賞者たち、中国の法律家や作家、ジャーナリストなど、二十数人が勇気をふり絞って、中国当局のチベット問題の対応を批判し、ダライ・ラマ法王と真剣な対話に臨むことを要請する声明文を発表している。

オリンピックはあと数力月で始まり、終わるが、チベット問題をはじめとする中国の周辺民族間の問題、中国の民主化の問題は、その後も対応せねばならぬ問題として残ることは間違いないのだ。

中国はその問題の本質を隠すためのカムフラージュとして、ある時は飴と鞭、ある時は鞭だけを使い、その場限りの解決を求めている。そのような対応を取っている限り、問題の本質は変わらないのだ。

国際社会は、過去六十年あまりの政策を反省し、改める勇気と知恵を中国首脳がどう対応するか、をよく見てほしいのだ。

また、今回の聖火リレーと、それに対する関心が、ただの花火に終わることなく、中国が真に国際社会の一員として誇れる行為を取り、チベットの人々やその他の同じ境遇の人々が真の自由を勝ち取ること。そして、アジアに真の平和が訪れるまで、末永くこの動向が見守られることを私は祈っている。 (了)

※ 『正論』(2008年6月号)より転載

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2008年5月15日 (木)

中国は五輪を開催する資格があるのか (上)

「非常識」極まりない温家宝首相のコメント

今年三月十日、チベット・ラサにおいて、僧侶の抗議デモが行われた。中国の公安当局が抑圧的に鎮圧したことで、十四日には、さらに大きなデモとなり、当局が言うところの「暴動」に発展したことについては、日本でも大きく報じられ、周知のこととなった。

中国当局は国営新華社通信を通じて、僧侶や民衆が暴力的行為に走り、中国人の店を破壊した他、罪のない民衆を殺毅し、強盗略奪を行ったと報じた。

また、中国の温家宝首相が直接事件についてコメントをし、「ダライ一派が組織的に後ろで糸を引いている」と激しく批判を繰り広げたことに対し、率直に言って私は少々、びっくりさせられた。一国の総理大臣(温家宝首相)が何の根拠も示さず、世界的に知名度のある宗教指導者(ダライ・ラマ十四世)に対し、まさかあのような口調で批判するとは…。”あの中国”といえども、こんな非常識なことをするとはさすがに思わなかったからである。

三月十四日のデモの映像を見ても、民衆は素手で店のシャッターを壊し、僧侶たちは懸命に石ころを探して投げる姿が映し出されている。そこには計画性や組織的な要素など、まったく見受けられない。

そもそも三月十日という日は、チベット人にとっては何を意味するのだろうか。それは、今から四十九年前の「一九五九年三月十日」にさかのぼることになる。

当時、既にチベットに駐屯していた中国共産党の人民解放軍の司令官は、ダライ・ラマ法王に対し、解放軍の司令部に招待するが、「護衛なしで来るように」と言ってきたことが発端であった。チベット人にとっては一国の王であり、宗教上の最高指導者であるダライ.ラマ法王に対し、「護衛を付けずに行動しろ」ということほど、傲慢で屈辱的なことはない。

特にチベットの民衆が懸念したことは、このような「不作法な待遇」に対する怒りだけでなく、実際に、法王の身の安全を危惧したからである。

なぜなら、それまでにも数多くのチベット高僧や有力者が同じような招待を受け、そのまま軟禁されていたからだ。

民衆は、法王が軍の司令部へ連れて行かれることを、命がけで阻止しようと集まり始め、やがてそれを抑えようとする中国当局との間で小競り合いが始まり、それは撃ち合いにまで発展したのである。

当時、中国当局は大砲まで使い、本格的な武力衝突に突入した。その結果、ダライ・ラマ法王はインドヘと亡命した。以来、四十九年間、チベット国内外では、毎年三月十日、もしくは、その近い日に「中国の不当な行為と弾圧」に対する抗議活動が行われてきたのである。

この日をチベット人は三月十日の『決起記念日』とした。また、この日にダライ・ラマ法王は、施政演説を行い、国民に対し、運動の方向性を示唆してきた。

デモの目的は「不当逮捕」された僧侶の釈放だった

そして、今年の抗議活動では例年と異なり、次のような要求が行われていた。

三月十日の僧侶たちのデモは、そもそも、ダライ・ラマ法王が、米国議会から最高の栄誉として、ゴールド.メダルを受賞したことに端を発している。

アメリカではこの賞はノーベル賞にも匹敵するものである。民主党出身のペロシ米下院議長の主催で、共和党のブッシュ大統領自らがブレゼンターの役割を務めるなど、挙国一致で、ダライ・ラマ法王に栄誉を贈ったのである。

この時期、偶然にも中国共産党の党大会が開かれていた。そのことに中国当局は過剰に反応し、チベット国内における法王の受賞を祝う僧侶などを逮捕した。彼らは、いまだに釈放されていない。

そして、今回のデモに加わった僧侶たちは、彼らの釈放を求めていたのである。

また、チベットでは、中国当局の今までの軍事的、また政治的な侵略に加え、最近は「青蔵鉄道」なるものの完成に伴い、多数の中国人の経済移民がラサ(チベットの首都で、人口の六割強が中国人で占められている)ばかりでなく、チベット全土に押し寄せているという不満も高まっていた。

そこに、北京才リンビックが麗催されることになったのである。、中国政府はチベットの聖地であるチョモランマ(聖山)に聖火ランナーを通過させることや、北京オリンピックのマスコットにチベットカモシカとパンダを使用し、世界に対し、「チベットが中国の一部である」と印象づけようと画策した。平和の祭典であるはずのオリンピックを政治利用して、その既成事実を作ろうとすることに対して、民衆の怒りが渦巻いたのである。

そこを、中国当局がここぞ!といわんばかりに、蛇を棒でつつくようにデモ隊を暴力的に鎮圧したのだ。これが火に油を注ぐような結果となり、抗議デモはチベット全土に広がっていったのである。


「人民戦争だ」と暴言を吐いた中共チベット自治区委員会書記

ここで言うチベット全土とは本来のチベットをさす。

それは、チベット自治区と四川省、甘粛省、雲南省、青海省などに併合されている地域が含まれる。その面積は約二百三十万平方キロ材、言い換えれば、現在の中華人民共和国の、ほぼ四分の一を占める領域である。

抗議活動が広がった三月十九日頃には、遊牧民までが抗議に参加するようになった。

事態の深刻さを察知したダライ・ラマ法王は、チベット人の命を無駄にせず、犠牲者を一人でも減らすために、自国民に対して、「暴力的な手段を放棄しなければ、自分自身が退位する」とまで宣言し、自制を求めた。

中国政府も、周辺から援軍を増強して武力による鎮圧を行ったため、抗議活動は、表面上はあたかも沈静したかのように見えたが、散発的に、その後も四川省や青海省などに併合されているチベットの地域で抗議活動は勃発していたのである。

中国の国家権力を代表し、チベットの事実上の総督的立場にある共産党チベット自治区委員会書記の張慶黎は、「これが人民戦争だ」と暴言を吐いた。

人民戦争とは全てのチベット人を殺戮するという意味で、脅迫にしても度が過ぎた言葉である。

また、同書記はダライ・ラマ法王を「僧侶の衣をまとった狼である」とまで言い、法王の個人的な人格を抹殺するような攻撃をかけてきた。

もちろん、ダライ・ラマ法王が、「僧衣をまとったオオカミ」などではないことは周知の事実である。

このように中国の時代錯誤的な対応は、逆に世界の世論の批判を浴びることとなった。

やがて、世界各国の首脳が、オリンピックの開会式への不参加の意思表示が続出したことは、皆さんもよくご存じのとおりである。

世界の首脳のみならず、聖火ランナーや選手の中でも自らの良識に従い参加を辞退する人が現れ始めた。ありがたいことに、日本においても、砲丸投げの製造者(世界的に有名な名人である)が、北京オリンピックには「砲丸を提供しない」という、勇気ある発言をする人も現れたのである。

また、世界各国及び日本でも、全日本仏教会をはじめ、各宗派や国民新党のような政党も、中国政府に対して、ダライ・ラマ法王との対話を要請し、同時に事態の沈静化を求めて人権の尊重を促す決議が出された。

遅ればせながら、聞くところによると、日本の福田康夫首相も、胡錦濤に対して親書を送り、ダライ・ラマ法王との対話を要請したとのことである。これで日本も「先進国」の仲間入りしたことになるのであろう。

(続く)


※ 『正論』(2008年6月号)より転載

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2008年5月 6日 (火)

《緊急メッセージ》 ダライ・ラマ法王の特使と中国側の会談について

中国政府がダライ・ラマ法王の代表と会話を再開したことについて各方面から大きな関心を寄せていただき、大変にうれしく思います。

亡命政府からは「対話に満足している」との談話が発表されましたが、私としては胡錦涛の外遊前に中国政府が一時的な措置を取ったのにすぎず、本質的にはチベット問題の解決につながる話しはなかったと受けとめています。

たとえば、今回、中国当局に捕らえられた人々の釈放など、解決に向けた歩み寄りが中国側からはみられませんでした。

ただ、中国政府が協議に応じたことは、多少なりとも彼らが世界の世論を気にしはじめた証拠です。

したがって、中国政府がチベット問題に関して意味ある誠意を示すまで、国際世論の継続的な支持と注目が必要と考えます。引き続き、注意深い監視をお願いいたします。


ペマ・ギャルポ

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