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2008年5月21日 (水)

鼎談 チベットの祈りが中華拝金地獄を打ち破る

チベットの高貴な精神性

ペマ もし北京五輪が事もなく、成功のうちに幕を閉じれぱ、その後、中国はアジアの超大国としてのプライドを、露骨に押し出していく展開となるはずでした。しかし、チベット問題が世界にあらためて問われたことで、オリンピックはすでに失敗しているともいえますね。

石濱 五輪誘致が決まった時点では、国際社会の眼を気にして、中国が各民族に対して、もう少し姿勢を緩めていくのではないかとも思っていました。オリン ピック開催のお祝い気分も手伝って、多少の自治権を与えるくらいの度量は示すのではないか、と。実際、そのような兆候も見えなくはなかったのです。

ペマ 最近になって中国の姿勢が後退してしまった理由を考えると、二年前の「毛皮事件」を思い出します。
 そのころ、チベットヘの貨幣経済の浸透は著しく、豊かになった層からは毛皮の服を着る人々があらわれていました。それに対して、法王は「毛皮は殺生にな る。見栄のために生き物の命を奪ってはいけない」という発言をしたんです。すると、チベット人はいっせいに毛皮を脱ぎ、焚き火にくべて燃やしてしまった。 それを見た中国人は、法王の衰えを知らない影響力に慄然とせざるをえなかった。中国はあわてて「毛皮は国家の財産だから」といって止めに入ろうとしたので すが、チベット人はまったく聞く耳を持たない。その直前まで、法王が中国へ巡礼に行くプランが検討されていて、実際に北京側との具体的な話し合いが進めら れていたのですが、先方が恐れをなしたのか、その話はいつしか立ち消えになってしまいましたね。
 チベットからの現地報告が、北京までうまく伝わらないという事情もある。最近まで新華社通信は、チベット支配に自信満々の論調を掲げていましたからね。

石濱 なぜ自信満々になれるのか、まったく不思議です(笑)。

ペマ いままで、中国では二十四回王朝が替わり、交替期にはほとんど流血の事態が伴ってきた。こういう悪い連鎖を断ち切るために、かつて毛沢東がいったよ うに、チベットにはなにか中国の手助けができるのではないか。チベット人はそれくらいの気持ちでいるべきだと考えています。
 私がチベットの前途に希望を持つのは、時代とともに人は変わるからなんです。
 かつて、たとえぱ趙紫陽のブレーンのなかには、「国際世論と中国自身のことを考えた場合、チベット人には少し勝手にやらせたほうがいい」と助言する人た ちもいた。郡小平も一九七九年、「独立」という言葉以外はなんでも話し合う用意があると述べたし、胡耀邦に至っては、総書記就任直後の一九八O年五月、 「チベット民衆の生活には大きな進歩が見.られなかった」と党の施策を反省し、それからの三年間、税金を免除した。いまも胡耀邦という名を耳にするだけ で、良い気分に浸れますよ(笑)。

中国を内側から変えるとき

水谷 胡耀邦は総じて中国の「少数民族」には人気です。どこにいっても評判のいい指導者ですよ。
 いま中国が抱えるチベット、ウイグルなど民族の自決権侵害という問題で、われわれがすべきことは、漢人の意識を変えるために尽力することだと思います。 亡命者を受け入れ、かれらに発言の機会を与えるべきです。また、漢人を排除するのではなく、日本の過去の事例から、他民族・地域を支配するのがいかに自他 共に深手を負うのか、語りかけるべきです。
 かれらの教科書には周辺地域の歴史が書かれていない。日本の世界史教科書以上に、アジアに関する記述は乏しいのです。

ペマ 第一、中国には歴史がない。歴史的事実の探究よりも、そのときどきの政府の作文が優先するのですから(笑)。

石濱 この問題を根本的に解決するためには、中国に変わってもらうしかないと思います。それは中国の未来のためでもあります。自国のみを是として、他国を 痛烈におとしめる愛国教育は、孤立と紛争を生むだけで、愛国ではなく亡国の道にすぎません。日本{中国政府とパイプをもっている方たちは、ダライ・ラマ十 四世と話し合うことこそ中国の度量を示すことになる、などとうまく説得するように動いて欲しいです。まともにぶつかりあっている相手から言われたら、中国 も意地になって耳を塞ぐでしょうが、せっかく日本は舐められているんですから(笑)、その立場を利用して、最低限の筋は通すべきです。

水谷 先述のラビア・力ーディルさんが来日した際も、政治家はなかなか会いたがらなかった。単なる「反中国」「親中国」という文脈ではなく、彼女がおかれた国際的立場を視野にいれて、情勢を知るために会うという姿勢が必要なのではないでしょうか。

ペマ まずは、政府がきちんと情報を収集して、いまの状況を把握しなくてはいけません。

水谷 日本は、仲介者としての役割を果たせるように努力することも必要です。西洋では亡命者が「なにを持ってくるか」という点に強い関心を向け、聞き取り マニュアルも用意していると聞きます。たとえば、中国からの亡命者受け入れは、中国の内情を知るための最も有効な手段の一つなんです。ウイグル人の警察官 が亡命してきたとすると、その警察官が過去にどういう政治弾圧に加わったかなど、聞き取れる情報は豊富にあるはずです。政治戦略的に亡命者に対処するとい うビジョンが政府にも政治家にもまるでないのが残念ですね。

石濱 中国政府はこの五十年間、一貫してダライ.ラマ十四世を「僧衣を着た狼」と称してきました。しかし、その「狼」に対して、イギリス、フランス、ドイ ツ、アメリカの政府や大学や人権団体が数多くの学位や賞を授け、トップアーティストや有名俳優たちが支持を表明しています。この十四世の国際的な評価を理 解できた時こそ、中国は真の意味で国際化したと言えるでしょう。

ペマ 私も、中国自身のため、トランスフォームは不可欠だと思います。チベット問題は、中国にとってその絶好のチャンスといえる。中国人は「民族自決権」 と聞くだけでひたすら怯えますが、法王がおっしゃるのは「それを実現したうえで、一緒にできることだってあるじゃないか」ということなんです。要は、自分 たちが魅力的なものをつくりだすヴィジョンを持っているかどうかの問題ですね。もっと中国人が自信を持ち、自分たちの政策に魅力を感じているなら、そんな に怯えるようなことじゃないと思うんです。
 西洋も、日本も、チベットを見る眼を深化発展させてきたように、これからの中国が変わっていくことに希望をつなぐしかありません。 (了)

水谷尚子 一九六六年生まれ。日本女子大学大学院博士課程単位取得満期退学。近現代日中関係史が専門。中国人民大学、復旦大学などへ留学。著書に『「反日」解剖」「「反日」以芭(文藝春秋)。近著に,中国を追われたウイグル人lI亡命者が語る政治弾圧』(文春新書)。

石濱裕美子 東京都生まれ。早稲田大学第一文学部、同大学院文学研究科修了。O八年より現職。専門はチベット・モンゴル・満州関係史。著書に「聖ツォンカパ伝】(大東出版社)、,チベットを知るための50章」(明石書店)など。訳書に,ダライ・ラマの仏教入門』(光文社)など。


※『諸君』(2008年6月号)より転載

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