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2008年5月20日 (火)

鼎談 チベットの祈りが中華拝金地獄を打ち破る

ダライ・ラマが作った道

ペマ ラサに端を発した今回のデモ、抗議活動は、やがて四川省や甘粛省の一部などに広がりました。もともとチベットの領土で、中国に併合された地方 ですが、それらの土地では、遊牧民までそういう行動を起こすようになっています。事態を憂慮したダライ・ラマ十四世は、三月十八日、「チベットでこれ以上 暴力が続くなら、私は退位する」として、自制を呼び掛けました。チベット人への呼び掛けのかたちをとりながら、中国に対するメッセージとしての意味合いが より大きいと思います。

石濱 ダライ・ラマ十四世は、亡命されたばかりの、一番苦しい時期にも同じ主張をしています。
「中国人を恨んではいけないし、暴力的な抵抗をしてはならない」
「いつも対話の窓口は開いている。われわれが求めているのは、自分たちの文化が尊重されること、そしてチベット人がチベット人として暮らしていける社会であってほしいということ」
 法王の、時々の会見は、毎回同じだからもう聞く必要がない、というくらい一貫した内容を持っているのです。
  ダライ・ラマ十四世への世界的な評価は、マハトマ・ガンジーや、マーチン・ルーサー・キング牧師と同じ路線に位置づけられています。以前、アメリカで十四 世の伝記映画が作られていますが、そこで描かれているのは、徳の高さで敵と戦う、自らは恥ずかしくない行いをとり続けるという十四世の姿でした。つまりチ ベットの品性の高さを示すことによって、中国側の欺購性をあぶり出してやればよい、そういう方向で五十年間やってきたんです。

ペマ 「お腹のなかで火が燃えていても、口から煙を出してはならない」というチベットの諺がありますが、これは法王の方針でもある。みんな中国に対 して頭にきているけど、法王の言葉があれぱこそ、なんとか我慢に我慢をかさねて、それで収まっているんです。もし法王が退位なんていう事態になったら、各 地に"ミニ・ポス"のような存在があらわれて、ゲリラ的活動が多発するようになるのではないでしょうか。

聖火リレー"妨害"の真実

石濱 欧米社会では、チベットが目指してきた平和主義、人権外交のメッセージがしっかり受けとめられています。だからこそ、人種も、信仰も違うのに、チベットヘの応援の声がごく自然に湧きあがってくるんです。
  聖火リレーへの"妨害"活動も、日本とはちがう文脈で語られていて、純粋に「民主主義の勝利」ととらえられています。そもそも、あの抗議を「暴力」などと 呼ぶのはまったくの筋違い、「暴力」の名にふさわしいのは、むしろ中国がやっていることです。日本の報道では、中国のあからさまな蛮行には目を瞑って、消 火器を使って聖火が消されそうになったことぱかりが取り上げられる。しかも、その背後にある意図は一切説明されず、調査捕鯨船の活動を妨害した反捕鯨組織 と同じように扱われてしまうのです。
 ガンジーも、キング牧師も、その運動は、ダライ・ラマ十四世と同じ地平から出発しています。このような人々は当初は「反逆者」と言われることがあっても、歴史は「人類の歴史を前進させた偉人」と評価するようになります。
  さきほどペマさんがふれられた米議会の「ゴールドメダル」にせよ、昨年秋のドイツのメルケル首相との会談にせよ、欧米各国政府はダライ・ラマ十四世に対し て、しっかり支持のサインを出しているんです。日本政府にその動きはまったくなく、マスコミもそうした彼我の差にふれようともしません。

ペマ とはいえ、在日四十年余の経験に即していえぱ、日本におけるチベット理解は、昔に比べれぱ格段に進みました。西洋の国々でも、以前は法王に対 する誤解があったんです。たとえば、その昔、オーストラリアでビザ発給を求めた際、「われわれは民主主義を支援している。封建社会、宗政一致の権力を握っ ている者は支援できない」と言われた。アメリカでも最初に応援してくれたのは、反共の立場をとる保守系の人たちだけでした。
 私自身もその昔、人 権支援などを展開する宗教団体の人から、「中国はいま民衆による革命をしている。それに楯突くあなたがたは反動分子だ」と言われたことがありますよ。古い 世代のチベット研究者のなかにも、中国の文献に馴染んだせいで、一種のフィルターがかかり、中国寄りの立場で発言される方がいましたね。
 そうそう、日本社会党の某有名女性幹部に陳情にいった際、「キミはどうせ支配階級の子供なんでしょ」と言われて苦笑したこともありました(笑)。さすがにいまは、そういうことはありません。

被圧迫民族の連合が生まれている

水谷 海外の亡命ウイグル人と話していて印象深かったのは、ウイグルとチベットとの間に、被圧迫民族としての、緩やかな連合ができているということなんです。
 最近、ウイグル人にとって、中央アジアルートでの亡命は厳しくなρている。ウズベキスタンにせよ、カザフスタンにせよ、警察に捕まると、即座に中国国内に強制送還されるようになったからです。
  中国に隣接した国で、いま国際法にのっとってまともな亡命者の処理をしているのは、意外にもインドなんです。ウイグル人亡命者がいうには、「インドは国と してはトンデモない。けれど政府はちゃんと対応してくれる」(笑)。ルート的には迂遠な感じですが、いまはとにかくインドに行こうというのが支配的な風潮 です。
 しかし、道案内もなくヒマラヤ山脈を越えるのはきわめて難しい。チベット人案内人の手助けがどうしても必要になるんです。

ペマ ウイグル人とチベット人は七〇年代から一緒に「共同の声」という組織をやっていた。ソ連崩壊後、一時、ウイグル人が主導権を握った時期もあり ますが、イスラムが表に立つと、欧米社会へのアピールが弱い。あまつさえ法王がノーベル平和賞を取ったことにより、チベット側が政治的色合いの強い活動を 避けるようになって、組織は次第に機能しなくなります。当初は、東トルキスタン亡命者のリーダーだったエイサ.ユスプ・アルプテキンの知名度が高かったの ですが、運動の第一世代はもういなくなりましたね。

水谷 ダライ・ラマ十四世と仲が良かったのが彼ですね。元国民党の役人だった彼はすでに亡くなり、息子のエルキン・アルプテキンが初代「世界ウイグ ル会議」のトップを務めました。一度ご自宅を訪ねたことがありますが、部屋に入ると、壁にダライ・ラマ十四世と父君が握手している大きな写真が飾られてい て、驚いたことがあります。
 いま「世界ウイグル会議」は、昨年来日したノーベル平和賞候補のラビア・力ーディルがトップを務めています。アメリカでのデモや中国への抗議活動では、チベット人と行動を共にすることも多いようです。

ペマ 今回のチベットでの事態についても、世界ウイグル会議は「殺されているチベット人一人一人の血は、われわれの血だと思うべきである」という声明を出してくれました。
 ウイグル、チベット、そして内モンゴルも同様かと思いますが、組織を運営していくうえで、共通の歴史認識をまとめあげていくのが大事な事業ですね。

石濱 私は歴史研究者として、チベット語やモンゴル語の歴史史料をずっと読んできました。チベットは七世紀のソンツェンガムポ王の時代に歴史の舞台 に姿を現し、この王はインドより仏教を導入した王として知られます。それからも代々の為政者は仏教の護持者か自身が実践者でした。十七世紀にダライ・ラマ が登場するとソンツェンガムポ王の再来として敬われるといった具合に、チベットには仏教をバックポーンとした一貫した歴史があります。
 満洲人が中国を征服して清王朝をたてますと、満洲人がチベット仏教徒であったため、清とチベットの間に密接な関係が生衷れます。とくに最盛期の皇帝乾隆帝はチベット仏教の熱心な信徒でした。
  中国はこの経緯をとらえて、清代からチベットを支配していたのだと強弁する。しかし、満洲人は自らも数が少ない民族であったため、漢人の圧倒的人口は脅威 でした。同化されてしまいますからね。そのため、漢人から見た少数民族の独自性を保つことに注意を払い、ウイグル・モンゴル.チベット地域に漢人が移住す ることを法令によって強く禁じ、それらの民族の文化を保持させるよう気を配ったのです。各民族が自分らしさを保って生きていくという当たり前のことを、尊 重していたんです。
 ところが、十九世紀末に清朝がガタガタになって、自動的に漢人の移動が始まる。中華民国の時代に入ると、もう誰も統制する人がいなくなって、大量の漢人が流入して今に至るのです。

ペマ それまで、清とチベットは、どちらがより偉いということはない。お互いの価値を認めてうまくやってきたのです。ところが、孫文の時代の文献を見ると、チベット人が「外来人」とされていて、時代の流れということを感じさせます。 (続く)

水谷尚子 一九六六年生まれ。日本女子大学大学院博士課程単位取得満期退学。近現代日中関係史が専門。中国人民大学、復旦大学などへ留学。著書に『「反日」解剖」「「反日」以芭(文藝春秋)。近著に,中国を追われたウイグル人lI亡命者が語る政治弾圧』(文春新書)。

石濱裕美子 東京都生まれ。早稲田大学第一文学部、同大学院文学研究科修了。O八年より現職。専門はチベット・モンゴル・満州関係史。著書に「聖ツォンカパ伝】(大東出版社)、,チベットを知るための50章」(明石書店)など。訳書に,ダライ・ラマの仏教入門』(光文社)など。


※『諸君』(2008年6月号)より転載

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