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2008年5月19日 (月)

鼎談 チベットの祈りが中華拝金地獄を打ち破る

徳と野蛮の戦いは五十年つづいている。この禍を中国変革の好機となす道はあるのか  

ペマ・ギャルポ/水谷尚子(中央大学非常勤講師)/石濱裕美子(早稲田大学教授)


チベットでなにが起きたのか

ペマ 首都ラサで騒乱が起きた三月十日から、チベット問題は世界的な注目を集めています。北京五輪に向けた聖火リレーに対して世界各地で抗議活動が広がるなか、中国は「ダライ・ラマとその一派が海外から糸を引いて、計画的・組織的な暴動を企てた」と主張していますが、まったく的外れというほかはありません。
 私がチベット側から聞いている話では、三月十日、デモを行おうと数人の僧侶がセラ寺に集まったところ、中国当局は「待ってました」とぱかりにこれを包囲したそうです。デモの趣旨は、もちろん中国の一方的なチベット支配に対する抗議ですが、その一方には、僧侶たち自身に直接関係する、より切実な要求もありました。
 昨年十月、アメリカで、ダライ・ラマ十四世がブッシュ大統領と会い、米議会から「民主主義化を促進した」功績などにより、最高の栄誉である「ゴールドメダル」を授与されています。チベットでそれを祝おうという動きが持ち上がった際、中心となった僧侶たちが逮捕されて、未だに釈放されていない。かれらの釈放は僧侶たちの悲願となっています。これまで、チベット人は獄中死を含め、百二十万人が殺されたといわれています。

石濱 もともと三月十日は、チベット人にとって特別な日ですね。一九五九年のその日、ダライ・ラマ十四世は、中国軍から"招待"を受けていた。その際、大名行列を率いてお輿で移動する身分の方に、護衛もなしに来いというのです。その噂がラサ市民に広まり、「よもや北京に連れて行かれるのでは」という不安が高まって、ダライ・ラマ十四世が滞在していたラサ郊外の離宮は、たちまち民衆に取り囲まれました。チベット人と中国軍はそのままにらみあいを続け、それが日に日に殺気立っていったため、中国軍とチベット人との衝突を回避しようとして、十七日、十四世はひそかに離宮を抜け出し、インドに亡命することになるのです。
 それ以来、三月十日はチベット人がダライ・ラマ十四世を守るために自発的に蜂起した「チベット蜂起記念日」となっています。毎年なんらかの声明が出され、大なり小なりデモは起きていますが、今年は特別な事情があった。中国政府は北京五輪を前に人権問題を改善するという前言を翻して、話し合いに応じないばかりか、むしろ警察権力による取り締まりを強化しはじめたのです。チベットにいる私の知人も、三月二、三日の段階で、警察車両がラプラン寺(甘粛省にある大僧院)を巡回し、僧院を包囲、監視しているのを目撃しています。つまり、チベット人側の不満の欝積もさることながら、むしろ中国側が五輪を前に殺気立っていたということも今回の件の背景にあると思います。

ウイグルでも暴動の連鎖が

水谷 ウイグル人が住む新彊ウイグル自治区にも、チベットの一連の動きに影響された現象が生じてきていますね。新彊の場合、九〇年代に反政府運動が活発化しました。ソ連邦の崩壊によりウズペキスタン、キルギス共和国など中央アジア諸国が独立したのに呼応した動きです。九〇年、九七年、九九年にその高揚期があり、そのたぴに中国から大弾圧を受けている。いま暴動を起こすような余力がウイグルにあるのか、はなはだ疑問なのですが、情報が錯綜しているなか、新彊各地でデモが起きているという説も一部にはたしかにあります。
 ただ暴動といっても、実際に加わった人の話を聞くと、もうクワや猟銃片手に、日本のイメージでいったら「農民一揆」のレベルですよ。片や、相手は原爆を持ってるわけですからね(笑)。中国共産党の公式見解を新聞記者がそのまま翻訳して伝えたら、そのあたりのニュアンスが分からず、現実を見誤ります。
 チベットとの大きな違いは、新彊からは映像や写真が全く出てこないことです。中国発の「東トルキスタン・イスラム運動によるテロ」という報道しか伝わってきません。
 三月上旬、十九歳の少女がウルムチ発北京行きの飛行機にガソリンを持ち込んでハイジャックをこころみたとの報道もありました。しかし、中国では二〇〇二年の中国北方航空六一三六便放火墜落事件以降、飛行機への液体の持ち込みは厳格に禁止されていますから、これは疑わしい。
 そもそも「東トルキスタン・イスラム運動」なる組織は、誰がトップで、どこに本拠地があるのか、中国政府は公表できない。私は海外で多くの亡命ウイグル人に会ってきましたが、系統立ったかれらの組織が存在する気配はみじんも感じられません。中国政府は、イスラム教に対する漢人の無知を利用して恐怖心を煽り、ウイグル人の反政府活動をテロ行為として封じ込めるつもりなのでしょう。

ペマ 現在のチベット人の不満の高まりには、二〇〇六年七月に開通した、青海省西寧とラサをむすぶ青蔵鉄道の存在も大きく影響しています。それまでは、食料ひとつとっても、軍用トラックに頼る以外、運搬の手段はなかったのですが、いまはなんでも鉄道で入ってくるようになった。中国人の定住がどんどん進んで、チベット文化の抹殺に等しい行為が日常的に横行し、さらに最近になって露骨な経済的搾取もはじまっています。
 チベットの観光地化は急速に進んでいます。中国人は、チベット人が昔から使っているシャモジやら、お寺の床材まで土産物として買っていくのです。

水谷 新彊のモスクにも似た現象が生じていますが、中国ハルピン東北部の吟爾浜などでも同様に悲惨な光景を見ました。かつて白系ロシア人が多く住んだこの街には、ロシア正教の壮麗な教会が残されているのですが、それらに、もはや敬慶な祈りの場の雰囲気はあり一ません。建物のなかはすべてお土産物屋になっているんです(笑)。残酷な話です。かつては漢人の信仰者だっていたでしょうに……。

ペマ そういう文化的虐殺を平気でやる一方で、中国は、チベットが中国領であることを内外の人々に刷り込むための、さりげない洗脳も巧みです。聖火リレーのコースにチベット自治区のヒマラヤ山脈を入れたり、五輪マスコットのひとつにチベットカモシカとパンダを加えたり、そうやって次第に既成事実化を進めていく。
 ところで、中国人は、自らを「漢人」とはいわず、ことさらに「漢族」と呼びますが、変な話ですね、あんなに圧倒的な人口を持ちながら……。日本でも「族」と呼ぶのは、「道路族」とか、「暴走族」とか、かなり特別な少数の人々でしよう(笑)。われわれ「漢族」もチベット族、ウイグル族と同じく、中華人民共和国の中国人なんだぞ、というような仲間意識の刷り込みを狙っているのかもしれません。
 中国は、今回の五輪をひとつの機会ととらえて、「チベットは中国の一部である」ことを、世界中に周知徹底させようとしています。このところの動きも、「巣のなかの蛇を棒で突いて出す」ような意気込みで、挑発的にやっていると私は見ているんです。 (続く)

水谷尚子 一九六六年生まれ。日本女子大学大学院博士課程単位取得満期退学。近現代日中関係史が専門。中国人民大学、復旦大学などへ留学。著書に『「反日」解剖」「「反日」以芭(文藝春秋)。近著に,中国を追われたウイグル人lI亡命者が語る政治弾圧』(文春新書)。

石濱裕美子 東京都生まれ。早稲田大学第一文学部、同大学院文学研究科修了。O八年より現職。専門はチベット・モンゴル・満州関係史。著書に「聖ツォンカパ伝】(大東出版社)、,チベットを知るための50章」(明石書店)など。訳書に,ダライ・ラマの仏教入門』(光文社)など。


※『諸君』(2008年6月号)より転載

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