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2008年5月15日 (木)

中国は五輪を開催する資格があるのか (上)

「非常識」極まりない温家宝首相のコメント

今年三月十日、チベット・ラサにおいて、僧侶の抗議デモが行われた。中国の公安当局が抑圧的に鎮圧したことで、十四日には、さらに大きなデモとなり、当局が言うところの「暴動」に発展したことについては、日本でも大きく報じられ、周知のこととなった。

中国当局は国営新華社通信を通じて、僧侶や民衆が暴力的行為に走り、中国人の店を破壊した他、罪のない民衆を殺毅し、強盗略奪を行ったと報じた。

また、中国の温家宝首相が直接事件についてコメントをし、「ダライ一派が組織的に後ろで糸を引いている」と激しく批判を繰り広げたことに対し、率直に言って私は少々、びっくりさせられた。一国の総理大臣(温家宝首相)が何の根拠も示さず、世界的に知名度のある宗教指導者(ダライ・ラマ十四世)に対し、まさかあのような口調で批判するとは…。”あの中国”といえども、こんな非常識なことをするとはさすがに思わなかったからである。

三月十四日のデモの映像を見ても、民衆は素手で店のシャッターを壊し、僧侶たちは懸命に石ころを探して投げる姿が映し出されている。そこには計画性や組織的な要素など、まったく見受けられない。

そもそも三月十日という日は、チベット人にとっては何を意味するのだろうか。それは、今から四十九年前の「一九五九年三月十日」にさかのぼることになる。

当時、既にチベットに駐屯していた中国共産党の人民解放軍の司令官は、ダライ・ラマ法王に対し、解放軍の司令部に招待するが、「護衛なしで来るように」と言ってきたことが発端であった。チベット人にとっては一国の王であり、宗教上の最高指導者であるダライ.ラマ法王に対し、「護衛を付けずに行動しろ」ということほど、傲慢で屈辱的なことはない。

特にチベットの民衆が懸念したことは、このような「不作法な待遇」に対する怒りだけでなく、実際に、法王の身の安全を危惧したからである。

なぜなら、それまでにも数多くのチベット高僧や有力者が同じような招待を受け、そのまま軟禁されていたからだ。

民衆は、法王が軍の司令部へ連れて行かれることを、命がけで阻止しようと集まり始め、やがてそれを抑えようとする中国当局との間で小競り合いが始まり、それは撃ち合いにまで発展したのである。

当時、中国当局は大砲まで使い、本格的な武力衝突に突入した。その結果、ダライ・ラマ法王はインドヘと亡命した。以来、四十九年間、チベット国内外では、毎年三月十日、もしくは、その近い日に「中国の不当な行為と弾圧」に対する抗議活動が行われてきたのである。

この日をチベット人は三月十日の『決起記念日』とした。また、この日にダライ・ラマ法王は、施政演説を行い、国民に対し、運動の方向性を示唆してきた。

デモの目的は「不当逮捕」された僧侶の釈放だった

そして、今年の抗議活動では例年と異なり、次のような要求が行われていた。

三月十日の僧侶たちのデモは、そもそも、ダライ・ラマ法王が、米国議会から最高の栄誉として、ゴールド.メダルを受賞したことに端を発している。

アメリカではこの賞はノーベル賞にも匹敵するものである。民主党出身のペロシ米下院議長の主催で、共和党のブッシュ大統領自らがブレゼンターの役割を務めるなど、挙国一致で、ダライ・ラマ法王に栄誉を贈ったのである。

この時期、偶然にも中国共産党の党大会が開かれていた。そのことに中国当局は過剰に反応し、チベット国内における法王の受賞を祝う僧侶などを逮捕した。彼らは、いまだに釈放されていない。

そして、今回のデモに加わった僧侶たちは、彼らの釈放を求めていたのである。

また、チベットでは、中国当局の今までの軍事的、また政治的な侵略に加え、最近は「青蔵鉄道」なるものの完成に伴い、多数の中国人の経済移民がラサ(チベットの首都で、人口の六割強が中国人で占められている)ばかりでなく、チベット全土に押し寄せているという不満も高まっていた。

そこに、北京才リンビックが麗催されることになったのである。、中国政府はチベットの聖地であるチョモランマ(聖山)に聖火ランナーを通過させることや、北京オリンピックのマスコットにチベットカモシカとパンダを使用し、世界に対し、「チベットが中国の一部である」と印象づけようと画策した。平和の祭典であるはずのオリンピックを政治利用して、その既成事実を作ろうとすることに対して、民衆の怒りが渦巻いたのである。

そこを、中国当局がここぞ!といわんばかりに、蛇を棒でつつくようにデモ隊を暴力的に鎮圧したのだ。これが火に油を注ぐような結果となり、抗議デモはチベット全土に広がっていったのである。


「人民戦争だ」と暴言を吐いた中共チベット自治区委員会書記

ここで言うチベット全土とは本来のチベットをさす。

それは、チベット自治区と四川省、甘粛省、雲南省、青海省などに併合されている地域が含まれる。その面積は約二百三十万平方キロ材、言い換えれば、現在の中華人民共和国の、ほぼ四分の一を占める領域である。

抗議活動が広がった三月十九日頃には、遊牧民までが抗議に参加するようになった。

事態の深刻さを察知したダライ・ラマ法王は、チベット人の命を無駄にせず、犠牲者を一人でも減らすために、自国民に対して、「暴力的な手段を放棄しなければ、自分自身が退位する」とまで宣言し、自制を求めた。

中国政府も、周辺から援軍を増強して武力による鎮圧を行ったため、抗議活動は、表面上はあたかも沈静したかのように見えたが、散発的に、その後も四川省や青海省などに併合されているチベットの地域で抗議活動は勃発していたのである。

中国の国家権力を代表し、チベットの事実上の総督的立場にある共産党チベット自治区委員会書記の張慶黎は、「これが人民戦争だ」と暴言を吐いた。

人民戦争とは全てのチベット人を殺戮するという意味で、脅迫にしても度が過ぎた言葉である。

また、同書記はダライ・ラマ法王を「僧侶の衣をまとった狼である」とまで言い、法王の個人的な人格を抹殺するような攻撃をかけてきた。

もちろん、ダライ・ラマ法王が、「僧衣をまとったオオカミ」などではないことは周知の事実である。

このように中国の時代錯誤的な対応は、逆に世界の世論の批判を浴びることとなった。

やがて、世界各国の首脳が、オリンピックの開会式への不参加の意思表示が続出したことは、皆さんもよくご存じのとおりである。

世界の首脳のみならず、聖火ランナーや選手の中でも自らの良識に従い参加を辞退する人が現れ始めた。ありがたいことに、日本においても、砲丸投げの製造者(世界的に有名な名人である)が、北京オリンピックには「砲丸を提供しない」という、勇気ある発言をする人も現れたのである。

また、世界各国及び日本でも、全日本仏教会をはじめ、各宗派や国民新党のような政党も、中国政府に対して、ダライ・ラマ法王との対話を要請し、同時に事態の沈静化を求めて人権の尊重を促す決議が出された。

遅ればせながら、聞くところによると、日本の福田康夫首相も、胡錦濤に対して親書を送り、ダライ・ラマ法王との対話を要請したとのことである。これで日本も「先進国」の仲間入りしたことになるのであろう。

(続く)


※ 『正論』(2008年6月号)より転載

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