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2008年8月

2008年8月24日 (日)

責任と支援(下)

 その色川先生は、私に先生の研究生及び塾生たちに対して話す機会を与えて下さったり、出版記念会にも呼んで下さいました。ですから一九八九年にダライ・ラマ法王がノーベル平和賞を受賞した祝賀会を催した時、私は当然のことながら色川先生をもご招待しました。それを聞きつけた先輩や関係者からは相当の批判と反発がありました。最終的に、私は当時チベット文化研究所の副会長であり主催者の中心的人物でもあった倉前先生に判断を仰ぎました。

 すると先生は、「これはダライ・ラマ法王とチベットのための祝賀会だ、その祝賀会にペマ君が呼びたいのであればそれで良い。色川さんが来たからといって色川の色に染まるものではない」とユーモアまで交えて答えて下さった時、私はほっとしました。と同時に先生は本当にチベットのためを考えて下さっていると思いましたし、倉前先生はチベットの立場でチベットを支援して下さっていました。

 当日、色川先生が見えた時、あんなに仲の悪かった倉前先生が、会場の入り口で色川先生に「本日はよくおいで下さいました。ペマ君が色々世話になっているようで……」という挨拶まで交わさてれていました。色川先生も丁寧に応じ、ご挨拶に立った時も、チベット問題以外に自分の私情を一切述べず、来客としての立場を貫いていらっしゃいました。両先生は特別に親しく雑談をすることなどはありませんでしたが、式典の最中は自然に隣に立つこともありました。このような倉前先生の振る舞いを見て、会場からも一切失礼なヤジなどありませんでした。私は両先生の歴史観、イデオロギーは百八十度違っていても、それぞれ信念を持ち、大変立派な方々であると思いました。私は当然のことながらチベット問題に対する色川先生の姿勢に関して感謝すると共に、誠実な人柄に共鳴しましたが、主義主張上は倉前先生の弟子であることに何の変化もありませんでした。

 私は人間にとって主義主張は大切であると思いますし、それを貫くことも大切であると思います。しかし、社会において自分の信念を他に押しつけたり、或いは自分の信念や信条を盾にして社会的責任を逃れようとする人が多いように思います。また自分の信念を固持する格好を見せることで他を受けつけず、他を近寄らせないで自分が特定の問題や領域に関して専売特許でも持っているかのような勘違いをしている人が多いような気がします。

 チベット問題についても、最近は勝手にダライ・ラマ法王の思想や言動まで解説し、それを盾に自分の立場やエゴを満たそうとしている人も少なくありません。

 私達は時と場合によっては、自分が置かれている社会的地位や立場によって果たさなければならない様々な責任があります。決して自分に都合の良いことばかりで、責任を取ることにもなりませんし、他を助けることにもなりません。私達はより普遍的な価値観を求め、それに準じて自分の行動を決め、そのためにはマハトマ・ガンジーの言葉にあるように「非難を恐れる者は何もせず、何も得ずに終わる」ということをよく理解し、全ての行動は勇気と覚悟の要ることを知っていて欲しいと願っています。 (了)

※『向上』(2008年9月号)より転載。

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2008年8月23日 (土)

責任と支援(上)

 今回は「責任と支援」について感じたことを少しまとめます。

 最近、ある民族の在日協会の人々が協会発足の挨拶とリーダーとの顔合わせのため、私の事務所に見えました。もちろんリーダーとして同胞の人々をまとめる立場にある方々だけに、それぞれしっかりした考えの持ち主ばかりでした。それに加え、日本語が流暢であったことは言うまでもありません。この方々は、私がチベット人として長い間日本で活動してきた経験などを踏まえ、いろいろと意見を聞きたいということでした。当然ながら私は喜んでそれに応じることにしました。

367_2  会話が進むうちに、今までお世話になった日本の方々についての話題になりました。彼らは、日本人一人一人の今までの貢献に対して感謝しており、今後もご指導ご鞭捷を賜っていきたいという考えを持っています。ところが残念なことに、彼らの多くは「A氏が参加するのであれば私は遠慮します」とか「B女史とは名前を一緒に連ねたくない」という理由で、その在日協会への協力に肯定的な返事を貰えず、困惑していました。

 私は「これはあなたたち自身の問題であって、あなたたちが今までのご厚意に感謝をし、礼を尽くしていれば、後は相手の良識に任せるしかありません。自分たちのほうから恩人を裏切ったりすることは決して良くありません。自分たちの立場や目的を理解して助けてくれる方が本当の支持者であって、彼らの感情的なこだわりに振り回される必要はありません」と助言しました。

 助けるということは、私達それぞれのやろうとする目的を実現するために“力”(即ち精神的・知性的・物質的援助)をいただくことであり、援助者の思惑やわがままに振り回されることは、支援でも援助でもないはずであるとつけ加えました。

 話は変わりますが、私の恩師の中に倉前盛通先生がおられます。先生はいわゆる“右より”とか“民族派”と言われる方でしたが、先生ご自身はそのようなレッテルを貼られることを特に気にされている様子はありませんでした。先生は常日頃「自分が正しいと思うことを信じ、行動しなければならない。人の中傷や評判など気にしていたら何も出来ない」と、おっしゃっていました。

 そして倉前先生と反対の立場の論客に、歴史家の色川大吉先生という方がおられます。色川先生はいわゆる代表的左翼学者と言われたこともあったように記憶しています。倉前先生と色川先生は、それぞれ常に自分の立場を明確にされ、お互いに批判をしておられました。

 一九八○年代後半、色川先生はチベットを訪問されました。そしてご自分がチベットで見、感じたことを、勇気を持って写実的に執筆された『雲莞(うんぼう)の国』という書籍を出版されました。その本の中で、色川先生は中国のチベット侵略を認め「社会主義体制における植民地支配があることに驚いた」と、中国のチベット支配の不当性を明確にされ、またチベットの悲惨な現状を雄弁に表現されました。 (続く)

※『向上』(2008年9月号)より転載。

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2008年8月20日 (水)

「チベットのぼや 大火にするな」

力ずくの人民解放軍 本質的な問題解決にならず
ギャロ・ドンドゥップ・チベット亡命政府元主席大臣


 北京五輪開催を前に、動きだしたチベット亡命政府と中国との対話再開の中、来日中のダライ・ラマ十四世の実兄でチベット亡命政府元主席大臣(首相)のギャロ・ドンドゥップ・チベット氏に本紙は単独会見した。ギャロ氏はチベットで起きたデモをぼやに例え「火はぼやのうちに消した方がいい。しかし、中国は火消しどころか、火遊びをしている。火遊びを続けると、手に負えなくなり大火になる」と警告した。

 ギャロ氏は一九七九年、中国政府に招聘されて北京を訪問、当時の党の最高実力者、鄧小平との会談を実現。チベット亡命政府が今日、採択している中国政府との対話路線の端緒をつくった。この時、鄧小平氏は「独立以外なら何でも話し合うことができる。さらにダライ・ラマ法王に中国に戻ってほしい」という二点を強調したという。

 ただギャロ氏は「中国の国益を考えても、今こそチベットと仲良くすることがもっと大事になっている。問題は中国の人民解放軍の指導部が全く、それを分かっていないことだ。人民解放軍は、鉄砲さえ持っていれば何でもできるという旧態依然の哲学を持ち続けている。これは大きな間違いだ。力ずくでやることは本質的な問題の解決にはならない」と中国の武断主義を牽制した。

 「覇権国家の論理」というのは、自分が弱いときには微笑外交を展開して下手に出ても、いざ実力を身に付けると、強圧的姿勢で臨みがちだ。それを排除するには、チベット側としては大きなバーゲニングパワーが必要となってくる。

 ダライ・ラマ十四世は、日本をはじめ欧米諸国を精力的に訪問しながら外圧というカードで中国に圧力を掛ける。ギャロ氏は二十八年間、毎年のように中国を訪問し、北京で要人に会い内側からの説得を試み続けている。
 ギャロ氏は「日本国ならば政治カードを行使できる力もルートもあるが、私たちは相手を説得し、諭すしかない。チベット人の手には、自分たちの現状を訴え続けるカードしかないのだ」と、対話路線の大義を歩み続ける。

 なお蒋介石政権(国民政府)が崩壊していったのは内部腐敗からだとされるが、今の中国も豊かになった半面、内部腐敗は深刻で、拝金主義がはびこり、インフレも庶民の生活を脅かすようになっている。蒋介石政権末期を身をもって知るギャロ氏は「当時と現在の中国を比べると、今の方がはるかに腐敗問題は深刻だ。かつて共産党は『四大家族が中国を搾取した』と言って批判したが、現在はこれが数百家にまでなっている」と指摘、蒋介石政権末期以来の危機的状況を迎えているとの認識を示した。

 さらにギャロ氏は「恒久的な平和をこの地域に構築するため、日本がアジアにおいて重要な役割を果たすべきだ」と述べ、わが国が政治的リーダーシップを発揮するよう求めた。

※世界日報(2008年7月31日付)より転載。

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福田内閣は長期戦略を示せ

 新聞などによると自民党の有力議員の方々は内閣の改造を強く提言している。しかし政局は内閣改造のような整形手術で済むような事態ではないように見える。日本の周辺の国々は着実に領土に対しても既成事実に基づいて、自分の主張を進めている。今の日本の諸問題は内閣改造や政権交代だけで済むような病状ではなく、抜本的な手術が必要とされているのではないか。福田さんに代わって、小沢さんがたとえ総理になったとしても現状では何も変わらないように思う。ただ政治がさらに混乱するだけで、むしろマイナスの要因の方が大きいのではないかと思う。

 私の考えでは今日本が必要としているのは二十一世紀の日本の行方に対して、明確なビジョンを国民に説明できる能力とそれを実行するための勇気、さらにそのビジョンを理解し、そのために首相と運命を共にするダイナミックなチームが必要ではないか。残念ながら「角福戦争」以来、その場逃れのパッチワークのような施策があっても国家全体を引っ張っていけるような魅力的なビジョンと長期展望に立った戦略がなかったように思う。その時その時の世論の反応を見ながら、あるいは外圧に屈しながら何とか政権維持ができる程度のことしかやって来ていなかったように見える。

 内閣改造は、大臣の順番待ちの人にとっては大切であることは理解できるが、はっきり申し上げてどの大臣が代われば今の大臣より良くなるというのだろうか。これは総理大臣をも含めてのことである。真に総理大臣になるべき人、大臣になるべき人は明確なビジョンと自分ならでは、自分でなければならないという信念に立って自らの政治生命を懸けた行動に出て、政治を根底から揺るがして今の日本の閉塞感を打ち破るほどの勇気を持っていれば別の話である。

 しかし、残念ながら今そのような動きは見あたらない。国家、国民のために命を懸けたり、自分の地位を懸けて政治行動に出る勇気を持っている人がいるようには見えない。そのような状況において内閣を改造したところで政治が良くなるとか日本のためになると期待することはできない。せいぜい数カ月内閣の支持率が少し上がるだけで、それもそう長くは持続しないだろう。
 
 私はそれよりも福田首相が智慧を出して日本の今後百年の国家ビジョンを描くような政策を研究し、憲法改正をも含めて二十一世紀日本がどのような方向に行くか、何を求めるべきかを議論するためのビジョンを明確にして、国民に訴え、充分に説明した上で自分の政治生命と、自民党政権を懸けて総選挙に臨むべきであると思う。

 当然のことながら各野党もその福田さんの政策に負けない実行可能な政策を打ち出し、その政策を実現するための戦略を講じ、追いかけて来る中国とインドと対等に切磋琢磨して、アジアのリーダーとして世界に確固たる影響を持てるくらいの元気な日本の再生を目指すべきではないか。私は日本が国家として、良い意味での野望が足りないような気がする。例えば国連の常任理事国になって、アジアの代弁者になるといっても、本気で日本がアジアになるための意欲、魅力をアジアに対し、アピールできていない。つまり主権国家としての勢いとリーダーとしての犠牲的精神と到達、あるいは達成すべき目的が不明確なままアジアのリーダーを名乗ってもアジアはついてこないだろう。

 先日、八王子で自分の境遇に対して親が無関心であるため、何か目立つことをやれば親が注目してくれるのではないかと思ったといって馬鹿な行動に出た三十三歳の大人になりきっていない大人が現れたが、国民に対し充分な方向性を示さないという意味では今の日本の政治も同じではないだろうか。そして今日だけ何とかなればよい、私だけ何とかなればよいと思ってきた国民も今は強いリーダーシップと明確なビジョンを求めていると思う。

 政治家にとってこのような混迷の時代こそ自らの力量示すチャンスではないだろうか。そのせっかくのチャンスを内閣改造のような一時的な避難措置で現実逃避するのではなく、立派な政策を打ち出し、選挙を通じて国民に自らのビジョンと夢を訴えるべきだ。国民に夢を持たせるような自主、自尊、独立の精神を土台にした教育改革を目指した安倍内閣の時の政策を堅持し、そして、かつてのような全ての国民が共に栄える充実した福祉政策のもとで安心安全な生活が営めるように道徳と治安の回復を実現すべきではないだろうか。

※世界日報(2008年7月30日付)より転載。

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2008年8月 1日 (金)

携帯電話文化と若者 (下)

 戦後一時、アジア全体において、科学的という現象、つまり目で見え手で触ることが出来、量で計れるようなものを重視し、それ以外の精神的なものに関しては、迷信と言って片づけてしまう風潮が流行りました。中国などでは社会主義にまで「科学的」という形容詞をつける有り様でした。言い換えれば、哲学的・宗教的、目に見えない要素に関しては軽視する傾向が広く認知されました。人の気持ちなどは当然計れるものでもありませんし、配慮するということも無意味になってきたのです。

 私は最近頻繁に報じられるいわゆる通り魔事件も、この延長線にあるのではないかと思うのです。自分の気持ちがいらだっていたからとか、ムカツクなどの理由で簡単に人を殺してしまっても、メディアや社会がそれを容認するような風潮があり、かえってそのような事件を多発させる要因になっているように思われます。深く考えることが面倒で、まるで気晴らしで他人の命を奪うことに一理があるかのように理解を示すことは、自分の行動に責任を持ち、自分の行動の結果まで考える人を敬遠しているように見えます。

 きまじめ堅くて生真面目な人を敬遠する姿勢が、結果的には、逆の軽はずみな行動や、ただ目立とうとする人を増長させているのです。

 自分の学生たちを見ていると、携帯電話で話すときは明るく言葉も豊富で楽しそうに見えますが、いざ顔を合わせて会話をすると、ろくに相手の目も見ないような話し下手に変身してしまいます。つい先程まで携帯で楽しそうにしゃべっていたのに、皆の前で発言させようとすると体がこわばり表情まで固くさせてしまいます。携帯電話などの道具を通して会話をするのが上手であっても、実際に人と会って協調性を持って周りを意識しながら、あるいは相手の話を聞いてそれに反論したり、賛同するような表現力を失って生きているように思います。自分と話し相手の立場や年齢などに準じて会話をすることも下手なようです。またその人たちは、自分の本心を明かす真の友人や先輩を持つことも苦手なようです。

 私は大学のゼミなどで一方的にしゃべる代わりに、彼らに発言させるチャンスを与え、何とかして公の場での自己表現力を持てるようにと努めていますが、時々、彼らにとってはそれが苦痛になっているような感じがして、それこそ気の毒に思うこともあります。

 質問がありますか、という問いかけに対しても「大丈夫です」という、私としては理解に苦しむ返事が返ってきます。自分に敬語をつかったり、先生を「さん」づけして呼んでみたりすることにも悪意や大した意図はないようです。

 私の祖国では、国が権力によって母国語(民族の言葉)を忘れさせようとしていますが、日本ではお互いの不注意や無関心で母国語を粗雑にさせています。そうした現象を目の当たりにすると、私は心が痛みます。

 言葉は私たち皆が持っている最大の武器であり、自分たちの文化そのもので、美しいものです。言葉は民族の命であり、人の品格のバロメーターでもあるのです。言葉は人を傷つけたり幸せにしたりすることの出来る、私たちの最も大切な財産のひとつです。その言葉を大切に扱って欲しいと、私は切に願っています。 (了)

※ 『向上』(2008年8月号)より転載

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