政治と倫理 毒入り 鮫子事件とインドの内閣不信任案に触れて (下)
一方、インドの国会においては、アメリカとの核エネルギー協力関係の是か非かという問題と絡ませて、内閣不信任案が議会で取り上げられました。票決を行ったところ、与党がかろうじて首相の首をつなげることに成功しましたが、その代わり相当な財源が遣われ、与野党共に相手を買収する工作が行われたとして批判を受けています。
そもそもインディラ・ガンジーの時代は、かつての田中角栄同様、多数派工作が行われ、相当の金銭が飛び交ったとされており、本会議場で「自分たちは買収工作を受けた」と、与党から受け取った札束を会場に持ち込んだ議員もいました。
インディラ・ガンジー首相は、それまで党議拘束が強かったインド議会において、議員一人一人の良識による判断を尊重すべきと主張し、そのため一時は同首相の方に有利な展開が見られましたが、結果的にはブーメランのように、自分の政党からも支持する議員がどんどん離れていき、最終的には自己破滅の要因となりました。
今回も与党から野党に票が流れ、野党からも与党に票が流れ、様々な憶測を呼ぶ羽目になっています。国民が自分たちそれぞれの夢と希望を託して選んだ政党や、政党の公認をあら受けた議員の行為に対して怒りを露わにしている人も少なくないようです。
いずれにしてもこの毒入り鮫子問題の真相隠しと選挙民の意志を無視して、インドで言う「床渡り」(金とポストで釣られて、野党席から与党席、また与党席から野党席へと渡り歩く様子)するような行為は、一般人にとって極めて理解し難い、非道徳的なものです。
私達は子どもに正直になれと教えているのに、その国の形を左右する政治家が、このような非道徳的行為をする限り、社会的正義や政治的倫理の確立は極めて縁遠いものになります。
内閣総理大臣、外務大臣そして官房長官は国民に謝罪すると同時に、問題の真相究明に全力を尽くし、中国側から納得できる説明と処置を求めるべきであると思います。
高村外務大臣の言う、先方から依頼があったからとか情報が貰えなくなったら困る、という低姿勢は、相手から正しいと受け止められる代わりに、むしろ弱腰と見られ、今後ますますつけ入れられる環境を自ら作っていると言えるのではないでしょうか。
政治は、確かに現実的にはきれいごとで済まない部分もあり、時と場合によっては交渉などを未公開のうちに行う必要があるでしょう。しかし今回のように、既に政治問題になっている事件で、真実を国民が求めている案件に関しては、事実が明白になった段階で、国民に知らせるべき事柄です。それをしなかった責任は、道義的にも政治的にも倫理的にも重大です。また、メディアの無関心さも問題であると感じています。この事実をオリンピックの開会式にまで引き延ばした総理大臣の考えは、私には正常とは思えません。読者の皆様はどのように受け止められたのでしょうか。 (了)
※ 『向上』(2008年10月号)より転載。
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