« 教育について思う(下) | トップページ | 精神性の探究(下) »

2008年12月28日 (日)

精神性の探究(上)

 この度、十月三十一日から十一月七日までダライ・ラマ法王が来日され、九州と東京でご講演をされました。
 東京の蔵前国技館で行われたご講演にはたくさんの人が集まり、ほぼ満席状態でした。出席者には特に若い人が目立ちました。

India297_3

 その時の様子や最近の日本の書店などを覗いてみると、精神性の重要性を強調する本が目立っていますし、そして十一月九日に行われた私が所属しているエンジン01という各界での第一線で活躍している文化人、芸能人などによる奉仕活動の一環とするイベントでも、脳科学者の茂木健一郎さん、江原啓之さん、林真理子さん、司会を務めた奥田瑛士さんの鼎談には多くの名古屋市民、特に若者が駆けつけ、懸命に何かを求めようとしていることを強く感じさせられました。
 ダライ・ラマ法王は十一月六日の東京の講演会で、数日前にバングラデシュの留学生から聞いたエピソードを紹介されました。留学生は自分が帰国した際、祖国の人々は朝目覚めたら、まず今日一日の食事をどうやって確保しどう生きていくかという切実な問題を抱えているのに対し、日本では恵まれていること自体、特別に気づく訳でもなく過ごしていることで改めて日本の人々がいかに恵まれているかを痛感したというような話をされました。
 もちろん私はその時録音したり、その場でメモをしたわけではないので一言一句正確にここで引用している訳ではありません。
 また会場には柔道のオリンピック金メダリストの石井選手がマイクを握り、自分は今周囲の意見を聞くべきか、自分の考えを押し通して生きるべきかという切実な問題を抱えている心情を吐露していました。これに対してさすがに法王は周囲の意見を参考にしても、最終的には自分自身が決めなければならないことですとはっきりおっしゃったことに私は大変気分爽快となりました。何故ならば、今の日本の風潮として何でもお金で買えると思ったり、何でも人に考えて貰ったり、そして失敗したら人のせいにしたり、あれが悪いこれが悪い、制度が悪いなど言って他人にばかり指をさして責任逃れをし、自らの言動に責任を持たない甘えの構造が蔓延しているように思うからです。これは青少年に限らず、あらゆる階層、組織、政党までがそうなっているように見えます。
 また別の質問者は、私達はチベットのためにこれこれのことをやっていますと言って自分の活動をアピールし質問というよりも報告めいたことをしていましたが、法王は当然それに対しては特別のコメントはされませんでした。
 質問者としては折角アピールしたのに、調子が崩れたかもしれませんが、チベット仏教の立場からすると、良いことをすることは隠徳であって、特別アピールするようなものではないとされていますし、それに会場には何十年もチベットのために支援してきた人々もたくさんいましたので、法王が一人一人に改めてお礼を申し上げるまでもなく、常日頃から感謝していることであり、敢えて言葉に出すこともなかったからかもしれません。 (続く)

※『向上』(2009年1月号より転載)

|

« 教育について思う(下) | トップページ | 精神性の探究(下) »

幸せって何だろう?」カテゴリの記事