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2009年1月

2009年1月28日 (水)

日本の難民事業本部の功績 (下)

 相馬雪香先生の「難民を助ける会」の活動も身近に見て、日本が難民に対して多大な貢献をしていることを実感し、機会あるごとに外国人記者などにも説明をしました。

 昨年は新宿区民センターで難民認定者たちの集いが開催されました。今まで何度か私はこの難民の集いに参加し、その度に胸が熱くなる体験をしました。この集いでは、毎年難民として模範的な活躍をした人が表彰されるほか、難民の雇用に対する協力者として雇い主も表彰する慣例のイベントが行われます。難民受賞者のスピーチでは、日本語は完壁ではないものの、一人一人のスピーチには感謝の気持ちが素直に表れ、大変感動的です。私も彼らと一緒に心の中で関係者に感謝し、また世の中には難民たちを救う善人が存在するということで神に感謝したくなります。

 この恒例の行事では難民たちが率先してそれぞれの民族の舞踊など伝統芸能を披露する企画があり、毎年それを楽しみにしている人も少なくありません。

 そして昨年十一月十二日、都内のホテルでアジア教育福祉財団四十周年、難民事業本部設立三十周年のパーティーが行われました。新たに理事長に就任した綿貫民輔前衆議院議長から名誉会長に就任された奥野前理事長に記念品の贈呈と賛辞が述べられた時、私は思わず起立して拍手をしたくなりましたがその場を乱すまいと自制しつつ、心の中でありがとうと叫んでいました。奥野先生の他、感謝状を受けられた関係者もあり、その受賞者たちも偉いと思いましたが、その人たちの労をねぎら労う日本の制度も素晴らしいと思いました。

 二〇〇六年の国連難民高等弁務官『世界難民白書』によると、難民の数は、

①パレスチナ難民 四二五万五千人
②アフガニスタン 二〇八万六千人
③スーダン 七三万一千人
④ブルンジ 四八万六千人
⑤コンゴ 四六万二千人
⑥ソマリア 三八万九千人
⑦ベトナム 三五万人
⑧リベリア 三三万五千人
⑨イラク 三一万二千人
⑩アゼルバイジャン ニ五万一千人

 これら上位十位に続き、難民は増える一方で、減少傾向は見られません。特にアジアが今後更に増加する可能性があります。日本が難民受入れに対し柔軟な政策を示せば便乗者や偽装難民も押し寄せて来るでしょうが、一方で、日本は充分、人道的な立場で対応していることを世界に知ってもらいたいというジレンマを感じています。

 私は全ての人々が自国を離れなくても済む平和な社会が訪れることを祈ると同時に、そのような難民となった人々に救済の手を伸ばしている方々に心から感謝したいと思います。そして、この場を借りて難民救済に多大な貢献をされた相馬雪香先生が、この度九十六年の激動の生涯を閉じられたことに、ご冥福を祈りながら締めくくりたいと思います。 (了)

※『向上』(2009年2月号)より転載。

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2009年1月27日 (火)

日本の難民事業本部の功績 (上)

 新聞報道によると、二〇〇八年の日本政府への難民認定申請者が千五百人を越えるようです。その中で約五十名が認定される見込みで、その他四百名は特別在留資格で穏便に滞在許可が得られそうです。前年は八百十六名の申請でしたので、約二倍の増加です。増加した理由としては、ビルマ(ミャンマー)の軍事政権による民主化運動への弾圧や、スリランカの内戦などが挙げられています。これに伴い日本政府は、法務省の難民審査関係の職員を増やすなど前向きに対応しており、一九七八年以来、約一万一千人に難民の認定を与え、彼らの定住促進に力を入れています。
076_2  一九七五年、インドシナ戦争終結後に政治的迫害を受けたり、共産体制に馴染めず国の将来に不安を持った多くの人々が小舟で外国へ脱出し、日本、オーストラリアなどに上陸し、難民としての救済を求めました。彼らはボートピープルと言われ、日本でもマスコミが関心を示したものの、具体的に難民を助ける法的な整備も政策もありませんでした。

 そのような状況の中で、財団法人アジア福祉教育財団の理事長で、当時国会議員として活躍していた奥野誠亮先生が日本政府、特に当時の外務大臣・園田直氏に働きかけ、一九七九年日本政府は難民対策の充実と強化を図るため、内閣にインドシナ難民対策調整連絡会議を設置。その発案者であった奥野先生のアジア福祉教育財団が業務委託を受けて、同財団内に事業本部が設置され、難民の全面支援が始まりました。

 まず同年暮れに兵庫県姫路市に姫路停留センターを設立し、翌年には神奈川県大和市に大和定住センターを追加。一九八三年には増え続ける難民の長期滞留化に対応するため、品川区に国際救援センターを開設しました。

 私は日本の難民認定を受けたわけではありませんが、インドから発効された難民パスポートで特別在留資格のもと四十年滞在することが出来ました。難民パスポートは通常のパスポートとは異なるため、様々な制限と不便がありましたが、日本で生活し、学べたことに対し、日本の政府と国民に感謝の気持ちを抱いてきました。一九七二年の日中国交正常化に伴い、私の日本滞在が危うくなったこともありましたが、幸いにして灘尾弘喜先生、坂田道太先生、長谷川俊先生、奥野誠亮先生、岸信介先生らに救済していただきました。

 世間では、日本は難民受け入れの数が少ないとか、対応が不十分であるとか色々批判があります。しかし、例えば奥野先生のところでは、難民の職業相談と雇用促進、日本語の学習相談と学習支援を行っています。その中には日本語相談員を配置し、難民定住者や日本語ボランティアをはじめ、学校、地方公共団体、企業からの問い合わせに応じた日本語学習の情報提供、専門的な指導、教材の援助などが行われています。また日本語での生活のための指導も行っています。その他、難民認定申請に対する援助や助言とともに、海外の難民支援事業として、難民キャンプ滞在中の人々や母国へ帰国しようとする難民の状況、諸外国における難民の受け入れ事情などに関する調査などを実施し、現地での支援も行っています。 (続く)

※『向上』(2009年2月号)より転載。

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対談 元谷外志雄APAグループ代表×ペマ・ギャルポ 11

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※「APPLE TOWN」(2009年1月号)より転載。

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対談 元谷外志雄APAグループ代表×ペマ・ギャルポ 10

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※「APPLE TOWN」(2009年1月号)より転載。

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対談 元谷外志雄APAグループ代表×ペマ・ギャルポ 9

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※「APPLE TOWN」(2009年1月号)より転載。

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対談 元谷外志雄APAグループ代表×ペマ・ギャルポ 8

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※「APPLE TOWN」(2009年1月号)より転載。

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対談 元谷外志雄APAグループ代表×ペマ・ギャルポ 7

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※「APPLE TOWN」(2009年1月号)より転載。

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対談 元谷外志雄APAグループ代表×ペマ・ギャルポ 6

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※「APPLE TOWN」(2009年1月号)より転載。

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対談 元谷外志雄APAグループ代表×ペマ・ギャルポ 5

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※「APPLE TOWN」(2009年1月号)より転載。

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対談 元谷外志雄APAグループ代表×ペマ・ギャルポ 4

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※「APPLE TOWN」(2009年1月号)より転載。

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対談 元谷外志雄APAグループ代表×ペマ・ギャルポ 3

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※「APPLE TOWN」(2009年1月号)より転載。

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対談 元谷外志雄APAグループ代表×ペマ・ギャルポ 2

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※「APPLE TOWN」(2009年1月号)より転載。

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対談 元谷外志雄APAグループ代表×ペマ・ギャルポ 1

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※「APPLE TOWN」(2009年1月号)より転載。

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2009年1月22日 (木)

日本を弱くする首相降ろし

救国のため一丸となれ
衆院任期満了まで紳士協定を

 今、世界中が金融危機にどのように対応するかということで苦心しているとき、日本は政治家もマスコミもどのようにして現首相をその座から引きずり下ろすかということに必死になっているように見える。まことに残念である。今こそ私心を捨て私利私欲、党利党略を二の次にして国民全体、与野党関係なく救国に向かって一丸となるべき時期ではないだろうか。新聞報道によると、かつて小泉純一郎氏の下で、まるで破壊の神様に呪われているかのごとく「改革」の名において日本の良き医療制度、社会福祉制度を破壊してきた張本人たちが、今頃になって社会福祉医療制度を改革するなどと言って政治の具に利用し、反総理のグループを結成している。戦後、厳しい社会状況の中で先輩たちが試行錯誤しながら苦しい生活を生き抜いて福祉国家を目指し、作り上げてきた医療制度などをぶち壊すことに生き甲斐を感じていたような政治家たちによる反総理の行動を英雄扱いするマスコミが私には馬鹿馬鹿しく感じる。民主主義もここまで我が儘でめくちゃになると、もはや群衆主義以外の何ものでもないように思う。

 総理大臣が就任して落ち着いて今までの状況を把握し、新たな政策を打ち出すためには最低半年から一年ほどの余裕が与えられて当然ではないだろうか。まして今の様々な問題は殆ど小泉内閣当時のめちゃくちゃなやり方の副産物であって、麻生太郎氏には何の責任もないように思う。麻生太郎氏を自由民主党の総裁に選び、日本国の総理大臣の座に就かせた自由民主党の幹部は勿論のこと、党員は麻生氏を支え、少なくとも国民に対してその政権の下、政治を安定させ、もう一度経済を立て直す責任があるのではないだろうか。

 毎晩ニュースを見る度にコメンテーターたちの皮肉混じりの麻生批判に対しては、自分たちが同一人物に対し、どのような評価と期待を国民に抱かせたかということについても問われるぺきであり、言葉に責任を持って欲しい。

 私は本来日本人は逆境に打ち勝てるだけの智慧と忍耐を持っている民族であると信じている。あの戦争に敗北し、国が廃嘘と化したところからわずか四分の一世紀で少なくとも経済的に国を立て直した。今の日本人もジャパニーズ・ミラクルを成し遂げた先輩たちのDNAを継承しているはずではないだろうか。アジアの殆どの国が列強による植民地化で屈辱的な他民族支配を受けたときも国の近代化を成し遂げ、世界から無視できないような存在にまで近代国家を構築したのは、明治維新の方々の強い決意と結束力、さらに国民全体が共有する国家ビジョン、即ち夢があったからではないだろうか。

 私は今の日本の弱さは、政治家たちの夢が小さすぎ、個々の大臣のポストや党が政権を獲得することぐらいの小さい夢を抱き、バラバラに動いているところに原因があると思う。与党も野党も衆議院の任期満了まで紳士協定を結び、祖国の救済と世界の経済の回復のために協力し合うことが何よりも大切ではないか。

 今のような形で何百万人の雇用の機会を政府が無理に作ったとしても、他方において同じくらいかそれ以上の人間が解雇され、職を奪われ路頭に迷うことになれば、結果は同じであり、これ以上パッチワークのようなその場しのぎの政策をやめ、小沢氏と麻生氏が国のための政策を共に知恵を出し合いグランドビジョンを描けばまだまだ日本は救われる余力は充分に残っていると思う。

 一方、このままお互い私的な小さい欲と名誉のために打算、策略を巡らせていけば日々国の力は低下するばかりで取り返しのつかない方向へ進んでいくに違いない。政治家たちだけではなく世論形成に大きな影響力を持っている評論家やマスコミも政治に対する責任を果たすぺきだ。自らの言論の結果に対して、充分に考慮して発言しなければならず、一時的な受けを狙っての無責任な言動を許せるような状況にはもはや無いということを知るべきではないだろうか。社会の発展のため、建設的な批判は欠かせないものであるが、批判のための批判のような無責任さはもう許されない。

 特に政権政党の幹部と自負する者は民主主義のルールに従って自分たちの公平かつ公正な選挙で選ばれたリーダーに対し、協力することはモラル・オブリゲーションであることを再認識すべきである。麻生総理はこのような状況を踏まえ危機管理内閣として今の状況を乗り越えるため、野党の中の人材にまで協力を要請し、次の選挙を意識せずに正しいと思うことを思い切って実行し、最後に国民にその判断を委ねることにすればよいのではないか。

 私は総理自ら週に一回五分から十分の時間を作り、自分の口から国民に状況を説明し、国民に自分の政策を説明することさえすれば国民は理解してくれると思う。麻生総理にはマスコミが誘導する世論など気にせず自分自身が誠心誠意を尽くし、勇気をもって国民を信じて適進して欲しいと一国民として切望している。

※『世界日報』(2008年12月25日付)より転載。

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2009年1月21日 (水)

小泉・河野両氏引退に思う

日本を弱め混乱を招来
総選挙で真剣な一票投じよ

 日本の政界は総選挙ムードに入っており、正式に解散されるのを今かと待っている。自民党が苦戦すると報道は伝えているが、確かに前回の総選挙に比較すると議席は減るだろうが、だからと言って民主党が自民党に代わって、第一党になる可能性もメディアの予想通りに行くか疑問である。

 ただ一つだけ言えることは、近づく総選挙を最後にして何人かの経験豊かで国政にとって損失とも言うべきベテラン政治家、野呂田芳成元防衛庁長官をはじめ有能な政治家が議員として自らバッジを外すことに決めている。これは今の日本の危機的状況から考えてみると大変残念なことである。

 しかし、辞めていただいて国のために良かったと思われる方々もおられる。例えば河野洋平衆議院議長、小泉純一郎元総理のように公私混同し、国の政治をめちゃくちゃにし、無責任極まる行動でスタンドプレイばかりしたような方は遅過ぎたかも知れないが、去ることで、せめてもの国家への貢献になると個入的には思っている。

 河野洋平代議士は最後の衆議院議長としての職務にまで個人的な心情を持ち込み、八月十五日の戦没者追悼式典において靖国神社の在り方に言及した。これは私からすると公的地位の濫用であり、ゲリラ的行為であり、議長として議会の何らかの手続きを踏まえているものではなかった。河野氏は村山内閣当時の外務大臣としても、村山談話とともに日本の政治を混乱させるような発言を繰り返してきた。「アジアの近隣諸国との友好」というのが口癖のようであったが、その近隣諸国との対等な関係ができない原因を作っているのは彼の発言にあったように思い、今回政界の第一線から退くことは誠に歓迎すべきことであると私は喜んでいる。

 もう一人小泉元首相に対しては、私は長い間期待をし、注目してきたが、残念ながら自民党を破壊したのみならず、明治維新以来日本の多くの人々が試行錯誤して作り上げてきた様々なシステムを全て破壊してしまったように思う。そして中国や北朝鮮に対しても勇ましいことを言い、挑発的な姿勢を示した割には何一つ毅然とした態度をとれず、結果的には一つの問題を解決するどころか多くの問題を生み出し、そして格好良く投げ出したように見える。

 一部の人たちは小泉純一郎氏は国民の政治への関心を高めたという評価をしているようだが、私は確かに政治をワイドショー化した事実は認めても、国民の健全な政治に対する理解を増すことに特記すべき貢献はしていないように感じる。むしろ郵政問題などを口実に、日本にとって将来有望かつ必要な人材をつぶしてしまった罪の方が大きいように思う。

 私個人的には、本来であればこの二十年間政界を混乱させてきた小沢一郎代議士もこの際、身を退いてくれた方が新たな日本の出発のために建設的な貢献ができるのではないかと思う。いずれにしても選挙が間近になっている上、今度の選挙で日本をもう一度バイタリティーに富んだ、世界が無視できないような国に再建するため、何々党ということよりも政治家一入一人の過去の言動を参考にし、現在の主張を分析し、将来どれだけ貢献し得る実行力と能力を持ち合わせているかを真剣に考えて一票を投じることが不可欠である。

 二大政党の必要性を政治家もメディアも叫んでいるが、二大政党の出現条件として、少なくとも外交と防衛に関しては一致した原点を共有しない限り極端から極端に移行する不安定な政治をもたらすことになり、安心した政権交代はできない。福祉、教育など内政問題に関してそれぞれの政党が競い合うことは当然必要であり、そこで切磋琢磨することは自然であろう。そのような観点から見ると河野洋平氏のような、いわゆるハト派を売り物にしている人物とタカ派の印象を持ち味とする小泉氏が、同時期において三権の長として互いに受け入れられたのは不思議に思う人も国内外に少なくなかったのではないか。

 しかし、そのような奇妙なコンビが実現できたのも、日本の先輩たちの血と汗の結晶としての今日の安定と繁栄のお陰である。だが、これから先はこの二人の行為によって生み出された日本は底力を失い、お二方のようにそれぞれがマイウェイを貫こうとすることによって一つの方向性さえなくす危険性を抱えている。

 今回の米国政府による北朝鮮へのテロ国家指定解除に見られるように、日本を救えるのは日本人のみである。従って日本国民と国家に、真に奉仕できる政治家を選び、日本が世界に奉仕できるようになることが日本の世界的地位の向上にもつながる。新しい時代に相応しいリーダーを選ぶチャンスとして生かされることを心から祈願している。

 聞くところによると民主党は米国の大統領選挙でオバマ氏が勝てばその御利益に便乗しようと考えているらしいし、自民党はそれを恐れているという話もある。いずれにしても一独立国家として米国の選挙の結果が日本の選挙を左右するような、主体性の無い選挙だけは避けなければならない。

※『世界日報』(2008年10月29日付)より転載。

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2009年1月20日 (火)

亡命チベット政府臨時総会 中道路線から独立志向の声も

インドのダラムサラで十一月十七日から六日間、世界十四カ国の亡命チベット人指導者が参加して亡命チベット政府(TGIE)の臨時特別総会が開かれた。日本から出席した桐蔭横浜大学法学部のペマ・ギャルポ教授に総会からの報告と今後のチベットの行方について聞いた。聞き手は山田恵久國民新聞主幹(十二月一日)。

山田 今年の三月、中国・チベット自治区の区都ラサなどで、チベット人が中国当局による悪虐で執拗な圧政に耐えられず、ついに反乱が起きました。
 一九八八年以来、ダライ・ラマ十四世法王はチベット人の自治権の確立を訴えてきたが、全く改善されることはなく、寧ろ、チベット人のアイデンティティであるチベット仏教への抑圧が激しくなってきた。

ペマ教授 周知のようにチベット人は、心の底から平和を望む、性格も穏やかな民族です。それをいいことに中国政府はチベット人の人権を剥奪し、暴力をもって押さえつけてきた。
 ダライ・ラマ猊下は大きな心で、中国に対して政治的に譲歩、妥協してきました。中国は逆にチベットの文化を破壊し、チベット人から経済、生活の場をも奪った上、そこへ大量に入植してきた中国人に経済的権益を優先的に分け与えてきた。そして、遂に我慢がならなくなった若いチベット青年らは暴発せざるを得なくなる状況に追い込まれました。
 インドなど海外に亡命したチベット人は約十三万人おり、殆どがダライ・ラマ猊下を心の底から尊敬しています。それでも狙下の穏健な中道路線には、もう限界があるのではないかと、「チベット青年会議」(リグジン議長)のメンバーなどは独立復興論を主張し、同調する人々も年々増えてきた。そこで十月に猊下は「中国に対する平和的アプローチは失敗した。失敗は失敗として認め、もう一度、チベット人の総意を確認したい」と呼びかけて、今回、特別総会を開くことになった。

山田 中国政府とチベットとの間に、なんら情勢の進展、改善が全くない。ダライ・ラマ法王は十一月に東京で記者会見した際、「中国には失望した」と語っていた。
 中国の不誠実な姿勢に対する不満は募るばかりで挫折感も出ていることでしょう。これまで、チベット人による世界会議の開催は殆どなく、大規模な会議は一九八八年以来という。

ペマ教授 特別総会は亡命チベット人憲章五三条に基づき、猊下が招集をかけ、約五百八十人が参加しました。猊下は総会などに出席していませんが、初日は「チベット児童の村」の大ホールでサムドン・リンポチェ亡命政府主席大臣(首相)が挨拶。カルマ・チョペル亡命議会議長が開会を宣言。続いて、十五の分科会でそれぞれ意見を集約し、提案が纏められた。
 総会では、これまで猊下が直接リーダーシップを発揮、実施してきた自治権拡大活動を、全亡命チベット人によって民主的に運営する運動に変わった。これはチベット人自ら民主主義を重んじていることを中国を始め国際社会に認識してもらう強いメッセージになると確信しています。

山田 中道路線を支持する人々と独立派との間に、摩擦や対立は生じていますか。

ペマ教授 チベット人以外の人々からみると、それも懸念の一つでしょう。それぞれの政治的な立場、見解が異なっていても、お互いの主張を理解しようと真剣な討議が行われました。 
 今、中国政府に自治権の拡大を求めてもなしのつぶてという状況の中で、さらにすぐに独立を要求してもとても手が届くことではない、という意見が支配しています。

山田 独立派の最有力者といわれる作家のジャミャン・ノルブ氏は「独立対中という図式は考えられない。我々は共通の目的に向けて進むだけだ」と対立を否定し、現実路線を歩もうと述べている。

ペマ教授 独立への主張は多かった。ただ、当面、中道路線でいこうとはなっているものの、もし、うまくいかなかったら独立を求めていく方針に変更することもあり得ます。
 以前、亡命チベット人を対象に世論調査が行われた。回答一万八千余のうち、約一万が全面的にダライ・ラマ猊下に委ねると答え、あとの五千が独立志向、三千が中道路線を支持した、という結果が出ています。

山田 独立派は反法王勢力と見倣されないのですか。

ペマ教授 多数派を占める中道路線勢力の一部に、独立運動をあざ笑ったりする者もいたが、それはほんの一握りの人々です。お互いの見解を尊重することが大切です。
 ただ、独立派がより組織化が成されると、一大勢力となり、多くのチベット人方が独立論に同調するでしょう。そして、中国にいるチベット人を勢いづかせ、至る所で激しい暴動が起きる可能性が大きい。このことを中国当局はよく理解すべきです。

山田 中国外務省の秦剛副報道局長は「所謂亡命政府と独立を承認する国は一つもない」と強気の発言を行い、チベット領土の既成事実化を内外に周知させようと必死になっている。

ペマ教授 結局、総会は「中国側の前向きな姿勢が見られるまで、中国との対話を一旦中止する」ことと、これまでの「高度な自治を獲得する」などの提言を満場一致で採択しました。また高度な自治の実現を得られなかったことを踏まえて「近い将来、進展ない場合は、独立などの他の選択肢も検討する」との条件も付け加えられました。
 今回の総会を通して、ダライ・ラマ猊下のカリスマとしての求心力が少しも低下していないことを、参加者全員が再確認したことは、大変意義があったと思います。それに、今の猊下に代る者は一人もいません。

山田 我々第三者からみると、一九五一年に中国人民解放軍が独立国家チベットを侵略、ラサなどに進駐したことから、全ての始まりであることは明白だから、酒井信彦元東大教授の言うように、中国は現在進行形の侵略行為を直ちにやめて元に戻せと、国際社会には元に戻して貰えるように訴え続けることが最も肝要でしょう。

ペマ教授 二〇〇二年から始まった中国との対話は、八回行いました。しかし、最近になって中国側はダライ・ラマ猊下をチベットの代表と見倣さないと豹変して、「ダライ・ラマは中国の分離主義者。話す余地はない」とチベットとの協議に応じない。猊下は中国国内のチベット人も含めた全チベットの唯一の代表者です。

山田 十一月に法王の特使は外交と防衛を除く分野でチベット人の自治について「真の自治に関する覚書」を提示しましたね。

ペマ教授 覚書の内容は、昔からチベットと言われた地域は現在のチベット自治区は勿論、本来、周辺のチベット高原一帯を指し、四川、青海、甘粛、雲南のチベット民族居住地域を対象に、チベット語を第一言語に、チベットの伝統的な文化、仏教、教育を保護するべきであり、また、中国人の移住規制や中国軍の撤退を明示しています。これはごく当り前のことであって、最小限のチベット人の権利を求めています。

山田 ところが、中国側の窓口責任者である中国共産党統一戦線工作部の朱維群副部長は「これは事実上の独立要求に等しい、我々は譲歩することはあり得ない」と一蹴してしまった。

ペマ教授 猊下は五九年のチベット動乱の際、インドに亡命し、ずっと独立を要求していました。しかし、七九年に当時の鄧小平国家主席が「独立を除く全ての問題について、議論の余地はある」との発言があったからこそ、八七年に高度な自治を求める方向に転換したという経緯があったのです。

山田 先月初めに、法王は自らの中道路線の失敗を認めている。一方で、法王はこれまで中国と距離をとっていたインドの対中接近を牽制しているのか、「チベットという弟子が苦しんでいるなら、師匠のインドはすぐに助けるべきではないか」と指摘していた。

ペマ教授 ある分科会では、対中交渉に際して第三国を仲介にした方がいいという案も出ていたが、今や経済大国になった中国に対して、仲介してくれる国はなさそうです。また「一般の中国人と友好関係を進めるべきだ」との声も挙がりました。

山田 総会ではダライ・ラマ十四世の後継間題も討議されたという。

ペマ教授 七十三歳になられた「生き菩薩」猊下は今夏以来、時々体調の不調を訴えられ、二度入院することもありました。しかし、今は体調も回復し、極めて健康になられた。従来の、死後に生まれ代りを探すのではなく、「マ・デ・ツル制」という生前に後継者を選んでほしいという提案もありました。

山田 十四世法王は「チベット人民の過半数が望めば、ダライ・ラマ制度がなくなってもかまわない」「政治的には半分引退した恰好をとっているが、道徳的な見地から、死ぬまで引退はしない」と断言し、転生者に女性が選ばれることもあり得るとしています。

ペマ教授 引き続き政治指導者としてその地位に留まってほしいとの要望が多かった。いずれにせよ、我々はこの地から中国が出ていくまで闘っていく覚悟ができています。

山田 本日はお忙しい中、どうもありがとうございました。頑張ってください。

※『國民新聞』(平成20年12月25日号)より転載。

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2009年1月19日 (月)

対談 「チベットの今と私たち」 ペマ・ギャルポ×中沢新一 (下)

中国側の動機

ペマ 例えば法王は、独立することには意味がないと思っていらっしゃいます。法王は裏表ないです。チベットの人たちも多くは同じです。特に年配の方は本当に自分たちの信仰を持ち続けられることが唯一の望みであって、もしかすると中国人に自分たちがいじめられるのは自分たちの前世が悪いんじゃないかって、ホントに信じているくらいです。特に今チベットの人たちが危機を感じているのは、チベットの高度の文明というか精神文化であり、それを一番具現化しているチベットの言葉だと思います。言葉と魂、生き方が一緒になっているのに残念ながら、今チベットでは言葉そのものをチベット人から失わせるような政策が構造的にあります。こういうことに対して法王も非常に大きな危機感を抱いています。例えば、胡耀邦さんが1980年5月にチベットに来てから、それまで禁止されていたチベット語を教えることもチベット的な名前を使うことも解禁されました。今日も建前上はチベット語を教えてもいいことになっていますが、実際はチベット語をやっても就職がない、高等教育を受けようと思えば、中国語でやらないといけない、チベット語以外の勉強は全部中国語でやらないといけないので、チベット語は危機にさらされているといえます。それから中国の憲法では、信仰の自由はあるんですけれども布教の自由がない。最近になって海外からたくさんお坊さんがいらっしゃるものですから、手っ取り早く外貨稼ぎをするために、チベットのお寺の修復を許すようになったんです。それから海外からのお客さんが来るときに、特別に儀礼儀式を許すようになりました。私たちは、自分自身が自分自身の時間と場所のできる範囲でやることを宗教の自由だと思うんですが、中国にとっては大きなドラマの中で演出した形でやらされるところがあり、お寺のお坊さんの数も限定されています。昨年あたりからは、いわゆる活仏は中国当局が認知し、登録しないといけなくなりました。これは究極的にはダライラマ法王の次の方を自分たちがコントロールするという意味だと思います。
 例えば満州という民族と国が完全に消えてしまいました。すぐ隣の内モンゴルもほぼ消えつつあります。チベット人が、次に自分の身に何が起きるのかというのを非常に心配していることのは事実だと思います。にもかかわらず、ダライラマ法王は独立を求めず、高度な自治で我慢するとおっしゃっています。しかしそのような高度な自治を実現するための保障がありません。チベットの自治を保障するのは中国そのものを救うひとつの手だてかもしれないと、ダライラマ法王がおっしゃったのですが、それが意味するのは、高度な自治をするということは法律が守られ、約束が守られることです。そのためには中国そのものが専制的な一党独裁の支配を変えないといけないということになります。実際、中国の中にもそれを感じる人たちが増えてきています。チベット人が言おうとしていること、ダライラマ法王がおっしゃることに対して耳を貸すことは真の意味で世界の人口の6分のーの人たちを解放することにつながると思っております。
 中国の方々には、チベットにたくさんのお金を遣ってチベットを昔よりよくしたと思うかたもいらっしゃいます。いま北京政府はオリンピックの会場の側にチベットミュージアムをただならぬお金を遣って造っています。それは、チベットがいかに野蛮であったかということを一生懸命説明するためにやっているんです。でも見方によれば、それは自分自身がむしろ野蛮だということを世界中に披露しているようなものです。しかし残念ながら中国の人たちは自分たちの殻から外に出ようとしようとしていない。
 中国人自身がイデオロギーの奴隷になっています。マインドコントロール、まさに。今マインドコントロールしているのは毛沢東の亡霊であり、鄧小平の亡霊。中国共産党の中で思い切って自分が正しいといえるのは、中国の国家主席であってもできないような、自分たち自身が自分たちの蜘蛛の巣の中に入っているような状況になっています。
 世界中が、南アフリカのアパルトヘイトにやったように関心を持ち、それから声を上げることが重要です。国内にいるチベット人の中には今この瞬間にも、たぶん考えられないような拷問を受けている人もいます。今中国そのものが火山帯で、いつ爆発するかわからないです。そしてその爆発が周りに悪影響を与えないような方法でどうやってそれをソフトランディングさせるかとういことを周囲の国々も世界の人々も一緒に考える時期でしょう。私たちもチベット人同士だけではなくて、中国人、ウイグル人、満州人、そういう人たちとも一緒に智慧と解決方法を見つけ出さないといけないと思っています。ダライラマ法王は海外に居るときにできるだけ中国の人たちと会う時間を作っています。長期的には銃口から権力が生まれるのではなくて、ひとりひとりが真実にもとづいて行動できる世界の実現を信じ続けるしかないと思います。そしてそれはチベット人だけでは難しいので、ぜひみなさんも力を貸してくださいというのが今の気持ちです。

世界全体が智慧をしぼろう

中沢 現在、中国自体が市場経済にソフトランディングしようとしているのですが、市場経済と独裁政権は両立しません。市場経済が円滑に動くためには一種の自由主義が必ず必要です。国家による統制、経済のコントロールや計画というものを担う権力があると必ず矛盾が起こっちゃうんです。中国はある意味たがが外れて、市場経済が一気に拡大しているのですが、コントロール不能になっている。
 これをどういう方向でソフトランディングしていくかは、中国人だけでは解決不能だと思います。拡大していく市場というのは国際的な問題ですから、世界中の人間が知恵を出し合わないとこれは不可能でしょう。権力の中枢にいる人間は既得権益を守ろうとする性質をもっていますから、実際に自分がどんなところに追い込められているかをある程度わかっていても、既得権益を守るために反対の行動をとってしまうんですね。10億の民を包みこんでいる中国が崩壊したり解体したりすると、これは地球大的に悲惨なことが起こる。わたしたちはそれを求めないし、ダライラマ猊下もそんなことは求めない。ただそれを行うためには、いろんな形で私たちが智慧を出し合い、干渉をおこなっていかなければならないと思います。

ペマ 中国は自由経済や資本経済を導入して非常に矛盾することをやっている中で、日本の経営者達は非常に近視眼的に、儲けるところでやっていると思われます。しかしむしろ今は、年間軍事費を二倍にしてアジア全体に対して脅威になるような国に対して、長期的に対応できないでしょうか。例えばダライラマ法王は87年の米国議会で、外交と防衛は中国にゆだねるけれども、チベットは非武装化して核の無い場所にし、世界中がチベットの資源から恩恵を受けられるようにしたいという考えを述べられました。そういうことは長期的に考えると日本にとっても中国にとってもチベットにとってもインドにとってもいいと思います。そのような中において中国をどう変えられるかということは、21世紀の世界全体が智慧を絞り、アパルトヘイトの問題で南アフリカでやったようなことをやっていただければいいんじやないかと思います。

中沢 戦前の財界人や戦争中に中国に出かけていた人たちの本を最近よく読むんですが、とても参考になりますね。彼らは戦後一時期弾圧されますが、鳩山内閣時代に復活しました。この人達によると、当時の日本は完全な統制経済であり、一種の社会主義で、国家が経済も生活も全部統制していたというんです。しかし中国大陸に渡ってみると、確かに中国は貧しく見えるけれども、カオスの中で自由奔放な経済活動が行われていて、これは将来的に日本を凌駕することが生まれるんじゃないかという予感を持った、というんですね。ところが、このようなカオスを封殺するような体制が、中国で実現されてしまいます。これは国家社会主義下の統制経済が、いかに社会の生産力や人間の想像力を奪ってしまうかということの証です。つまり中国があれほどカオスにみちて自由奔放な成長力の萌芽をもっていたにもかかわらず、そこに共産党政権ができあがることによって、ここ数十年押さえつけられてしまったという事実があります。それを戦前からずっとアジアの経済発展を観察してきた人たちが、よく捉えているんですね。市場経済の発達や、それに対する国家の統制がどういう現実をもたらすかを、とても深いところで見通していました。
 ところが最近の財界人の反応を見ると、短期で利潤を得るためにはどうしたらいいかということしか考えていない。そうすると、日本が蓄積してきた宝物のような技術が全部とられていく。しかも資本が移動した結果、それは中国のものになってしまうんですね。そういうことが頻繁に起こっている。高い視点からものをみるということが、いまの日本人には欠けていると思います。

ペマ 僕がインドで学校に行っていた時の友達が、僕が日本に来て数ヶ月後にゲリラで死んじゃったんです。あれ以来僕はもし彼が生きていたら何をしていたのだろうかと考えてしまいます。僕はなんとかみなさんに説明して、それで説得することができるような秩序のある社会にいるわけですが、国を愛する気持ちは彼と僕は変わらないと思います。でも当時彼に残された国にできることはやっぱりゲリラに入るしかできなかったんです。そういう意味でチベットの若い人たちを僕は批判できないですよ。かつて、チベット社会で僕は共産党ということで相当批判されました。共産党じゃないですけれどね。僕は共産党も存在する社会はいいと思います。共産党しか存在できない社会はまずいと思います。

まとめ ダライラマ法王の弾圧もまた慈悲の心を広げようとする心を頂きながら、ただいまチベットのかたがおかれた状況を知ってしまった以上、何かをしましょう。単なる被害者感情に陥いることなく当事者の心を聞き届けていく、慈悲と智慧の限をいただきたいと思います。

※『ayusーいのち』(2008年11月号、アーユス仏教国際協力ネットワーク発行)より転載。

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2009年1月18日 (日)

対談 「チベットの今と私たち」 ペマ・ギャルポ×中沢新一 (上)

今年の3月に起きた、チベット自治区での僧侶らによる抗議行動は、100人以上もの人が命を落とし、その後の北京オリンピツク前の聖火リレーにも影響を及ぼした。既に半年以上経つが、当時収容された僧侶たちの行く末は不明のままだ。4月23日にチベット文化研究会主催の「チベットの平和を願う集会ーチベットで亡くなった人々のための四十九日法要&対談」が梅窓院(港区)にて開催されたが、アーユスも協力団体として参加させていただいた。その時のペマ・ギャルポ氏(チベット文化研究所所長、桐蔭横浜大学大学院教授)と中沢新一氏(多摩川美術大学芸術人類学研究所所長・人類学者)の対談を振り返ることで、今年の春にチベットで起きたことを今一度おさえ、チベット問題と私たちの関わりを考えたい。(当日の講演録より抜粋)

2008年3月、チベットで起こったこと

中沢 ここ数年は、チベット人に対する国際社会の関心が少し薄らいできていました。ダライラマ猊下がノーベル賞を受賞されたときは大変関心をもたれたのですが、そのあとはいろいろな国が中国に対して気兼ねをするようになり、マスコミでもチべットの問題が表に出てこないように抑えられていたと思います。今回、尊い犠牲を払ったわけですが、それによって国際社会の目が注がざるを得なくなったし、みんながチベットの問題を考えるようになった。その意味では、きっかけを作ったと思います。ただ、残念ながら聖火リレーの妨害活動が盛んになるに従って、チベット人は本当は何を訴えようとしているのかというのが見えなくなり始めている危険性を感じています。

ペマ  この1週間ばかりで、150人ほどのチベット人が亡くなりました。中国人も19名ほど亡くなりました。今までチベット人は49年問、国内外で3月10日に決起記念日として抗議デモを行ってきましたが、今年の場合はいくつかの点で今までと違っていました。昨年の10月にダライラマ法王がアメリカの議会で勲章を授与され、軍人以外の一般市民に与える最高の名誉をいただいたのですが、一つはそのお祝いをしようとして集まったお坊さんたちが捕まって未だに釈放されていません。ですから、その釈放の要求が今年違ったものとしてありました。それからもう一つは、最近になって文化の面においても同化政策が著しくなったことがあげられます。青蔵鉄道の完成によって同化政策がスピードアップされているために、それへのチベット人の不安があったということが今までと違うことだと思います。
 中国の発表によると今年一年間でチベットを訪れた人がだいたい400万人です。400万人の人が600万人のチベット人のところにくれば、観光でチベットはかなり豊かになっているはずですが、残念ながら決してよくなっていません。また逆にこの青蔵鉄道ができたことによって、最近は観光客がチベット人の家まで入ってきて、伝統的なものをなんでも買いあさっている。そしてチベットのお坊さんたちは芸人のように、宗教をホテルのエンターテーメントのようなものとしてやれと言われ、宗教までもコントロールされている、といったことへの不満はあったと思います。
 ですから、3月10日に最初に20名くらいのお坊さんが集まった時に、既に中国当局は待っていたかのようにその人たちを包囲してお寺の中に監禁しました。それからそれが連鎖して、他のお寺でも多いところでは200~300名集まったようですけれども、これも当局によって抑えられました。最終的に14日、ラサ市内のラモチェ寺にお坊さんが2~30名集まったところを軍用トラックがつっこんできて、それに対して民衆が怒ったということです。
 北京当局は、自分たちの方が先に世界に対して報道すればいろんなコントロールができると思って、11名の罪のない中国人が犠牲になり、そしてそれはダライラマ一味が計画的組織的にやったと大きく報じました。しかし、計画的組織的行為であったら、ああいう風に素手で店を壊すものかどうか判断してください。いずれにせよ、19日までにチベット全土に広がっていきました。
 19日になってからは、遊牧民が参加するようになり、ダライラマ法王も心配されるようになりました。遊牧民が動き出すとゲリラ活動みたいになってしまうんです、1950年代みたいに。実際に、遊牧民が馬に乗って中国の駐屯地に入ってきて、中国の国旗を降ろしたりしました。それで法王様は、その人たちが暴力的な行動を続けるのであれば、自分は退位するというお言葉を述べられまして、自制を促すような行動をされました。それで法王の言葉と、さらに中国軍はチベット軍区のみならず、チベット軍区の上にある成都軍区、蘭州軍区、雲南軍区からも応援を頼み、それが表面上はおさえたことになっています。しかしその後も突発的に20名、30名、100名、多いところでは200名くらいの決起というか行動は今でもあるようです。捕まった人に対する拷問質問も始まっています。

聖火問題から見える中国

中沢 今回、北京オリンピックが開かれることが決定された時は、世界中の人間が中国に期待を持ったんです。オリンピックを開くことで、中国は世界中に開いていかないといけない。それによって、今中国で一番重要な問題になっている民主化運動の指導者、人権運動のリーダーたちを弾圧している状態を少しでも軽減できるんじゃないかという期待でした。中国自体が向かっている新しい資本主義と今の政治形態は完全に矛盾しています。ですから中国自体が政治と経済のバランスをとって変化していかなければならない。国際社会は、その後押しができるんではないかという期待を持って、今回の北京オリンピックに賛同したわけです。それにも拘わらず、この4年間で中国はそれを実現することができなかった。むしろ政治体制は変わらないまま、経済的には新しい資本主義の形態を目指すという、その場しのぎの政策でやりすごしてきました。その結果として大変な矛盾が生じ、政府のコントロールが難しい状態になっています。そうしたとき、人権運動家や民主化運動家の弾圧はむしろ強化されていくという現実が生じてしまいました。
 このような状況は、初めてではありません。文化大革命の時には、たくさんのチベット人が逮捕されました。特に、多くの宗教関係者が逮捕され、厳しい拷問を受けました。そういう人たちの話を聴くことで、僕はこの50年のあいだに、チベットで何が起こっているかを、おぼろげながら理解してきたわけです。もちろん、中国文化のある部分は大変尊敬していますし、中国人の友達もたくさんいます。ですから、中国という国家の行く末には関心を持ち続けているのですが、もし僕が本国から亡命してきたチベット人とつきあうことがなかったら、自分の中国観はある意味で間違ったものになっていたと思います。今は、客観的な突き放した態度で中国をみることができるようになりました。これもチベット人たちのおかげです。どうして僕のような人間が、幸運にも本格的にチベット仏教を勉強できるようになったかというと、たくさんの優れたラマが国を出てきたからなんです。そのことをチベット人の友人に話すと、「自分たちがチベットを追われて国外に出たのはもちろん悲劇だったけれど、長い歴史からみると、この状況は人類全体に良い結果をもたらすきっかけになるかもしれない」というような驚くべき答が返ってきます。チベットの宝物のような仏教の教えは、鎖国状態のような中でも、ずっと保ち続けられたかもしれない。しかしそれでは世界の人々には広まっていかなかったでしょう。中国軍が攻め込んできて自分たちが国を失ったこと、亡命したことは大きな損失だった。しかし同時に、そのことによってチベットの仏教は外国人のあいだにも知られるようになり、世界中に広がることができた。チベット人はこんなふうに、大変広い視野を持って、遠くのことを見ながら物を考える人たちなんです。ダライラマ猊下の政治的な発言をみても、大変高い視点から考えを述べられていて、決して近視眼的な反応でこの間題を捉えないことがわかります。このように広い視野を持って、一連の事件の意味を考えると、ダライラマ猊下がおっしゃるように「自分たちはオリンピックを妨害しようなんて気持ちはない。このオリンピックがうまくいって、中国が内面から本当に変わっていくことができたら、それはチベットにとっても世界にとってもよいことである」となるはずです。これは猊下がとても高い視野から考えて、おっしゃっていることです。ところが中国指導部にはこれが聞こえない。「ダライ一派が分離活動を扇動している」というように、完全に思考停止してしまうわけです。おそらくは中国指導部は中国の内部で激烈な形で起こっているものを捉え損なっているか、真実を見たくないか、恐れているかどちらかだと思いますが、おそらく自分たちの見通しのなさから生じる恐怖感は相当強くなってきている。そういう時は外部に敵をつくるのが一番よろしいですから、とりあえず今は、求心力のあるダライラマ猊下を、「ダライ一派」と呼んで敵視しているわけです。
 国家にとって敵を外に作るというのは大変危険な時で、10年、20年続くとその国家は衰退していきます。アメリカがその最適な例となってしまいました。21世紀の初めにアメリカは外に敵を作って軍事行動を起こし、国際社会の顰蹙を買いました。その時に隠蔽されていた経済問題は、今サブプライム問題をはじめとする金融危機となって噴出しています。つまり、アメリカが大きな帝国主義的な視点から戦争を行った時に、既に内部から崩壊していく前兆が現れていた。おそらく中国もいま、そういう状態にあるのだろうと思います。
 ここで何よりも問題なのは、中国の政策が、チベット人の精神性の高い生活を抑圧しているということです。お釈迦さまの教えというのは常にあらゆる生命が無常のものと考えるし、人権を超えたレベルでものをみないといけません。チベット文明全体はそういう考えに従って作られてきた、大変精神性の高い文化だったわけです。いくら中国人が安い電化製品を家庭の中に持ち込んだとしても、それだけで幸福がもたらされるとは思わない人たちだということですね。そうした精神性の高い文化を、中国指導部は理解できませんでした。そしてダライラマを自分たちの敵だと思い、これを滅ぼさないといけないと勘違いして敵対活動を続けてきた。しかしチベット人はそれにめげないで、抵抗を続けています。
 このことは日本人にとって、すごく重大な問題だと思います。私たちの世界では、精神性の高いもの、精神的な文化やより所を見いだすことが難しくなってきているからです。日本も例外ではありません。その中でチベット人が守り続けている文明は、世界中に打ち付けている荒々しい激流の中で、必死に耐えている杭のような存在なんです。そういう文明を生きている人たちを弾圧し、彼らが幸福を感じる精神的な活動を抑圧することは、中国人が犯している非常に大きい悪だと思います。悪というのは、人の幸福を奪うことを、幸福でありたいと願っていることを阻止する、それ以外の何者でもありませんが、中国の政権は、いまこの悪を為しています。わたしたちそれを見て心が痛みますから、チベット人の痛みをわかちあいたい。しかしそれをどう表現していいかわからない。ですから聖火リレーの妨害それ自体は、この問題を考えるきっかけを作ってくれたという意味では勇気ある行為だと思いますが、それ以上のことが必要だと思います。
 その意味でも、今日の法要はとてもよい方法だと思います。ダライラマ狙下がおっしゃっているように、仏教徒は暴力的な表現よりも、強力なやり方を知っているんです。もっともっと、その輪を広げていきたいと思います。私たちが祈りを捧げている間は、誰も妨害できないじゃないですか。そういう意味で今日のこの法要が、意識の変わり目のきっかけになっていけばいいなと思いました。 (続く)

※『ayusーいのち』(2008年11月号、アーユス仏教国際協力ネットワーク発行)より転載。

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