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2009年1月19日 (月)

対談 「チベットの今と私たち」 ペマ・ギャルポ×中沢新一 (下)

中国側の動機

ペマ 例えば法王は、独立することには意味がないと思っていらっしゃいます。法王は裏表ないです。チベットの人たちも多くは同じです。特に年配の方は本当に自分たちの信仰を持ち続けられることが唯一の望みであって、もしかすると中国人に自分たちがいじめられるのは自分たちの前世が悪いんじゃないかって、ホントに信じているくらいです。特に今チベットの人たちが危機を感じているのは、チベットの高度の文明というか精神文化であり、それを一番具現化しているチベットの言葉だと思います。言葉と魂、生き方が一緒になっているのに残念ながら、今チベットでは言葉そのものをチベット人から失わせるような政策が構造的にあります。こういうことに対して法王も非常に大きな危機感を抱いています。例えば、胡耀邦さんが1980年5月にチベットに来てから、それまで禁止されていたチベット語を教えることもチベット的な名前を使うことも解禁されました。今日も建前上はチベット語を教えてもいいことになっていますが、実際はチベット語をやっても就職がない、高等教育を受けようと思えば、中国語でやらないといけない、チベット語以外の勉強は全部中国語でやらないといけないので、チベット語は危機にさらされているといえます。それから中国の憲法では、信仰の自由はあるんですけれども布教の自由がない。最近になって海外からたくさんお坊さんがいらっしゃるものですから、手っ取り早く外貨稼ぎをするために、チベットのお寺の修復を許すようになったんです。それから海外からのお客さんが来るときに、特別に儀礼儀式を許すようになりました。私たちは、自分自身が自分自身の時間と場所のできる範囲でやることを宗教の自由だと思うんですが、中国にとっては大きなドラマの中で演出した形でやらされるところがあり、お寺のお坊さんの数も限定されています。昨年あたりからは、いわゆる活仏は中国当局が認知し、登録しないといけなくなりました。これは究極的にはダライラマ法王の次の方を自分たちがコントロールするという意味だと思います。
 例えば満州という民族と国が完全に消えてしまいました。すぐ隣の内モンゴルもほぼ消えつつあります。チベット人が、次に自分の身に何が起きるのかというのを非常に心配していることのは事実だと思います。にもかかわらず、ダライラマ法王は独立を求めず、高度な自治で我慢するとおっしゃっています。しかしそのような高度な自治を実現するための保障がありません。チベットの自治を保障するのは中国そのものを救うひとつの手だてかもしれないと、ダライラマ法王がおっしゃったのですが、それが意味するのは、高度な自治をするということは法律が守られ、約束が守られることです。そのためには中国そのものが専制的な一党独裁の支配を変えないといけないということになります。実際、中国の中にもそれを感じる人たちが増えてきています。チベット人が言おうとしていること、ダライラマ法王がおっしゃることに対して耳を貸すことは真の意味で世界の人口の6分のーの人たちを解放することにつながると思っております。
 中国の方々には、チベットにたくさんのお金を遣ってチベットを昔よりよくしたと思うかたもいらっしゃいます。いま北京政府はオリンピックの会場の側にチベットミュージアムをただならぬお金を遣って造っています。それは、チベットがいかに野蛮であったかということを一生懸命説明するためにやっているんです。でも見方によれば、それは自分自身がむしろ野蛮だということを世界中に披露しているようなものです。しかし残念ながら中国の人たちは自分たちの殻から外に出ようとしようとしていない。
 中国人自身がイデオロギーの奴隷になっています。マインドコントロール、まさに。今マインドコントロールしているのは毛沢東の亡霊であり、鄧小平の亡霊。中国共産党の中で思い切って自分が正しいといえるのは、中国の国家主席であってもできないような、自分たち自身が自分たちの蜘蛛の巣の中に入っているような状況になっています。
 世界中が、南アフリカのアパルトヘイトにやったように関心を持ち、それから声を上げることが重要です。国内にいるチベット人の中には今この瞬間にも、たぶん考えられないような拷問を受けている人もいます。今中国そのものが火山帯で、いつ爆発するかわからないです。そしてその爆発が周りに悪影響を与えないような方法でどうやってそれをソフトランディングさせるかとういことを周囲の国々も世界の人々も一緒に考える時期でしょう。私たちもチベット人同士だけではなくて、中国人、ウイグル人、満州人、そういう人たちとも一緒に智慧と解決方法を見つけ出さないといけないと思っています。ダライラマ法王は海外に居るときにできるだけ中国の人たちと会う時間を作っています。長期的には銃口から権力が生まれるのではなくて、ひとりひとりが真実にもとづいて行動できる世界の実現を信じ続けるしかないと思います。そしてそれはチベット人だけでは難しいので、ぜひみなさんも力を貸してくださいというのが今の気持ちです。

世界全体が智慧をしぼろう

中沢 現在、中国自体が市場経済にソフトランディングしようとしているのですが、市場経済と独裁政権は両立しません。市場経済が円滑に動くためには一種の自由主義が必ず必要です。国家による統制、経済のコントロールや計画というものを担う権力があると必ず矛盾が起こっちゃうんです。中国はある意味たがが外れて、市場経済が一気に拡大しているのですが、コントロール不能になっている。
 これをどういう方向でソフトランディングしていくかは、中国人だけでは解決不能だと思います。拡大していく市場というのは国際的な問題ですから、世界中の人間が知恵を出し合わないとこれは不可能でしょう。権力の中枢にいる人間は既得権益を守ろうとする性質をもっていますから、実際に自分がどんなところに追い込められているかをある程度わかっていても、既得権益を守るために反対の行動をとってしまうんですね。10億の民を包みこんでいる中国が崩壊したり解体したりすると、これは地球大的に悲惨なことが起こる。わたしたちはそれを求めないし、ダライラマ猊下もそんなことは求めない。ただそれを行うためには、いろんな形で私たちが智慧を出し合い、干渉をおこなっていかなければならないと思います。

ペマ 中国は自由経済や資本経済を導入して非常に矛盾することをやっている中で、日本の経営者達は非常に近視眼的に、儲けるところでやっていると思われます。しかしむしろ今は、年間軍事費を二倍にしてアジア全体に対して脅威になるような国に対して、長期的に対応できないでしょうか。例えばダライラマ法王は87年の米国議会で、外交と防衛は中国にゆだねるけれども、チベットは非武装化して核の無い場所にし、世界中がチベットの資源から恩恵を受けられるようにしたいという考えを述べられました。そういうことは長期的に考えると日本にとっても中国にとってもチベットにとってもインドにとってもいいと思います。そのような中において中国をどう変えられるかということは、21世紀の世界全体が智慧を絞り、アパルトヘイトの問題で南アフリカでやったようなことをやっていただければいいんじやないかと思います。

中沢 戦前の財界人や戦争中に中国に出かけていた人たちの本を最近よく読むんですが、とても参考になりますね。彼らは戦後一時期弾圧されますが、鳩山内閣時代に復活しました。この人達によると、当時の日本は完全な統制経済であり、一種の社会主義で、国家が経済も生活も全部統制していたというんです。しかし中国大陸に渡ってみると、確かに中国は貧しく見えるけれども、カオスの中で自由奔放な経済活動が行われていて、これは将来的に日本を凌駕することが生まれるんじゃないかという予感を持った、というんですね。ところが、このようなカオスを封殺するような体制が、中国で実現されてしまいます。これは国家社会主義下の統制経済が、いかに社会の生産力や人間の想像力を奪ってしまうかということの証です。つまり中国があれほどカオスにみちて自由奔放な成長力の萌芽をもっていたにもかかわらず、そこに共産党政権ができあがることによって、ここ数十年押さえつけられてしまったという事実があります。それを戦前からずっとアジアの経済発展を観察してきた人たちが、よく捉えているんですね。市場経済の発達や、それに対する国家の統制がどういう現実をもたらすかを、とても深いところで見通していました。
 ところが最近の財界人の反応を見ると、短期で利潤を得るためにはどうしたらいいかということしか考えていない。そうすると、日本が蓄積してきた宝物のような技術が全部とられていく。しかも資本が移動した結果、それは中国のものになってしまうんですね。そういうことが頻繁に起こっている。高い視点からものをみるということが、いまの日本人には欠けていると思います。

ペマ 僕がインドで学校に行っていた時の友達が、僕が日本に来て数ヶ月後にゲリラで死んじゃったんです。あれ以来僕はもし彼が生きていたら何をしていたのだろうかと考えてしまいます。僕はなんとかみなさんに説明して、それで説得することができるような秩序のある社会にいるわけですが、国を愛する気持ちは彼と僕は変わらないと思います。でも当時彼に残された国にできることはやっぱりゲリラに入るしかできなかったんです。そういう意味でチベットの若い人たちを僕は批判できないですよ。かつて、チベット社会で僕は共産党ということで相当批判されました。共産党じゃないですけれどね。僕は共産党も存在する社会はいいと思います。共産党しか存在できない社会はまずいと思います。

まとめ ダライラマ法王の弾圧もまた慈悲の心を広げようとする心を頂きながら、ただいまチベットのかたがおかれた状況を知ってしまった以上、何かをしましょう。単なる被害者感情に陥いることなく当事者の心を聞き届けていく、慈悲と智慧の限をいただきたいと思います。

※『ayusーいのち』(2008年11月号、アーユス仏教国際協力ネットワーク発行)より転載。

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