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2009年1月18日 (日)

対談 「チベットの今と私たち」 ペマ・ギャルポ×中沢新一 (上)

今年の3月に起きた、チベット自治区での僧侶らによる抗議行動は、100人以上もの人が命を落とし、その後の北京オリンピツク前の聖火リレーにも影響を及ぼした。既に半年以上経つが、当時収容された僧侶たちの行く末は不明のままだ。4月23日にチベット文化研究会主催の「チベットの平和を願う集会ーチベットで亡くなった人々のための四十九日法要&対談」が梅窓院(港区)にて開催されたが、アーユスも協力団体として参加させていただいた。その時のペマ・ギャルポ氏(チベット文化研究所所長、桐蔭横浜大学大学院教授)と中沢新一氏(多摩川美術大学芸術人類学研究所所長・人類学者)の対談を振り返ることで、今年の春にチベットで起きたことを今一度おさえ、チベット問題と私たちの関わりを考えたい。(当日の講演録より抜粋)

2008年3月、チベットで起こったこと

中沢 ここ数年は、チベット人に対する国際社会の関心が少し薄らいできていました。ダライラマ猊下がノーベル賞を受賞されたときは大変関心をもたれたのですが、そのあとはいろいろな国が中国に対して気兼ねをするようになり、マスコミでもチべットの問題が表に出てこないように抑えられていたと思います。今回、尊い犠牲を払ったわけですが、それによって国際社会の目が注がざるを得なくなったし、みんながチベットの問題を考えるようになった。その意味では、きっかけを作ったと思います。ただ、残念ながら聖火リレーの妨害活動が盛んになるに従って、チベット人は本当は何を訴えようとしているのかというのが見えなくなり始めている危険性を感じています。

ペマ  この1週間ばかりで、150人ほどのチベット人が亡くなりました。中国人も19名ほど亡くなりました。今までチベット人は49年問、国内外で3月10日に決起記念日として抗議デモを行ってきましたが、今年の場合はいくつかの点で今までと違っていました。昨年の10月にダライラマ法王がアメリカの議会で勲章を授与され、軍人以外の一般市民に与える最高の名誉をいただいたのですが、一つはそのお祝いをしようとして集まったお坊さんたちが捕まって未だに釈放されていません。ですから、その釈放の要求が今年違ったものとしてありました。それからもう一つは、最近になって文化の面においても同化政策が著しくなったことがあげられます。青蔵鉄道の完成によって同化政策がスピードアップされているために、それへのチベット人の不安があったということが今までと違うことだと思います。
 中国の発表によると今年一年間でチベットを訪れた人がだいたい400万人です。400万人の人が600万人のチベット人のところにくれば、観光でチベットはかなり豊かになっているはずですが、残念ながら決してよくなっていません。また逆にこの青蔵鉄道ができたことによって、最近は観光客がチベット人の家まで入ってきて、伝統的なものをなんでも買いあさっている。そしてチベットのお坊さんたちは芸人のように、宗教をホテルのエンターテーメントのようなものとしてやれと言われ、宗教までもコントロールされている、といったことへの不満はあったと思います。
 ですから、3月10日に最初に20名くらいのお坊さんが集まった時に、既に中国当局は待っていたかのようにその人たちを包囲してお寺の中に監禁しました。それからそれが連鎖して、他のお寺でも多いところでは200~300名集まったようですけれども、これも当局によって抑えられました。最終的に14日、ラサ市内のラモチェ寺にお坊さんが2~30名集まったところを軍用トラックがつっこんできて、それに対して民衆が怒ったということです。
 北京当局は、自分たちの方が先に世界に対して報道すればいろんなコントロールができると思って、11名の罪のない中国人が犠牲になり、そしてそれはダライラマ一味が計画的組織的にやったと大きく報じました。しかし、計画的組織的行為であったら、ああいう風に素手で店を壊すものかどうか判断してください。いずれにせよ、19日までにチベット全土に広がっていきました。
 19日になってからは、遊牧民が参加するようになり、ダライラマ法王も心配されるようになりました。遊牧民が動き出すとゲリラ活動みたいになってしまうんです、1950年代みたいに。実際に、遊牧民が馬に乗って中国の駐屯地に入ってきて、中国の国旗を降ろしたりしました。それで法王様は、その人たちが暴力的な行動を続けるのであれば、自分は退位するというお言葉を述べられまして、自制を促すような行動をされました。それで法王の言葉と、さらに中国軍はチベット軍区のみならず、チベット軍区の上にある成都軍区、蘭州軍区、雲南軍区からも応援を頼み、それが表面上はおさえたことになっています。しかしその後も突発的に20名、30名、100名、多いところでは200名くらいの決起というか行動は今でもあるようです。捕まった人に対する拷問質問も始まっています。

聖火問題から見える中国

中沢 今回、北京オリンピックが開かれることが決定された時は、世界中の人間が中国に期待を持ったんです。オリンピックを開くことで、中国は世界中に開いていかないといけない。それによって、今中国で一番重要な問題になっている民主化運動の指導者、人権運動のリーダーたちを弾圧している状態を少しでも軽減できるんじゃないかという期待でした。中国自体が向かっている新しい資本主義と今の政治形態は完全に矛盾しています。ですから中国自体が政治と経済のバランスをとって変化していかなければならない。国際社会は、その後押しができるんではないかという期待を持って、今回の北京オリンピックに賛同したわけです。それにも拘わらず、この4年間で中国はそれを実現することができなかった。むしろ政治体制は変わらないまま、経済的には新しい資本主義の形態を目指すという、その場しのぎの政策でやりすごしてきました。その結果として大変な矛盾が生じ、政府のコントロールが難しい状態になっています。そうしたとき、人権運動家や民主化運動家の弾圧はむしろ強化されていくという現実が生じてしまいました。
 このような状況は、初めてではありません。文化大革命の時には、たくさんのチベット人が逮捕されました。特に、多くの宗教関係者が逮捕され、厳しい拷問を受けました。そういう人たちの話を聴くことで、僕はこの50年のあいだに、チベットで何が起こっているかを、おぼろげながら理解してきたわけです。もちろん、中国文化のある部分は大変尊敬していますし、中国人の友達もたくさんいます。ですから、中国という国家の行く末には関心を持ち続けているのですが、もし僕が本国から亡命してきたチベット人とつきあうことがなかったら、自分の中国観はある意味で間違ったものになっていたと思います。今は、客観的な突き放した態度で中国をみることができるようになりました。これもチベット人たちのおかげです。どうして僕のような人間が、幸運にも本格的にチベット仏教を勉強できるようになったかというと、たくさんの優れたラマが国を出てきたからなんです。そのことをチベット人の友人に話すと、「自分たちがチベットを追われて国外に出たのはもちろん悲劇だったけれど、長い歴史からみると、この状況は人類全体に良い結果をもたらすきっかけになるかもしれない」というような驚くべき答が返ってきます。チベットの宝物のような仏教の教えは、鎖国状態のような中でも、ずっと保ち続けられたかもしれない。しかしそれでは世界の人々には広まっていかなかったでしょう。中国軍が攻め込んできて自分たちが国を失ったこと、亡命したことは大きな損失だった。しかし同時に、そのことによってチベットの仏教は外国人のあいだにも知られるようになり、世界中に広がることができた。チベット人はこんなふうに、大変広い視野を持って、遠くのことを見ながら物を考える人たちなんです。ダライラマ猊下の政治的な発言をみても、大変高い視点から考えを述べられていて、決して近視眼的な反応でこの間題を捉えないことがわかります。このように広い視野を持って、一連の事件の意味を考えると、ダライラマ猊下がおっしゃるように「自分たちはオリンピックを妨害しようなんて気持ちはない。このオリンピックがうまくいって、中国が内面から本当に変わっていくことができたら、それはチベットにとっても世界にとってもよいことである」となるはずです。これは猊下がとても高い視野から考えて、おっしゃっていることです。ところが中国指導部にはこれが聞こえない。「ダライ一派が分離活動を扇動している」というように、完全に思考停止してしまうわけです。おそらくは中国指導部は中国の内部で激烈な形で起こっているものを捉え損なっているか、真実を見たくないか、恐れているかどちらかだと思いますが、おそらく自分たちの見通しのなさから生じる恐怖感は相当強くなってきている。そういう時は外部に敵をつくるのが一番よろしいですから、とりあえず今は、求心力のあるダライラマ猊下を、「ダライ一派」と呼んで敵視しているわけです。
 国家にとって敵を外に作るというのは大変危険な時で、10年、20年続くとその国家は衰退していきます。アメリカがその最適な例となってしまいました。21世紀の初めにアメリカは外に敵を作って軍事行動を起こし、国際社会の顰蹙を買いました。その時に隠蔽されていた経済問題は、今サブプライム問題をはじめとする金融危機となって噴出しています。つまり、アメリカが大きな帝国主義的な視点から戦争を行った時に、既に内部から崩壊していく前兆が現れていた。おそらく中国もいま、そういう状態にあるのだろうと思います。
 ここで何よりも問題なのは、中国の政策が、チベット人の精神性の高い生活を抑圧しているということです。お釈迦さまの教えというのは常にあらゆる生命が無常のものと考えるし、人権を超えたレベルでものをみないといけません。チベット文明全体はそういう考えに従って作られてきた、大変精神性の高い文化だったわけです。いくら中国人が安い電化製品を家庭の中に持ち込んだとしても、それだけで幸福がもたらされるとは思わない人たちだということですね。そうした精神性の高い文化を、中国指導部は理解できませんでした。そしてダライラマを自分たちの敵だと思い、これを滅ぼさないといけないと勘違いして敵対活動を続けてきた。しかしチベット人はそれにめげないで、抵抗を続けています。
 このことは日本人にとって、すごく重大な問題だと思います。私たちの世界では、精神性の高いもの、精神的な文化やより所を見いだすことが難しくなってきているからです。日本も例外ではありません。その中でチベット人が守り続けている文明は、世界中に打ち付けている荒々しい激流の中で、必死に耐えている杭のような存在なんです。そういう文明を生きている人たちを弾圧し、彼らが幸福を感じる精神的な活動を抑圧することは、中国人が犯している非常に大きい悪だと思います。悪というのは、人の幸福を奪うことを、幸福でありたいと願っていることを阻止する、それ以外の何者でもありませんが、中国の政権は、いまこの悪を為しています。わたしたちそれを見て心が痛みますから、チベット人の痛みをわかちあいたい。しかしそれをどう表現していいかわからない。ですから聖火リレーの妨害それ自体は、この問題を考えるきっかけを作ってくれたという意味では勇気ある行為だと思いますが、それ以上のことが必要だと思います。
 その意味でも、今日の法要はとてもよい方法だと思います。ダライラマ狙下がおっしゃっているように、仏教徒は暴力的な表現よりも、強力なやり方を知っているんです。もっともっと、その輪を広げていきたいと思います。私たちが祈りを捧げている間は、誰も妨害できないじゃないですか。そういう意味で今日のこの法要が、意識の変わり目のきっかけになっていけばいいなと思いました。 (続く)

※『ayusーいのち』(2008年11月号、アーユス仏教国際協力ネットワーク発行)より転載。

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