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2009年2月27日 (金)

運命共同体(下)

 無秩序の自由経済が生み出したのが、現在の労働状況ではないでしょうか。それまで会社は公共性があり、そこで働く人々とその家族の生活を最優先し、社会に対する貢献度を重視していました。ところが会社は株主のものであると言い張るようになり、株主に対して大きな利益を分配出来ない社長は無能とされ、社員は単なる生産の道具となってしまいました。

 私がアルバイトをしていた頃は、先輩は後輩に仕事を教え、後輩は先輩や上司に礼を尽くし教えを請うのは当然のことでした。何かを達成した時は皆で喜び合っていたのに、能力主義という言葉の下で個人プレイを重視し、仲間全体の協力や努力よりも成果を生み出した個人を評価する社会になりました。そして社会を勝ち組と負け組に分類し、負け組とレッテルを貼られた者は道具化され、勝ち組と言われる成金は「金で買えないものは何一つない」と言い張るあり様となりました。

 当然、道具化された人々は、自分の会社や仕事に対する愛着や誇りを失い、少しでも自分の労働や技能を評価してくれる所に流れ出しました。偽造、事故なども、このような環境が生み出したのではないかと思います。

 今、この不況を克服するためには、痛みを皆が分かち合い、もう一度謙虚にビジネスの意義や目的を再確認し、その発展と成長を社会全体の歯車と調和したものに変えていく努力が必要だと感じるのです。

 社長の給料は社員の百倍以上であったり、ぜいたく社長は賛沢な生活を変えないのに社員の首切りを行ったりするのではなく、共存共栄、お釈迦様の言葉で言う「ほどほど」というものを大切にし、作り手も売り手も買い手も皆が人生の満足度を重視し、企業や産業は地域や社会全体の進歩のぺースにあわせながら進むような、国民全体の総幸福度を重視する方向に政策を転換することです。

 GDPやGNPという数字を追うのではなく、家族、社会、国家そして世界全体の共存共栄を図るための大きな反省と、お互いを受け入れる寛容性を取り戻すことが急務ではないでしょうか。

 世界の海底資源や地下資源には限りがあるという前提で、自然との調和と、人類全体の生存を踏まえた政策を重視し、利権が特定の多国籍企業や国などによって独占されることがないようにする配慮を忘れるべきではありません。 (了)

※『向上』(2009年3月号より転載)

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