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2009年2月 6日 (金)

チベット特別大会議

 二〇〇八年一〇月中旬、ダライ・ラマ法王は自身が推進してきた中道の路線、北京政府との対話による真の自治の実現が中国の不誠実な対応で困難になったのでもう一度チベット国民の総意を問い直したい、と議会と内閣に特別チベット大会議の招集を命じた。この招集はチベット亡命政府の臨時憲法である憲章第五九条に基づくものである。法王はさらに一一月初旬、日本を訪問した際も「中国の指導部に対し失望した。自分の方針は失敗であった。失敗は失敗として認めなければならない。したがってチベット国民に対し、もう一度総意を確かめる必要がある」と記者会見で述べた。

 亡命チベットの議会は直ちに特別大会議を招集し、一〇月一七~二二日、インドのダラムサラで五八○名の参加によるチベットの中国への対応の基本路線とチベットの将来について真剣かつ率直な討論を行った。一七日に正副議長の主催のもとサムドン・リンポチェ主席大臣(総理大臣)の来賓挨拶と議長から大会の趣旨説明を行った後、一五の分科会に分かれ、二〇日まで三日間激論が交わされた。

 中国との対応については、とくに今回北京政府側がダライ・ラマ法王の特使らとの会議でそれまでの態度を一八○度変え、法王はチベットの人民を代表して交渉する立場にないゆえチベットの自治など要求する立場にもない、と過去八回行われてきた協議をひっくり返すような態度に出たことに、怒りと批判が噴出した。大会中、中国の不正に対し、独立しか道はないと主張する人も数多くいた一方、現実的に客観状況などを踏まえ自治を引き続き求めていくことが妥当であるという意見もあったが、最終的にはあくまでも非暴力の手段によるダライ・ラマ法王にすべてを一任し、法王の意思に従うという形でまとまった。そして北京政府が全チベット(本来のチベットの領土)が一つであるということと、ダライ・ラマ法王が唯一正統な代弁者であるということを認めない限り、対話を中断するということで落ち着いた。その他、法王の後継者問題や亡命政府の教育方針など将来に関する問題についても言及した他、二〇〇九年は亡命生活、チベット決起五〇周年に当たり、チベットの各支援団体を通じてEU、国連などでもチベット問題を積極的に訴える一方、中国人民との交流を深め理解と支援を求めていくことも決議に加えられた。

 ダライ・ラマ法王自身は会議の中立性を重視し、大会には出席しなかったが、大会終了後の謁見で、それまでの方針についての説明と今後もダライ・ラマは死ぬまでチベットの法王としてその義務を果たすと力強い決意を述べ、中国に対しても指導部には失望したが国民への信頼を失ったわけではないと強調して、今後も中道路線を継続するという強い意志を表明した。  (ペマ・ギャルポ)

※『海外事情』(拓殖大学海外事情研究所、2009年1月号)より転載。

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