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2009年3月31日 (火)

中国建国60年目、天安門20年目の憂鬱 対談 石平×ペマ・ギャルポ (3)

「○八憲章」はガス抜き?

石 そうこうしているうちに、五月になると民主化運動であった「五四運動」の八十周年がやってきます。そこで大学生がどう動くか。
 今年は楽観的に推測しても、六百万人の新卒者のうち、二百万人が就職できないはずです。中国共産党の教育委員会(日本でいえば文科省)は、「我々は非常手段と非常装置をもって大学生の就職難を改善しなければならない」と言いました。「非常手段」、これはもう戦争状態です。そこまで追いつめられています。

ペマ そして天安門事件二十周年ですからね。

石 そうです。先ほどの話で言うと、天安門事件二十周年で鄧小平の「南巡講話」の賞味期限は終わりました。ですから、天安門事件の時の課題がもう一度、浮上してくるということです。

ペマ 中国の体制をどうするか、ということですね。

石 そこで先ほども述べた「○八憲章」が発表されたという意味は大きい。

ペマ 私は「○八憲章」には半信半疑です。嬉しい反面、あれは当局が計算してガス抜きのためにやらせているのではないか、という疑念がある。

石 それがあるかどうかはわかりませんが、ただし当局の計算があったとしても、一歩前進したと思います。少なくとも当局が暴力で弾圧せずに、「○八憲章」の発表を見逃したとすれば、これは民主化への流れですよ。
 民主化の要求があって、それを当局が一歩譲る。また二、三年して、当局がさらに一歩譲る。だんだんと共産党体制が崩れていく予兆だと思います。

ペマ 確かに一歩前進ではありますが。

石 「○八憲章」には、中国人が出した政治主張ではじめて「連邦共和」という言葉が使われました。「○八憲章」は台湾独立、チベット独立を認めておらず、あくまで中国の枠組みの中での「連邦共和制」です。しかし、この「連邦」ということを中国人が考え、発表したということが、一つの前進、一つの方向性だと思います。鄧小平がかつて言ったように、十三億もの人民を抱える中国が主化するのは無理です。では、どうやって民主化を実現するか。その唯一の解決策が連邦制だと思います。

ペマ 私もそう思います。しかし、石さんと中国人が考える連邦制とは、少し違いますよね。

石 そう。私が考える連邦制は、台湾もチベットも独立したあとの漢民族だけの連邦制です。彼らはまだそこまでは言っていません。もちろん、私と同じことを発言したらすぐに弾圧されるでしょうし、また大半の民衆からも支持されないでしょう。そういうこともあって、私は「○八憲章」が出たことを評価しています。

ペマ 一九八○年代にチャウ・アール・フェンが「中華連邦」という論文を出したことがあります。一九七〇年代には王という人が「中国の春」を出した頃から中国人の中で連邦制の話が出ていた。
 また中国共産党も一九二一年の「中国共産党綱領」に「中華ソビエト連邦制」と記していますから、連邦制という考え方は中国の中に前からあったと私は思っています。
 鄧小平の「四つの近代化」では、産業、農業、国防、科学技術の四つを取り上げましたが、彼は政治については何も言いませんでした。しかし第五の近代化、つまり政治を近代化しなければ、後の四つを近代化してもそれらの保証がない。ですから、第五の近代化をやるべきだというのが海外でも中国共産党内部でも一つの議題だった頃があります。そういう流れで、共産党幹部が「目つむを瞑る」と言って「○八憲章」を発表させたような気がしてならないんです。

石 それでも一つの進歩だと思いますよ。

ペマ 私もそう思います。ただし、これから中国が大きく変わるためには、邪魔になるのではないかとも思っています。先ほど、石さんが言われた中国の危機的状況のダメージを大きくしないために、「○八憲章」をガス抜きに利用しているのではないかということです。中国の危機を緩和するためにです。
 もう一つ、地方のボスたちへのサービスではないかとも考えています。中国国内の地方のボスたちに高度な自治を与えると言って期待させる戦略です。

(続く)

※『WiLL』(2009年5月号)より転載。

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