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2009年3月

2009年3月31日 (火)

中国建国60年目、天安門20年目の憂鬱 対談 石平×ペマ・ギャルポ (3)

「○八憲章」はガス抜き?

石 そうこうしているうちに、五月になると民主化運動であった「五四運動」の八十周年がやってきます。そこで大学生がどう動くか。
 今年は楽観的に推測しても、六百万人の新卒者のうち、二百万人が就職できないはずです。中国共産党の教育委員会(日本でいえば文科省)は、「我々は非常手段と非常装置をもって大学生の就職難を改善しなければならない」と言いました。「非常手段」、これはもう戦争状態です。そこまで追いつめられています。

ペマ そして天安門事件二十周年ですからね。

石 そうです。先ほどの話で言うと、天安門事件二十周年で鄧小平の「南巡講話」の賞味期限は終わりました。ですから、天安門事件の時の課題がもう一度、浮上してくるということです。

ペマ 中国の体制をどうするか、ということですね。

石 そこで先ほども述べた「○八憲章」が発表されたという意味は大きい。

ペマ 私は「○八憲章」には半信半疑です。嬉しい反面、あれは当局が計算してガス抜きのためにやらせているのではないか、という疑念がある。

石 それがあるかどうかはわかりませんが、ただし当局の計算があったとしても、一歩前進したと思います。少なくとも当局が暴力で弾圧せずに、「○八憲章」の発表を見逃したとすれば、これは民主化への流れですよ。
 民主化の要求があって、それを当局が一歩譲る。また二、三年して、当局がさらに一歩譲る。だんだんと共産党体制が崩れていく予兆だと思います。

ペマ 確かに一歩前進ではありますが。

石 「○八憲章」には、中国人が出した政治主張ではじめて「連邦共和」という言葉が使われました。「○八憲章」は台湾独立、チベット独立を認めておらず、あくまで中国の枠組みの中での「連邦共和制」です。しかし、この「連邦」ということを中国人が考え、発表したということが、一つの前進、一つの方向性だと思います。鄧小平がかつて言ったように、十三億もの人民を抱える中国が主化するのは無理です。では、どうやって民主化を実現するか。その唯一の解決策が連邦制だと思います。

ペマ 私もそう思います。しかし、石さんと中国人が考える連邦制とは、少し違いますよね。

石 そう。私が考える連邦制は、台湾もチベットも独立したあとの漢民族だけの連邦制です。彼らはまだそこまでは言っていません。もちろん、私と同じことを発言したらすぐに弾圧されるでしょうし、また大半の民衆からも支持されないでしょう。そういうこともあって、私は「○八憲章」が出たことを評価しています。

ペマ 一九八○年代にチャウ・アール・フェンが「中華連邦」という論文を出したことがあります。一九七〇年代には王という人が「中国の春」を出した頃から中国人の中で連邦制の話が出ていた。
 また中国共産党も一九二一年の「中国共産党綱領」に「中華ソビエト連邦制」と記していますから、連邦制という考え方は中国の中に前からあったと私は思っています。
 鄧小平の「四つの近代化」では、産業、農業、国防、科学技術の四つを取り上げましたが、彼は政治については何も言いませんでした。しかし第五の近代化、つまり政治を近代化しなければ、後の四つを近代化してもそれらの保証がない。ですから、第五の近代化をやるべきだというのが海外でも中国共産党内部でも一つの議題だった頃があります。そういう流れで、共産党幹部が「目つむを瞑る」と言って「○八憲章」を発表させたような気がしてならないんです。

石 それでも一つの進歩だと思いますよ。

ペマ 私もそう思います。ただし、これから中国が大きく変わるためには、邪魔になるのではないかとも思っています。先ほど、石さんが言われた中国の危機的状況のダメージを大きくしないために、「○八憲章」をガス抜きに利用しているのではないかということです。中国の危機を緩和するためにです。
 もう一つ、地方のボスたちへのサービスではないかとも考えています。中国国内の地方のボスたちに高度な自治を与えると言って期待させる戦略です。

(続く)

※『WiLL』(2009年5月号)より転載。

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2009年3月30日 (月)

中国建国60年目、天安門20年目の憂鬱 対談 石平×ペマ・ギャルポ (2)

袋小路に陥った中国

ペマ チベット問題にしても、中国は話し合うための話し合いを続け、最終的にどうしたいか提案しろと要望してきたにもかかわらず、「ダライ・ラマ法王をチベットの代表だと認めていない」と話を振り出しに戻した。Ph03_3 つまり、中国が決断しなければならないところに来ていたにもかかわらず、開き直ったわけです。これはおそらく、今の指導部では誰も決断できないからでしょう 。

石 そう、中国が手のひらを返したのは決断できないからです。なぜ決断できないかと言えば、指導部は国内の安定を維持するのに精一杯で、チベット問題にまで手が回らない。それを表す一つのエピソードを紹介しておきます。正月の前に田舎に帰る人たちの民族大移動がありますが、その時期は毎年だいたい列車のチケットが手に入りにくい。そこで今年、胡錦濤は何をしたか。チケット売り場に、みんなの手にチケットが行き渡るように改善してくださいという指示を出したのです。最高指導者がですよ! こんなことは本来、日本で言えば国土交通省の課長クラスの仕事ですよ。

ペマ もう一つは、たぶん動物を檻に閉じこめるように、人民を田舎に閉じこめようという作戦でしょう。不思議なもので、田舎にいると人間はあまり暴れない。ですからとにかく、都会から出してしまおうということでしょう。

石 それはあるでしょうね。

ペマ でも田舎に帰ったからといって、職はありません。先祖代々の土地を耕すという、それさえ出来ない。

石 土地を取り上げられてしまいましたからね。確かに、耕す土地がない、生活基盤を破壊されたということもありますが、もう一つ、彼らはもう昔の生活には戻れないということもあります。人間はいったん現代文明を見てしまったら、昔の生活には戻れません。

ペマ そもそも、「金持ちになれる人から金持ちになればいい」という理念で出発してますから、今の状況は当然といえば当然です。

石 当初、中国共産党は、中産階級を育てようとしました。中産階級は保守的で造反しないからです。しかし、その中産階級は株の暴落でほぼ全滅。ですから、今や一握りの金持ちがいるだけで、あとは皆、貧乏人です。Ph04
 毛沢東の時代は、皆が貧乏であるから安定したと言えます。中国人は特にそういう性質を持っています。しかし今のように、自分だけが貧乏で隣にベンツを運転している人がいるとなると、不満は高まる。

ペマ 人間とはそういうものですからね。

石 中国の「二月危機説」などがありましたが、私はもう少し後だと思っています。民族大移動で田舎に帰った中国人は、二月、三月はまだ正月の余韻がある。手元にカネがあるんです。農村の中国人はそのカネで、毎日、麻雀をします。中国人は四六時中、麻雀をうっているのか、と思う人も多いでしょうが、そんな生易しい話ではありません。彼らは、麻雀で大金をかけるんです。私は見て知っていますが、農村のヤクザはそれを生業にしているわけです。
 ですから数力月もすれば大半の人間が無一文になる。その時点から、本当の危機が始まりますよ。

ペマ 負けがこむでしょうから、無一文になりかねませんね。

(続く)

※『WiLL』(2009年5月号)より転載。

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2009年3月29日 (日)

中国建国60年目、天安門20年目の憂鬱 対談 石平×ペマ・ギャルポ (1)

石平(以下、石) 今年は中華人民共和国創立六十周年、ダライ・ラマ法王が亡命してから五十年(チベット動乱五十周年)、そして天安門事件二十周年という節目の年です。そんな中で今、中国では大きな地殻変動が起こりつつあります。天安門事件二十周年の意味とは何か。この二十年問、一応、中国は安定して繁栄してきたように見えます。天安門事件で民衆を弾圧し、鄧小平が「南巡講話」を行ったからです。「南巡講話」の主旨は簡単に言えば、市場経済の導入による経済発展ですが、あれは鄧小平が中国の人民に持ちかけた「悪魔の契約」でした。Ph02_3

 では「悪魔の契約」とは何か。それは天安門事件は忘れろ、中国共産党の一党独裁を認めろ、その代わりに市場経済を導入して儲かるチャンスを与えてやる、ということです。この契約が成立したおかげで、中国共産党は安泰、エリートは金儲けに走るという二十年間を送ってきたわけです。しかし、去年からまさにこの「悪魔の契約」の前提が破綻しました。鄧小平の契約の前提は、「経済は永遠に成長する」というもので、しかも「急成長でなければならない」というものでしたが、これが見事に破綻した。

ペマ・ギャルポ(以下、ペマ) 去年の年末に崩れましたね。

石 二〇〇七年の中国の経済成長率は一三パーセントで、前例がないほどの高い成長率でした。しかし、二〇〇八年の十月から十二月の経済成長率は、六・八パーセント。つまり、最高に達した二〇〇七年の約半分に落ち込んだのです。これはすでに経済はハードランディングしてしまったということを意味している。
 中国はこんなことを経験したことがありませんから、歴史的転換期ですよ。

ペマ そうですね。

石 今の中国は毎年、八パーセントの経済成長率を死守しなければ国が立ちゆかなくなることは明らかです。しかし、中国共産党中央政策研究室の副主任である鄭新立は、「今年、輸出が一〇パーセント以上の伸び率でなければ、八パーセントの経済成長率は見込めない」と言っている。そこで、二〇〇八年十二月の輸出の伸び率を見てみると、マイナスニ・八パーセントです。ここから一〇パーセントの伸び率に転じるのは、まず不可能でしょう。つまり、今年も「急成長」することは、もはやできない。

ペマ 大変なことが起こりますよね。

石 何千万人もの出稼ぎ労働者が職を失う。消費意欲が落ち込み、生産が落ち込む。悪循環に入りますよ。ここから中国共産党のドラマが始まります。中国共産党は六十年間、例えば江沢民の時代は愛国主義、この二十年問は経済成長と、いろんな手を使って一党独裁を守ってきました。しかし、もはや打つ手がない。

ペマ そう。

石 今年の旧正月、温家宝と胡錦濤がどういうパフォーマンスを行ったかを見ても、それは明らかです。温家宝は農村の民家に行って、農民のためにエプロンをかけて「回鍋肉」を作ったんですよ。一応言っておきますが、温家宝は中国の首相です。一方、胡錦濤は農村に行って、「かつての革命拠点の生活レベルを上げるために地域の発展を支援することに尽力する」と話しながら、一所懸命に台所で栗を妙めた! つまり、ここまで農民に媚を売って庶民派をアピールし、人気取りをしなければならない状況だということです。毛沢東に言わせれば、「俺の作った中国共産党はもう終わりだ」ということになる(笑)。

ペマ 公安大臣からは警察に対して、多少民衆がデモを行ったりしても鎮圧しないようにというお達しが出ましたね。要するに、それが大きくなることを怖がっているんですよ。

Ph01

石 そう、怖がっている。温家宝と胡錦濤の旧正月のパフォーマンスが象徴しているのは、政権が維持できないほど弱くなったということです。中国の指導者は、もはや正月を家では過ごせない(笑)。
 そして、中国共産党の一党独裁を批判し、連邦制による民主主義国家の樹立を主張した「○八憲章」が発表されました。具体的経緯は横に置いておいて、全体の流れの中で見ると「○八憲章」が出たという意味は大きい。
 それからしばらくして、知識人たちが中国中央電視台のテレビ放送をデタラメの番組ばかりだと言ってボイコットする運動がありました。私は日本であんなものはデタラメだと書ってきましたが、中国国内でそれを言うとはすごいことです。
 そして、四川大地震で亡くなった子供たちの親が、政府から不当な抑圧を受けたとインターネットで発信していますし、地方役人は汚職をしているとインターネットで叩かれて、すぐに解任されています。インターネットの力がすごく大きくなってるんですよ。ペマそうですね。石今までの中国共産党の統治下では考えられないことが、去年から次々と起こっているのです。これは、中国共産党が市場経済を導入しながら、いまだに清王朝と同じような政治体制を敷いているからです。あるいは、帝国主義的な政治体制と言ってもいい。この矛盾はそろそろ限界に来ています。

(続く)

石平(せきへい) 1962年中国生まれ。北京大学卒業後、88年留学のために来日。神戸大学文化学研究科博士課程修了後、民間研究機関に勤務。現在は日中関係・中国問題を中心に評論活動を展開。近著に『日中の宿命』(扶桑社)、『私は「毛主席の小戦士」だった』(飛鳥新社)などがある。
※『WiLL』(2009年5月号)より転載。

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2009年3月28日 (土)

チベットー闇に葬られた五十年 半世紀の苦難語り対話を強調

ダライ・ラマ14世の甥が講演

 一九五九年のチベット民族蜂起から今月で五十年を迎え、「チベット自由人権日本百人委員会」主催の講演会「チベットー闇に葬られた五十年」が十六日、東京都千代田区のアルカディア市ヶ谷・私学会館で開かれた。ダライ・ラマ十四世の甥でチベット亡命政府議会議員のケドゥープ・トゥンドゥップ氏が来日講演し、半世紀に及ぶチベット人の苦難や当事者としてかかわってきた中国政府との対話の経緯などを語った。

21_03_24  トゥンドゥップ氏は父親がダライ・ラマ十四世の実兄で、三十年前に始まったチベットの代表団と中国政府との対話に最初期から参加している。同氏は、一九七九年の会談で当時の中国指導者・鄧小平氏が「独立以外の何事も話し合いで解決できる」と語った事実を紹介。しかし後に数回の対話を経て、ダライ・ラマ側が中国の憲法内で要求したチベットの非武装地帯化や伝統文化・宗教の維持などの諸間題が改善されないことや、昨年中国政府が七九年の鄧小平氏の発言を撤回したことに憂慮を表明。国際社会の圧力による「対話のための対話」ではなく、現実的成果を生む対話の必要性を強調した。

 また近年は青蔵鉄道の開通に伴い大量の中国人がチベットに移住していることにも触れ、「チベット人が最も恐れているのは自国の中で少数民族化されていくこと」と指摘。「九九%のチベット人は今もダライ・ラマ法王を支持し、帰りを待っている」と述懐するとともに「チベット人には民族自決権をもって自分たちの将来を決める権利がある」と主張した。

 さらに「中国の人民にダライ・ラマ法王の考えを知ってもらうことが大切」と述べ、今後十年間には問題解決に向けた多くの機会が生じるとの見方を示し「皆さんの継続的な支援が必要」と訴えた。当日はこのほか、第二次大戦下のチベットの貴重な未公開映像を収めた映画「チベット、消し去られた風景一九四二─四三」も上映された。

 同委員会は昨年発足したチベット支援団体で、国会議長・総理大臣経験者、現役の国会議員・地方議員、学者、僧侶、ジャーナリストなど二百五十人以上で構成される。

※『中外日報』(平成21年3月24日付)より転載。

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2009年3月27日 (金)

センター試験と就職活動(下)

 チベットではバターの彫刻と言ってバターに少しロウを混ぜて作る目にも鮮やかな美しい彫刻の芸術があります。バター彫刻は見栄えが良くても、火など温かいものと接すると当然溶けてしまいますので、冷たい環境に置いておきます。それと同様に、今の日本の教育は、子どもたちを目で見えるものしか評価せず、内面的な成長などはないがしろにして、人間に温かい真心で接することが出来ないような仕組みを作って、子どもたちの環境そのものを氷のような冷たい社会にしているのではないかと危惧しています。

 今の日本は、親も学校も社会も国家も、過剰なサービスで子どもたちを甘やかすことが愛であると勘違いをして育てています。ですから子どもたちは、やがて社会人になると自分の思うように物事が進まないとぶち切れ、衝動的な犯罪行為まで起こしています。

 世界的に見ると、不況の時代でさえも、徒弟制度のしっかりした社会や親の職業を子どもが受け継いでいるところは強く生き延びているように私には思われます。

 更にもう一つ私の気になることは、就職活動です。最近内定取り消しが社会問題になっていますが、その責任は学生側にもあると思うと同時に、社会的な就職システムにも原因があると思います。

 システムに関して言えば、平等性を掲げて取り敢えずは一般公募を前提としているにもかかわらず、実際は依然としてコネが強く生きており、マスコミ界をはじめとしてコネでかなり就職が決まっていくようです。

 また採用の時期が早いため、各会社は次の年の予測が立たないうちに、まず人材を確保しようと多めに採用します。この多めに採用するもう一つの理由は、学生側もいくつかの企業を受験しており、最終的には内定を貰っても辞退するケースが多いからです。学生も会社もそれぞれが不安を持っているから安全のために余分に受けたり、余分に取ったりしているのでしょう。

 具体的な数字は忘れましたが恋愛結婚よりも見合い結婚の方が離婚率が少ないという記事をどこかで読んだ記憶があります。私は就職に関しても、学校の先生や他人の推薦制を復活した方が良いと思っています。なぜならば、一回の面接で決める会社も、資料やパンフレットだけを見て会社を決める学生も、お互いを本当はよく知らないのです。しかし第三者は客観的に見ており、先生などは何年間かその学生を包括的に評価できる立場であるため、双方の二ーズを正しく理解できる可能性が高いのです。またなにかトラブルがあっても相談できる相手がいることもメリットに挙げられます。

 成績の良い学生であると大学三年生で就職が決まり、そのため学生たちは三年生の後半から四年の卒業まではあまり勉強に力が入らなくなっています。企業が学生を採用するのは、大学四年生の後期からでも充分だと思いますし、そうなれば会社も自分の二ーズと経済力がより明確に把握できるでしょう。学生も大学での勉強を少なくとも三年以上落ち着いてしっかり続けることができるでしょう。  (了)

※『向上』(2009年4月号)より転載。

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2009年3月26日 (木)

センター試験と就職活動(上)

 私が勤務している桐蔭横浜大学は、センター試験の会場になっています。私も監督という貴重な体験をさせていただいています。今年は幸いにして天候が良く、私が監督に当たった日曜日は何の問題もなく済んだことで、ほっとしました。この試験は受験者のみならず監督者にとっても大変緊張する、年に一度の、できれば避けたい行事のひとつです。

222_2  皆様も新聞などで既にご承知でしょうが、今年も英語のリスニングの試験でいくつかトラブルが生じていました。このリスニングの試験では、受験者一人一人に補聴器のような機械を与えて試験を行いますが、毎年機械のトラブルが起きています。そもそも昔は放送で一斉に流されたものですし、私はそれで充分であると思っています。なぜあのようなややこしいものにしているのか理解に苦しみます。と言うより、特定の企業の利益に絡んだ癒着の一現象ではないかとすら疑いたくなります。税金の無駄使いであるほか、受験者や監督者にとって余計な労力と精神的プレッシャーであることは間違いありません。もし文部科学省関係の方がこの記事を読んでおられたら、ぜひその正当性について教えて頂きたいくらいです。

 もうひとつの疑問は、時期の問題です。今年は幸いに雪は降りませんでしたが、一年で一番寒い日、雪が降りやすいような日を選んでいることです。一、二週間早くしても、あるいは遅くしても、問題が無いように私には思えます。

 今のように、ほとんどの子どもたちはどこかの大学に入れるような少子化時代では、日頃の学校での成績を重視することの方が大切ではないかと、私は思うのです。その理由は、受験のための勉強ではなく、人生のための勉強に重点を置くべきだと考えるからです。今、日本では受験が産業化されているようです。現在の受験制度では、子どもの性格、長所、短所などを掴むことは不可能です。子どもの総合的な力を評価する方法として、大学に入るまでの成績や先生達の評価をもっと信用すべきであると思います。

 また今の試験では、過剰に「平等」という概念が蔓延しているため、監督側は全ての行動を秒単位で計っており、靴底が革であると歩いたときに靴音が響くためゴム製の靴を履くように指示されるほど配慮されています。しかし私は逆に、足音程度で神経を集中できないような人問は今後どのように世の中を生きていくのか、不思議に思うほどです。

 また替え玉受験などを阻止するため、受験者と受験票の写真を確認しなければなりませんが、特定の受験者の脇に長く(と言っても数分ですが)いると、これもまた特定の受験者への圧迫になるので禁じられています。
 もちろん鼻血を出したりした受験者にその場でティッシュなどを与えると、便宜の供与と見なされる心配があるのです。

 このように試験を息苦しいものにしてきたのは、権利と平等のはき違いではないかと私は思うのです。 (続く)

※『向上』(2009年4月号)より転載。

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2009年3月25日 (水)

理想郷を目指す戦い

▼独紙フランクフルター・ルントシャウ(三月十日)

 チベットから亡命して五十年、ダライ・ラマ十四世は一段と威厳を備え、人気が高まり、対談の相手として求められている。中国は全く別の宣伝を繰り広げているが、国内でしか役に立っていない。チベットの精神的指導者としての彼のイメージは輝きを増している。

Img041  ダライ・ラマの賛美者たちは、純粋な精神性、柔和な宗教性、包み込むような寛容性と人間性を口にする。その脊景には、物質優位の文明と対立するものとしての失われた理想郷、シャングリラという考え方がある。ジェームズ・ヒルトンが八十六年前に書いた「失われた地平線」はチベットのどこかにある。

 シャングリラが善意の偽りであることは以前から明白である。中国解放軍が占拠する以前のチベットも決して至福の国ではなかった。封建的で、僧侶とラマが支配する貧しい国であった。しかし、北京の宣伝機関が描く野蛮な奴隷社会でもなかった。

 中国の宣伝機関は物質的な進歩を引き合いに出す。確かに、道路や鉄道が敷かれ、病院、学校、大学ができた。五百万人のチベット族の生活水準は十二億人の漢民族に近づいたが、同時に同化も進んだ。それが否定的なイメージを生んでいる、今日の中国は未来のチベットである。

それが問題の核心だ。文明の劣る近隣の民族は中国文化を取り入れよ、というのが、政治色が違っても、何千年来の漢民族の考え方である。

 この考え方は(チベットや、イスラム色の強い西部の)独自の高度な文化を否定し、民俗的な枠内でのみ自治を許す、というものだ。経済から言語まで統合し、別の現代化は許さない、という立場である。

 これは決して中国だけの特殊な例ではないが、ダライ・ラマは真の自治を求めている。真の自治は、連邦化や民主主義の下でのみ司能なことであり、ダライ・ラマの存命中にその希望は満たされそうにない。しかし、その願いはその後も残るだろう。

※『世界日報』(平成21年3月17日付より転載)

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伝統文化破壊、家族奪われた 中国の植民地支配を批判

チベット臨時政府議会議員 ケドゥープ氏が講演

 来日中のチベット臨時政府議会議員ケドゥープ・トゥンドゥップ氏は十六日、都内の会館で「チベットー闇に葬られた五十年」をテーマに講演した。主催はチベット自由人権日本百人委員会(小田村四郎委員長)で、学者や僧侶など約百八十人が集まった。

Img040  まずケドゥープ氏は「北京政府は地上の楽園と言い、一方でダライ・ラマは地上の地獄だ」と言っているチベットの半世紀を回顧し、「一九五九年の動乱以後、チベットにあった六千以上もの寺院は一握りの寺院しか残らず、民族の自決権を奪われた植民地支配下において、伝統文化を破壊され家族を奪われた」とし、中国政府の力による抑圧体制を批判した。

 また一九九〇年に北京を訪問したケドゥープ氏は、胡錦濤氏と会見した際の秘話も披露。「なぜ一九八九年、武力弾圧したのか」と尋ねた時、胡錦濤氏は「私は手を縛られていた。北京に伺いを立てると、弾圧しろという命令だった」という。

 そしてケドゥープ氏は個人的見解として「中国の統治下のチベットに住むことはできない」とし、「行くべき道は完全独立しかない」と述べた上で、「ダライ・ラマ十四世が死去した後には、北京政府は自分たちが次のダライ・ラマを任命すると言っているが、チベット人がこれを受け入れることはない」と断言した。

※『世界日報』(平成21年3月17日付より転載)

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進む中国の抑圧体制と軍事基地化 対テロ部隊ら20万人追加配備

チベット臨時政府議会議員 ケドゥープ・トゥンドゥップ氏に聞く

 チベット動乱五十周年を迎える中、チベット臨時政府議会議員でダライ・ラマ法王の甥のケドゥープ・トゥンドゥップ氏は十三日、本紙のインタビューに応じ、①チベット駐留の中国人民解放軍は三十万人だが、先月から二十万人が追加配備され、五十万人態勢による強権的抑え込みに入っている②二〇〇六年に開通した青海省ゴルムドとラサを結ぶ青蔵鉄道には、核ミサイルを搭載した列車を収納するトンネル型格納庫が少なくとも九基ある──と述べ、力による抑圧体制強化と軍事基地化するチベットの現実に懸念を表明した。(聞き手・池永達夫)

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 ケドゥープ氏によると、先月二十五日のチベット正月や今月十日のチベット動乱五十周年、さらに十四日の騒乱一周年など、反政府感情が噴出しやすい時期を迎えたチベット人の抗議行動を抑えるため、人民解放軍は近隣の軍区から十七万人、さらに昨年、北京オリンピックでテロ対策などを担当した専門要員から成る治安維持部隊三万人をチベットに展開させた。

 こうした中国の対応について、同氏は「そもそも人民解放軍がチベットに配備されたのは、国境警備が主目的だったはずだが、いつの間にかチベット民衆弾圧のための武力装置に成り代わっている」と強く批判した。

 チベットでは今年、昨年三月の騒乱による犠牲者を悼み、チベット正月を祝わない「黒い年」(喪に服する年)が広まっているが、現金をばらまいたり軍の強制力を行使したりして、「アメとムチ」による正月祝賀を装わせたりしている。

 抑圧体制の現状については「北京政府は一年前の騒乱で九百五十三人を拘束し、七十六人が有罪判決を受けたと言っているが、現実はまだ六千人以上が拘束されたままだ」とし、「死刑を宣告されれば銃殺刑で使われた弾丸の代金も遺族に請求される」と、共産党政権の非情さを非難した。

青蔵鉄道 核ミサイル収納庫が9ヵ所

 また、同氏は中国がチベットの戦略的位置に着目している点を強調、「チベットには当初、インドに照準を合わせた固定式ミサイルが配備されていたが、青蔵鉄道が完成したことから現在では、列車に搭載した移動式核ミサイルを配備している」とし、核ミサイル搭載列車を収納するトンネル型格納庫が少なくとも九基あることを明らかにした。インドが独自ミサイル開発に力を入れているのも、このためとしている。

 ただ、チベット独立支持派のケドゥープ氏は、今後の対応については「今、やみくもに動いても圧倒的戦力を誇る軍によって弾圧されるだけであり、機が熟すのをじっくり待つ」として「待ちの戦略」を説いた。

 なお同氏は、東京・市ケ谷のアルカディア市ケ谷・私学会館で十六日午後六時から、映画「チベット、消し去られた風景1942-43」の上映後、「チベットー闇に葬られた50年」をテーマに講演する。主催はチベット自由人権日本100人委員会で、問い合わせは03(3445)9006。

ケドゥープ・トゥンドゥップ 1952年、インド・ダージリン生まれ。聖ヨハネ学校、デリー大学理学部数学科を卒業。サンフランシスコ州立大学でMBA(経営学修士)取得。現在、ダージリン・チベット難民自立センター所長。チベット臨時政府議会議員。

※『世界日報』(平成21年3月14日付より転載)

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2009年3月15日 (日)

ダライ・ラマ後継「真剣に議論を」

読売新聞 2009年3月15日付 国際面

 チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世のおいで、亡命チベット代表者会議代議員のケドルゥプ・サンドップ氏(56)は13日、都内で本紙と会見した。ダライ・ラマは昨年、輪廻転生で
地位を受け継ぐダライ・ラマ制度の廃止に言及したが、同氏は「ダライ・ラマの死後を考えることは縁起でもない話だけに、自然と避けて議論が深まらない」と危機感を表明した。

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 同氏はダライ・ラマの真意について「中国の影響を排すためにも、チベット人自ら指導者選びを真剣に議論すべきとの意思表示だろう」と解説。
 一方、「先月(四川省で)僧侶が抗議の焼身自殺を図った。普通の人なら消火して助けるが、治安部隊は僧侶を銃撃した」と述べた。新華社は銃撃を否定する警察の証言を伝えたが、同氏は「チベット人は家畜同然」とした。(国際部野口賢志)

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2009年3月14日 (土)

講演会「チベット-闇に葬られた50年」(3/16)のお知らせ

- はじめに -

1959年(昭和34年)3月10日、チベットの首都ラサで、いわゆる「中国人民解放軍」のチベット人への度重なる挑発に対する最初の武装蜂起が起こりました。この事件が、当時24歳だったダライ・ラマ14世(現、ダライ・ラマ法王)が、チベット民族の破滅的惨事を回避すべく、夜陰に乗じてラサを逃れ、厳寒のヒマラヤの尾根を数週間かけて越えチベットを脱出、インドへ政治亡命を求める契機となりました。その最初のチベット蜂起から数えて今年3月が、ちょうど50年目にあたります。毎年3月10日は、チベット民族蜂起記念日として600万人のチベット人の心に刻まれてきました。最初の蜂起から半世紀を迎えるその日がまもなくやってきます。

最初のチベット蜂起から50年目を迎えた2009年(平成21年)3月16日、チベット自由人権日本100人委員会は、「チベット-闇に葬られた50年」と題して講演会を開催します。チベット人の過去50年間は、中国共産党の非人道的・植民地支配下において、民族の自決権を奪われ、2千年ものあいだ継承され続けてきた伝統文化が破壊され、民族としての誇りを傷つけられ、そして家族を奪われた半世紀でした。現代に暮らす日本人の想像力をはるかに超えたチベット人の苛酷な50年間。世界は、それを「中国のチベット人に対する人権侵害」という言葉で非難しています。しかしながら、チベットの惨状は「人権侵害」といった言葉で表現するにはあまりに言葉が足りません。日本人の言うところの「人権侵害」といった概念では推し量ることのできない「非人道的・略奪的・植民地支配」がいまチベットで行われています。

チベット自由人権日本100人委員会主催の講演会「チベット-闇に葬られた50年」では、チベット臨時政府議会の議員でダライ・ラマ法王の甥、そしてチベット独立派とされるケドゥープ・トゥンドゥップ氏(Khedroob Thondup)を迎えて講演を行います。またこの機会に併せて、第二次大戦下のチベットの貴重な未公開映像もご紹介いたします。

- 講演者ご紹介 -

ケドゥープ・トゥンドゥップ氏(Khedroob Thondup)

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チベット臨時政府議会・議員
過去20年間ダージリン・チベット難民自立センター所長
ダライ・ラマ法王の甥。
著書に、「混乱のチベット」「ダライ・ラマ、私の息子」がある。



- 会場と日時のご案内 -

と き : 平成21年3月16日・月曜日
      開始 午後6時~午後7時30分。(のち懇親会。終了は9時ごろ)
           ※開場は午後5時40分です。

場 所 : アルカディア市ヶ谷・私学会館 (地図参照)

進 行 : 開始 午後6時 ~ 第二部 終了 午後7時30分。
      (第三部の懇親会終了は午後9時ごろ)

第一部 映画  「チベット、消し去られた風景 1942-43」
第二部 講演  「チベット-闇に葬られた50年」 
       講演者 ケドゥルプ・ダンドゥップ氏。
         講演後のち質疑応答。
第三部 開始 午後7時30分 終了 午後9時ごろ。
第三部 チベット自由人権日本100人委員会・懇親会

アルカディア市ヶ谷・私学会館
東京都千代田区九段北4-2-25 Tel.03-3261-9921 私学会館

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- シンポジウムご参加方法 -

                                一般参加の方          学生の方
講演会参加のみ        2,000円        1,000円

講演会と懇親会の両方に参加     
                                       10,000円       6,000円

  ※お支払いは、銀行振込またはネットでクレジットカード決済(VISAまたはMaster)がご利用できます。 なお、チベット100人委員会の会員の方は千円引きとなります。

-    お申し込み方法 -

FAXでお申込: 03-6404-8842 (添付のFAX送信票= form.pdf をご利用ください)
東京都港区高輪3-5-27-1203
                 チベット100人委員会事務局
   ネットでお申込: http://tibet100.jp/lecture0316 (委員会HP内)
   お問合せ先:   電話.03-3445-9006 チベット100人委員会事務局

「form.pdf」をダウンロード

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「中国との対話は期待できない」

ダライ・ラマの “側近”


「独立を目指すべき」



産経ニュース 2009.3.14 19:31

 チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世のおいで、チベット亡命政府議会議員のケドルーブ・ソンドップ氏 (57)は14日、都内で産経新聞と会見し、ダライ・ラマがチベット独立でなく自治拡大を目指す中道路線を堅持する方針を再確認したことについて、「中国 との対話は期待できない。独立を目指すべきだ」と反発した。

 ソンドップ氏はダライ・ラマの特別補佐官を務めたこともあり“側近”といえるが、中道路線を批判するのは、依然としてチベット内部でダライ・ラマの方針に不満が残っていることを示している。

 世界各地の亡命チベット人は昨年11月、インド・ダラムサラで開いた特別会議で、今後の活動方針として中道路線の継続するとの勧告をまとめていた。

 しかし、ソンドップ氏によると、この際、ダライ・ラマの方針に従うとしたのは全体の50%で、他の30%が独立を支持、残りの20%がどちらといえないというものだった。つまり、半数はダライ・ラマの方針に距離を置く結果が出ていたという。

 これについて、ソンドップ氏は「中国はこの50年間、ウソばかりついてきた。信用できない。この結果は、ダライ・ラマに反対するというより、中国への不信感への表れだ」と指摘している。

 ソンドップ氏は16日、都内で開かれる「チベット自由人権日本100人委員会」(電話03・3445・9005)で講演するため来日した。


http://sankei.jp.msn.com/world/china/090314/chn0903141935002-n1.htm

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