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2009年3月27日 (金)

センター試験と就職活動(下)

 チベットではバターの彫刻と言ってバターに少しロウを混ぜて作る目にも鮮やかな美しい彫刻の芸術があります。バター彫刻は見栄えが良くても、火など温かいものと接すると当然溶けてしまいますので、冷たい環境に置いておきます。それと同様に、今の日本の教育は、子どもたちを目で見えるものしか評価せず、内面的な成長などはないがしろにして、人間に温かい真心で接することが出来ないような仕組みを作って、子どもたちの環境そのものを氷のような冷たい社会にしているのではないかと危惧しています。

 今の日本は、親も学校も社会も国家も、過剰なサービスで子どもたちを甘やかすことが愛であると勘違いをして育てています。ですから子どもたちは、やがて社会人になると自分の思うように物事が進まないとぶち切れ、衝動的な犯罪行為まで起こしています。

 世界的に見ると、不況の時代でさえも、徒弟制度のしっかりした社会や親の職業を子どもが受け継いでいるところは強く生き延びているように私には思われます。

 更にもう一つ私の気になることは、就職活動です。最近内定取り消しが社会問題になっていますが、その責任は学生側にもあると思うと同時に、社会的な就職システムにも原因があると思います。

 システムに関して言えば、平等性を掲げて取り敢えずは一般公募を前提としているにもかかわらず、実際は依然としてコネが強く生きており、マスコミ界をはじめとしてコネでかなり就職が決まっていくようです。

 また採用の時期が早いため、各会社は次の年の予測が立たないうちに、まず人材を確保しようと多めに採用します。この多めに採用するもう一つの理由は、学生側もいくつかの企業を受験しており、最終的には内定を貰っても辞退するケースが多いからです。学生も会社もそれぞれが不安を持っているから安全のために余分に受けたり、余分に取ったりしているのでしょう。

 具体的な数字は忘れましたが恋愛結婚よりも見合い結婚の方が離婚率が少ないという記事をどこかで読んだ記憶があります。私は就職に関しても、学校の先生や他人の推薦制を復活した方が良いと思っています。なぜならば、一回の面接で決める会社も、資料やパンフレットだけを見て会社を決める学生も、お互いを本当はよく知らないのです。しかし第三者は客観的に見ており、先生などは何年間かその学生を包括的に評価できる立場であるため、双方の二ーズを正しく理解できる可能性が高いのです。またなにかトラブルがあっても相談できる相手がいることもメリットに挙げられます。

 成績の良い学生であると大学三年生で就職が決まり、そのため学生たちは三年生の後半から四年の卒業まではあまり勉強に力が入らなくなっています。企業が学生を採用するのは、大学四年生の後期からでも充分だと思いますし、そうなれば会社も自分の二ーズと経済力がより明確に把握できるでしょう。学生も大学での勉強を少なくとも三年以上落ち着いてしっかり続けることができるでしょう。  (了)

※『向上』(2009年4月号)より転載。

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