「人財」不足をどう補うか (上)
私が高校生くらいの時に、日本の総理大臣だった佐藤栄作氏は「日本は資源に恵まれていないが、人財しかも材料の材ではなくて財産として豊かである」と自慢気におっしゃっていました。
当時の政財界を見渡すと納得のいく発言で、政界に関して言えば、福田赳夫氏、三木武夫氏、田中角栄氏、石井光二郎氏、前尾繁三郎氏、船田中氏、荒船清十郎氏、坂田道太氏、灘尾弘吉氏、長谷川俊氏、木村武雄氏、中曽根康弘氏、愛知揆一氏、藤山愛一郎氏、二階堂進氏、松野頼三氏、少し下には宮沢喜一氏、中川一郎氏、竹下登氏などがいました。更に若手として石原慎太郎氏、平沼赳夫氏、安倍晋太郎氏、海部俊樹氏、小沢一郎氏、藤波孝生氏などが台頭しつつありました。
私はこの中で藤山愛一郎氏、三木武夫氏、木村武雄氏は個人的に好きではありませんでしたが、当時はそれなりの人たちでした。嫌いだった理由は単純で、この三方は共産主義に対し考えが甘いと思ったからです。自分の幼児体験がありますので、共産主義に対しては異常なほどの拒絶反応がありました。最近では、日本共産党が、ぶれずに信念を貫き、党名も変えないので感心しています。
話は人財に戻りますが、当時野党でも堂々たる存在感を持つリーダーたちがいました。私は春日一幸氏と塚本三郎氏コンビの民社党が好きでした。成田知巳氏、江田三郎氏なども堂々たるリーダーで、その存在感は高校生の私にも充分に感じ取れました。
財界においても永野茂雄氏、土光敏夫氏、五島昇氏、村井順氏、正力松太郎氏、松下幸之助氏、佐治敬三氏、鹿内信隆氏などが輝きを放っていました。大学生になってからは、これらの方々にお目に掛かる機会に恵まれました。その理由は、私自身が難民であったことと、政治に関心がある外国人だったこと。私の嫌いな人も含めて、当時の人たちにはオーラのようなものがあったように思います。
財界や政界のみならず、学会、市民の中にもこのようなオーラの持ち主がたくさんおられたように思います。私自身が直接話を聞いて言葉のみならず、その人の身体全体から発する何ものかが魅力を感じさせた人は、赤尾敏氏、市川房枝女史、加藤シヅエ女史、相馬雪香女史、学会では茅誠司氏、太田耕造氏、気賀健三氏、中村菊夫氏、川喜田二郎氏、竹村健一氏、福田恒存氏、小田村寅二郎氏、衛藤藩吉氏、高坂正尭氏、武者小路公秀氏、加藤寛氏、それにわが恩師・倉前盛通先生がおられ、言論界も健在だったように思います。
上記の方々一人一人に関して様々な思い出や感想がありますが、共通していることは自分の明確な考えをお持ちで、リーダーとしての確固たる影響力を持っていたことです。改めてこの方々の顔を思い浮かべ、今の日本が財産としての誇れるような人材が不足していることを実感します。毎日のようにマスコミは麻生首相を批判し、麻生降ろしに懸命になっていいます。しかし現段階では麻生氏に,代われる人材すら見当たらないのが現状ではないでしょうか。
(続く)
※『向上』(2009年5月号)より転載。
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