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2009年4月30日 (木)

「人財」不足をどう補うか (下)

 私はロッキード、リクルートという大きな不祥事が起きるたび、日本にとって必要な人材を少しずつ失ってきたように思います。大変寂しい思いがします。私達は正義を重んじ、正義を行うことが大切ですが、安っぽい正義感を貫くことで、大きな損失と痛手を受けることがあることも、これらの事件を通して学ぶべきという気がします。 

 お釈迦様はかつて「私の言葉だからと言って鵜呑みにすべきではない。それが真実であるかどうかを慎重に吟味する必要がある。もしそれが真実であっても、その時その場においてそれが有効であるかどうかをきちんと見極めることが大切である」という教えを残しています。

 最近、私は何十年かぶりにチベット医学のお医者さんに掛かる貴重な機会があったので、ぜひとも記憶力を強化できる薬が欲しいとリクエストしました。女性の医師は私に朝昼晩と三種類の異なる薬を処方してくれました。その中には記憶を良くする成分も含まれているはずでしたが、その女性の医師は「薬の成分そのものが記憶を良くするというよりも、あなたがその薬を信じることと、それによって自分は良くなるという意識と集中力がなければ治るものではありません」と冗談っぽく言いました。私は今の政治や経済に対しても国民の信頼というものが一番欠けているのではないかと思う次第です。

 今回の小沢一郎民主党代表の公設第一秘書の逮捕にしても、司法当局は当然のこととして正義を行ったかもしれませんが、日本国民の政治への信頼を更に失わせることになったのではないかと思います。私は政治家による不正行為を野放しにすべきとは思いませんが、法の執行者側も国民全体に与える影響力などを考えて、このような不正行為に対する対応が二段階程度あっても良いのではないでしょうか。例えば、当局は逮捕に至るだけの確信を掴んだ早い段階において、相手に警告して注意を促してその行為を止めさせる段階と、警告に対し反省が見られない場合に逮捕し、事を公にするというように、二段階のプロセスを踏むこともあって良いのではないかと思うのです。

 『向上』の読者の皆様に改めて申し上げるまでもありませんが、私は決して民主党支持者でも小沢氏支持者でもありません。しかし、国益と政治への信頼などを考慮した場合、今回のタイミングはそのような配慮に欠けており、ただ正義のみを重視しているように思います。

 佐藤栄作氏の言う「人財」が不足している.のは、教育が産業化され、知識を詰め込むだけで倫理観、道徳観或いは人間の誇りと自信につながるような歴史教育が軽視されているからではないかと痛感しています。最近の小泉さんの言動を見ても、国家天下を動かすような先見性と広大な理想に基づくものというより、近距離の政局と目先の政治権力のための策略に過ぎないように思います。

 皆様はどうお考えでしょうか。 (了)

※『向上』(2009年5月号)より転載。

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