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2009年5月27日 (水)

外見と先入観に弱い私達(上)

 一九九〇年、冷戦構造の崩壊と共に、世界中で多くの政党が名前を変え、特に「民主」という言葉に惹かれる人が多くなった。その特徴的な現象が起きたのは、中央アジアに誕生した"スタン"のつく国々や、ヨーロッパの国々、そして日本などがそうであった。中には、名前だけが「民主」に変わっても、中身は依然として独裁政権が継続している中央アジアの国もある。まさに古いワインのラベルだけ変えたに過ぎない、と言っても間違いではないと思う。

 しかしそのような時代の風潮にめげず、政党の名前を堅持してきた一つは「日本共産党」であり、もう一つはモンゴルの「人民革命党」である。

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 私は一九九〇年初頭からこのモンゴルを訪れ、モンゴルの民主化のプロセスを身近に見守ってきた。そのモンゴルで近々大統領選が行われるので、私はこの冬休みを利用してモンゴルの最近の様子を見てきた。そしてモンゴルに入る前、多くのモンゴル人が出稼ぎに来ている韓国でも、大使館関係者などを通じてモンゴルの政治状況や政治家についての意見を伺うことが出来た。

 すると西側の関係者を中心に、現在のモンゴルに対する分析には、大きな欠如があることに気がついた。つまり政治に関心を持つ人でさえも、モンゴルの革命党が依然として基盤そのものが共産主義であるように考え、またその革命党のリーダーであるエンフバヤル氏が、彼の肉体的特徴である長身に伴って、強引で、独裁的であるというイメージを抱いていることである。この二十年間、エンフバヤル氏率いる人民革命党が何をしてきたかという具体的な言動を評価していないのだ。

 しかしエンフバヤル氏は極めて進歩的で、もともとは翻訳家である。彼は仏教への強い信仰を持ち、日本の仏教伝道協会の仏教聖典をモンゴル語に訳したりもした。そしてモンゴルに民主主義をもたらすことに貢献し、モンゴルを民主化することに大きな決断をしたオチルバト大統領の時代に、最年少の閣僚となった。その後、文化大臣から党の書記、総書記、党首そして首相、議長の重責を全うし、モンゴルの民主化、法治国家としての基礎作りに貢献してきた。政治家であると同時に文化人であり、大統領になってからも日本の紫式部などの文学をモンゴルに紹介するために専門の翻訳家を大統領府で抱えたほどで、文化に対する造詣も深い。また彼が議長を努めた時の公平さと革新的なアプローチに対しては、野党からも高い評価を受けた。 (続く)

※『向上』(2009年6月号)より転載。

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