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2009年5月14日 (木)

チベットで拷問される親族

弾圧を続ける中国当局
侵略60年・民衆決起50年に

 昨年のこの時期は日本でもそれまで例の無かったほどチベット問題に対して関心の高まりを見せていた。しかし、今年は残念ながらそのような世間の関心は、高いどころか夢のように忘れられている方々も少なくないだろう。だからといってチベット間題が決着したわけではない。未だに中国当局による弾圧は続けられている。私のいとこ故郷でも従兄弟二人が四月の上旬に逮捕され拷問を受けていたことを最近知った。私の母方の叔父の息子たちである。

 彼らは他の数人と一緒に「チベット独立万歳、ダライ・ラマ法王万歳」と中国人の前で叫んだことが逮捕の理由になっている。そして厳しい拷問のきっかけになったのは彼らに対し、誰があなたたち、にそのような思想を吹き込んだかと尋問され、その関連で家宅捜索を受けたとき私の母たちの写真が見つかり、海外にいる分離主義者との関わりを持っていると決めつけられ厳しい追及とともに暴行を受け、現段階では連絡も取れない状況になっている。

 私は以前からチベット国内の親戚などには一切接触しないようにしていた。その理由はたとえ政治的でなくとも当局によって言い掛かりをつけられ、迷惑が掛かると思ったからである。しかし、そのような私の姿勢に対し母たちや他の親戚からも冷たいと叱られた。中国は一時、柔軟政策を取って国内外の親戚訪問などを促進していた。私は勿論これは罠であると疑っていた。一時、北京政府は海外にいる要人の親戚などに名誉職などを与え、特に海外人権団体などからの批判を回避するため特別に優遇していた。

 最近、世界各地でチベット仏教およびダライ・ラマ法王の理解者で民主主義者を名乗る中国人が増えており、法王のお出掛け先には中国人の行列ができる現象が起きている。勿論、純粋な人々も多いだろうが、私は当局の司令を受け潜り込んでいる輩も少なくないと疑っている。しかし、それを厳密に見極めるための調査機関などチベット側は持っていない。

 チベット支援団体の中にもチベットの独立を妨害し、チベットの民族自決権を阻止させるような言動を取る疑わしい人物も現れているが、このような人物についてもチベット側としては充分に調査し、その背景にまで言及していくだけの能力を持っていない。亡命政府が通常の独立国家と違い、独自の強い調査機関を持てないのも一つの弱点である。共産主義者の優れた戦術の一つとして潜伏という方法があり、生き物に例えると寄生蜂のように青虫などの幼虫に卵を生み付け、かえった寄生蜂の幼虫が青虫を食い尽くし最後に蜂になるように、相季を弱体化させ死に至らしめるものである。

 従って、私たちは誰が本当の敵であって、誰が味方であるかということに関しては、慎重に相手の言動を見極めるのみならず、相手を取り巻く周囲の環境や、過去のつながりなどにも注意を払う必要があるように思う。チベット問題はそう簡単に解決できないと思うが、同時にそう簡単に中国の思うように消滅するとも思えない。中国が経済的・軍事的に力を得て覇権を狙うようになればなるほど国際社会の警戒心も増すであろうし、同時に中国のアキレス腱の一つであるチベット問題の重要性も増してくると思うからである。

 欧米諸国は北京との経済的関わりを重視しながらも政治的・軍事的警戒心を疎かにすることなく、チベット問題にも高い関心を示しつつある。その一つの例として各国の政府は北京に対し柔軟な姿勢を取る一方、議会はチベット問題に対して中国の弾圧を非難する声明などを採択している。

 今年は中国によるチベット侵略六十周年である。そしてダライ・ラマ法王がインドに亡命し法王を中国当局の拉致から守ろうとしてラサで民衆が決起してから五十年になる。ダライ・ラマ法王はこの五十年の中国の支配を「チベットの地上における地獄化」と表現していらっしゃるが、中国は人民を解放し「チベットを地上の天国」にしたと大々的にそれを祝う行事を行い、マスコミなどに派手に広報している。

 その一方でチベット全土において厳戒態勢を敷き、亡命政府の入手した情報によると北京政府は昨年デモに参加した二名に死刑を宣告し、他の二名には執行猶予二年の死刑判決を下したとされているが、これは氷山の一免で、まだ数千人の政治犯が毎日厳しい拷問を受けている事実は極めて深刻な間題だ。.世界第三位の経済大国にのし上がった中国の実体に目を向けることが世界平和の維持にも大事なことではないだろうか。

 ダライ・ラマ法王は「できれば善、良い行いを沢山するよう。少なくとも悪事に加担し悪を行わないことが大切である」とお釈迦様の言葉をしばしば引用される。私も祖国、特に子孫のために善を行えずとも悪に加担せずという気持ちで、時と場合によっては何もしないことが良いことであるという姿勢で今チベット問題をはじめ、世の中の現象に少し慎重に行動をしなければと思っている今日この頃である。

※『世界日報』(2009年5月4日付)より転載。

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