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2009年6月27日 (土)

中国が張りめぐらすインド包囲網(2)

膨張し続ける中国の動向

 南下政策は、中国の膨張体質の発露である。中国は内モンゴル、ウイグルそしてチベットを事実上侵略し、広大な領土を獲得している。現在は約960万平方キロメートルにまで拡大したが、本来の中国の領土はその37%にすぎない。チベットだけでも約240万平方キロメートルで、中華人民共和国の約4分のーを占める。その中華人民共和国は約13億人の人口を有しているが、その92%は中国人で残り8%がいわゆる先住民族である。そしてその数は同化政策などによって減少しつつある。

 1979年以降、郵小平は毛沢東のランドパワー戦略を大胆に転換し、21世紀の世界覇権国家を見据えてシーパワー戦略を目指し始めた。その証拠に南沙諸島に海軍基地を設け常駐し、さらに海南島にも海軍基地を、設置している。そして、現在では世界第3位の経済大国にのし上がり、08年においては約6兆円の軍事予算を捻出し、強力な軍隊を保持している。ミリタリーバランスなど公になっている部分だけでも陸軍約160万人、海軍約21・5万人、空軍約25万人となっている。この数十年間、軍事費は倍増し続けている。

 その延長線上にあるのが、インド包囲網を構築する「真珠の首飾り」という戦略なのである。筆者は、現在の中国には共産党一党独裁のもと、軍も経済も「世界制覇」という国家目標のために自由自在に操作することもできれば、それを達成するだけの力があると思っている。

 こうした一連の状況に対して、シンガポールとベトナム以外の東南アジアの国々は、内心脅威を感じながらも現段階においては、できれば中国とぎくしゃくすることを避けようとしている。その一つの背景には、アメリカのサミュエル・ハンティントンの「文明の衝突」が発表されて以降、それまで親米反中だったイスラム国家のマレーシアやインドネシアがアメリカに対する不信感を抱く中、中国が経済力を武器に、華僑ネットワークを最大限に活かしてこれらの国々の内側から中国寄りの政治環境を構築してきたことがある。

 「座して死を待つ」訳にはいかず、中国のこうした長期的国家戦略をキャッチし、手を打ち始めたのはインドであった。インドのフェルナンデス国防大臣(当時)は「中国はインドにとって最大の仮想敵国だ」と明言し、1998年、核実験に踏み切ったのである。この核実験によって目が覚めたのはアメリカであり、いち早く中国のシーパワー論理に基づく海軍の増強をキャッチした。アメリカのクリントン大統領(当時)は2期目の任期後半から積極的にこの問題に対応すべく、インドにアプローチし始め、オルブライト国務長官(当時)がインドを訪問し、「インドはもはや後進国ではない」と持ち上げ、インドの重要性を謙虚に認め政策の転向を表明した。

 またインドは積極的にミャンマーとの関係回復を行い、同国軍事政府とも太いパイプが再構築され、04年には、中国と張り合える唯一の外国勢力であるミャンマー軍事政府の実力者、タン・シュエ国家平和発展評議会議長のインド訪問も実現した。それまでインドは、再三テロに悩まされており、それらの組織が国際的組織であることから、アメリカを始め各国政府に度々協力を要請していたが、「9.11」でアメリカは初めてその深刻さを実感したのである。

 その後、それまでの核に対する政策を大胆に練り直し、インドを核保有国として認知したばかりではなく、米印原子力協定に象徴されるように協力する方向へと進んだ。アメリカ議会で演説をしたインドのバジパイ首相(当時)はスタンディングオベーションの数においても大統領主催の晩餐会の出席者数においても、それまでの記録を破ったとされている。

 このようにしてインドの地政学的地位と役割そしてその重要性が大きく変わったのは、他でもない中国の積極的な覇権的軍事増強が要因となっている。この状況に日本は危機感を欠いている。背景には、半世紀以上も戦争を経験していないことや、日本人が他の国々と比較して豊かさの中で酔いしれていることが考えられる。しかし、その間に世界は大きく変わろうとしているのだ。 (つづく)

※『WEDGE』(209年7月号)より転載

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