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2009年6月

2009年6月29日 (月)

中国による領土略奪の実態(チベット問題関連年表)

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今、チベットでは何が起こっているのか?

── 国際社会と日本の架け橋へ ──

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チベット問題を身近に考えるためのQ&A

Q 2009年はチベット動乱50周年といいますが、50年前に何があったのですか?

A 私たちは動乱ではなく、蜂起と呼んでいます。ダライ・ラマ法王を拉致しようとする「中国人民解放軍」への反発や、中国統治に抗議するチベット民族による大規模デモが発生し、中国が武力で鎮圧。ダライ・ラマ法王とともに8万人のチベット人がインドヘ亡命しました。チベット弾圧に対する民族決起を行ってから、2009年で50周年になります。

Q チベット国外へ亡命した人数は?

A 第14世ダライ・ラマ法王のインド亡命に伴って8万人が祖国を逃れ難民になりました。現在までに13万人前後が亡命し、17万人ほどのチベット人が、心ならずも海外で暮らしています。中国の悪政によって命を落とした人は、直接・間接的に120万人を超えています。

Q 北京五輪の聖火リレーヘの抗議は何のために行われたのですか?

A 北京五輪を政治的に利用しようとした中国に対する抗議です。平和の祭典という表向きの顔とは別に、中国政府によるチベット支配を既成事実化しようという意図がくみとれたために大規模な蜂起へと発展したのです。加えて、チベットのパンダやカモシカなどをオリンピックのマスコットとしたことも、チベット人の心情を害したのです。

Q チベットは過去にも中国に侵略されていたのですか?

A チベットは日本と同じくらい長い歴史を持っています。王による統一国家を形成したのは、日本の大化の改新の頃、7世紀のことです。1949年に中国が侵略するまでチベットは独立国家だったのです。もちろん、チベットが中国を侵略し、傀儡政権をつくったこともあれば、中国がチベットを侵略したこともありますが、チベットを物理的に支配したことはありません。

Q 中国から伝わった仏教がチベット仏教になったのですか?

A インドから直接伝わった仏教が基本となって、チベット仏教になりました。中国の仏教とはかなり違います。モンゴル帝国と清帝国の皇帝が共にチベット仏教の信者であった時代もありました。

Q チベット人は少数民族といわれていますが、人ロは?

A 人口10億人を超える漢民族(一般にいう中国人)と比較すると、それより少数という意味では少数民族かもしれません。しかし本来チベットの人口は600万人もおり、北欧の諸国と同規模の人口を有しています。世界的に見てもチベット民族は少数民族ではないのです。

Q チベット自治区周辺に暮らす少数民族とは?

A いわゆる中国政府が認める少数民族とは、チベット、モンゴル、ウイグル、回、チワンなど、55~56の民族がいるとしています。これは民族浄化のカモフラージュであり、チベット、ウイグルなどを細分化し、あたかもたくさんの民族がいるかのように見せかけているに過ぎません。

Q チベット族の暮らしぶリは?

A チベット族ではなくチベット人です。格差、差別を受け経済発展の恩恵を受けることなく、これまで続いてきた遊牧や農業のみで生計を立てるのが難しい状況を余儀なくされています。子どもたちは満足な教育も受けられず、同化政策として中国語の教育が行われ、「中国で教育を受けるため」という理由で連れ去られる子どもまでいます。はっきり申し上げれば、植民地支配が行われ、実質的には占領支配下にあると捉えるのが正しいでしょう。

Q 青蔵鉄道の開通でチベットにも経済発展があったのでは?

A 実はチベット人の中にも、多少の経済的な豊かさをもたらしてくれるのではないかという期待はありましたが、結果的にはその反対で、大量の中国人が押し寄せて物価が上昇し、生活は圧迫され、そしてチベットから地下資源をはじめ、多くのものが運び出されているのです。また鉄道ができたことで、中国軍と工作人の活動が容易になり、チベットの同化政策をより促進し、核ミサイルをはじめとする軍の設備強化と増強に貢献しています。まさに「百害あって一利なし」です。

Q 日本ではチベットの悲劇が永く伝わらなかったのはなぜですか?

A 日本の報道は、中国に過剰に配慮した物の見方=報道をしていると思います。北京五輪聖火リレーの騒動によってチベットの実情も報道されてはきましたが、中国側に立った報道が大多数を占めていたために、永きにわたりチベット問題が見過ごされてきたのです。長い間、中国が被害者的立場で日本を加害者扱いし、日本のマスコミも過剰な配慮から自粛傾向にありましたが、幸い2008年3月の報道は、世界的なレベルに上がったと思います。

Q チベット人が真に求めているのは独立ですか?

A ダライ・ラマ法王は「独立ではなく真の自治」を望んでいらっしゃいますが、国外へ亡命した若い世代を中心に「独立」を強く訴える者もいます。いずれも(1)ダライ・ラマ法王の下で、(2)非暴力的に、(3)中国の不当な支配を拒否する、という点では一致しています。

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2009年6月28日 (日)

中国が張りめぐらすインド包囲網(3)

中国に対し日本は何をするべきか

 日本がなすべきことは何か。それには次の3点が考えられる。1点目は、中国という国を過剰評価あるいは過小評価することなく、中国が今何をしようとしているのかという現実を正確に把握することである。自国の周囲で起きている中国の軍備増強の関連性を正確に伝えようとするメディアも、またそれを前提にして政策を提言し、立案しようとする官僚も政治家も現在は見当たらない。

 2点目は、外交・経済・防衛はすべて密接に連関していることを考えた上で、国家戦略を立てることである。日本の戦略は、縦割り行政でパッチワークの感が否めない。これに対して中国は、前述したとおり、「世界制覇」という国家目標達成に向け、それらを密接に絡め合わせた戦略を打ち出し、実行している。

 3点目は、現在の日本は、東アジア共同体のような主張に象徴されるように、国家目標が短期的で経済優先に傾斜しているように感じられる。明治・大正時代の日本の先人たちのように、グローバルかつ長期的に物事を見る必要があるだろう。

 そして、インド包囲網が着々と構築されつつある今、より現実的な対処として必要なことは、日米印豪4カ国が関係をさらに強化し、緊密な協力体制を構築することである。それを行うにあたっては過度に中国を挑発する必要はないが、インド洋での軍事演習などを通じて、中国を牽制し続け、「中国の意図を我々は十分に見通している」ことを中国に示すべきである。

 インドの核実験以降、インドと中国は力のバランス上、緊張感を意識しながら表面上は良好な関係が保たれているように見える。しかし、現実はそうではないのだ。アジアと世界の平和を脅かし続ける中国の南下政策が進行している限り、今回の金融危機をうまく利用し、虚勢を張ってアメリカにとって代わろうとする中国のしたたかな野望をチェックし続ける必要がある。 (了)

※『WEDGE』(209年7月号)より転載

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2009年6月27日 (土)

中国が張りめぐらすインド包囲網(2)

膨張し続ける中国の動向

 南下政策は、中国の膨張体質の発露である。中国は内モンゴル、ウイグルそしてチベットを事実上侵略し、広大な領土を獲得している。現在は約960万平方キロメートルにまで拡大したが、本来の中国の領土はその37%にすぎない。チベットだけでも約240万平方キロメートルで、中華人民共和国の約4分のーを占める。その中華人民共和国は約13億人の人口を有しているが、その92%は中国人で残り8%がいわゆる先住民族である。そしてその数は同化政策などによって減少しつつある。

 1979年以降、郵小平は毛沢東のランドパワー戦略を大胆に転換し、21世紀の世界覇権国家を見据えてシーパワー戦略を目指し始めた。その証拠に南沙諸島に海軍基地を設け常駐し、さらに海南島にも海軍基地を、設置している。そして、現在では世界第3位の経済大国にのし上がり、08年においては約6兆円の軍事予算を捻出し、強力な軍隊を保持している。ミリタリーバランスなど公になっている部分だけでも陸軍約160万人、海軍約21・5万人、空軍約25万人となっている。この数十年間、軍事費は倍増し続けている。

 その延長線上にあるのが、インド包囲網を構築する「真珠の首飾り」という戦略なのである。筆者は、現在の中国には共産党一党独裁のもと、軍も経済も「世界制覇」という国家目標のために自由自在に操作することもできれば、それを達成するだけの力があると思っている。

 こうした一連の状況に対して、シンガポールとベトナム以外の東南アジアの国々は、内心脅威を感じながらも現段階においては、できれば中国とぎくしゃくすることを避けようとしている。その一つの背景には、アメリカのサミュエル・ハンティントンの「文明の衝突」が発表されて以降、それまで親米反中だったイスラム国家のマレーシアやインドネシアがアメリカに対する不信感を抱く中、中国が経済力を武器に、華僑ネットワークを最大限に活かしてこれらの国々の内側から中国寄りの政治環境を構築してきたことがある。

 「座して死を待つ」訳にはいかず、中国のこうした長期的国家戦略をキャッチし、手を打ち始めたのはインドであった。インドのフェルナンデス国防大臣(当時)は「中国はインドにとって最大の仮想敵国だ」と明言し、1998年、核実験に踏み切ったのである。この核実験によって目が覚めたのはアメリカであり、いち早く中国のシーパワー論理に基づく海軍の増強をキャッチした。アメリカのクリントン大統領(当時)は2期目の任期後半から積極的にこの問題に対応すべく、インドにアプローチし始め、オルブライト国務長官(当時)がインドを訪問し、「インドはもはや後進国ではない」と持ち上げ、インドの重要性を謙虚に認め政策の転向を表明した。

 またインドは積極的にミャンマーとの関係回復を行い、同国軍事政府とも太いパイプが再構築され、04年には、中国と張り合える唯一の外国勢力であるミャンマー軍事政府の実力者、タン・シュエ国家平和発展評議会議長のインド訪問も実現した。それまでインドは、再三テロに悩まされており、それらの組織が国際的組織であることから、アメリカを始め各国政府に度々協力を要請していたが、「9.11」でアメリカは初めてその深刻さを実感したのである。

 その後、それまでの核に対する政策を大胆に練り直し、インドを核保有国として認知したばかりではなく、米印原子力協定に象徴されるように協力する方向へと進んだ。アメリカ議会で演説をしたインドのバジパイ首相(当時)はスタンディングオベーションの数においても大統領主催の晩餐会の出席者数においても、それまでの記録を破ったとされている。

 このようにしてインドの地政学的地位と役割そしてその重要性が大きく変わったのは、他でもない中国の積極的な覇権的軍事増強が要因となっている。この状況に日本は危機感を欠いている。背景には、半世紀以上も戦争を経験していないことや、日本人が他の国々と比較して豊かさの中で酔いしれていることが考えられる。しかし、その間に世界は大きく変わろうとしているのだ。 (つづく)

※『WEDGE』(209年7月号)より転載

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2009年6月26日 (金)

中国が張りめぐらすインド包囲網(1)

危機感欠く日本

作戦名は「真珠の首飾り」──。中国は今、「世界制覇」のビジョンを持ち、国家目標として南アジアヘの南下政策を推し進め、インド包囲網を着々と整備しつつある。背景には油のシルクロードであるマラッカ海峡を押さえる体制を整えたい中国の思惑がある。座して死を待つわけにはいかないインドも対抗手段を取り始めている。こうした動きは、日本にとって決して他人事ではないことを認識する必要がある。

インドを包囲する「真珠の首飾り」

 日本ではあまり報道されていないが、中国は現在、「世界制覇」のビジョンを持ち、国家目標として南アジアヘの南下政策を強力かつ着実に推し進めている。今、世界の政治を俯瞰すると北朝鮮、ミャンマー、スーダンなどの抑圧的独裁政治国家の背後には中国の存在が見え隠れしている。ミャンマーの軍事政権は中国と深いつながりを持って維持されており、あるミャンマー人は筆者に、「現在、旧都を中心に、ビルマ語のできないビルマ人が大勢いて、ビルマを我が物顔で振る舞っている」と嘆いていた。もちろん彼が言う「ビルマ語のできないビルマ人」とは中国人のことである。

 以前、日本のある勉強会で筆者が、「中国がミャンマーに港を確保した目的は軍事的なものである」と指摘したところ、日本の駐ミャンマー大使は、「そんなことはない」とご立腹なさったが、その後筆者が、チベット系のインド国防関係の専門家に再確認したところ、インド側は「そうだ」と明言した。ココ諸島には中国海軍の軍港があり、通信傍受基地も建設したとされている。また中国はミャンマーのダウェーやシットウェにも、軍艦が寄港可能な港湾施設を整備している。

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 2004年にインドネシアやタイを津波が襲った後、ベンガル湾で日本が救済活動をしようとした時、インド側が日本の協力を断ったことを記憶している読者も多いだろう。その理由について、コメンテーターや評論家は「インドのプライドが邪魔した」と説明していたが、筆者はインドが中国海軍を牽制するため、ミャンマーに整備している海軍基地に外部の人間を入れたくなかったのではないかと推測している。パキスタンは周知のとおり、中国の盟友であるので、当然中国が軍港を確保している。同国内の小さな漁村だったグワダルには数年前から、中国からの資金援助及び建設技術の供与によって、潜水艦も寄港可能な水深の深い港が建設されている。かつてパキスタンから独立する時に、インドが深く関わってきたバングラデシュのチッタゴンにおいても、残念ながら現在は中国の援助で港を改造し、中国海軍の利用が可能になっていると確認されている。

 中国の南下政策は港の建設だけではない。いわゆるチベット鉄道もネパールまで延長することが中国政府とネパール政府の間で合意され、地質調査等に着手している。

 日本人の感覚からすると、港や鉄道を整備している状況だけで、中国が南下政策を推し進めていると決めつけるのはおかしいのではないか、と思うかもしれない。だが、中国の場合、こうしたインフラは常に軍事的観点でつくられており、なおかつ軍の独占事業でもある。それゆえ、設計から管理まで軍が深く関わっているという事実を認識する必要がある。たとえば、チベット鉄道の建設現場は一般人を近づけないよう、軍の厳重な管理下に置かれ、視察するのも軍関係者ばかりであったとされている。加えて、港を整備すれば、現地に雇用も生まれ、経済援助と同じような効果をもたらし、ハードパワーとソフトパワーの両輪で相手国を取り込むことが可能であることも忘れてはならない。

 こうしたインド包囲網を構築しようとする中国の戦略を専門家は、「真珠の首飾り」と命名している。これに対してインドは、警戒感を強めている。その証拠に中国が以前、モルディブに港の建設協力を申し出たところ、インドが大反対してその動きを封じ込めている。だがインド側の動きを嘲笑うかのように中国は07年よりスリランカ南端の小都市であるハンバントータで港湾建設の援助をしている。スリランカのラージャパクサ大統領は当初、日本を含む中国以外の国々の協力で港湾建設を実現させようとしていたが、スリランカの内戦などに対して日本側から「自国で平和裏に解決して欲しい」との留保条件を付けられたことからやむを得ず断念し、その代わりに大統領の弟を中国に派遣したのである。そのチャンスに中国政府が飛びついたと見る専門家もいる。

 このように中国は、インド洋の大国で新興国として力を蓄えてきているインドを包囲しつつ、インド洋に出て、“油のシルクロード”とされるマラッカ海峡をいつでも押さえられるような体制を整えているのだ。こうした動きは、アメリカの第7艦隊にとって、大きな脅威になるだけでなく、石油など多くの資源を海上輸送での輸入に依存する日本にとっても、ライフラインともいうべき「首根っこ」を押さえられることを意味するのである。 (つづく)

※『WEDGE』(209年7月号)より転載

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2009年6月25日 (木)

チェンジ─何を変えるべきか(下)

 私は鳩山氏に、今後も友愛の精神でこの日本を精神的にも構造的にも、ばらばらにするのではなく、まとめていくような大人(たいじん)であっていただきたいと祈願している。政権を取って国の舵取りをすることも大切であるが、健全な野党として与党を上手に誘導し、究極的に国民に幸せをもたらし、国家を繁栄させ、世界の平和に貢献する方法もある。健全な野党があってこそ健全な与党が育ち、国の政治が安定しつつも前進していくのである。

 民主党の党首選が終わった翌日の日曜日の番組で、「友愛」という言葉に対し、漠然としているから意味がわからないとか、抽象的すぎるという批判が展開されていたが、愛とか友情とか友愛、あるいは、ゆとり、裕福などという言葉は、物差しで計ったり指をさして示せるようなものではなく、精神的なものである。このような精神的なものを理解出来ない、あるいは実感したことがないかもしれない評論家たちやコメンテーターの方が、私は問題であるように思った。

 月曜日になってもっと驚いたのは、総理大臣にふさわしいと思われる人物のアンケート結果である。
 鳩山氏が党首になって一晩しか過ぎていないのに、総理大臣という日本国の最高の政治的地位で、全ての行政のトップに立って権力を掌握し、国民に対して重大な責任を負わなければならない人にふさわしいかどうか、その行いを評価するような材料のない所で、このようなアンケートを行い、その数字を発表すること自体、国民を混乱させる悪いいたずらにも見える。

 アンケートの結果が、十ポイントくらいの差で鳩山氏が麻生氏をリードしている、というのは、総理大臣としての手腕や実績、政治力の評価ではなく、単なる人気投票としか思えない。私はこのように政治を愚弄するようなマスメディアの姿勢こそが、国民に政治への信頼を崩壊させ、政治そのものに対して国民の関心と夢をなくさせる原因となっているのだと思う。

 今日の国際状況などを考えれば、日本国の総理大臣を国内のポピュラリズムで決める余裕などない。厳しい国際環境の中、特に隣国に覇権を狙う核で武装した国々が存在することや、日本の経済環境、経済発展を左右する周辺諸国の政情などに対して、充分に反応できる政治家を選出すべきであり、その頂点の総理大臣は現実を見る広い視野と、正しいことを行う勇気と、未来を見通す判断力を備えた人物であることが必要だと思う。

 マスコミはアメリカでオバマ大統領が「チェンジ」を訴えて台頭したことを真に受けて、日本でもチェンジ、チェンジとマントラのように唱えているが、本当にチェンジが必要なのだろうか。何をチェンジするのか、チェンジすれば何がどう変わるのか、そしてそのようなチェンジをもたらすためには政治家、特にそのトップに立つ総理大臣はどのような素質を備えていなければならないのか。しかもそのようなチェンジが容易にできるものではない以上、そのようなトップに立つ人はどのような参謀に囲まれているかなど、包括的に考えて論評すべきではないか。

 ただ自民党が長く政権にいたからであるとか、官僚が大きな発言力を持っているからとかというのではなく、自民党の長い政権と官僚の影と光の部分を冷静に客観的に分析し、それを正しく評価することも大切ではないだろうか。

 私は、もし官僚が独走しているとすればそれは野党を含め、政治家が正しく官僚を誘導・指導することができないのであり、その責任は野党にもあることを忘れてはならない。まして本来であれば国民の目と耳そして口であるはずのマスコミこそが反省すべきことではないであろうか。 (了)

※『向上』(2009年7月号)より転載。

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2009年6月24日 (水)

チェンジ─何を変えるべきか(上)

 民主党の小沢党首に変わって鳩山新党首が誕生した。

 マスコミは独自の世論調査などを根拠に、「チェンジ」を大義にこの際大きく変わらなければならないので岡田克也でなければならないという論調を展開していた。そして両院議員総会で党所属の国会議員による投票の結果、鳩山氏が三十票近くの差で当選したにもかかわらず、国民の意思と党の意志がずれているなどという批判を、各テレビ局や紙面で展開している。マスコミのこうした身勝手で傲慢な姿勢に対して、私はそれこそが民主主義を軽視した行為ではないかと思った次第である。

171_1_2  民主主義の一つ要因として、多数決あるいは多数の意志が反映されることを重視するが、もうひとつ重要なこととして、ルールに従うということを忘れてはならないだろう。

 私は、今の日本の政治や社会に欠けているのは品格と協調性ではないかと思う。いずれも本来であれば、日本民族の特性であったはずのもので、私はそれを守ろうとしている一人が鳩山由紀夫であると思う。鳩山氏が新しい政党を作るとき、当初、船田元氏と組んで日本の政治に品格を取り戻して欲しいと思ったものだ。

 政治は闘争と対立が不可欠であるゆえ、政治には品格などあり得ないとおっしゃる方ももちろん勿論いらっしゃる。しかし、そのように対立と闘争があるからこそ「正々堂々」とか「公明正大」であることが重要になってくるし、古今東西、武士道、ナイトシップなどに見られるような堂々たる常識的な振る舞いが社会から尊敬と信頼を勝ち取ってきた。

 英語には「」つまり"間違った政党の中の正しい人物"という言い方がある。私は鳩山氏をはじめ、民主党の中にもその言葉に当てはまるような人間がかなりいることを知っている。それを裏づけるように、鳩山氏は友愛の精神に基づき、党首選を戦った岡田氏に党の要である官房長官の役職を提供し、そして小沢氏の今までの苦労と貢献を率直に評価し、党の躍進の為に選挙対策担当代表代行に任命した。このことは、まさに鳩山氏ならではの政治手法で、本来日本のトップに立つ人の素質が発揮されたように感じ、大変良い印象を受けた。 (つづく)

※『向上』(2009年7月号)より転載。

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2009年6月 7日 (日)

インド総選挙の成功に思う


遅いが着実に一歩前進
民主主義の成熟を印象づけ

 世界最大の民主主義国家インドでの2カ月にわたる長期の議会選挙が終わり、1961年以来48年ぶりに前の政権が引き続き与党として政権を担当することが確実になった。インドの国民会議派は単独で定数543議席のうち206議席を獲得し、連立の中核となった。

 インドは全国で300以上の政党が選挙に名乗り出たが、その中核になっているのは国民会議派とインド人民党の二大政党である。この選挙を通して私が感じたことは、第一にインドの選挙民が現在の諸々の改革を推進してきたマンモハン・シン首相の路線を支持したということで、新政権は今まで以上に自信を持った政権になったということである。

 第二の特色はラフール・ガンジー氏。ネルー首相から4代目の世襲政治家であるが、自ら世襲という偏見をはね返すため、この数年間地方、特に貧困層や最下級の人々と積極的に交わり、農村や貧困層に予算などを配慮することが功を奏し、今回の選挙を通して親の七光ではなく自らの努力によって大衆の支持を得て国家的指導者に成長したということである。

 ラフール・ガンジー氏は39歳の若さで、今回マンモハン・シン首相からの再三の入閣要請にも現段階では辞退し、あくまでも若い世代の政治家の育成と、自由に国民と接触できる立場を維持したいとして、党務に専念する姿勢を示している。勿論、この行為は自分は権力欲よりも国民に尽くす政治家であるということをアピールするためのパフォーマンスもあるだろう。私が感心したのは彼が選挙結果を受け、勝利を宣言するとき国民に謝辞を述べると同時に、野党第1党の党首で政治家として大先輩であるアドバニ氏に対し、選挙戦を懸命に戦った姿勢に敬意を表すことを忘れていなかったことである。これはまさに政治家の品格の問題でサラブレッドならではのメリットではないかと思った。

 今、日本では世襲政治をデメリットとして考える風潮があるが、私自身は政治家の家庭に生まれても、政治家としての素質と環境を充分に生かして国民のために尽くしてくれるのであれば、世襲も良いのではないかと思っている。ラフール・ガンジー氏は自分は若い人たちが政治に対して関心を持ち、政治に参加してくれるために貢献したいと述べ、今回発掘した人材の中には国民会議派だけでも二十数名の世襲議員がいる。私は世襲制の問題は候補者本人が政治家の息子や娘であるなしの関係よりも、その人物を正しく評価できる力を選挙民一人一人が持つかどうかの問題であると考える。インドの2世、3世の議員の人々がこれから国家、国民のためにどのような貢献をするか興味を持って見守りたい。

 今までインド国民は選挙があるたびに政権を交代させ、そのためにインドは民主主義があるから前進しないのだと言われ、共産党一党独裁の中国よりも発展がやや遅れているのも民主主義のせいにする人もいた。勿論、一方において中国は人民を餓死させたが、インドには貧困はあっても餓死がなかったのは民主主義のお陰であると擁護する人も当然いる。

 私は、インドの民主主義は水前寺清子の「三百六十五歩のマーチ」の歌詞のように三歩進んで二歩下がる様子は否定できないが、着実に一歩進んでいることを誇りにすべきと思っている。今回も7億人の有権者に対してマオイスト(毛沢東派)などの選挙妨害があったにもかかわらず、大きな混乱もなく選挙が平和裡に完了した。このことはインドが単に最大の民主主義国家であることのみならず、インドの民主主義が成熟していることを内外に強く印象づけるとともに、今後は更に自信を持ってアジアのリーダーとして発展し南アジア全体の安定と繁栄に貢献して欲しいと願っている。南下を目論んでいる中国の軍事力や経済力を背景にけんした覇権拡張に対しても充分に牽制し得る立場を確立しつつあると見ている。

 東南アジアおよび東アジアにおいて華僑ネットワークをフルに活用している中国の一方的な誘導で進もうとしている東アジア共同体も、より拡大したところでインドを中心とする南アジアと今後連携するために関係を強化していくことが日本のアジア戦略にとって極めて重要であるように思う。

 日本は今、留学生を30万人に増やそうという大きな目標を掲げて関係省庁も動き出しているらしいが、私はこの計画においてはインドを中心とする南アジアにもその扉を開いて中国や日本近辺の国々とのバランスを取ることが急務であるように思う。インドの政治の安定は日本にとって歓迎すべきことであり、日本も一日も早く政治が安定し金融危機を乗り切ってインドとともに再度国連の安保理の常任理事国にチャレンジし、アジアと世界に貢献できる国になることを願っている。

 それによってロシア、中国、アメリカとバランスをとり均衡するための好機がインドの国民の知恵によって与えられたと今回の選挙を見るべきではないだろうか。

※『世界日報』(2009年6月4日付)より転載。

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