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2009年7月29日 (水)

時代を読む(下)

 先日も、リストラも残業もない岐阜県の会社を経営する、一般にケチとされている社長を紹介し、実際はその社長がケチではなく経営の達人であると称賛している番組がありました。社員と経営者の関係が良く、安定しているその会社では三十代半ばの社員の給料が三十八万円で、社長の給料が百二十万円、そして年に一回社員旅行があり、昨年は会社の費用一億円以上をかけてオーストラリアに行ったという、今の時代にしては羨ましい限りの職場でした。

 しかもこの会社は創業以来四十年間、黒字経営だと言います。この会社の社員たちは出社・退社のタイムカードもなく、信頼に基づく職場環境になっていることが協調されていました。社員は一人一人、自分が使わない電気を消したり、八百人もいる社員がたった一台のコピー機を共有して使用したりしているという、社員の会社愛のようなものを指摘していました。

 このような風景は、日本がかつて「ジャパンアズナンバーワン」と持ち上げられ、不動産などの成金が幅を利かせるようになって国内外で日本人が土地を買い漁るようになり、銀行がどんどん資金を貸し出してバブルを作った頃までの会社の姿です。かつて日本の社会そのものが、この番組で紹介された会社と社長、社員の姿であったように思うのです。

 それを、グリーンスパンを頂点とする自由経済信奉者たちが、資本主義社会において本来全ての宗教や道徳が何千何百年来教えてきた、謙虚さや節度を時代遅れのものと潮笑してきたのです。

 当時、まだ四十代後半であった私などは、外国から来た人間として、日本的経営のノウハウや社会の精神構造が非常に優れていることを指摘し、信頼と思いやりの人間関係こそが重要であり、これからも日本の先輩たちが.試行錯誤して築きあげてきた伝統や価値観をヰ しうまん守って欲しいと切願し、傲慢な資本主義に基づく無秩序、無計画の改革という名の破壊を止めるようテレビなどで忠告したところ、司会者などからは「ペマさん、その考え方は古いですよ」と指摘され、周囲からは世間知らずの保守的外国人のように思われてしまいました。

 私は、テレビなどの討論会でも周囲とかみ合わないほど孤立しましたが、それを好意的に見てくださった番組のあるプロデューサーは、私を「異質的存在」として守ろうとして下さったことを今でも覚えています。

 しかし今となって、当時私が申し上げたというよりも日本の終身雇用制や年功序列の社会の利点が徐々に理解されるようになってきました。このように社会が変わってきていることが嬉しいと思うと同時に、何か悔しい思いがわき上がってきます。なるべく良い経験は人間誰にもして欲しいと思いますが、本来であれば、悪い経験をしなくとも済むようにするのが評論家やコメンテーターの役割であった筈ではないでしょうか。 (了)

※『向上』(2009年8月号)より転載。

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