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2009年8月 3日 (月)

宗教人こそ勇気を持って行動すべし

 今世の中を見渡す限り、北朝鮮の核武装の問題、イランにおける大統領選絡みの内戦寸前の緊張状態、長期化しているアフガニスタン問題、地球温暖化などに見られる環境問題、21世紀になっても植民地支配を継続している中国共産党の一党独裁政権の問題などなど...人類が普遍的な価値と強い決意で望まなければならない地球的問題が山積している。

Bukkyou  もしこのような状況の中にゴータマ・シッタールダ(お釈迦様)、イエス様、マホメット様、マハトマ・ガンジー、マーティン・ルーサー・キング牧師が生きていたら果たして沈黙を守っただろうか。私の愚見では彼らはこのような混乱に際して沈黙し高見の見物はせずきっと先頭に立って戦っていたに違いない。

 日本の中には政治と宗教は公の場に持ち込んではならないという暗黙の了解に基づく奇妙な文化があるが私は政治と宗教を抜かしたら人間集団もサルやチンパンジーの集団とそう変わらないものになってしまうのではないかと思う。

 日本の平和主義者と自称する人々の中にはマハトマ・ガンジーを平和の代名詞のように引用し、マハトマ・ガンジーは無抵抗主義者であったと言い張るが、それは大きな勘違いで、マハトマ・ガンジーこそ不正に対して徹底的に立ち上がり、先頭に立って戦う一生を送っていた。ガンジーは英国の不当な支配に対して戦ったのみならず、インド人やインドの社会の不正、不合理に対しても徹底的に立ち向かい、ある時はペンで、ある時は断食などの手段に訴えとにかく戦ったと思う。ただし彼はその闘いの手段として暴力を否定し、暴力に対しても非難してきたのである。

 上記の方々はその正義を貫いたため幾度となく命を狙われ、また命を奪われてきた。しかし闘いの手をゆるめることは無かった。彼らには確固たる価値基準があり、それは普遍的なものとして妥協を許さなかった。

 私は中立あるいは政治的配慮などという言葉を遣う人こそ政治的であり、現実の問題から逃避しているよう感じる。

 私の自らの体験から世界連邦日本仏教徒協議会の歴代の会長、理事長を始め、先生方は積極的にこの世の不正に対し、正義を行い、苦しみに満ちた人々に慈悲の手を差し伸べ、苦しみと苦しみの原因を作る戦争や暴力、貧困などに対してその根本から原因を取り除くため勇気を持った正義のための実践仏教集団として、世界の他の宗教や政治のリーダーたちと手を携えてリーダーシップを取り、やがて地球人としての連帯に芽生え、平和に暮らす社会の実現の為にご活躍頂くことを切に願い、そのため私自身も大海の一滴として皆様のご指導を受け、一緒に悔いのない日々を送って行きたいと考えている。

※世界連邦日本仏教徒協議会会報『世連仏』(通算67号)より転載

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