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2009年12月26日 (土)

雪蓮興亜塾(上)

 私は大学の専任教員になって来春で二十年になる。お陰様でゼミ生や担当した大学院生も二百名を越え、聴講生は数千人にな上るだろう。歳も五十代後半になり還暦祝いの話なども出始めている。その中で留学生を中心に、大学を卒業した後も私の門下生として自分たちのアイデンティティーを保つため、弟子たちの会を作っては?という話が雑談中に上がった。

118_1  皆で相談した結果、会の名前を「雪蓮興亜塾」にすることにした。中国人留学生が辞書を引いてくれたところ、この「雪蓮花」という花はチベット、ヒマラヤ地域からウィグル中央アジアまで広がって厳しい環境に中に逞しく咲いている花であるらしい。

 実は私の名前の「ペマ」というのもチベット語で「蓮」を意味し、成田山新勝寺の貫首様からいただいた日本名も「照蓮」なので、私の弟子たちの会の名前にしてはとても相応しいと思った。しかし中央アジアにとどまらずアジア全体に貢献できる人材の輩出を願い、そしてアジアの伝統文化の興隆をも祈願し、「興亜」という二文字を加えることによって「雪蓮興亜塾」に落ち着いた。

 次に塾を名乗る以上、私の基本的なものの考え方を少しでも弟子たちが継承し、共有しなければ弟子とはいえないと考え、そのため簡潔に私の考えをまとめることになった。それは以下の通りだ。

──まず何よりも神、大自然を畏れ敬うことが大切であり、どんなに科学や医術が進歩しても私たちの寿命や夢は私たちの願望だけではどうにもならない。世界最強の国家でも地震、洪水などの自然災害には勝てない。従って人間は自らの限界を知り、大自然、神仏に感謝する気持ちを大切にすることが極めて重要であると思う。

 次に自然、国、社会、先祖、親、師の恩をかみしめ、その恩を忘れずに感謝すること。私たちは生まれてきた時からこの世を去るまで結局は誰かの世話になり、また誰かの犠牲の上に成り立っていることを忘れてはならない。その最も具体的なものは、生まれてから愛情を注ぎ、下の世話までしてくれた両親への恩であり、両親に対する親孝行は自分たちの子孫へ継承されるべき基本的行為の一つである。

 次に自由の尊さについて。私の個人的な考えとして、自由とは決して無秩序に我が儘に生きることではなく、自分の考えや行動に対し自らを律しながら他に迷惑を掛けないという原則の上において、言論・思想・信仰・結社の自由を堪能する。その自由は創造性に満ちた建設的なものであって、それに対して国家や権力からの妨害を受けないことである。つまり自由には自立と義務が伴うという考えをしっかり持つべきである。 (続く)

※『向上』(2011年1月号)より転載。

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