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2009年12月23日 (水)

新政権3カ月に懸念する点

日本はどこに行くのか

目立つ素人的ポピュリズム

 9月新政権が誕生してそろそろ3カ月が経過する。3カ月で新政権を批評するのは少し早とちりかもしれないが、不安な要素があちらこちらで出ているので心配になってきたのも事実である。

 第一に、国家の安全保障に関して外国では日本がどこへ行こうとしているのか、新政権は日本をどのような方向に導こうとしているのか、とまどっている様子が在日外交官筋からも耳に入ってくる。戦後半世紀以上にわたって培ってきたアメリカとの信頼関係においても、微妙な不信感を抱かせるような発言が首相や外務大臣の口から意図的か不本意か定かでないが出始めている。

 東アジア共同体なるものを構築しアメリカをそこから排除するというような発言に対し、どれだけの覚悟と策があるのか知らないが、極めて浅はかであるように思う。私は決して日本がアメリカの属国のように追随することは良いことだとは思わないが、アメリカを刺激するにはそれだけの覚悟と準備が必要であるように思うし、まして今までアメリカに安全保障を依存し、日本は経済成長に専念できたことだけでなく、中国や旧ソ連などの侵略を受けずに済んだのもアメリカとの同盟の抑止力があったためではないかと思う。その関係にひびが入ったり隙間ができることは日本にとって無益であると言わざるを得ない。在日アメリカ軍普天間基地の間題で嘉手納に統合する話など政府首脳の発言は素人的で、一国の安全保障を預かっている責任ある政治家の発言には見えない。地政学的、軍事的戦略に根ざした軍備及び基地の配置というのがあるべきではないか。

 次に日本は今、時代錯誤的にもう一度廃藩置県にさかのぼるような地方分権、地方主権なるものをぶち上げ、その上、外国人に地方参政権を与えるという動きは極めて無防備で、国家分裂の種を蒔いているような行為であって、このまま進めばやがて日本も現在の中東やアフリカのように民族間題を抱え、分離独立の闘争が始まるのもそう遠くないと思う。

 日本人はたかが数十万、多くとも数百万人の外国人に地方参政権を与えたからといって世の中は変わらないと思うかもしれないが、民主主義制度の中では少数がキャスティングボートを握り、時代の流れを変えることもある。現在、国民新党と社民党、特に国民新党の亀井静香大臣の「建設的な」目立った行為を見ても分かるが、これが逆の場合もあり得る。それらの外国人が忠誠心を他に対して抱き、命令一つで動くようなことも予測できる。

 ほぼ出来上がっているダム建設などの廃止や予算の見直し劇の動きなどを見ても、先の外交防衛問題と合わせて民主的な政権交代というよりもクーデターのような政変を演じており、民主主義の制度や文化を無視した感じを与える。民主党政権はマニフェストという餌で票を釣り、今ではそのマニフェストに自らがんじがらめになっている。子供の手当も含めて、今でも選挙戦の延長線でマスコミ受け、世論受けのポピュリズムに徹しており、景気回復などを目指した失業対策などもその類に過ぎないように思う。

 この他にも政権の財政問題などを見ても不安な材料が多-,この先にあるのが大幅な増税であるが、これ以上現段階においての酷評はここまでとする。何故ならば本来であれば政権奪回を目指し真正面から健全な野党として奮闘すべき自民党にも大した期待はできそうもない。内部対立が表面化するような党内実力者たちの言動を見る限り、自民党は何も反省していない。自民党の中には結党の精神を無視し、伝統文化を軽視しているにも拘わらず、保守本流であるとか自分こそ改革者というようにマスコミに迎合し、そのマスコミが太鼓を叩くと夢中になって踊っているような連中と、苦労を知らない温室育ちの政治家だけが残っているからである。

 経験豊かで信念を持った政治家たちは郵政問題を口実に党内から追い出されたのである。自民党再生のためには過去の過ちを謙虚に反省し、平沼赴夫、綿貫民輔、野呂田芳成他の諸氏ら失われた人材を取り戻すことが党の基盤を再構築する原点になるであろう。何故ならば日本人は本来義理と人情を重んじる民族であるので、自民党は単なる常利集団ではなく義理人情によって長年お互いに支え続けてきた人間関係が重要であるはずである。

 しかし現段階においては民主党も自民党もそれぞれの党は何を目指し、何をしようとしているのか、この国をどうしたいのか、日本はアジアの中、世界の中どのような位置づけをしたいのかという基本的なビジョンに欠けているように思う。今の与野党にお願いしたいことは日本国民に対し、先が見えるような政治指導を発揮して欲しいということであり、アジアの国々や世界からも日本という国は何をしようとしているのか分かるようになれば国民も我慢と努力のしようがあるだろうし、世界も日本とどのように対応すべきかという先が見えるはずである。

※『世界日報』(2009年12月2日付より転載)

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