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2010年1月28日 (木)

場に慣れる(上)

  この文章を手にする皆様は、正月準備で多忙な方が多いであろうが、世界の正月はまちまちで、チベット、モンゴル、ブータンなどチベット文化圏には、独自の暦がある。

168_3  西暦の正月あるいは中国などの旧正月とも異なり、その年その年の縁起の悪い月や日がカットされ、また逆に良い日が加算されるため、一年が一カ月増えたり減ったりする。そのため、大体西暦の一月後半から三月前後で三日から五日くらいの正月を迎える。

 昔は正月と共に一歳年を増やしていたので、正月は皆の誕生日でもあった。また正月の一日目は各家庭で過ごし、家族の長老をはじめ家族内の序列が確認され、下の子どもたちから長老、家長、次期家長の順に挨拶をする。二日目は同様に親戚の者が本家への挨拶をし、親戚内の人間関係が確認される。三日目は村や町の人々が土地の神様への感謝を表すため、近くの聖なる丘や山へ出向き、護摩を焚いて神々に感謝すると共に、酒を酌み交わし、博打を打ち、場合によってはテントを張って一晩か二晩踊り、騒ぎ楽しむ。

 この場合でも、午前中は社会の序列や秩序を厳格に守るが、一旦酒と共に宴会が始まると無礼講となり、皆が子どものように騒ぎ、楽しむ。

 物心ついた頃の私にとって、この正月の三日間は、緊張の日々であると共に少し自分が偉く感じた日々でもあった。祖国を離れる前に経験した二回ほどの正月は、祖父が既に他界していたため、父親の次の跡継ぎとして席順が二位であり、母親や兄弟からも礼を尽くされた。もっともらしく毅然として座り、家族、親族、土地の人々から挨拶を受けるのが、大変気分の良いものだった。それに丁寧に答えるという緊張感もあった。やがて飽きて退屈になり気が緩むと、爺やに叱られたり褒められたりしたが、その時耳元で囁かれたのは「あなたはギャリ家の跡継ぎだから、こういうことに慣れないとその役目を果たせないぞ」という脅かしだった。

 それから二十年くらい経って、私がダライ・ラマ法王の代表になったとき、私に親切にしてくれた日本の恩人が、私を一週間ホテルニューオータニに宿泊させてくださった。その時、恩人は「君は法王の代表として色々な場に慣れなければならない」と話してくださった。しかし私は、もしかしたら私を試しているのではないかと思い、一週間ほとんど決まったレストランで決まった定職を食べて、出来るだけお金を無駄にせず、ただひたすら建物の中をうろうろと見回って歩き、売店で本を立ち読みしたり、ラウンジで何時間も粘ってみたりして過ごした。

 数日後、その方のところにご挨拶に伺ったところ、恩人はホテルからの請求書を前に、がっかりしたような表情をして、「僕は君に、法王の代表として充分に振る舞えるよう場慣れして欲しくてせっかく機会を作ったのに、これでは台なしではないか。君は節約したつもりかもしれないが、逆にこれは無駄になってしまった」と言われた。最後に「まあいずれまたもう一回ちゃんと勉強する機会を作るから」と言われたが、残念ながら同じような形でのチャンスは二度となかった。しかしご自分と一緒に色々な要人との会食に、特に日本駐在の大使との会食や懇談の時には同席させて下さり、その後の私の人生にとって大変プラスになった。 (続く)

※『向上』(2010年2月号)より転載。

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