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2010年8月

2010年8月26日 (木)

アジアの中の日本、その役割と展望 (4) 


アジアの日本への期待

 私はハンカチのように総理大匝を変えることはあまりいいことだと思いません。日本のマスコミも世論も、誰が働くにしてもやはり多少時間がかかります。やっと役所の人たちの名前を覚えたぐらいのときに命令を出すべき人たちが命令を出せなかったら何もならないと思います。

 まだ私たちに地球政府は出来ていません。国連は決して地球政府ではない。まだ国家単位で私たちの幸せも命も左右されるんです。その中において、国民は国民という意識、国家は国家という意識、そして政治家の最大の仕事は国益を守り、促進することであるという前提で、人気投粟だけではなく、誰が仕事をするのか見極め、国民は選挙で投票しなければならないと思います。今のようにマスコミがセンセーショナルに書いたり一時的に新聞が部数を増やしたり減らしたりするようなことだけで国益を左右するような、それに乗っていくような国民では非常に残念だと思います。

 今日の繁栄があるのは、今までの先輩たちのおかげだと思っています。その先輩たちが安心して老後を暮らせるような社会、そして私たちの子孫の人たちが未来に希望を持てるような社会をつくることが政治家の任務だと思います。それは経済人の任務でもあると思います。

 いまアジアには日本に対する期待があります。それは今回、鳩山内閣とアメリカの間でちょっとギクシャクしたとき、私が会ったアジアの人たちがどれだけ関心を持ち、心配したかということからみても十分に理解できます。まだまだ日本に対する期待もあるし、日本自身、潜在的能力があると思います。その日本が自ら自分のいいところを率先して破壊するようなことは止めることが大事ではないかと思います。

※『いわて経済同友』(通巻555号)より転載。いわて経済同友会第444回例会(平成22年7月12日)での講演録

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2010年8月25日 (水)

アジアの中の日本、その役割と展望 (3)  


インドを挟むアジアのバランス

 田中角栄さんが日中国交回復をやったとき、最初私は自分自身の生い立ちもあって賛成ではなかった。しかし、中国から残留孤児の人たちが帰ってきたとき、田中さんは本当にいいことをやったなあと思いました。

 同時にそのとき、私は日本の人たち、マスコミに騙されていると思ったんです。というのは、当時の新聞が、中国では11力所に、右油が出るということを日中国交の一つの理由だと報じました。しかし、その後中国は自ら近代化するために中国そのものが石油を輸入する国になってしまいました。そして、日本、台湾、韓国は中国にどんどん投資をして、いざというときそれを引っ張れば中国を倒せると思ったのが、ミイラ取りがミイラになってしまった。結果として今日、中国は軍事面でも経済面でも大きな力を持ち、もはや世界が無視できない存在になりました。

 その中国は、しばしば日本のまわりで軍事演習をやったり入ってきています。バングラデシユ、ミャンマー、スリランカ、パキスタンと、インドのまわりに軍用に使える港をつくっています。チベットを通して鉄道をつくりました。近いうちにネパールに延長することになっています。これも軍の管轄です。インドの中ではカルカッタに出ようとしています。

 このような中において、アメリカはインドの重要性に目覚めました。クリントン大統領のとき国務長官がインドに行き、そのあとクリントンが行って、「インドは無限の可能性を持った国だ」と持ち上げました。現在、アメリカとインドは極めて密接な関係を持っています。そのーつの理由は、アメリカはインドなどに大きな役割を果たさせようとしています。日本からも沖縄から7千人、韓国から3万人の軍隊を引き上げる。アメリカとしては、東は日本に少し負担をかけよう、こちらはインドに負担をかけようとしています。現在、インドも日本もアジアに脅威になるだけの軍事力はありません。ただし、中国が攻めてきたとき多少抵抗することはできる。インドはいま17隻ぐらいの潜水艦を持っています。アメリカの第7艦隊が最近はこの辺までずっと行き来して、そしてインドが少し持ちこたえてくれればアメリカから応援に行ける。台湾に関しても、もし中国が入ってきたとき、日本が少し持ちこたえてくれればグアムあたりから応援に行けると。インドはいままで武器をソ連から調達していましたが、いまはアメリカ、イスラエルの武器に変えています。これは長期的な展望を持っていないと簡単にそういうことは出来ません。

 いまアメリカにいる華僑が5千万人と言われていますが、印僑は2干万人いるんです、かつてインディラ・ガンジーのときの70年代、インドが戒厳令を敷いたために、ある程度優秀な人たち、お金を持っている人たちがアメリカに留学しました。その人たちが現在アメリカで成功して、たとえばシリコンバレーやNASAで、あるいは今回のアメリカの中間選挙には40名近くのインド人たちが選挙に出る。知事にもかなり有力な候補が出ているんです。

 こういうことでインドとアメリカは現在かなり戦略的に結びつきが出来ました。その指示があったのか、あるいは日本が自ら悟ったかわかりませんが、02年に森首相がインドヘ行きました。以来、福田さん以外の全ての総理大臣がインドヘ行っています。そして現在、幸いにしてインドと日本の問には戦略的グローバルパートナーシッブが構築されています。グローバルパートナーシップや戦略的、というのはほかにもたくさんあるんですが、戦略的グローバルパートナーシップの合意というのは現在、日本とインドだけです。鳩山さんも12月27日だったと思いますが、2日間インドヘ行きました。その成果として、インドと日本はアメリカと同様に今後2プラス2の会議を定期的にやり、今後、さまざまな協力をしていこうということになりました。

 インドも日本も、中国を意識しているわけではないと言っていますが、これはもう見え見えです。私は、これが間違っている戦略だとは思わないんです。きょう私が皆さんに特に話したかったことは、このように日本とインドが首脳レベルでお互いに必要性を感じて、いくつかの合意が出来ました。昨年1年間の外国への投資額も一番多い相手はインドになりました。ODAも近年はインドに一番多く出しています。しかし、残念ながら一方において、民間のほうが全然盛り止がっていないんです。マスコミもあまり盛り上がっていない。その一つの理由は、たぶん人材不足だと思います。

 インドも中国も、もちろんすべてうまくいっているわけではありません。まだまだ問題はいっぱいあるんです。しかし、日本がインドと仲良くすることは、日本が中国と仲良くするためにも大事だと思いますし、バランスの問題としても極めて貴重だと思います。いま中国はインドと経済的には仲良くしているけれども、軍事的には包囲しながらやっている。これが普通の国として当たり前だと思うんです。どこの国も自国の国民と国民の生命財産を守る、自国の領土を守るのは当たり前のことだと私は思います。だから中国が悪いというよりも、あれだけの人口を抱え、そして自分たちが政権を継続するためにはどこかに不満を向けなければならないんです。だから、たとえば中国では昨年、4百本の映画をつくったらしいです。そのうちの2割ぐらいは反日映画です.同じく4430本のテレビドラマをつくったらしいですが、その中の約2割は反日なんです、これは、中国が国家としてやっていることは当たり前なことであって、むしろ、そういうことに警戒心のない日本のほうがちょっとおかしいのではないかと私は思っているんです。

 一方、インドというよりも、タイから向こうの南アジアの人々は日本に対してうらみつらみが無い。ですから、たとえばインドでは2年ごとだったか大使館が世論調査をやってもダントツ日本が憧れの国、尊敬する国なんです。だけど、いまインドで日本語を勉強して日本語を喋れるインド人は5千人ぐらいしかない。中国には30数万人いるんです。そして、日本に来ている留学生は中国人が9万人くらいいます。全体13万人のうち、インド人はまだ数百人です。しかし、インド人にお金が無いわけではないです。日本人は長い間、勝手にインドはお金がないと決めつけてきたけれども、アメリカには8万人のインド人の留学生がいて、英国にもフランスにも行っているんです。残念ながら戦後の冷戦構造の中において、日本はアメリカの延長線、インドはソ連の延長線でお互いに見てきたのでその間に空白が出来たんです。現在、中国と日本の間には少なくとも700便ぐらいの飛行機が往復していますが、インドにはまだ20便ぐらいです。そういう意味で見ると、今のインドと日本の関係はインドと中国の関係の36分の1位です。せっかく国のトップが世界の状況を考えて動いているのに民間レベルで動いていない。きょう私は特に財界トップの皆さんに、このことを申し上げたいと思いました。

 エネルギー問題に関しても、日本がインドに核技術を提供することについて、インドがNPT(核兵器不拡散条約)に参加していないなどを理由に外務省が蹟躇しています。最近、長崎の市長さんと広島の副市長が外務省に対して絶対にインドに協力してはならない、協力したら核拡散につながると言っていますが、核拡散を言うのであれば、むしろ中国のほうがはるかに核拡散です、なぜならば、インドが核実験をやって、その数日後にパキスタンが出来たということはおかしいんです。それは、中国から核を持ってきて、パキスタンは組み立てしかやっていない。そして、そのパキスタンのものは北朝鮮に行っているんです。このことは、それを研究している人だったらたぶん常識だと思います。

 日本は表面的なことに惑わされて、せっかくのチャンスを失ってはならないと思います。もちろん私が言っていることも多少バイアスがかかっていることも考慮に入れてください。私の命を拾ってくれたのはインドで、そして私の命を育んでくれたのは日本ですので、当然私は白分のためにもこの2つの国が仲良くなることを心から望んでいます。一方、私をふるさとから追い出したのは中国ですから、これもまた考慮した上で判断してもらいたいんですが、しかしどう考えても日本の今後の発展とアジアにおける、世界における日本がもっと大きく発言できるためにはインドとの関係が大事だと私は思います。森首相がインドに行ったとき、日本とインドは自然のパートナーだという言葉でした。まさに自然のパートナーだと思います。たとえば、1951年のサンフランシスコ講和条約にインドは参加しませんでした。なぜ参加しなかったかというと、国連憲章第五十三条にまだ日本を旧敵国として扱っているのはおかしい、日本をその一員として入れるんだったら削除すべきだというのがインドの主張でした。だからインドは日本と別に条約を結びました。それから、今の今上天皇が皇太子のとき、1964年にインドが受け入れました。戦後なかなか皇室を受け人れる国はなかったんです、そして今、日本が国連安保理の常任埋事国になろうと、日本、インド、ブラジル、ドイツが共同歩調をとろうとした。ところがアメリカが憲法九条のままでは国際社会における常任理事国の役割を果たせませんと言った。もしやるんだったら拒否権のない常任理事国にしようと。インドはそれだったらいやだと言っているんです。 (つづく)

※『いわて経済同友』(通巻555号)より転載。いわて経済同友会第444回例会(平成22年7月12日)での講演録

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2010年8月24日 (火)

アジアの中の日本、その役割と展望 (2)


変わる日本


 私が日本に来たのは1965年、オリンピックのあとでした。まだ学校の先生でも2人ぐらいしか車がなくて、ほとんどの先生は自転車で通っている時代でした。私たち5名留学生が来て、寮で下着とか洗うのに洗濯機ではなく板にギザギザしたもの(洗濯板)を与えられました。その時点の日本は、私から見ると伝統と文化、近代化あるいは機械化のバランスが取れた社会で、そして皆さんが極めて前向きだったように思います。

 その頃、私たち留学生は日本についての印象を聞かれると、前向きのことをいっぱい言えたんですね。日本人は親切である、勤勉である、礼儀正しい、公共心が強い。そして一番驚くのが、たとえば駅のベンチに物を置いたまま公衆電話をかけに行っても全く心配なかったし、駅のベンチに落書きをする人もいなかった。このような極めて安心、安全な国、アジアの他の国々に比べて豊かな国、社会の調和がとれた国、これがアジアの多くの国々が模範としたい国でした。

 1980年代の後半あたりから2つの現象があったと思うんです。1つは51年に国連が始まったとき、世の中には60カ国ぐらいしか主権国家は存在しませんでした。60年代になってアジア、アフリカのたくさんの国が独立しまして、80年代になると国連も百数十カ国になりました。数の上においてはアメリカも思うように出来なくなってきました。第三世界、非同盟諸国が国連の中で大派閥になってきたんです、そこでアメリカ、ヨーロッバの国々が、物事を決めるのに国連中心ではなく、その外、いわゆるG8の国々が物事を決めると。そのG8の中においても特にドイツと日本が新たに台頭してきた。それに対して、たとえば日本に対して銀行の利子が低すぎるとか、同時にマスコミを利用してメンタルな部分においていわゆる心理作戦ということも始めた。その中において、『日本の奇跡』という本がありました。日本は戦争に負けたはずなのになんでここまで成長したのか、それは奇跡だと。そのほかにもいろいろな本が出ましたが、共通していることは、何がそこまで強くしたかというと、それは日本人の公共心と属意識、会社に対する愛、忠誠心。会社が社員に対して家族のように、たとえば1人の人間を一人前にするのに相当の金をかけ、2年、3年かけて教育をする。そういう日本人の属意識と会社愛ということを、だんだんマスコミ等が悪であるかのように書き始めました。日本に対して、どこからとは言いませんが、そういう戦略があったように思います。ある意味で構造的に破壊するような働きがあったのではないかという気がしてなりません。

 それからもう一つ、熱病のように二大政党と言うけれども、それは社会の中に自然に発生するものであって無理やりつくるものではない。最初に政治.不安定になったのは、その政党の中に安定多数を持つ人がいて、それが政党を弱くし、それ以後、日本の政治は20年ぐらい安定していない。そして、エレベーターのように個人1人を上げたり下げたりして、この人が総理大臣になれば世の中は明るくなるようなことをマスコミが言い、まわりの政治家たちも、あるいは世論もそれに乗ってしまって、結果的に日本を弱体化したのではないか。アジアの人たちが模範とすべき国、世界でもっとも貧富の差の少ない、多くの人たちが自分たちは中流階級だという意識を持った国、こういう国を人的行為によって、あるいは特定の戦略によって弱体化してしまったと私は思っているんです。そのような中においては二大政党などできないですよ。二大政党は、それぞれが主義主張を持って、支持者も政治も頑張って、今度負けたら次は奪回しようという信念を持っていればなるけれど、こっちが勝ったからといって支持者たちまでそこになびいていったら、国が不安定になるだけで二大政党は生まれてこないと思います。 (つづく)

※『いわて経済同友』(通巻555号)より転載。いわて経済同友会第444回例会(平成22年7月12日)での講演録

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2010年8月23日 (月)

アジアの中の日本、その役割と展望 (1) 


アジアの中の日本の位置付け



 今日はまず、現在日本が置かれているアジアの中の位置付けについてお話します。もしかしたら、自分自身の顔が見えないように、いま日本がどうなっているのか、見忘れていることがあるかもしれない。

 まず、日本の新聞などで普通、アジア重視と言ったときには韓国、中国あたりを重視することを言っているようです。政治家のアジア外交と言う場合も同じです。しかし、実際にはアジアには少なくとも20数力国があって、地図の上の方からいくと、かつてのソ連から独立した、国名に「スタン」の付く国々と中国とロシアで上海協力機構があります。この中に残念ながら日木は会員としてもオブザーバーとしても人っていません。

 それから、下の方にいって東南アジア。当初は7カ国でした。現在はベトナム、ラオス、カンボジアを含めてASEANがあります。ここでは日本は、一応プラス3として韓国、中国と共にオブザーバーとして毎回参加しています。ASEANはなかなか賢くて、ASEANが自立するためには飛行機の両羽根のように中国とインド両方とバランスをとることが大事だということで、まずインドを入れています。

 そういうことで、南アジアにおいても残念ながら日本は正式なメンバーとして物事を決める権利はない。
 インドは当初、7つの国だったんですが、スリランカ、モルジブ、ネパール、ブータン、バングラデシュ、パキスタン、最近アフガニスタンが加わり8カ国になっています。ここでも3年前から日本は中国、アメリカ、EU、韓国と共にオブザーバーになりました。

 残るAPECですが、さらに地球上の裏まで行ってアメリカまでが関わるということにおいて、辛うじて日本は正式なメンバーとして物事を言えるような立場にあります。

 最近、日本の中で東アジア共同体をつくろうと言っていますが、これに対して周りでは警戒の気持ちを持っています。日本が積極的なのはわかるけれども、日本に対して歴史的あるいは感情的なものを持っていて必ずしも日本に対してフレンドリィーでない人たちの中に飛び込むということは、蛾が闘牛の中に飛んでいくようなものではないかなと心配をしています。

 そういうことで、日本はアジアの中にいながら、アジアからは必ずしも仲間と思われていない。その一例が、日本が国連の安全保障理事国の常任理事国になりたいと名乗ったところで日本を積極的に支持する国は残念ながらモンゴルとモルジブ、ブータンだけなんです。戦後、多くのアジアの国々が経済復興が出来て発展したのには日本が相当貢献をしていると私は思いますが、それが必ずしも日本の国際社会における地位を向上するのに役に立っているわけではないと思わざるを得ません。

 一方、たとえば鳩山内閣になってから日本とアメリカの関係がギクシャクし始めると、一番心配しているのがこの東南アジアの国々で、シンガポールの首相などはわざわざ日本に来てアメリカとあまり問題を起こさないで欲しいと言っているんですね。

 1979年から中国は4つの近代化のーつとして軍事力増強、軍の質の向上に力を人れ、いま240万という世界最強の軍隊を持つようになりました。約60隻の潜水艦を持っています。アメリカが太平洋に27隻しか潜水艦を持っていないということを考えたとき、それぞれの国が中国と付き合わなければならい相手でありながら、しかし、アジアの国々それぞれは苦い体験をしています。

 日本が今まで政治力あるいは多少の発言力を持ったのは、ほとんどODAの経済力をバックにしたものでした。その経済力が少しずつ衰えてくるとますますその力が及ばなくなってきているというのが現状ではないかと思います。

 ただ、中国、インドがいくら台頭しているといっても底力はまだずっと日本のほうがあると思います。そういう意味で、私がきょう皆さんに話したかったことは、ここでもう一回過去を振り返ってみて、そして現状を踏まえた上で、未来に対してしっかりしたビジョンを持って行動すれば、まだまだアジアの国々から期待されているし、日本自身まだまだ余力が残っていると思っています。 (つづく)

※『いわて経済同友』(通巻555号)より転載。いわて経済同友会第444回例会(平成22年7月12日)での講演録

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2010年8月20日 (金)

南アジアとエネルギー問題

今、南アジアがエネルギー問題で世界の注目を浴びている。最近インドはロシア、フランス、ドイツ、アメリカなどに次ぎ、カナダと原子力平和利用に関する協力関係が出来るようになったと報じられている。

また一部の報道によると日本との交渉も始めているが、日本は原則論にこだわる外務省と、現実的に行動している経産省など政府内においても統一見解が充分に出来ていないような印象を受ける。

これはおそらく原子力エネルギー問題に限らず民主党政権の政策における統一性が薄いという政権担当政党としての経験不足などを露呈している一面である。

インドのみならずパキスタンも積極的に核エネルギーの開発に力を入れている。

パキスタンのアシーフ・アリ・ザルダリ首相は2008年首相の座についてから既に5回も中国を訪問しており、中国政府から二カ所の原子力発電所建設への協力をとりつけた。

この頻繁な訪中が物語っているよろに、中国とバキスタンは極めて近い関係にあり、パキスタンの核開発そのものもほとんど中国に依存していると言っても過言ではなく、まさに核拡散の一面を見ることが出来るような気がする。

インド、中国、バキスタンの三角関係にアメリカを加え、今後も南アジアは色々な意味で注目すべき地政学が展開すると見ている。

日本の新聞には近々インド首相の特使がこの問題で来日するようなことを記していたが、私の感触では、インドの方から今になって日木に頭を下げて協力を要請してくるようなことはありえない。

インドはブライドが高く、核実験までにいたっては当初当てにしていた国々から協力要請を拒まれたた苦い経験を持っており、ほぼ100%独自で成功したことを誇りにしている。それに加え上記に述べたような日本以外の、主要各国も既に、協力を約束したりして関わってきている。

日本の広島市と長崎市のの関係者が、最近外務省を訪れ、インドヘの協力をしないように嘆願したらしい。勿論あの悲劇的な核の被害を受けた地域の住民としては当然のことである。

だが前回も述べたように、現実のN国環境、特に新興国として飛躍的な発展を遂げ、アジアの大国として再度台頭してきている中国とインドとの接し方は、地政学的・戦略的に捉え、日木とアジアの平和と安定を考慮しながら現実的な対策を講じ、日本国の長期的利益にかなうものにしなければならない。

日本の政府が今の時代を的確に捉え、状況を正確に分析し、時にはいわゆる世論にも振り回されないような知恵と決断を要求されている。時代は刻々と進んでおり、日木を待ってくれるものではない。日本は1970年代以来、約30年問中国と深く関わり、そてのメリットとデメリットを充分に知りつくしたに違いない。また東南アジアに関しても冷戦時代を通し深く関わってきた。

そして今こそ南アジアと健全で建設的な閃係を構築する為に南アジア全体を包括的に捕らえ、同地域の発展と平和に寄与すると共に、日本国の現在と未来に続く英断を下す勇気と知恵が必要ではないだろうか。

※『政界往来』(2010年9月号)より転載。

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