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2010年10月 3日 (日)

情けない菅内閣の尖閣対処


中国漁船長釈放の愚行
国家主権を放棄する大失態

 独立国日本は主権を放棄し、国家としての尊厳を失った。今回の中国漁船による日本の領土領海侵害に対する日本政府の対応は取り返しのつかない愚かな判断であったと思う。実に残念で情けない。

 日本の多くのマスコミは中国の漁船による公務執行妨害とか巡視艇への衝突を問題視していたが、これは根本的な問題のすり替えであり、そこに何らかの相手の国に対する配慮が働いているとすれば、それはお人よしすぎる。もし問題に気がついていないとすれば、国家国民としての感覚や認識が麻痺していることになる。

 また中国当局からのレアアースの輸出停止、閣僚レベルの協議中断、東シナ海のガス田交渉の延期、観光客の直前のキャンセルなど経済制裁のような恫喝、及びフジタ社員4名の拘束と称する拉致行為などに怯えて白旗を掲げてしまったのであれば、国家としての有事に対する危機管理の無さが指摘されなければならない。

 そもそもレアアースなど日本産業の「生命線」ともいえるような輸入先が一国だけに集中し、頼っていること自体が大きな問題である。それに加え経済制裁をチラつかせるだけで慌てる経済界のリーダーたちはこの国の将来に対して、また今後もあり得る危機に対して、一時的な利益のために国を売って良いと言うのだろうか。

 もう一つ問題にしなければならないのは、日本は自らアジアの成熟した民主主義国家、法治国家と自負し、これを誇っていたはずなのに、この度の政治による司法への悪しき介入は三権分離の根本を揺るがす行為である。記者会見で司法当局者は国と国民への影響を考え…と発言していたが、これは政治的な考慮をチラつかせる、ある意味で国民へ政治の介入を訴えているようにもみえた。

 ニューヨークで菅直人首相は「検察当局が事件の性質などを総合的に考慮し、国内法に基づいて粛々と判断した結果だ」とする発言も、事件の性質を考慮するなどという言い方自体も政治の介入を逆に匂わせている。処分保留のまま釈放せず、少なくともせめて一円の罰金を科し、日本の領土を侵した罪を明確にして釈放すべきであったと思う。

 さすがに今回は民主党政権を熱烈に応援してきた「日刊ゲンダイ」でさえもこのことに関し、「菅・仙谷 船長釈放 バカ丸出し」という見出しでその愚かさを指摘した。しかし大新聞は大人ぶっているのかメディアとしての中立性を維持しようとしているのか、極めて第三者的に「中国『謝罪と賠償』要求 船長釈放 対立長期化も」毎日夕刊(9・25)、「中国、謝罪と賠償金を要求 船長帰国 強硬な姿勢崩さず」朝日夕刊(9・25)という見出しをつけた。少しましな新聞の場合は「沖縄県尖閣諸島沖で海上保安庁の巡視船に衝突した中国漁船の船長」と記して、少なくとも尖閣諸島が日本の沖縄県の一部であることを示している。従って、その沖縄県に中国の漁船が侵入してきたことは正に日本の領土を侵したことに他ならない。

 中国という国には自由に自国を出る自由も無ければ、自由にデモを行う権利なども認めていないことは誰よりも私がよく知っている。現在も自分の自由意志で現政権を批判したり、現政権の悪政から逃れようとして捕まった人々が沢山獄中生活を送っている。そもそも中国は70年ほど前までは現在のいわゆる中華人民共和国の4割位しか実効支配をしていなく、侵略を繰り返すことによって南モンゴル、ウィグル、チベットを次から次へと支配下におさめ今日の巨大な領土に膨れ上がった。

 つまり、侵略の立派な前科がある国である。そしてその侵略の牙を今、日本へと剥き出し始めたのである。日本人の中には呑気で小さな島くらいのことで両国の関係を悪化させてはならないとか、首相でさえも「戦略的互恵関係を深めるため、冷静に日中双方が努力しなければならない」と指摘している。

 だが、互恵関係というのは双方にその意思が無ければならないし、またお互いの主権を尊重し合わなければならない。例えば中国の法に触れ、日本人が麻薬の取引に関わったとして死刑にされたとき、日本は冷静に対応したはずだ。それに対して今回の中国政府の呆れた態度は逆切れであって、本来であれば日本国外務大臣が中国の大使を夜中に呼びつけて抗議すべきことであった。

 今回、日本国政府の対応は中国の圧力に屈するなどというものを越えて、主権を放棄し世界の尊敬を失わせる結果となった。もしこの上、北京政府の要求どおり謝罪したり、賠償金を支払ったら恥の上塗りだけでは済まない。中国の属国と成り下がり、チベット自治区、ウィグル自治区などに続いて中国の倭自治区への道の第一歩に他ならない。

 私は日本国民がこの深刻な事態に目覚め。自由意志によって国会議事堂や首相官邸がデモで埋め尽くされる…まで行かないにしても、これ以上、過ちを起こさないよう国民一人ひとりが救国の士としての意識をもって行動すべき時期ではないか。

※『世界日報』(2010年9月28日付)より転載。

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