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2011年1月13日 (木)

激動するアジアの中の日本

☆ 第91回安全保障フォーラム(平成二十二年十月二十五日)での講演録 ☆

  前  言

 アジア地域には、中国とインドの二つの大国がある。私は、この二つの国に関係している。
 アジアの他の国から見ると、日本は二つの面で、普通の国ではない。ひとつは、日本の宗教観である。ペルーの炭鉱での落盤事故で三十三人を救出する状況を、日本のテレビや新聞は、連日繰り返し報じていた。鉱夫達が救助された時、皆で国歌を唱って国家への感謝の気持ちを現している姿は、立派であり、また団結の強さを感じさせ感動的であった。この救出が成功したのは、科学の力でも精神力でもない。木当の力は、宗教の力である。人々の信仰心の力である。
 日本には、政教分離の考えから、宗教を排除するような動きがある。それぞれ、人々の崇拝し信仰する宗教の力は、最後の心のより所として作用する。また、日本は、首相や学校の先生でさえ国歌を歌うことに異論を唱える国であり、今や皆が一緒に唱える国歌はないのではないだろうか。これらの二つの点からして日本は、普通の国ではないと思う。
 もうひとつは、『国を守る』という意識の欠如である。アジアの諸国では、日頃から、最悪の場合には軍隊があり、軍隊が『国を守る』という教育がなされている。私が日本に来た頃(一九六五年)、私の同級生は、親が自衛官であることを隠して、身分を偽っていた。親が自衛官であることを隠そうとするのは、日木の自衛官の子供ぐらいであろう。これも普通の国ではないと思う。

  国際情勢の変化

 一、二極化から多極化へ

 戦後から一九九〇年まで、世界は二極化していたが、一九九〇年のソ連の崩壊とともに、二極化が多極化の世界となった。ASEANも、もともとは、ASEAN五ヵ国が、共産党の南下に対して団結したのである。今は、対共産党の目的も消え、ASEAN10の十ヵ国となっている。現在は、ASEAN+3(日本、中国、韓国)に日本が人っているが、日本は、オブザーバーであり、決定権はない。さらには、旧トルコ系であるスタンが付く国々(キルギスタン、ウズベキスタンなど)は、上海機構をつくっている。これにも日本は蚊帳の外である。
 南アジアでは、南アジア地域連合(SAARC)による勢力があり、八つの国が加盟していて、英国制の制度をもち、アジア地域では非常に連帯感が強い。SAARCでは、たとえば、貿易も、自由化しており、医者、弁護士などは、資格があれば、八ヵ国どこの国でも通用する地域社会を作っている。
 印パは、非常に仲が悪いようだが、実は、カシミールの紛争は、現地〈カシミール〉では、戦っているのに、他の地域では、クリケットの試合をやっているように、大婦喧嘩みたいな日常茶飯事なのである。それだけ、インドとパキスタンは関係が深いのである。
 また、南アジア地域連合でも、八ヵ国は、日本を決定権のないオブザーバーとして加えている。その意味で、日本は、どこにも軸足はなく、孤立しているといえよう。
 何故、日本は、孤立しているのかというと、日本は、米国ばかりを見ていた。また、アジアに関しても、日本が発言することや、いろいろと介人することに躊躇してきた。このため、どこにも入ることができず、日本は孤立してしまった。

 

二、一九九〇年後の大きな変化

 米国は、サウジ、イランを支援し、共産主義の非宗教国家と対峙した。しかしながら、冷戦後世界は大きく変わった。このため、サミュエル・ハンチントンは『文明の衝突』で正当性を強調する。
 米国は、戦争をする場合は、必ず正当性を作り出す。たとえば、日本が経済大国となった時、日本叩きのために『ジャパン・イズ・ナンバーワン』を書き、米国の中に危機感を煽っておいて、日本叩きの正当性を証明している。また、日本の安保理人りが主張された時も、結局、日木を支持したのは、モンゴル、ブータン、モルジブの三ヵ国であった。最も日本の安保理人りに反対したのは、米国であるという隠された事実を日本は、もう一度考え直さなければならないであろう。

 

三、中国の台頭および米国の疲弊

 中国は、四つの近代化で、ランド・パワーからシー・パワーに変貌しており、米国のニクソン大統領は、日本とは頭ごなしに、一九七二年に米中関係改善を成し遂げている。その時点から、インドは、バングラデシュとパキスタンに囲まれた。
 インドは、バングラデシュの独立を支援し、米国は、パキスタンを支援した。インドはこのため、旧ソ連と組むしかなかった。選択肢は、旧ソ連と組むしか方法はなかったのである。一九九〇年頃、米国は、中国を助けたことを疑問視し、その後、インドを対中国の牽制国として、オルブライト国務長官が、大変持ち上げた。クリントン大統領がインドに行って、さらにインドは大国であると称賛した。もちろんインドが核を保有したことも当然であるが、インドと米国の貿易も活発化している。
 日本も二〇〇八年に森首相がインドを訪問している。以後、相互に首相クラスが相互訪問している。今日は、インドと日本がEPA協定(日・インド経済連携協定)を締結するという画期的な日になることをうれしく思っている。
 米国は、戦争により疲弊(人的、経済的)しており、次第に衰退している。今後、力を蓄えてくるのは、中国であり、これに対抗できるのは、インドぐらいであろう。米国は、軍事力の面でも衰退しており、米国の本音は、韓国、日本にも力をつけて欲しいと思っている。韓国からは、三万人の軍人が撤退し、日本からは、八千人が撤退するように、米国の経済的疲弊は、海外の軍事力の展開にも影響をおよぼしている。
 アジアにおいて、多少とも中国に対抗できるのはインドしかないと米国は思ったのである。ただし、チベット問題では、インドは、中国に対して屈辱的な敗北を味わっている。
 インドは、チベット問題に対しては、心の準備をしていなかった。ネール首相は、周恩来首相を信頼していた。このため、中国との関係から、十七ヵ条協定(一九五一年五月)をのむようにチベットに勧めていた。ネール首相は、中国のいう「インドと中国は兄弟である」というキャッチフレーズを信じて疑わなかったのである。現実は、違ったのである。

 

四、インドと日本

 インドと日本は、「ナチュラル・パートナー」となりうる関係である。特に、中国に対しての戦略的パートナーとしての価値がある。EPA締結により、日本とインドの貿易関係は、多分に日本が有利であり、インドは不利な点が多い。他方、インドは、「損をしても、長期の利を得る」ことを考えている。
 また、インドは、東アジア共同体では、日本がイニシアティブをとって、リーダーとなりうると思っている。ただし、中国をいれたASEAN+3ではなく、ASEAN+米国、日本、韓国、ニュージーランド、豪州、インドなどを入れた機構が必要であると思っている。ASEAN+3では、日本は、恨みに思っている国に囲まれる。反面、インドと日木は、民主主義という同じ価殖観を持っており、対中国という観点から、インドは十分戦略的パートナーとなりうる国と思う。

 五、インドと中国

 中国は、経済、軍事、政治的な力を伸ばしている。特に、スリランカの港などを押さえている。海軍力を展開し、あちらこちらに手を出している。これで各国の反応を見ているのである。華僑は、五千万人が労働者として、外国で活躍しており、印僑も、約二干万から三干万人おり、印僑は、華僑と異なり、ハイレベルな知識人であり、国会議員やオピニオンリーダーとして活躍している。
 インドと中国は、四月、偶発事件の勃発防止のため、ホットラインを設置したが、中国は、うまくいけば、そのままで、うまくいかなければ、ホットラインを使うなどしたたかである。

 

六、インドと韓国

 韓国は、日本に追いつき追い越す勢いがある。韓国企業は、インド人が欲しいものを作る。他方、日本企業は、ブライドがあり、インド人のいうことには、耳を貨さない。例えば、インドでは、冷房が効いていることがステータスであり、うるさい音や強力なクーラーの方がいいのである。日本企業は、エコのため、静粛性などの性能を全面にアピールしているが、インドでは価値観が異なるのである。韓国では、大統領までがインドにやってきて、上手に商売をやっている。今のままでは日本は、自己満足に陥っており、商売も危ないと思う。

  今後、日本はどうしたらいいのか

 

一、日本のアジア回帰

 日本が、アジアに機軸を置くことである。どこまでがアジアであるかも問題である。私は、アジアは、少なくともトルコまでがアジアに包含されると思う。日本は、アジアの一員であるというアピールをすべきである。

 

二、人材の育成

 米国のフルブライト奨学生制度は米国に留学する学生を奨学金で支援し、米国のための人脈を造ることが目的である。
 中国から日本に留学している学生を見ると、大変かわいそうである。日本に留学する時、ブローカーにお金を取られ、さらには、借金を重ね、苦労して卒業している。中国のGNPは、世界第二位の経済力であるが、国民一人一人は、まだ貧しいのである。この状態では、帰国すると、反日運動の真っ先に立つことになる訳である。日本へ留学した子弟で、有名な知識人は、マレーシアのマハティール首相と中国の趙首相の子弟ぐらいである。有名人の子弟で日木へ留学する者がほとんどいないのが実情である。
 英国は、留学生を大切にしており、将棋の駒として使っている。留学生の育成についても、国策として考える必要がある。

 

三、インドとの戦略的パートナーを確立

 インドと日本は、安令保障上、対中国の牽制として、戦略的な関係を築けるであろう。中国は、人口約十三億人の大国であるが、インドもパキスタンおよびバングラデシュなどを併せると、約十三億人となる。特に、日本からの提唱によって、APECでの日木のリーダーシップが期待される。長期戦略として、日本は、インドと手を組み、インドはAPECに加人して共同歩調をとることである。日本は、積極的外交により、G8やAPECなどで、アジアの一員としての長期戦略を確立することが必要である。

  今後日本の『国を守る』意識としてどうしたらいいのか

 

一、情報収集活動

 ウサギは、周りの敵に対して、長い耳を持って情報を収集している。日本も憲法を改正して、情報活動を活発にして、わが身を守るべきである。日本は、憲法第九条があり、中国は、日本が憲法の制約を受けていることを知っている。だから今回の尖閣諸島問題のように無理難題を突きつけてくるのである。お金をどういう風に使うかはいろいろとあろうが、判断のための情報収集にお金を使うのが賢明である。米国に頼らない日木独自の情報組織を持つことである。このために政策(長期戦略)を作るべきである。

 

二、皇室への敬い

 現在の日木を見ていると、テレビの評論家が話す、皇室に対する言葉使いおよび態度など非常に腹立たしいものがある。(外国人の私が言うのも何ですが)国民は、もっと皇室を敬うべきである。我々は、皇室こそ日本の中心的存在と思っているが、最近、日本人の皇室を重んじる風潮に欠ける発言が大変気になる。皇室こそ、日本民族の中心の柱であり、我々のダライ・ラマ法王も民族の柱である。さらにいえば、学校の教育にも「皇室への敬い」の内容をもっと人れることである。

 

三、国家のビジョンがない国家

 以前の日本の共通の夢は、「先進国に追いつけ、追い越せ」がビジョンであった。今は目標を失っているように思われる。明確なビジョンを持っている国は、間違いなく発展する。今は、衣食住も足りて、目的を失っているような日本が見える。外から見ていると、日本は、外交は自民党がしっかりやり、内政、例えば東京都、神奈川県、大阪府など主要部市部では野党がしっかりやるように、棲み分けがはっきりしていた。大変上手い使い分けをすると思っていたしかし、今は、外交も内政もめちゃくちゃである。今後の日本の位置づけとして、現状をしっかり認識することである。過去を見ると、将来が見えてくるものである。
 要は過去に何をやったかである。これが今後の将来の糧となってくるのである。今は過去の財産を食いつぶしているだけである。過去と現在と未来は、それぞれ繋がっているのである。

  質疑応答

 

米国などの留学生などの育成について

 米国は、フルブライト奨学生制度など、他国の要人の子弟を留学させている。日本でも、宮澤喜一氏などは、米国に留学したコアになる人物であった。留学生にも、玉葱のように何層もの人間関係がある。要は、玉葱の核(コア)の部分を作ることである。インドも日本の外務省の留学生ブログラムによって何人もの留学生のプログラムがあったが、ほとんどは、技術系・農業系の留学生であり、要人の子弟はほとんどいなかった。

 

中国観について─鄧小平の考え方

 鄧小平は、「ねずみを取る猫は、いい猫である」など非常に現実主義派である。私が、中国に行った時、鄧小平は、いい人であると思った。実は違ったのである。当時、チベットは、ダライ・ラマ法王を擁立していたが、鄧小平は、チベットが「民族自決」を唱え、ソ連と共闘することを最も恐れたのである。このため懐柔策を使ったのである。中国は、中国四千年の歴史というが、歴史的には日本が古い。中国は、まだ、中華人民共和国ができて、わずか半世紀である。中国は、「力」を信じている。説得力には「力」が必要なことを過去の教訓から学んでいる。

 

日本とインドは、どのような戦略的関係が必要か

 インドは、チャンドラ・ボースなど歴史的にも日本に近い人物がいる。バジパイ首相などは、日本贔屓である。インドと日木の基礎的な繋がりは、第二次大戦後、日本が復興したが、まだ、日本からのODAをもらう国もなかった。そんな日本に対して、最初に来日したのがネール首相である。その時、初めてインドは、日本のODAをもらう国となったのである。日本の皇室を初めてお迎えしたのもインドである。ちなみに、インド国内において、アンケート調査をすると、インド人の好きな国は、日本、米国、英国の順である。他方、三十年間、日本との交流が絶えていることも真実である。インドとしては、「いまさら」という感があることもまた疑いのないことである。
 また、インドは、非同盟諸国のリーダーでもある。百十ヵ国の非同盟諸国のリーダーである。前回の常任理事国の時、米国は、日本に「拒否権のない常任理事国」ではと打診している。
 米国こそ、もっとも日本に安保理常任理事国になってほしくないのである。外交面では、いい格好をしても本音は異なるのである。今後の国連安保理常任理事国は、日本とインドがもっとも相応しい国である。現在のインドと日本は、相思相愛の関係にも似た関係であろうと思う。
 経済的には、インドは、中束へのマーケットの入り口である。いすゞ自動車はこのため、インドのみならず、今後は中東のマーケットを狙っている。インドは、パキスタンなどイスラム諸国と友好な関係をもっているのである。

 

対中国戦略として日本は、今後どうしたらいいのか

 日本としては、特に「スタン」とつく国との友好をもっと深めるべきである。日本の戦略として、中国を牽制するためには、中国を包囲するような国々との友好が必要である。ウズベキスタン、アフガニスタン、カザフスタンなど、今は中国に近い国もあるが、木来は、中国に信頼感をいだいていない。この地には、レアアースなどの鉱物資源が牲冨である。
 さらに、インドとは、「2+2」の軍事交流を活発化させることや、レアアースなどの希少価値の鉱物資源の確保する観点からも注目したい。
 また、日木の閣僚で、もっともインドに貢献があったのは、野呂田元大臣であった。野呂田元大臣は、インドの最高の勲章を授与されている。この最高勲章は、日印関係会長であった桜内義雄元衆院議員でもなく、森元首相でもない。インドが、一九八九年の核実験後、各国の断絶に会い、大変困った時に助けてくれたのが、野呂田元大臣だったのである。インドは礼に対しては、礼で応える国である。
 ただ、インドは、多民族国家である。文化も異なる。このたの、言葉の定義づけをする必要があるのも否めない。他方、中国も、多民族国家である。漢民族に対して、孫文は、「中国の五民族」といい、「中華民族」とは、胡錦濤主席が初めて使った言葉である。
 このように、中国と付き合うのは戦略的忍耐が必要である。最後になるが、インドと中国は、ヒマラヤを越えたトランスヒマラヤレールウェイを建設中である。これが出来ると、マラッカ海峡を越えての海上からの輸送が一変する。将来は、この地域に、壮大なベンガル経済圏が出来上がるであろう。(文責:編集者)


〈参考〉
○上海協力機構(SCO)─中国、カザフスタン、タジキスタン、ロシア、キルギス、ウズベキスタン(六ヵ国)
○南アジア地域協力連合(SAARC)─バングラデシュ、インド、ネパール、ブータン、モルディブ、パキスタン、アフガニスタン、スリランカ(八ヵ国)
○東南アジア諸国連合(ASEAN)─ラオス、タイ、カンボジア、マレーシア、ミャンマー、インドネシア、フィリピン、シンガポール、ブルネイ、ベトナム(十ヵ国)

※『郷友』(平成23年1・2号)より転載。

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