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2011年2月

2011年2月21日 (月)

(12)チベット亡命政府首相選挙について

[解説] ペマ・ギャルポのつぶやき第12回は、今年3月に決選投票が行われるチベット亡命政府の主席大臣選挙について。これからのチベット亡命政府の内政やチベットの選挙制度など解説します。
(9分38秒)

2011/02/14

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(11)質問回答 ネパール政変とチベット


[解説] ペマ・ギャルポのつぶやき第11回は視聴者からの質問回答編。共産党政権下にあるネパールのチベット難民の現状や、ネパールとチベットの古くからの友好関係について。
(5分57秒)

2011/02/14

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(10)日本の自殺者問題


[解説] ペマ・ギャルポのつぶやき第10回は、日本の自殺者の問題について。
(5分30秒)

2011/02/07

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(9)2011年の展望「東アジア共同体」


[解説] ペマ・ギャルポのつぶやき第9回は、2011年、緊張状態の東アジアはどうなるのか? 日本が慎重に対応すべき東アジア共同体について。東アジアの平和と安定のためにインドなど民主主義を重視する、日本と価値観が近い国を含めた共同体を。
(6分21秒)

2011/01/31

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(8)自由について。日本人が上陸できない尖閣諸島。


[解説] ペマ・ギャルポのつぶやき第8回は自由と尖閣諸島問題について。自国の中において自国民が自由に移動できるのが民主国家。武力、暴力を使わなくても出来る自国の防衛とは。
(5分36秒)

2011/01/24

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(7)質問回答 チベット問題に対して何をするべきか?


[解説] ペマ・ギャルポのつぶやき第7回。今回はいただいた質問にお答えします。私たちはチベット問題に対してどのような協力が出来るのか?チベット人難民や留学生。日本でのチベット支援について。
(6分01秒)

2011/01/17

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(6)温家宝中国首相 訪印後のインド報告

[解説] ペマ・ギャルポのつぶやき第6回は「温家宝中国首相 訪印後のインド報告」。2010年の12月、温家宝首相訪印の直後にインドを訪れたペマさん。印中関係とチベットについて最新の報告です。インドがはじめ て共同コミュニケに「チベットは中国の一部である」と入れることを拒絶した背景や、印中の経済関係など。 (6分29秒) 2011/01/10

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2011年2月10日 (木)

大切にすべきは中国より、インドだ

 日本にとって、「インド」という国は長年理解されにくく、お互いに誤解の多い関係でした。これまで日本はインドなど眼中にない、という姿勢でした。ほとんど、アメリカと中国のほうしか向いていなかったと言っていい。そしてまた、インドも日本への関心があまりなかった。

 単純な数で比べると、たとえば中国から日本への留学生は約九万人、日本語が話せる中国人は十四万人、日本語を勉強中の中国人は六十万人いると言われます。比べて、日本語を学んでいるインド人は一万人前後、日本語が話せるインド人はまだ五千人程度しかない。

 実は、これまでの日本とインドの疎遠には、アメリカが関係しています。インドとアメリカの関係は、決して良好とは言えないものでした。というのも、一九七〇年代にインディラ・ガンジーは社会民主主義路線をとり、アメリカとの関係を絶っていたのです。

 しかも当時、インドと関係が悪化していたパキスタンがアメリカに接近して相互防衛援助協定を結び、SEATOにも加盟、アメリカとともに「反共」路線をとったのです。

 インドの領土は当時、左右をパキスタンに挟まれ、背後には中国が迫るという状況でした。しかも国内のベンガル、タミールといった場所では、共産主義の力が強くなっていた。本来であれば、アメリカに支援を求めたかったが、アメリカはパキスタン軍事政権を支援している。

 だからインディラはアメリカと距離をとり、社会主義政策をとることで国内を安定させようとしたのです。「インディラ・ガンジーは共産主義の独裁者」と言われることがありますが、むしろインディラが一番恐れていたのは、「インドの共産主義化」だったのです。インドはまだ独立間もない貧しい国でした。彼女は、インドを共産化から守るために、社会民主主義路線をとらざるを得なかったのです。

日米印の微妙な関係

 そのような国際状況から、アメリカにとって、日本がインドや南アジアと組んで力を増すことはあまり好ましくなかった。中国にとってはもちろんです。だから、日本での「インド」のイメージは、アメリカや中国の思惑や意図、誘導が入った論調の記事にずいぶん影響されたのです。
 たとえば、マーケットとしてインドの可能性が浮上してきても、日本の経済界に入ってくる情報は「インドはカースト制があるから難しい」「組合が強いからたいへんだ」「連邦制なので国と国で合意しても地方でビジネスをするとうまくいかない」といった、ネガティブなものばかりでした。インドにカースト制があり、連邦制なのは事実ですが、これは非常に偏った見方です。

 このような歴史から、インドーアメリカ・日本は、敵対関係とは言わないまでも、友好関係ではなかった。

 しかし、インドは独立以来、軍事クーデターが一度も起きていない国家であり、法治国家として信頼性の高い法律制度を持っています。東京裁判で日本無罪論を主張したパール判事は、なにも「日本びいき」だったから無罪を主張したわけではなく、単に法の精神に則り、公平な判断を下せる人物だったのです。

 また、日本は無宗教の人が多いとはいえ、もともとは神道の「多神教」です。インドのヒンドゥー教も多神教で、いろいろな神様がいます。ヒマラヤのほうに行けば大乗仏教の密教で、こちらも神様がどっさりいる。ひとつの宗教に強くしばられる一神教のイスラム、キリスト教より、お互いに理解しやすい部分があるかと思います。

 だから、インドは決して「付き合いにくい国」ではありません。最近になって、やっと「日本はインドと新しい関係を築いていくべきだ」とする意見をメディアなどで目にするようになりました。昨年末には、日本、インドの次官級対話が行われ、続いて閣僚級の会談が開かれる動きも出てきています。

 日本にとって、インドをきちんと知り、よい関係を築いていくことが、対中国、対アメリカ、そしてアジア全体の関係を考えるうえで非常に重要なことだと思います。

インドと中国の国境線問題

 中でも、対中国では、日本とインドの関係は、これから重要な要素になるでしょう。中国に対して不安や脅威を感じているのは、インドも同じだからです。

 インドと中国は独立後、米ソどちらにも属さない「非同盟諸国」のリーダーでした。ところが、一九五九年に中国がチベットを完全に占領した。ダライ・ラマ十四世はインドに亡命しますが、実は私自身もこの時インドヘ渡りました。

 インドと中国の間ではそれ以降、さまざまな問題が発生します。インドと中国の間にチベットがあることで、ここが緩衝地帯となっていたのですが、中国の占領によって両国が直接国境を接する形になった。そして、多くの「国境線問題」へと発展していったのです。六二年には、中国がインドが主張している国境線を越え、戦争にまでなってしまいました。

 インドの前外務次官シャム・サランは最近、「インドと中国の"隣国としての歴史はわずか五十年にすぎない」という論文を発表し、その中で「そもそもインドと中国の間に国境なんかなかったし、少し前までは隣国ではなかった」とはっきり書いています。

 国境線での挑発行為だけではありません。たとえば、中国がチベットに敷いている青蔵鉄道。これは表向きは「観光振興用」ですが、明らかに軍事目的です。しかも、鉄道をネパール、インドと延長し、また一方ではカシュガル、パキスタン、中央アジアに延ばし、自分たちの“領土”を広げようとしている。

 拡大政策はこれだけではありません。中国はビルマの軍事政権を応援すると同時に、ビルマに軍兼用の港を建設したり、同様なことをスリランカでも行ったりしています。中央アジアからパキスタン経由でパイプラインを敷設しようという計画もある。

「アジア全土を有機的に結ぶ道路網を構築する」というアジアハイウェイ構想も、インド、バングラデシュ、タイを経由してベトナムまで延長するというもので、これはかなり現実味を帯びてきています。

中国が自分勝手にダム建設

 もうひとつ、いま大きな問題になっているのは、中国がチベットで建設している七つのダムです。中国では水不足が深刻な問題になっていることはご存じのとおり。特に、北京や天津といった都市部での不足は深刻で、それを解消すべく、中国は源流での大規模なダム建設を次々に進めている。

 そもそも、この水不足は、中国側の無計画な森林伐採や地下資源の採掘といったことに由来する部分が大きい。これらによって、降った雨が地面に貯まらず、ただただ流れていってしまう地形になり、洪水が増えていった。

 むやみやたらに源流にダムを作ってしまえば、下流域に悪影響が出ることは必至です。そもそも、下流に影響を与える可能性のある川の源流に手を加えてはならない、というのは国際的な常識です。ましてや、複数の国にまたがって流れる川であれば当たり前のことです。

 ところが、中国は自分たちの都合だけで源流にダムを作っている。すでに下流の流域諸国地域に悪影響が出ている、と報告されています。

 たとえば、メコン川の水位が低下している。メコン川流域には、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムといった国があり、ただでさえ、旱魅に苦労している。勝手にダムを作り、自国だけに水を供給する中国の姿勢を許せる国はないでしょう。

 水資源にかぎらず、中国の「今使いたいだけ使う」「資源を必要なだけ掘る」「目先の需要でダムを作る」といった開発手法は、アジア全体の大きな打撃になりうる。単なる軍事の問題ではなく、国の生存にかかわってくる、重大な問題なのです。

アジア諸国共同で対応を

 そもそも、中国と国境を接する十四カ国の中で、中国と揉め事を抱えていない国は一つもない。たとえば、フィリピン、ベトナムも「南沙諸島問題」を抱えています。こうした国々と対中国問題を話し合う土台は、あってしかるべきでしょう。「中国を挑発せよ」というのではなく、中国の挑発に共同で対応する、ということです。

 そのためにも、日本とインドが互いに理解しあい、アジアをリードすることが望ましい。いまは絶好の機会と言えます。なぜなら、アメリカが大きく態度を変えたからです。

 変化の理由の一つは、アメリカ自身の国力、影響力が低下したことです。そして、アメリカは新たなマーケットを捜し、見つけ出したのがインドだったのです。

 クリントン政権のオルブライト国務長官はインドを訪れた際「この国には無限の可能性がある」と発言し、その姿勢はブッシュ政権にも引き継がれた。そして、オバマ大統領のインド訪問。悪い言い方ですが、アメリカはインドを利用することに決めたように見える。インドもインドで、アメリカと付き合うことで、経済が発展すると考えている。当面両者の利害関係は一致したわけです。

 もう一つの大きな理由は、「中国の台頭」です。アメリカはアジア全体を考えると、日本、インド、韓国との連携を推進、奨励し、中国に対抗しようと考えているのです。

 ある意味で、日本にとってこれはチャンスです。インドやアメリカだけでなく、周辺諸国の対中姿勢もどんどん変化してきています。たとえば、ビルマは中国の属国のようなものだと思っている人が多いでしょうが、アウン・サン・スーチーさんの釈放などによって、軍事政権側が少しずつ中国と距離をとろうとしている。あの釈放は中国に対する、政権側の主張だったのです。

 これまで、インドは中国の顔色を窺うことが多かった。しかし、人口はすでに十二億人と中国に迫り、国力も充実してきて、自分たちの国の主張を強く打ち出す自信を備えるようになりました。しかも、インドの安全保障は中国によっておびやかされていることに気づいたのです。私に言わせれば、気づくのが遅いのですが、それでも気づいて、立ちあがろうとしています。

 だからこそ、今後大きなキーになるのが、日本とインドとの関係構築なのです。

対中問題はインドから学べ

 たとえば経済面。温家宝首相は四百名のビジネスマンを従えてインドを訪問し、四十以上の契約を結び、これをキッカケとして、両国問の貿易は活発になりつつあります。政治的なぶつかり合いはあるでしょうが、経済交流はどんどん発展しそうです。他にも、インドは韓国との間で自由貿易協定(FTA)を結んで関税を撤廃、ASEANとも同様です。日本とインドも昨年EPA(経済連携協定)を締結するはずでしたが、日本側の事情で原則的に合意したものの、調印までには至らなかった。

 日本はインドを大きなマーケットと考えないかぎり、経済の発展は難しいと思います。
 原子力発電所の建設などについても、現実的な対応が必要でしょう。インドと中国、両国とも急激な発展の裏付けにはエネルギーが必須。両国ともにその確保を目指していますが、将来的な管理がしっかりしているインドのほうが、中国よりもずっとふさわしいはずです。しかし、日本の原子力発電技術は、すでにかなりの部分が中国に伝わっています。小泉ー竹中改革の時にクビになった中高年の技術者が中国にわたって、伝えている。財界はもっと本腰を入れて考えるべきだと思います。

 アメリカは方針転換後、核拡散防止条約に加盟していないインドに対しても、原子力技術の提供、協力を行っています。

 韓国の原発技術は、もともと日本のものです。これを韓国がインドに提供しているのだから、日本にとっては又貸しみたいなもの。日本は原子力分野で高い技術を持ちながら、非核三原則などが自らの「枷」となっているのです。

「核兵器」と「平和利用」を現実的にきちんとわけて、ビジネスとして考えるべき時がきていると思います。

 あえて言わせていただければ、軍事産業も含めて、将来を考えるべきです。もちろん、日本が武器を作って中国に売ることはできない。むしろ、中国の軍事産業と戦わなくてはならない立場です。つまり、この点でもマーケットとして最も大きいのはインドなのです。

 近い将来、アメリカはインドに二百機の航空機を納入予定です。日本はこうした分野でも参入が可能でしょう。可能性は無限にあるはずです。

 昨年、経団連で初めてインドの首相が講演を行いました。これまで日本の経済団体で「インド関係」は商工会議所が担当してきて、経団連はもっぱら中国ばかりを向いていた。しかし、ここにきて経団連が本腰を入れてきた、ということは大きな一歩でしょう。

 入り口はアメリカから誘導されての関係構築かもしれませんが、こうした動きも活発になってほしいものです。

 日本人にとって、インド人はそれほど「理解が難しい」国民性ではありません。日本は次の世代のためにも「アジアの地形」を頭に入れたうえで、それぞれの国民性、行動パターンを把握すべきです。

 特に、中国についての対応策が知りたければ、中国と何度も戦っているインドに学ぶことはたくさんあると思います。

※『WiLL』(2011年3月号)より転載。

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