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2011年5月

2011年5月26日 (木)

(25) 命をかけたチベット青年会議のハンスト

[解説] インドのデリーでチベット青年会議のメンバー3人が続けているハンガーストライキについて。ンガバでの中国政府の弾圧に抗議する命をかけた断食。将来のある若者たちが非暴力の抵抗を続けています。※5月22日に東京渋谷で行われるデモについてはStudents for a Free Tibetのサイトをご覧ください→2011/5/22 Stop Killing Kirti !! ンガバ弾圧停止を求めるデモ行進 in渋谷 Free Tibet

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(24) ンガバで起きている弾圧について

[解説] チベット東部アムドのンガバ、キルティ僧院で現在起きている弾圧について。若いチベット僧侶の焼身自殺からはじまり深刻な状況にあるキルティ僧院。世界中で中国政府に対して抗議の声が上がっています。※5月22日に東京渋谷で行われるデモについてはStudents for a Free Tibetのサイトをご覧ください→2011/5/22 Stop Killing Kirti !! ンガバ弾圧停止を求めるデモ行進 in渋谷 Free Tibet

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(23) 大震災と原発事故を巡って

[解説] 東日本大震災と福島第1原発事故、転換期にある日本について。※2011年4月14日収録。

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(22) インドと中国の駆け引き

[解説] 印中の国境問題。大国に挟まれるカシミールとチベットについて。

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(21) チベットの新しい政治リーダー

[解説] チベット亡命政権次期首相選挙の有力候補、ロブサン・サンゲ氏とテンジン・テトン氏について。チベットの新しい政治リーダーが発表されるのは2011年4月27日です。

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2011年5月17日 (火)

【インタビュー】チベット、そして日本を語る

破壊されたチベット文化

──チベットは、もともと中国の一部ではありませんよね。

 そうです。チベットは1949年に中華人民共和国が成立すると同時に軍事的に侵略された国ですので、現在は、法的に言うと占領下の国家と言えます。中国の支配に対して、正当性が十分にないため、今でもチベットでは抵抗運動が続いています。
 面積は約250万平方キロメートルで現在の中国の約4分のーがチベットです。中国全土は950万平方キロメートルありますが、その中で63パーセントはチベット、ウイグル、モンゴルなどの国家が占めていますので、中国は、日本人がよく言うような大きな国では決してありません。チベットの領土は現在、中国の下で6つの行政区に分かれています。いわゆるチベット自治区のほか、青海省、四川省、雲南省、甘粛省、陳西省に分割され、併合されています。
 1959年3月10日には、チベット仏教の法王であるダライ・ラマ14世が中国の弾圧によってインドのダラムサラに亡命し、同時に8万人のチベット人がインド各地に亡命しました。したがってこの日は毎年。世界中でチベット決起集会などが行われています。
 また、中国の弾圧によって、多くのチベット人が直接的・間接的に犠牲になりました。その数は、中国人民解放軍が入ってきた1950年から87年頃の統計だけでも約120万人に上っています。チベットでは現在も1000人以上の「政治犯」が刑務所に入っていて、その人たちとは自由に接触もできません。
 これに対して、世界の人権団体などが中国政府に抗議をしています。しかし中国は聞く耳を持ちません。また、世界中が中国の安い労働力と、中国がチベットなどから奪った地下資源等を当てにしていますので、諸外国は中国に対して、十分な非難声明を出せない状況にあります。ただし議会では、日本以外の先進国はチベット問題に関して、少なくともダライ・ラマ法王と北京政府が対話し、平和的に解決するようにという決議がなされています。
 チベットにおいて中国が行っていることは、同化政策です。チベットやほかの民族をすべて中国化していくのが狙いです。中華人民共和国は、設立以来、世界の覇権を狙っているので、覇権国家としての政策を着実に実行しています。例えば中国の教科書を読むと、沖縄まで自分たちの領土であると書いてあります。沖縄は日本に戦争で奪われた土地だというのです。チベットについても同様で、清朝時代や元の時代にチベットは中国の一部だったとしています。
 チベットは2100年以上もの歴史を持つ国家です。その間、中国がチベットを支配した実績はありません。中国が勝手に言っているだけなのです。沖縄も同じです。中国からすれば、かつて何らかの朝貢を受けたり、影響を及ぼした所は、全部自分の領土だというわけです。最近、中国が軍事的、経済的に強くなって、この傾向はますます強くなっています。日本の尖閣諸島に対するクレームも、その延長だと思います。

──同化政策はどのように行われましたか。

 同化政策の中心は、まずチベット語をなくすことです。中国は1960年代から89年まで、チベット語を禁止しました。しかし89年に胡耀邦が総書記になった時に政策が変わり、一応チベット語を教えて良いことになりました。でも実際は、チベット語を勉強しても就職はなく、上級学校にも進学できない。道路標識も中国語で、役所でも中国語しか使っていません。だから構造的にチベット語はなくなりつつあります。また、チベットの民族衣装は長い布で作られていて、腰のひもを取ると布団にもなるものですが、中国はそれを作らせないために、短い布しか売ってはいけない規則にしました。中国は次々とチベットの伝統文化を破壊しているのです。

──特にチベット仏教のお坊さんは弾圧されましたね。

 宗教はアヘンであるという前提のもとで、お坊さんたちが一番被害を受けました。お坊さんは文字の読み書きができるインテリです。エリートをまず抹殺するのは共産主義の特徴の一つです。また、チベット人のアイデンティティーの根本には、チベット仏教があります。それを破壊するために、中国は、お坊さんたちに布教活動を禁止し、国民にも、私たちにとって信仰の対象であるダライ・ラマ法王の写真を持つことをいまだに禁じています。
 中国の侵略以来、多くの高僧たちが激しい拷問を受けたり、なぶり殺しにされてきました。一般大衆は、その様子を見ることを強制されます。それがいわゆる人民裁判です。ほかにも「反社会分子」とされた人々が人民裁判にかけられました。そこでは、しばしば子供が両親の罪を糾弾したり、逆に両親が子供が銃殺されるところを見せ付けられ、その上、銃弾の費用まで払わされたりしました。また、女性への強制不妊手術、尼僧への強姦、「健康チェック」の名目で行われる血液や体液の強制抽出、子供狩りなども行われました。電気ショック
や空中吊りなど、残酷な拷問の掛け方は、おそらく世界でも例がないほどです。この20世紀末や21世紀において、ここまで酷いことを行っているのは、世界で中国だけではないでしょうか。

──そういったことは報道されませんね。

 今のマスコミはコマーシャリズムになっていますから、スポンサーがメディアに圧力をかけます。そのスポンサーに対して、北京政府がいろいろな形でコントロールをするので、中国の批判をしにくい現状があります。チベットやウイグル、南モンゴルなど、ほかにも悲劇的な現状はいくつもあります。メディアは本来、正義の側に立ち、声なき人の声を代弁し、自国民に対しても同じような運命に遭わないように警告すべきなのに、それができていないことが残念です。特に日本ではその傾向が強いです。北京政府は、軍事独裁の国に対しては、仲間として様々な援助をしていますし、資本主義国に対しては、利益優先主義をうまく活用しているのです。

中国のチベット侵攻

──中国はなぜチベットに侵略してきたのですか。

 1つは毛沢東の断続革命です。毛沢東は、中国の人民に対して華々しい未来を約束したけれども、実際はできませんでした。ちょうど民主党のマニフェストのようなものです。口では良いことばかり言っておいて、ちっとも実現できないのです。だからチベットなどで断続革命を行うことによって、まだ革命が完成していないから実行できないのだというポーズを示したのです。2つ目は、当時はまだ武器がコンピューター化していませんでした。戦争は陸続きで、ミサイルも柑手国まで飛行機を飛ばして落とさなければいけない。今のように自国からボタン一つで飛ばせませんでした。そういう意味では、インド、ブータン、ネパール、ビルマなどと国境を接しているチベットは、地政学的に、中国の安全保障上、非常に重要な位置にあるのです。
 3つ目は、チベットが資源大国だからです。今、世界にあるウラン、リチウムなどはほとんどがチベットで採れています。水資源も世界一であり、アジアの大きな川はすべてチベットから流れています。
 この3つが大きな理由です。もうーつ付け加えれば、チベット自身が平和ボケしていたことが挙げられます。チベット人は、仏様に祈っていれば平和を維持できると思っていました。だから、中国が侵略してきた時に、お坊さんは2万人以上いましたが、軍隊は1万人強しかいませんでした。それも有事の場合のみ集めていました。ですので、周囲の国が侵略してきた時の備えがなかったのです。これはチベットが16世紀から21世紀初頭まで鎖国政治を取ったことに原因があります。鎖国をしたおかげで、他国から植民地化されることなく平和に暮らすことができましたが、反面、外の世界からシャットアウトされて、自分たちの世界の中だけで生きてしまいました。1930〜40年代にネパールなど周辺国から、ヒマラヤ連邦を作って協力し合おうと言われても、相手にもしませんでした。だから北京政府のやり方を批判すると同時に、チベット自らも反省すべきところはあります。

政教分離の誤解

──日本に来て最もびっくりしたことは、多くの日本人が「特に宗籔を信じていません。ハハハ」と笑うことだったとか。

 日本人はそんなに、自分のことを完壁な人間だと思っているのかと、びっくりしたのです。日本には、政教分離についての勘違いがあると思います。例えば世界で一番長い憲法をもつインドも、政教分離を誇りにしています。でもインドの歴代の大統領を見ると、ヒンドゥー教徒が大勢いますし、イスラム教徒もシーク教徒もいます。無神論者の大統領もいますが、無神論者でも自分なりのちゃんとした哲学を持っていました。インドの1年間のカレンダーを見ると、お釈迦様の誕生日、キリスト様の誕生日、モハメッド様の誕生日などは全部休みです。インドの大統領になったら、特定の宗教をひいきにせず、国民にも特定の宗教を押し付けてはいけません。これが政教分離の原則です。
 ところが戦後の日本では、公共の場から宗教を追放することが政教分離だと誤解されるようになってしまいました。その背景には、先の戦争において、欧米諸国と戦ううちに、神道が日本の国教のようにとらえられたために戦後、神道を排除してしまったことがあります。もうーつは、広島、長崎に落とされた、科学の産物である核兵器によって負けました。そのショックが大きかったので、科学万能主義の傾向が出てきたのだろうと思います。ですから、インテリで理性的な人間は「宗教は信じないし、科学的なもの、目で見えるもの、手で触れるものしか信じない」と言うようになってしまいました。でも人間には、理屈では説明できない事柄がたくさんあります。例えば、寝ても覚めても頭の中から消えないほど好きな人がいたとしても、その「愛」は目には見えません。でも愛は確実に存在して、そのために人間は苦しんだり考えたりするわけです。だから愛を薔薇の花に託したり、口に出して表現したりする。そういう経験をして、自分の幸せは肉体的、物質的なものだけではなく、精神的な要素も必要だと感じるわけです。

 ですので、日本が世界から尊敬されるためには、や精神的な要素が大切で、そのためには、やはり何か信じるものが必要だと思います。信じるものは、何も特別なものでなくて良いのです。例えば日常生活の中で、おじいさんやおばあさんから受け継いできた価値観があるでしょう。その根底には宗教があるわけです。要は、哲学するとか、深く考えるためには、土台となる価値基準が必要です。その基礎を身に付けることが大切なのです。例えばシンガポールの学校には以前、宗教の時間がありました。仏教、イスラム教、キリスト教のクラスなどのほかに、無神論のクラスがあって、どこかーつに行かなければいけないことになっています。そうやって、自分の価値基準が持てるように教育しているわけです。日本人の中には、世界から見たら、宗教の定義にきちんと当てはまらないような、いかがわしい教えに付いていく人が結構います。それは、普段からこうした教えに対しての免疫がないからだと思います。
 インドの独立の父・マハトマ・ガンジー首相が、「人間と動物の大きな違いは、倫理や道徳があるかどうかだ。そして、その人の倫理や道徳が本物かどうかは、裏付けとして、その背景に、きちんとした宗教的な価値観があるかどうかだ」と言っています。

日本人の根っこは何か

──日本の進むべき方向について、どう思われますか。

 私は日本人が教育勅語をちゃんと読むべきだと思います。教育勅語の中で天皇陛下が「われわれの先祖は広大な理想を持って国造りをした。今日の繁栄があるのは、先人たちのおかげだ」とおっしゃっているのは特にすばらしいことです。教育勅語をよく読んでみると、仏教や日本の伝統的な価値観が十分に生きています。これまで日本を強くしてきたのは、人間の絆だと思うのです。お互いに信頼し合い、うちの会社とか、うちの学校と言い合うような結び付きがある。実家や先祖代々のお寺もある。そういう根っこを日本人は大切にしてきました。でも、戦後にできた教育基本法などは、外国のいろいろな良い面を取ってはいますが、根っこの思想がない。そこが問題だと思います。だから戦後に教育を受けた人たちが、夫婦別姓にしようとか、政党によっては外国人が党員になり、党首選挙にも参加できるようにしようといった、日本人の絆を断ち切るような事柄をたくさん生みだしています。
 教育勅語は明治時代のものですが、今でも有効だと思います。いや、今の時代だからこそ、そういう普遍性のある思想が必要です。お釈迦様の教えは2550年、イエス様の教えは2011年以上も受け継がれている普遍的な価値です。そういうものと、あちこちから引っ張って作った価値観は大きく違います。もう一度、他国から模範的な民族として憧れを受けてきた日本ならではの根っこを強くするべきだと思います。それには、日本人が持っている公共心だとか、属意識を大切にすることが必要です。
 私が日本に来て一番学んだことは、日本人の仲間意識の強さです。日本人は同じ釜の飯を食うとか、裸の付き合いだとか、共通の体験や人間関係を重視します。私が通った埼玉県の飯能高校は、決して勉強ができたわけではないけれども、スポーツや喧嘩だったら負けませんでした。だから飯能高校のバッジを付けているだけで、そういうアイデンティティーと誇りを持っていました。それによって、自分を抑制したり自粛したりしたものです。
 大学に行けば、先輩が飲み方を教えてくれておごってくれ、その代わり間違ったことをするとほっぺたを叩かれました。そういう先輩は、恩師が亡くなって17回忌になっても、わざわざ九州からやって来ます。先輩が来ると、私たち後輩はいまだに緊張します。今はそういう文化がなくなってきて、学校で喧嘩があると、すぐに教師の責任だとか監督不十分だと言われるようになってしまいました。悲しいことです。社会もマスコミも一緒になって、そういう文化を根っこからなくすような報道の仕方をしています。

日本を貫く思想を

──治安について感じることはありますか。

 私は、警察官の数を増やすよりも、犯罪の要因をなくすことを考えることが重要だと思います。犯罪をなくすためには、地域の人たちの交流を学校と家庭に取り戻すことが必要です。教育は学校だけで行うものではありません。学校で良いことを教えても、家で親が悪い模範ばかり示したら意味がない。子供たちを皆でともに育てなければいけません。社会、学校、家族、国が、机の4つの足のようでなければいけないと思います。だから高齢者も、電車で中学生が席を譲ってくれたら「私は大丈夫」とがんばらないで、「ありがとう」と言って座ることが、良い教育になると思うのです。

──警察官へのメッセージをお願いします。

 私は1970年代頃、外国からお客さんが来ると、よく一緒に交番に行って、英語で道を尋ねました。すると若いお巡りさんが先輩に向かって「巡査長、大変です。外国人です」と言う。それで巡査長が出てきて、一生懸命説明してくれて、そのうちに、面倒になって一緒に行ってくれたりします。これほど親切なお巡りさんは世界でも珍しいですよ。だからそれを外国人のお客さんに見せたくて、わざと英語で道を聞いていたのです。最近は、交番に質問しに行っても、かつてのような情がないように思います。特に、女性警察官が融通がきかないように感じます。どうか機械のようにならないでください。お巡りさんは、温かいハートの持ち主であり続けてほしいです。
 それから現代は、科学の進歩やITの発達によって、世界が小さくなりました。しかし、それによって私たちの人間関係が希薄になって、親子でもしゃべる代わりに携帯でメールをするような状況になってきています。また、日本政府は、留学生を30万人にするとか、200万人の外国人労働者を入れないと経済が成り㍍たないと言っています。犯罪にしても、地域の声、国家の声とともに、外国の反社会的な団体が人り込んできています。そういう中で治安を守るのは本当に大変なことであり、命がけの仕事です。だから警察官が、自分の仕事に誇りと目的を持てる世の中にならなければいけないと思います。その代わり、国民は警察官の命がけの仕事を評価して、感謝しなければいけない。国としても、安全な社会を維持するために、警察官の生活をきちんとした形で保証する。それが国家としてのあるべき姿だと思います。

※『BAN』(2011年5月号)より転載。

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石原東京都知事に期待する


政府は指導力を借りよ
国難に望まれたリーダー牲

 4月14日の統一地方選で東京都民は時代を認識し、現実的な選択をした結果、石原慎太郎都知事が見事に4選された。私は正しい判断をした東京都民に対して敬意を表するとともに都知事に紙面を借りて心からお祝いを申し上げたい。再選の要因は色々あると思うが私は特に国難に際し、都民即ぢ国民がダイナミックで経験豊かなリーダーを望んでいたからではないかと思う。
 国家を家庭に例えるならば父親的な存在で家族を思い、家族のために良いと思うことは行い、たまには厳しいことも言う。国家のリーダーも父親的な気持ちで国民を思い、国を憂い世論に迎合することなく国民と国家にとって良いと思うことを行い、その方向性を示していくような存在が最も今の世の中が必要としているのではないかと思う。本来であれば私は知事には再度国政へ復帰し、この厳しい状況を切り抜くため首椙になってもらうことがこの国のためであると思っていた。しかし、状況に反応し時代の求めに応じることも優れた指導者の運命であるのかもしれない。

 家族の中においては家長の選挙はない。父親がいちいち家族のご機嫌を取る必要もないが、もちろん家族が一丸となって父親が示す方向へ進むためには十分な説明を行い、納得してもらってから一丸となって前進することが最も理想的である。幸い石原知事は作家という職業柄もあり都民、国民に対する説明能力は十分にあり、しかも飾り気のない言葉で常にご自分の考えを発信されている。恐らく都民もこの真意を理解し、今回の結果になったのではないかと思う。

 それに比べると大変表現しにくいが、今回の被災地の首長や政治家の中には必ずしも建設的な意見というよりメディアや世論を意識し過ぎているような発言も見受けられる。例えば、東京電力の社長との面会を二度も拒否した某政治家の姿勢も発言も私はあまり建設的に受け止めることは出来なかった。過剰にメディアを意識した言動が醜く見えた。
 今は誰が悪い、彼が悪いと言って責任転嫁するよりも関係者が会って知恵を絞り、まず第一に現状の改善、第二に今回の体験を生かし、いかに亡くなった方を含めてその犠牲を無駄にしないための教訓を生かす方法を考え、第三にこの国難を乗り越えるだけでは無く、いかにこれを発展的なものに繋げていくかということを考えるべきではないか。
 私は報道系の番組に出演中のNGOの方の発言も政治家たちに似通っていることに、無責任で済まない身勝手さのようなものを感じる。確かに政府の対応にも東京電力の対応にも理想通りとは言えないものがあるが、懸命に取り組んでいる方々、特に命懸けで現場で対応している人々や、寝る時間もなく情報収集し、伝達に神経を使っている人々の身にも少しはなるべきだと思う。
 今回の震災は大変なことであり、悲しいことであることは誰もが分かっていることで、大切なことは国、地方行政、国民そして世界までがそれぞれの立場でこの現状を少しでも改善できるよう努力しようとしており、またそうしなければならない時期ではないか。私が今回の事件を通して真剣に考え、いくつか反省に基づく新たな提案事項を紹介したい。
 第一に菅直人総理は石原慎太郎知事に対し、兼職の形で副首相格を与え、この事態に対応する大臣としてお迎えすること。私は知事の性格からも党利党略や私利私欲で行動することなく、国のことを思い、国のために全力を投入し、この国難を乗り切ってくださると思う。第二に議会は外国からの侵略や戦時だけの対応ではなく、自然災害などで国が国難に陥った時の非常事態宣言や戒厳令などについて法整備を急ぐこと。第三に日頃から高校・大学生を中心とした青年に対し自発的に入隊できる義勇青年警備団を組織し、元自衛隊員や元警察などが教官を務め、非常事態の時に備えて治安維持及びある一定の軽武装などもできるような組織を総務省と防衛省、文部科学省の管轄あるいは協力のもと結成すべきだと思う。
 インドには1948年からNCCという組織ができており、私が少年時代の中印戦争、印パ戦争の時は多くの若者たちが自発的に参加し活躍した。この組織は、ある面でボーイスカウトなどにも似通っているが、一番違うのは祖国のため、いざ必要あらば命を賭ける覚悟を参加者が持っていることである。またこの青年たちの中には軍隊や警察に入隊する人も少なくなく、国からも優先権を与えられている。彼らは警察や軍隊が不在、不足の場合、その役割を担うため日頃から訓練されており、精神的にも肉体的にも交通整理、治安維持や非常事態における誘導、そして防衛に関する最低限度のトレーニングを受けているため即戦力となる。
 私の提案についての詳細は、これから機会があれば今後も具体的な提言をしていきたい。最後に知事の益々の活躍と日本国の早期再起および再興を心からお祈りしたい。

※『世界日報』(2011年5月4日付)より転載。

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