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2011年8月

2011年8月29日 (月)

南、東アジアの接点に(駐日バングラデシュ特命全権大使の談話)

日本の国連常任理事国入りを支持

ペマ 大使閣下はバングラデシュの外交官の中では日本に深い関わりを持っておられて、前回私が別の勉強会でお会いした時は公使でおられ、今回は大使に昇格されていらっしゃいます。日本とバングラデシュを結ぶキーパーソンでいらっしゃいますので、この会で皆さんと交流を持っていただければと思っております。

大使 今日はこうして皆さんとお会いできたことを大変光栄に思っております。
 私の名前はムジブル・ラーマン・ブヤンです。名字以外の名前は初代の大統領と同じ名前です。彼は非常に弁舌のたつ人でした。大使として赴任したのは6 カ月半前のことで、その前はブータンのバングラデシュ大使を9カ月半務めました。その前は日本の次席公使として3年11カ月駐在しました。その前は極東局長として3 年間、バングラデシュの外務省におりました。
 その時に当時の首相と副外務大臣に同行して日本に来ました。私は外交官であります。大学の専門は工学部ですが、国家公務員の試験を受け、オックスフォード大学から外交史の学位をもらいました。またホノルルにあるアジア太平洋センターでも勉強しました。デリーとテヘランの高等弁務官及び大使館に勤めました。以上が私の自己紹介となります。
 できれば、皆さんからご質問をいただき、それにお答えしていくという形をとりたいと思います。

ゲスト バングラデシュの人口は現在どれくらいですか?

大使 今国勢調査中で正確な情報ではないのですが、大体1億5千万人です。

ゲスト 日本にはバングラデシュから留学生はいますか?

大使 以前は沢山いましたが、最近はビザの取得が難しくなり減少傾向にあります。10年ほど前はバングラデシュから多くの留学生が日本に来て、まずは日本語を学びその後は専門職につきました。どの学校でもバングラデシュの学生は優秀だと褒めていただき、そういった教育、研究機関で雇ってもらったりもしていました。

ゲスト 言語は何を話されていますか?

大使 ベンガル語です。

ゲスト インドの方はベンガル語を理解するのでしょうか?

大使 では、バングラデシュのことを少しお話しましょう。今日は特にバングラデシュについて、またバングラデシュと日本の関係について話をしようと思ってまいりました。なぜならばバングラデシュは我々の期待ほどには日本のメディアで取り上げられていないからです。
 バングラデシュは本来、独自の歴史と文化を持ち、特に詩人を多く生み出したように、とても平和な文化があります。この数年間バングラデシュは社会、経済的に著しい発展を遂げているのですが、それについてはあまり知られていないように思います。人口からいうと、バングラデシュは世界でも大きい国の一つに入ります。ベンガル語という言語を話す人口もかなり大きいものになります。世界全体の中からすると、私どもの経済が占める比重というのは小さいものですが、人口を抜きにしても国土として考えると大きい経済区域でもあります。近隣国が大国ですから、我々の国が小さく見えるのです。
 バングラデシュの歴史は、インド亜大陸の歴史と同様に古いわけです。この大陸の中においてはバングラデシュは最も著名な国だと思います。それは一つにはバングラデシュの教育水準が高く、南アジアにおいて非常に有能な人達を多く輩出したということと、もう一つは南アジアと東アジアを結ぶ接点として両方と関係を持っているということです。バングラデシュは実際、世界の科学の発展に貢献してきでいるし、また文学においても貢献してきております。
 1971年に我々は、新しい歴史をつくることになりました。その年に独立戦争があり、独立を勝ち取りました。日本は当初から、私達に一つの希望を与えてくれていましたし、モラルサポートも物質的なサポートもして下さいました。それ以来、日本とは非常に親しい関係を維持しております。
 日本とバングラデシュは国旗も似ています。日本は白地に太陽、我々のは緑に太陽があります。日本は6世紀以来、仏教を導入すると同時に南アジアと、深い関係ができました。その頃のインドというのは今日の私達のことであり、その辺りから日本との関係は深くなりました。
 独立以来、日本は多大な経済援助をしてくれています。そのお金はバングラデシュの社会的、経済的発展に大きく寄与しました。我々としてもその政府開発援助(ODA))を有効に利用することができ、日本のODAの援助のサクセスストーリーにもなりました。日本は国際協力機構(JICA)の大きな事務所をダツカに置いています。また、貿易においても一番大きなパートナーです。国際問題、国際社会においての活動でも、日本と協力し合って同調することが非常に多くあります。バングラデシュもできるだけ国際平和に貢献しようと努力してまいりました。
 私自身、長い外交官の経歴の中で、二カ国間の問題を主にやってきて、多国間の問題についてはあまり関わってきていないので、ここで国際問題の権威として申し上げることはできませんが、わが国の政府は日本の国連における役割については常に支持をする立場を取っていると思います。日本の常任理事国入りについても、わが国の政府は、何年も前から明確に日本支持を表明しております。
 G4全体については、私はこれだというような情報を持っておりません。日本とバングラデシュの間には政治的には良い関係があるにもかかわらず、経済、特に貿易や投資に関しては期待するような状態にはなっておりません。

投資企業の87%が利益あげる

 しかし、この2年くらい日本の経済界がバングラデシュに興味を示し始めていることは事実です。昨年はバングラデシュから日本への輸出が40%増加、日本からの輸出も50%増となりました。この2年間,日本からビジネスの可能性を探してバングラデシュを訪れる経営者の方々が倍に増えました。我々が発給しているビザは倍になっています。昨年の暮れから夏にかけて,バングラデシュの首相が来日したのですが、彼女の一番の目的は日本からの経済交流、特に投資関係を促進するためでした。
 首相が見えた時に,東京商工会議所とバングラデシュ・日本経済委員会合同の晩餐会が開催されましたが、有料だったにもかかわらず、参加希望者が多くて主催者は一部の希望者に対し断りを入れないといけないほどでした。
 また、首相は大阪でも講演をなさいました。さらにこの2 年間でユニク口、三井、NTT、ドコモなどの大企業がバングラデシュに入ってきており、ビジネスを始めた人たちの87%が利益を上げております。おそらく、これからも日本の大企業がどんどん進出してくるでしょう。
 日本の日本貿易振興機構(JETRO)などによれば、バングラデシュは日本にとって最も利益の出る国の一つだと言われております。また、日本政策投資銀行(DBJ)の話ではバングラデシュは魅力的な投資先として世界日位に当たるそうです。バングラデシュも外国企業に対し、税金をかけない期聞を設けたり、関税を抑えたり等様々な優遇策を講じてお
ります。
 それから投資を保護すること、お金の持ち出しも認めるなど、ちゃんとやっております。またあれだけの人口のある国ですから、バングラデシュそのものが大きなマーケットになっています。有能な人材がすぐ確保できることも魅力的です。そして、バングラデシュは様々な国々との条約に基づいて非関税の対象になっておりますので、バングラデシュで生産したものを輸出するということに対しても有利であります。

日本とEPA前提に交渉

 なによりも友好的な環境があります。我々はすべての外国と仲良くする全方位外交を展開していますが、特に日本とは非常に友好的です。バングラデシュは毎年、輸出項目を増やしておりますし、高品質の品物が増えております。本来、主な輸出品は麻や皮、海産物でしたが、今は衣類、軽工業品、薬品、セラミック、工芸品など色々なものを輸出しております。さらに、小型、中型の船舶も製造し売り出しており、バイクはマレーシア、アメリカにも輸出しております。
 バングラデシュは環境を重視した生産体制にありますし、ゆくゆくは輸出主導型の経済体制の構築を計画もしています。今回の首相の来日で、日本とバングラデシュ両国の首脳は、先々は経済連携協定(EPA)も結ぶという前提で交渉をして,バングラデシュと日本の経済関係を強化し促進しようということになっております。
 わが政府としては、日本に対し経済特区を提供しようということになっています。法制度が整備され、政策が変わることのないこともお伝えしたいと思います。
 大使館は今日、ここにいらっしゃるようなバングラデシュに関心を持っていただける方のためにありますので、、どんどん活用していただけたらと思います。

※『政界往来』(2011年9月号)より転載。2月28日に開かれた駐日バングラデシュ人民共和国特命全権大使との朝食会での発言を採録したものです。

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日本とインドの関係拡大を

相互補完で経済再生へ
包括的経済連携協定が発効

 今回日本を襲った大震災の陰になってそれほど注目を浴びなかったが、実際は大きな出来事があった。日本とインドが包括的経済連携協定を2月に結び、この8 月から実効している。IMF(国際通貨基金)などによると今後5年以内にアジアの経済はアメリカとEUをほぼ合わせた規模の経済に拡大する。その中でもインドはこの20年間確実に成長し、昨年は8%、今年は8 ・5 %の成長を見込んでいる。

 日本は高齢化社会で65歳以上の人日が23%を占めているのに対してインドは50%が25歳以下という日本とは逆を示している。つまり経済が低迷気味である日本と経済的に躍進しているインド、高齢化社会で悩む日本とダイナミックな、しかも高質な労働力となる若い世代に支えられているインドが、互いに補完しうる部分が大変大きい。アジアの経済の中核を担うインドと中国だが、日本は今まで中国一辺倒で投資し、日本の高度な技術を移転して来た。お陰で中国の対外貿易は北京政府が、いわゆる改革経済に踏み切った時の200億ドルが2001年には5090億ドル、そして今年度上半期では1兆7000億ドルに達している。これはまさに日米と台湾のお陰である。

 しかし、中国のこのような著しい経済発展は日本にとって一時的な「吉」であっても長期的な「凶」に転換することは間違いない。なぜならば中国は既に日本を経済的にも侵略しようとしているからである。

 一方、インドにはそのような野心は少なくとも日本に対しては無い。従って、この日本とインドの包括的な自由貿易の協定は両国のみならずアジア全体のために、世界のために良いはずである。両国は1年以内に現在の中国と日本の経済関係に相当するまで伸ばしたいという目標を持っているようである。

 今回の協定は人的交流にも配慮しているようで、短期滞在訪問者のために入国手続きを簡素化し、入国管理法とその手続きの透明性を確保しようとしている。また日本側は、契約サービス提供者、独立した専門家による会計、研究開発、観光ガイド、市場調査、経営コンサルティングの提供を許可するとしている。インドからのヨガのインストラクター、古典音楽や舞踊教師、インド料理の料理人、英語教師なども受け入れやすくするようである。これは大変歓迎すべきことであると思う。日本とインドがお互いに有益な条約を提携し、親密な関係を構築することは最も自然なことであると思う。

 今後はさらにこの協定がより有益性を高めるため、双方が人材育成に力を入れる必要があるだろう。インドから中国留学生を上回る留学生がアメリカに行ってのに、日本にはまだ1000人にも満たないのが現状である。日本から近年外国への留学生そのものが減少している傾向があると言われるが、とにかくインドへの留学生は非常に少ない。

 インドは今年の国勢謡査で12億2000万の人口を持っていることが明らかになり、2030年ごろまでには中国を追い越すと言われている人口大国でもある。長年の英国による植民地支配の影響でインド各地には数多くの英語を媒体とする学校が点在し、世界に通用する国際ビジネスマンを輩出しているが、技術などの面においてはまだまだ日本に比較すると残念ながら遅れを取っている。

 報道などによると日本から15万人の経験豊かな技術者が中国や韓国に流れ、それが今となっては両刃の剣となり、逆に日本の競争力において脅威となっている。これは残念ながら橋本内閣から始まり、小泉内閣で加速した無計画・無策の自由化によっ
て一時的な利益を追求し、沢山の有能な人々を一方的にリストラしたことの報いであると言わざるを得ない。日本と中国、インドと中国はそれぞれ領土問題などを抱えているが、幸い日本とインドはそのような衝突は現存しなし、未来にも起きる可能性はほとんど無いと言えよう。従って私は計画的に日本の経験豊かな元企業戦士たちをインドに送り込み、既に発展しつつあるインド経済の活性化を加速させるのに協力することは結果的に日本の経済の再生も繋がると信じる。

 日印関係が良好な方向に向いてはいるものの、日本はまだ十分インドの無限の可能性に気付いていないようである。日本国内にいて原子力問題が政治家や一部企業人の利益のために政治問題の人質になっている間も韓国とインドは原子力協定を結び、日本はここでも韓国に一本取られたように思う。日本はグローバルな視野で真のパートナーを求め21世紀に向けて強く、這しく羽ばたいて欲しいと願っている。

 テレビ各社や新聞は菅首相が辞めようという前提で次の首相についてキャンペーンを始めているようだが、残念ながら誰がなろうと万病に効く薬が無いように、今の日本の問題を全て解決できるよなリーダーの出現は望めない。民主主義社会においてはむしろ国民一人ひとりが主権者としで自覚と責任を持つことが先決であり、マスコミにこれ以上惑わされること無く建設的な世論作りに各自が動するほかないと考える

※『世界日報』(2011年8月17日付)より転載。

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2011年8月16日 (火)

中川志郎元上野動物園園長との対論 「パンダ外交について」


≪中川志郎氏≫

 

■日中を結びつけた“功労者”

 --昭和47年にはパンダが初めて来日し、大ブームとなった

 「日本と中国が国交を回復した直後、両国が再び付き合いを始める印として、パンダが贈られることが決まった。当時、パンダは地球上に千頭しかいない、とされており、一般の人たちはほとんど、パンダという名の動物を知らなかった。一体、どんな生き物なのか、日本中で関心が高まり、多くの新聞や雑誌などで取り上げられたことで、そのかわいさと愛嬌(あいきょう)のある仕草に国民は圧倒された」

 --来日したパンダの飼育に携わられた

 「私は1969(昭和44)年にロンドン動物園でパンダの飼育実習にかかわった。パンダが日本に来ると決まってからは、受け入れチームが作られ、準備を進めた。国民の期待は大きかったが、日中の国交回復を快く思わない者もおり、飼育係は親善大使のパンダに傷が付くようなことがあってはいけないと心配をしたものだ」

 ○外交的な意味ある

 --中国がパンダを外交に利用しているとの指摘もある

 「中国が外交利用を意図したのかは不明だが、国家元首が他国を訪れた記念に、動物が贈られることはよくある。『一頭のパンダは十人の外交官に勝る』という言葉があったが、外交的な意味でみれば、パンダを贈られたことで、日本人の中国人に対するイメージは変わった。戦争を経て離れていた日本人と中国人の心を結びつけた最大の“功労者”がパンダだったのではないか」

 --パンダを借りる際に支払うお金が話題になっている

 「一般にレンタル料と呼ばれているものは、実際は、パンダの繁殖生態研究のために支払われるお金だ。パンダはワシントン条約で保護されている動物であり、(生息地域から)移動させてはいけない。政治的に寄贈したり、贈呈したり、無料で貸すことには厳しい制約がある。だが、繁殖のための研究をする、あるいは、動物学的な研究をする目的で移動させる場合は、その制約が外れる。中国は『研究のために使ってください』との名目で、他国にパンダを貸し出している」

 --なぜ、お金が動くのか

 「他国に貸し出すことで、パンダは繁殖の機会を奪われる。こうした状況をカバーするため、パンダを借りる国は、パンダの人工授精、共同研究など、研究費の一部を負担している」

 ○保護のための費用

 --多額の料金を支払うことには批判もある

 「保護繁殖のための費用であり、損得感情で見るべきではない。パンダの保護に協力したいと思う国は積極的に資金を出してもいい」

                   ◇

 

≪ペマ・ギャルポ≫

 

■国家ビジョン達成の道具

 ●日本の片思い

 --パンダ2頭が来日した

 「『平和の使者』『友好、親善の大使』のように言われるが、日本は中国に年間約7800万円を支払う。友情はお金で買えるものではない。両国が仲良く付き合っていくことは大切だが、いまは両国の関係は対等とはいえず、どちらかというと日本の片思いになっている。その思いは、中国に魅了されているからではなく、作り上げられた歴史への罪悪感から、一生懸命尽くしているといった印象だ」

 「もう一つ問題なのは、パンダが雲南や四川といったチベット人領域に生息している動物であることだ。中国が費用を取って貸し出せば、盗品を売っているのと同じだ。売った側にも責任はあるが、盗品と知りながら買えば、犯罪であり、道徳に反する」

 --パンダ人気に沸いた昭和47年の日中国交正常化当時と今では、状況は激変している

 「当時、大手新聞は、中国の十数カ所に油田が出ると報じた。結果的に期待したものではなかったが、中国と国交を結べば、油が手に入るといわれていた時代だった。また、経済的に遅れていた中国をどうにかしなくてはいけないという仏心が日本にはあった。だが、今は、中国は日本を追い越した。日本のリーダーたちが考えなければいけないのは、“強い中国”は日本にとっていいのか、悪いのか、ということだ。日本がどんなに(パンダを通じて)善意を尽くそうと思っても、中国は必ずしもそう考えてはいない」

 --中国が意図するものとは

 「中国は軍事増強を進め、国内においては、武装警察や公安の人数を増やして政府批判や反体制勢力を徹底的に鎮圧している。中国は、アジアの超大国になるという野望と戦略を持って、前進中だ。達成するためには、ソフトパワーもハードパワーも上手に使いこなす。例えば、尖閣諸島に侵入するような挑発行為をして相手を試す一方で、パンダ外交というような友好も演出する。日本は中国人民を苦しめている政権に対して『友好、友好』と言って、すべてのことに見て見ぬふりを決め込んでいるが、パンダは中国の国家ビジョンを達成するための道具の一つという現実を直視すべきだ」

 ●熱はすぐ冷める

 --パンダの来日で、動物園は入場者数の増加が見込めるのでは

 「今年の夏は、東日本大震災による節電の影響で、冷房の使用をひかえる家庭が、外出の機会を増やすかもしれない。動物園に足を延ばす人も多いだろう。(パンダという)新しいもの見たさで、ある程度の経済効果は見込めるだろうが、私はすぐに冷めるとみている」

                   ◇

※ 『産経新聞』(2011年7月29日付より転載)

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2011年8月15日 (月)

(37) 非常事態に混乱する政権政党

[解説] 震災以降の民主党政権の混乱と政党政治のあり方について。

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(36) 中国人観光客に対する数次ビザについて

[解説] 2011年7月1日に導入された沖縄を訪問する中国人観光客に対する数次ビザについて。最初の入国で沖縄に1泊すれば日本中どこにで­も行ける制度への疑問や日本の非友好国に献金される政党助成金など、政府もマスコミも海外からの工作活動に警戒心の薄い日本の現状について。

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(35) 国の運命を決める一票

[解説] チベットの現状から考える日本の選挙と有権者について。

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