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2012年3月

2012年3月26日 (月)

(66) アジア自由民主連帯協議会 その2

[解説] 1月に開催されたアジア自由民主連帯協議会の設立パーティについて。大戦後、独立を失った国と独裁政権に支配された国。現在のアジアと日本の危機。協議会を設立した理由。※2012年2月13日収録。 ※アジア自由民主連帯協議会主催 第一回講演会「焼身抗議の続くチベットの現状 今日のチベットは明日の日本か?」 2012年3月31日(土) 北沢タウンホール 講師:ペマ・ギャルポ

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2012年3月16日 (金)

(65) 質問回答 戦前の日本とチベットの関係

[解説 ]今回はいただいた質問に回答します。戦前のチベットは日本の味方だったのか?※2012年2月13日収録。

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(64) 2012年3月10日 今年のチベット決起記念日

[解説] 1959年3月10日のチベット蜂起から63年目の今年の決起記念日について。※2012年2月13日収録。 ※今年行われるイベントの一覧です。

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(63) 最新著「最終目標は天皇の処刑」

[解説] 最新著「最終目標は天皇の処刑 中国「日本解放工作」の恐るべき全貌」について。※2012年2月13日収録

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2012年3月15日 (木)

「明治天皇を尊敬する」ブータン国王


神と人との間で祈る存在

昨年十一月、ブータンの国王王妃両陛下が国賓として来日、国会でみごとな演説をされたほか、明治神宮、金閣寺、三十間堂に参拝、東日本大震災の被災地・福島県相馬市を訪問され、その優握な言葉と「祈り」の姿は日本中の関心を集めた。国王は、日本の歴史を学び、特に明治天皇を尊敬しているという。来日の間同行し、通訳をされたベマ・ギャルポ桐蔭横浜大学大学院教授にお話を伺った。


新憲法づくりで明治憲法も研究

──今回はどのような経緯でブータン国王の通訳をされることになったのですか。

ベマ 私は現在、ブータンの首相顧問をしています。前国王は私より二歳ほど年下で、十七歳の時に国王になられ、いろいろ苦労をなさった。ブータンは二〇〇八年に憲法が改正され、絶対君主制から立憲君主制に移行しましたが、それよりもずっと前から前国王は民主化を考えておられて、段階的に民主主義化を進めていました。憲法作成委員長だった高等裁判所長官と交流があったので、それの日本語訳にも関わってきました。

ちなみに、プータンの新憲法草案にあたっては長官が明治憲法を研究したほか、聖徳太子の十七条の憲法も取り入れています。法律は細かくなればなるほど抜け道ができますが、五戒や十戒など倫理的なものは守らなくてはいけないという気持ちになれます。ブータンは宗教を大事にしています。

──マスコミには流れませんでしたが、明治神宮のご神前に立たれ、祈られたときは、深々と頭を下げられ、実に静かで深い時間が流れたように感じました。事前に、「明治天皇と昭憲皇太后、そして日本の神道に敬意を表したい。参拝作法も神道の方式に則る」と、駐日大使がおっしゃいました。

ベマ 私自身、それは印象的でした。国王は、大学時代に日本史を学ばれましたが、特に明治天皇の業績に対してはひじように尊敬の念を持っておられます。
 また、チベット仏教圏には、仏教が入る以前にボン教というのがありましたが、これがきわめて日本の神道に近いのです。仏に帰依し、神を敬うという気持ちがあるものですから、国王は何の抵抗もなく拝礼し、祈ることができたのだと思います。
 特に国王は、ご神前でお参りした後、渡り廊下を歩いているときに、中島宮司から「明治天皇が亡くなられた後に、国民が木を奉納し、勤労奉仕をしてこの明治神宮がつくられた」というお話を聞かれ、たいへん感銘をうけられまして、そこで再び立ち止まって廊下でお祈りをなさったのです。
 そのときの祈りが、まず、両国の国民が幸せでありますように、そして国が栄えますように、皇室・王室の人たちの弥栄、そして最後に私たち二人が再びここに一緒にくることができますように、と。
 国民が先で、最後に自分たちのことを祈るという……こういうところが、いわゆる民主主義制度の下で選ばれた人と違うとろではないでしょうか。
 日本の皇室の方々も、祈られますよね。そもそも、王様たちは、神と人間の聞の接点として存在したように思うんですよ。そういう姿、つねに国民の幸せを、そして平和を祈るということを忘れていらっしゃらない。生まれたときから自分は尽くす運命で生まれたという認識を、ひじょうに強く持っておられたと感じたんですね。
 祈られるときは、通訳の私も口を挟む余地はないですから考えるのですが、明治天皇も偉大でしたが、当時の日本国民も偉大だったなと、胸がいっぱいになる感じがしました。
 あの時は、明治神宮の杜と御祭神、国王が一つになった瞬間だったと思います。

世界が模範とする日本の皇室

──国王は高僧を伴って被災地の福島にも行かれましたが、天皇皇后両陛下が訪問され、祈りを捧げた同じ地域だったのですね。私共は、大震災後、天皇陛下のお姿を拝し、あらためてわが国の精神性を感じたところです。

ベマ 震災の後、陛下が直接国民に対してお言葉を述べられたのを拝見して、やはり世界で最も古い皇室の重みというのを、私でさえも感じることができたし、また、天皇皇后両陛下が被災地に行かれて、そこで接した後の国民の顔をみると、潜在的に持っている絆というものが、濃厚に残っているという印象をもちました。
 そして、ブlータン王室とも共通することですけれども、皇室の方々は、まず、難しい言葉は使わない。そして声そのものがひじようにソフトで、和ませるような力をもっている。
 私は昨年、二度ほど天皇陛下に拝謁する機会があったのですが、陛下がいらっしゃると誰もが自然に頭を下げる。私も、自分の息をかけてはならないとい
う気持ちになりました。物理的には陛下は小さいけれど、存在感は極めて大きい。また、陛が政党とか宗派を超えた存在としておられることもたいへん重
要だと感じますし、おそらく世界の多くの国々の王室・皇室も日本を模範としているところがあるのではないかと思いますね。

──ブータンも、日本における天皇と国民との関係を見習いたい、と?

ベマ 先の戦争のあと、昭和天皇が国中を巡幸したのと同じように、ブー タンの国王は、国の隅々まで行かれているんです。ブー タン首相の話では、前国王はどこの
村にはどこに水車があるということまでご存じで、ブー タンの地図をすべて掌握されているのでは、とも言っていました。現国王も、皇太子のときから国内を周り、今も常に国民と接することを重視しています。週に一回は国民とお茶の会をされています。国王は、首都・ティンプ─ のタクシー運転手全員の顔と名前を把握されているとのことです。とに
かく、人の顔と名前をひじょうによく覚えていらっしゃる。たぶん集中して、精神性の高い生活をされているからでしょうね。
 日本でも、国民総幸福(GNH)をあげようとする動きがあるようですが、物質的な要素と精神とのバランスが必要ですそれには、やはり宗教がないと、精神性は豊かにならないのではないでしょうか。

日本の土台に立ち、世界に貢献を

──大震災後、日本の国柄が改めて浮き彫りになったともいえますが、常に揺れ動く国際情勢の中では、日本のこれからに不安の声もまだ聞かれます。

ベマ 多くの日本人は、「日本は小さな国だ」と思っているようですが、私は、日本が小さな国なのではなくて、最近の日本人の心が小さくなっているんじゃないかと思うんですね。なぜかというと、人口からいうと世界で十番目くらい。陸の面積だけ言うと、確かに日本は五十四番目くらいになるでしょうけれども、水域権、領海も入れたら陸の十倍くらいになりますので、これもたぶん十本の指に入ると思います。
 日本に一番望むことは、もっと大きな夢を抱いて、いつまでも他の国にリードされたり、社会の空気に左右されないでほしい。大きなビジョンと誇りを持ち、それに向かって一丸となって前進すれば、日本の先輩たちが残していってくれたすばらしい文化、そして戦後特に力を入れてきた科学技術、どの分野においても充分に世界のリーダーになりうる素質を持っていると思うし、世界も必要としていると思うんです。
 ただ、日本がいつまでも先の戦争の加害者意識や罪悪感を持ってしまったり、憲法九条に類するようなことを、一方的に宣言してしまっているから、国際社会からみるとひじょうに非現実的なんですね。しかし、日本という土台にしっかり立って、日本ならではの政策、あるいは日常の生活・生き方においても、そういうものをもっていれば、強い国になるだけではなく、世界に大いに貢献できる要素を充分に持っていると思います。

──ありがとうございました。

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